- トップメニュー|検索
読み上げ・拡大  
トップ >>分野別ガイド >>まちづくり >>いたちかわらばんバックナンバー >>いたちかわらばん2003 >>いたちかわらばん2003 冬

いたちかわらばん

いたちの漢字川の「いたちの漢字」という字


いたちの漢字」という字は、辞書にないとよくいわれます。確かに普通の辞書には載っていません。ところが、ある日、栄図書館で諸橋轍次(てつじ)さんの大漢和辞典全12巻の中にひそんでいる「いたちの漢字」を発見して大喜びしたが、意味不明の文字とあり、ガッカリしました。

しかし、栄区民マップ、戸塚区史、横浜下水道史などの自治体関係の資料には「いたちの漢字川」とあります。時代をさかのぼれば、昭和3年(1928)の本郷反別入図(たんべついりず)、明治16年(1883)の神奈川県管下之図、明治12年(1879)の皇国地誌に「いたちの漢字川」と書いてあります。江戸時代の2、3の辞書ものぞいてみたが、「いたちの漢字」の字は見えませんでした。1180から1266年までの鎌倉幕府の記録である吾妻鏡(あづまかがみ)には「いたちの漢字河」と三度記されています。

また平安中期から後期にかけて成立した色葉字類抄(いろはじるいしょう)や名義抄(みょうぎしょう)に「いたちの漢字」がしっかり鎮座しているのには驚きました。しかも、前出の大漢和辞典は、「いたちの漢字」を意味不明の字としているが、不思議なことに平安時代の辞書は、キチンと「いたち」と説明しています。

平安時代からほそぼそと生き続け、今ではいたちの漢字川流域の人々から地域の固有名詞としてかわいがわれている「いたちの漢字」は、なぜか辞書の中にはいず、JIS漢字表の中にもいない。そのため、われわれは子供たちへの説明、情報の文書化や通信に大変不便を感じています。皆さん!どうしたらわれわれの「いたちの漢字」を表に引き出せるのでしょうか?

   
(みっちゃん)

リレートークその19

「いたちかわらばん」5周年に寄せて

「いたちかわらばん」発刊5周年おめでとうございます。

緑の多い所に住もう、と引っ越してきたのが栄区。仕事で荒井沢に通うこととなり、次にはいたち川を散策するようになり・・・。誘われて顔を出したのが、「いたち川のマップづくり」の集まりでした。マップが発行された後、いたち川流域の交流を図ろう、と「いたちが◎!ミュージアム」を計画。たった1日限りのイベントでしたが、川を軸に集まったいろいろなグループとの交流、子どもたちがクイズラリーに参加してはしゃぐ声、サカナもいたし、老若男女集まって、「地域」の営みを実感できた、よい機会でした。

その後、魚の変死事件が相次ぎ、「もっといたち川のことを伝えよう」と企画されたのが「いたちかわらばん」です。私はその頃からほとんど参加できなくなってしまいましたが、隊員の方々が様々なことを取材し、表現される「かわらばん」を今でも楽しみにしています(ごめんなさ?い)。

いたち川を歩いていると、「こんにちは!」、「あら?、ひさしぶり」と、あいさつを交わすことが多いです。ふと川面を眺めたくなる風景が、生活に密着している小径にある、っていいですね。「タマちゃん」が来なくたって、川を見ている人が他の川に比べて多いのではないでしょうか。

人口密度もほどほどで、なんとなくゆったりとした街、栄区。きどらない暮らしがあり、ここに住んでいる、という安心感が私は好きです。

(野良にゃん)

河川用語のまめ知識 その4

川の『左岸』と『右岸』

川の流れの方向(下流)に向かって、右側を『右岸』、左側を『左岸』と呼んでいます。

したがって、本郷中学校や栄区役所は、いたち川の左岸にあり、県立柏陽高校や本郷小学校は右岸にあることになります。

瀬上沢から流れ出て、区役所裏で合流するいたち川の支流を、『右支川』と呼ぶのも、同様に本流から見て右岸側にある支流だからです。(下図参照)

『右岸と左岸』の図
(いもり)

学校の活動報告(9)

『人や自然とのふれあい 桂台』 桂台小学校より

今年も5年生が荒井沢市民の森の田んぼで米作りを体験させていただきました。田植えから稲刈りまで愛護会の皆様のお力を借りながら、稲の様子をわくわくしながら観察してきました。また、荒井沢市民の森愛護会の皆様との交流を通して、自然を守ること、ふるさとの緑を大切にすることについて、たくさんのことを学ばせていただきました。

