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◇ 歴史・文化について

 Q:この場所はどんな所だったのですか?

1854 年ペリー来航により、(現開港資料館中庭で)日米和親条約が締結され鎖国から開国へ踏み出し、1858年に神奈川沖ポーハタン号船上で、日米通商条約が締 結され翌年1859年7月1日(安政6年6月2日)を開港の日と決めました。そしてこの記念館近くに運上所(税関)を置き、これを中心に横浜町が誕生して いきました。この頃、岡倉天心の父がいた越前藩は生糸その他を売り込む商店「石川屋」をこの地に出店していました。岡倉天心は1862年ここで誕生し、東 京美術学校の創設、日本美術の海外への紹介、日本画家の育成など日本美術界の歴史を担いました。

 Q:この建物は昔どんな建物だったのですか?

横浜が開港場として運河が出来た (1860年)頃の「横浜絵」には運上所の隣に町政をみる町会所が描かれており、この実務は旧幕時代を引き継ぎ、総年寄3名、名主5人が置かれた。これは やがて横浜区役所として県庁の敷地内に区庁舎を持つが、記念会館前身ともいうべき町会所(市会所)はこの前に清水組によりここに建てられ県庁近くからここ に移されました。これが開港記念横浜会館の前身です。

 Q:この会館はどんな目的で建てられたのですか?

開港50周年を記念し、大正6年に市民の寄付等により公会堂をメインとして、大小62室1,200人収容の市民の集会施設として工事費36万9千円で建てられ、開港記念横浜会館としてスタートしました。

 Q:ジャックの塔となぜ言うのですか?

キ ングが県庁本館の塔(約49m)、クイーンが横浜税関の塔(約51m)、ジャックが(約36m)。ジャックが大正6年、キングが昭和3年、クイーンが昭和 9年、時代は昭和9年以降、英語名であることからして、日本がアメリカと戦争に突入する昭和16年以前ということになりますが、トランプカードの絵札から 連想して付けられたとも、チェスの形からとも言われています。また、船が入港する時の目印として呼ばれた、など様々な説がありますが、誰がいつ名付けたか 明らかではありません。

 Q:施設の見学は出来ますか?

廊下・階段・ステンドグラス・2階の資料コーナーなどは9:00から16:00まで見学できます。また、毎月15日は一般公開日となっており、日頃使用中で見られない講堂、1号室が見学可能となります。

見学については、「見学・一般公開について」のページもご覧下さい。

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