中区・多文化共生フォーラム / 「横浜郵便発祥の地」記念碑
外国人の子どもたちの明るい未来のために「なか国際交流ラウンジ」開館1周年記念 中区・多文化共生フォーラムに参加して
開会にあたって挨拶させていただきました
「中区の人口の9人に1人は外国籍市民です」 これは、今回のフォーラムのパンフレットに掲げたキャッチコピーですが、中区には1万6千人を超える外国籍の方が住んでおります。区人口の約11%にあたる数であり、市内の外国籍市民の約2割の人が中区に住んでいるのです。こうした中、「なか国際交流ラウンジ」(外国人の方が困ったときの情報窓口。また、国際交流やボランティア活動に関心がある方の拠点)は、昨年10月30日に区役所隣のなか区民活動センターの中にオープンし、順調に1年が経過しました。その1年間の取組の中で、中区で顕著な課題となった「外国人の子どもたちへの支援」をテーマに多文化共生「国籍、文化(言葉・習慣・宗教等)が異なる人々が共に生き生きと暮らしていけること」を一緒に考えるフォーラムが、11月21日に開かれました。
フォーラムでは、まず、なか国際交流ラウンジの運営受託団体、(財)横浜市国際交流協会(YOKE)の前田正子理事長から基調報告がなされました。1990年の入管法改正後、外国人人口が増加し、横浜の外国人児童・生徒数、それも日本語が話せない子が増えている現状が伝えられました。また、YOKEも市教育委員会と協力し、市民通訳ボランティアの派遣・母語(ぼご)の話せる通訳サポートの派遣を行っていること、学習サポーターの不足や母語教材の不足といった問題点などが報告されました。 報告は、外国人の児童・生徒は、日本社会を支える貴重な人材であるとともに、日本と母国との架け橋となる人材になって欲しい、と締めくくられました。
次は、外国人の母語を活用した学習支援の研究もされているお茶の水女子大学大学院の岡崎眸(ひとみ)教授の「学習における母語、母文化の重要性について」をテーマとした講演でした。「共生社会とは、サラダボール型社会、レタスも、きゅうりも、にんじんも、トマトも、それぞれが個性を主張し、バランスよく馴染んでいるのがサラダボールであり、 そのように個が生きる、調和と協調の社会である。そのような社会を目指して、言語少数派の子どもの生活・発達は、私たち大人が保障していかないといけない。また、外国人の問題は、私たち日本人自身の社会的な絆づくりの問題であり、いかに、家庭や文化を尊重する社会であるかが問われている。」とお話されていたのが、印象に残りました。 最後に、岡崎先生をコーディネーターに、外国人生徒の多い横浜市立吉田中学校の中村眞一校長ほかの皆さんによるパネルディスカッションも開かれました。
(財)横浜市国際交流協会(YOKE)の前田正子理事長|多くの参加者で満員の会場
日本語のわからないニューカマーの外国籍区民、特に言葉も習慣もわからないなかで、子どもたちが一番大変です。みんなで支えていく必要があります。一方で、日本の子どもたちにとっては、「多文化共生」を体験するよいチャンスというプラスの面もあろうかと思います。国際都市ヨコハマ・中区は、外国人にとっても優しい街を目指しています。教育・防災・医療・福祉等の課題を解決していく施策をさらに推進しなければならないと、強く感じました。