6月5日(水) 田植え
荒井沢愛護会の人に教えてもらって田植えをしました。みなさんにささえてもらい、いいけいけんをしました。地下たびをはいて田植えをしました。これをはいて歩くとカッパになった気分でした。私は身長が低いほうなので少し小さめの田でやりました。荒井沢の田んぼはしめった田んぼだと聞きました。中は深く、ふくらはぎまでつかってしまい、となりの人とぶつかってどろがついてしまいました。足は重くて大変だなと思ったけど、愛護会の人は毎年やっているからがんばろうと思いました。やっているうちに楽しくなってきました。愛護会の人達が言っていたのと同じなのかなと思いました。まっているあいだ「生き物をみつけてみたら。」といわれたのでさがしました。ヤゴ、オタマジャクシ、貝がみつかりました。田植えがおわってのんだお茶もおいしかったです。すこし暑い日にやったけどそんなの関係ないくらい楽しかったです。もしかしたら一生で一度になってしまうかもしれないけど機会があればまたやりたいです。いねかりのじきが楽しみです。

6月9日(日)
たおれてしまっているイネやかれているイネはあるけれどほとんど元気に育っていました。土がけっこうやわらかくなっていて水の量は第一関節くらいまでありました。イネの長さは15cmくらいでした。

6月29日(土)
イネの長さが34cmにのびていました。たおれていたイネもひかくてきまっすぐにのびていました。雑草がのびていたので雑草をとりにいきたいと思います。

7月14日(日)
イネの長さは45cmぐらいでした。15cmくらいで成長が止まっているイネが数本ありました。荒井沢の方々がたくさんはえている雑草をとってくださっています。

7月27日(土)
イネの長さが53cmくらいでした。病気のイネがあり、荒井沢の方達はイネの病気とたたかっているそうです。

8月8日(木)
イネは75cmくらいにのびていました。水がぬいてありました。何度とっても次々と雑草が生えてきてしまい、大変だと思いました。

10月10日 稲刈り
地下たびをはいて田んぼに入ってみると、田植えのときみたいにどろに足がはまってしまいました。稲を刈るのは思ったよりもかたくてやりにくかったです。昔の農家の人は手作業だったから、一つ一つていねいに刈っていたんだと、何日も何日も続けないと全部刈り取れないんだ思いました。お米は字のように八十八回作業をしてやっとおいしいお米が食べられるときいて、私達はそのうちの二回しかやってないのにこんなにつかれてしまいました。これを八十八回も続けていたらほかのことをするひまが全然ないんじゃないかと思いました。

荒井沢愛護会の方が「米は八十八の苦労をしてやっと米になるんだよ」と言っていたけど私達は、田植えと稲刈りだけしたので86回は愛護会の方達に任せてしまいました。荒井沢のイネは学校で育てたイネとちがって緑で本数も多くて米もよくなっていて全体的にがっしりしていました。こんなに立派なイネができたのは、荒井沢の人のおかげなんだなと思いました。今度挑戦する時は、愛護会のみなさんから教えてもらった八十八を全部やってみたいです。

11月15日 総合の学習
総合の時間に「失敗しない米作り」について調べ、来年の5年生に伝えることにしました。ぼくは、バケツ稲がうまく育たなかったのは、土のせいではないかと考えました。そこで愛護会の方に手紙を出し、米作りに適する土があるのかどうか、たずねました。そのほかにも、友だちと南農協に行って資料をもらってきました。それでわかった事は落ち葉やわらでたい肥を作り土にもどすことをしりました。発表会のときは愛護会の方に来ていただき、みんなの疑問や質問に答えていただきました。ぼくは田んぼだけでなく生き物も大切にしているという話を聞いてすごく納得しました。三学期は自分たちで作った米で調理し、感謝の気持ちを伝えたいと思います。

活動に関心のある方は事務局までご連絡ください。

事務局: 栄区役所区政推進課企画調整係内
  〒247−0005 横浜市栄区桂町303−19
  TEL045−894−8331 FAX045−895−2260
  栄土木事務所下水道係
  〒247-0007 横浜市栄区小菅ケ谷1-6-1
  TEL045-895-1411 FAX045-895-1421

【このページの先頭にもどる】
横浜市 栄区 総務部区政推進課
Eメール:sa-kusei@city.yokohama.jp - 電話:045-894-8335  Fax:045-894-9127 
2011.02.14作成 2011.02.14更新
©2010-2011 City of Yokohama, Sakae Ward Office. All rights reserved.