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横浜風景一覧

横濱もののはじめ探訪 その20

開港記念日の始め

「横浜風景一覧」開港から約1年半後の姿。
左手の突堤が現在の大桟橋の位置に当たる。
歌川広重(2代)画。1861(文久元)年2月刊。

横浜の小中学校を出た人ならば、6月2日が開港記念日で学校が休みになることはみんな知っている。

今(平成11年)から140年前の1859(安政6)年6月2日(陽暦1859年7月1日)、横浜は、幕府が前年アメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスと結んだ修好通商条約に基づいて、国際貿易港として開港された。しかし、当日なんらかの祝賀行事が行われた形跡はない。正確にいうと、日米修好通商条約では、アメリカの独立記念日にあたる7月4日(陽暦)が開港期日になっていたが、ロシアが切りのいい7月1日に変更し、イギリスもそれにならったのである。

アメリカにとって記念すべき7月4日、領事館に当てられた神奈川の本覚寺では、公使・領事らが祝典を行った。湾内に停泊する船にも旗が掲げられ、軍艦からは礼砲が放たれた。これを開港記念日の始めとする考えもあるが、開港を祝したのか、独立記念日の行事なのかはっきりしない。いずれにしてもアメリカ人だけの祝賀行事であった。

開港時にはなんの行事も行わなかった日本側だが、翌1860(万延元)年6月1日から2日にかけて、市街の入口に位置する洲干弁財天の神社(現在の弁天橋周辺)で開港一周年を記念する祭礼が行われ、外国人の見守るなか、着飾った男女が山車・手踊りで練り歩いた。それまで8月15日だった洲干弁財天の例祭は、以後この日に変えられたという。これが開港記念日の始まりである。

横浜開港資料館・調査研究員 斎藤多喜夫