またひとつ中区内に記念碑が増えました
「横浜郵便発祥の地」弁天町に設置
記念碑を囲んで (左から、郵便局㈱南関東支社 岩沢雅義財務担当部長、私、松岡惠様、平野朝子関内地区連合町内会長、横浜開港資料館 西川武臣主任調査研究員、伊藤義晴弁天通町内会長)
明治4年に日本の近代郵便制度が制定され、同年横浜での最初の郵便役所は、この中区弁天通3丁目にありました旅館「鹿島屋」の主人・山室亀吉氏の居宅を明治政府が借り上げて設置されました。このたび、「鹿島屋」主人・山室亀吉氏の御子孫である松岡惠(まつおか めぐみ)様により「横浜郵便発祥の地」記念碑が当地に設置され、中区に寄贈されました。そして12月8日(火)に碑の引渡し式が行われました。
「鹿島屋」主人・山室亀吉氏の御子孫の松岡惠様は、横浜開港150周年を機に、横浜市民や当地を訪れる多くの人々にその歴史的意義と背景を知って欲しいと思い、制作・設置されたそうです。郵便局株式会社や横浜開港資料館など、多くの方の御協力により完成した「横浜郵便発祥の地」記念碑が、横浜開港150周年の締めくくりに、姿を現したことは、大変嬉しく思います。ありがとうございました。中区には、横浜港郵便局前の「外国郵便創業の局」記念碑をはじめ、区発行の「中区の歴史を碑もとく絵地図」に載っているだけで、78の記念碑があります(その後、できたものなど(例えば、象の鼻パークや、山手の「横浜バブテスト神学校発祥の地 顕彰板」など)載っていないものもあります)。それらの碑とともに、今回できた「横浜郵便発祥の地」記念碑も、中区を訪れる多くの人に御覧いただき、横浜の歴史・中区の歴史を後世に伝えていってくれるものと思います。
オレンジリボンと小さな手形
~こども虐待防止に向けて~
中区庁舎にもオレンジリボン
11月は「児童虐待防止推進月間」。そして、オレンジリボンは「こども虐待防止」のシンボルです。これは2004年9月に栃木県で2人の幼い兄弟が虐待の末、無くなる事件が起きたのをきっかけに、こども虐待防止を目指して2005年から始まったキャンペーンです。
横浜市では、11月の「児童虐待防止推進月間」に合わせ、「こども虐待」について市民のみなさまに関心をもっていただけるよう「STOPこども虐待 よこはまキャンペーン2009」を実施しています。
中区でも、こども虐待防止の願いを込めてオレンジリボンキャンペーンに取り組みました。
まず、10月30日に中LOVEプロジェクト(中区改革推進委員のグループ)の呼びかけで、中区庁舎壁面にオレンジリボンの飾り付けを職員の手で行いました。
次に、地域の育児サークルリーダー「NLchio(エヌエルチオ)」の皆さんの発案により、こども達の手形をとってオレンジリボンでつなぐ「オレンジリボンワークショップ」が11月2日(月)に中区民活動センターで開催されました。当日は、横浜中華保育園の園児のみんながお散歩の途中に参加してくれて、たくさんのこども達のかわいい手形が集まりました。それを地域の方、区民活動センタースタッフ、看護学生、区職員などの協働により、ラミネート加工の上、なか区民活動センターの壁面に飾りました。私も、こども達が健やかに育つことを願って、このワークショップに参加し、一緒に仲良く手形を押しました。

横浜中華保育園児のみんなと / うまく押せるかな?

