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29.日米和親条約締結の地、玉楠、レンガ造りのマンホールと下水道ほか

1854(安政元)年、この地で、日本の開国を決定した和親条約が結ばれた。
その記念碑(右下)のほか、ペリー上陸時から横浜のまちを見守り続けた玉楠の木(上・関東大震災等で被災後も3度芽吹く)、初めての近代的下水道施設(左)、旧居留地にあった大砲、大桟橋付近に設置されていた時計塔などいくつもの歴史的遺物がある。

碑文

日米和親条約締結の地
安政元年(1854年)2月から3月にかけて、 日米代表が横浜村の海岸で会見、和親条約を結んだ。これは神奈川条約ともいわれ、日本の開国を促し、本市の誕生の速因ともなった。 歴史的舞台となった応接所のあとは、現在の神奈川県庁の付近である。横浜市・神奈川県 横浜市観光協会

レンガ造りのマンホールと下水道
この建造物は貴重な国民的財産です 文化庁明治10年代に築造されたレンガ造りマンホールと下水管 (国登録有形文化財)
明治14年から20年にかけて、旧関内外国人居留地(現在の山下町と日本大通の一部)一帯で下水道改造工事が実施され、 卵形レンガ管と陶管の下水道が整備されました。
その下水幹線7本とマンホール37ケ所はレンガ造りで、材料のレンガは、東京府小菅の東京集治監のレンガ工場に注文して築造されたものです。設計者は東京大学理学部第1回卒業生、 当時神奈川県土木課御用掛の三田善太郎氏で、これは日本人が設計したわが国最初の近代下水道と言えるでしょう。
このマンホールは明治15年頃築造されたもので、 昭和57年4月にこの公園の整備中に発見され、 当時のままの状態で保存されています。 平成10年9月に下水道施設ではわが国初めての 国登録有形文化財に登録されました。
横浜市下水道局 平成10年9月

レンガづくりのマンホール  玉楠の木


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