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グランドホテル(旧館)

横濱もののはじめ探訪 その19

ホテル

グランド・ホテル(旧館)。居留地の角地、
20番にあった。明治10年代の着色写真

国際港都には一流ホテルが欠かせない。商取引や観光のために多くの外国人が訪れるからである。貿易港としての横浜の地位が確立しつつあった時期の1860(万延元)年2月24日、待ち望まれていた最初のホテルが開業した。その名は横浜ホテル、場所は現在の山下町70番地(現在住友海上・上野共同ビル所在地)、創業者はオランダ船ナッソウ号の元船長フフナーゲル、ここにはバーとビリヤードが用意されていたが、これらも公衆用としては日本最初である。ほかに泊まるとろがなかったので、英公使オールコックを始め、シーボルト父子、亡命中のロシアの革命家バクーニン、画家のハイネやワーグマン、「シルク・ロード」の命名者とされる地質学者のリヒトホーフェンら、そうそうたる人物が投宿している。その後、1866(慶応2)年末の大火で焼失し、再建されなかった。

1862(文久2)年には、横浜ホテルでバーを預かっていたジャマイカ生まれで英国籍の黒人、通称マコーリー男爵が居留地八六番(現在の横浜海員会館付近)でロイヤル・ブリティッシュ・ホテルを創業、ここにはコーヒー・ルームとボウリング場が設けられていた。記録上確かなものとしてはいずれも横浜最初である。

明治時代の横浜を代表するホテルといえばグランド・ホテルとクラブ・ホテル、前者は1870(明治3)年、後者は1883年(明治16)年ごろの創業である。場所はそれぞれ居留地の20番(現在人形の家周辺)と五番(現在県民ホール所在地)。グランド・ホテルのことを「明治6年ボナ商会の開業」「ホテル・ニューグランドの前身」、クラブ・ホテルのことを「文久三年シメッツの創業」「日本最初のホテル」などとするのはすべて誤りなのでご注意ください。

横浜開港資料館・調査研究員 斎藤多喜夫