区民活動センターにオレンジリボン / 私の手形もあります。
こどもへの虐待の理由は様々で、とても複雑です。「いいこと・悪いこと」、そう指摘するだけでは解決しません。あなたの周りにも、子育てをがんばりすぎて、辛い思いをしている保護者がいるかも知れません。
「こどもへの虐待」、それは、特別な人だけに起きる特別な問題ではないのです。「元気だねぇ!」「そういう時もあるよね・・・」周りのちょっとした会話や笑顔、気づかいが、保護者の気持ちを軽くしたり、ほっとさせたりすることもあると聞きます。
育児は一人ではできません。私たちも、地域の皆さまと一緒に、地域のみんながこどもたちを温かく見守り、子育てを後押しする、そんな中区にしていきたいと思います。

横浜市の「STOP・こども虐待」リーフレット
『おふくろさん』(みまもり安心グッズ)贈呈式
~地域で見守る「ひとり暮らし高齢者等」 訪問先倍増を目指して~
“おふくろさん”贈呈式(右から高田委員長、山田会長、私)
11月2日(月) 山田五男中区社会協議会会長と私から、高田信二中区ひとり暮らし高齢者等定期訪問事業実施委員長に、「おふくろさん」(みまもり安心グッズ)を贈呈しました。
「中区ひとり暮らし高齢者等定期訪問事業」 それは、民生委員児童委員を中心に地域の皆さんが、ひとり暮らし高齢者等を定期訪問している事業です(現在、1,650世帯)。
お子さんが独立されるなどで、高齢者の方で、ひとり暮らしやご夫婦だけの世帯になられる方がいらっしゃいます。このような高齢者の方など地域で見守りが必要な方が増えています(そのような世帯数は3,698世帯)。一方で、プライバシー等の問題もあり、見守りの必要な方の把握が困難な状況もあります。
こうした中でも、一人でも多くの方を地域で見守っていくために、そして「ひとり暮らし高齢者等の定期訪問」を受け入れていただくために、そのきっかけづくりのツールとして、みまもり安心グッズ“おふくろさん”を作成しました。見守り訪問時に、“おふくろさん”を無料で配布するということで、訪問のきっかけになるというものです。
“おふくろさん”は、鮮やかなオレンジ色の巾着袋(緊急時に背負うことができます)の中に、懐中電灯、笛、レジャーシート、そしてあんしんカード(緊急時連絡先カード)など緊急時に活用できるものが入ったセットです。作成にあたっては、民生委員児童委員等の地域関係者の皆さんと検討し、さらに日本赤十字社神奈川県支部、神奈川県共同募金会、中区社会福祉協議会の協力をいただくことで、できたものです。
贈呈式のあとの懇談でも、中区社会福祉協議会の協力を受け、さらに訪問時に“おふくろさん”の中身を充実させていく予定であるなどの話があり、1回配布したら終わりではなく、グッズの定期的な確認の機会を利用して、継続的な訪問を実施していくとのお話でした。地域のみなさんのアイディアで、さらにこの“おふくろさん”をふくらませていこうと話し合いました。
今後も、地域と行政で、がっちりとスクラムを組んで、ひとり暮らし高齢者等を見守っていきたいと思います。

「おふくろさん」内容
10月は、イベントなどがいっぱいありました。
ハローよこはま、林市長 中区訪問、一日伊勢佐木警察署長、米国国務省日本語研修所カクテルパーティー、横浜シティフォーラムなど、盛りだくさんの話題を一挙掲載します。
来場者数11万人-今年も大きなにぎわい!ハローよこはま2009
まさに日本晴れともいうべき秋の空の下、10月11日(土)、第34回中区民まつりハローよこはま2009を開催しました。
なんと来場者は約11万人。ここ数年でも1番の来場者数です。
また、第1回(昭和51年)にも行った「文明開化ウォークラリー」も同時開催するとともに、パネルによるハローよこはまの昔を振り返りました。
今年も会場全体には、86もの出店や50店舗のフリーマーケットが展開しました。さらに、メインステージでは、ボイス オブ トゥルースのゴスペルに始まり、本牧囃子連、韓国民団、フェリス女子大、赤い靴ジュニアコーラスなどいろいろな団体に出演していただきました。特に、米海軍ブラスバンドでは、会場の子供も飛び入り参加し、楽しませてくれました。
米海軍ブラスバンドに飛び入り参加
また、今年も嬬恋村の村長さんたちが参加し、「キャベツ畑の中心で愛を叫ぶ(キャベチュー)」と題した、舞台上で愛する人への想いを叫ぶイベントも開催しました。10月とは思えぬ、暑い日差しの中、皆さん熱いステージをありがとうございました。
熊川栄嬬恋村村長と / 日野美歌さんのステージ
そして、メインステージのラストは、中区在住の日野美歌さんによる横浜開港150周年記念特別コンサートが開かれ、多くの人がその歌声に酔いしれていました。
今年のサブタイトルは、「横浜開港150周年 このにぎわいを未来へ」としました。「開港の地」中区として、象の鼻パーク・日本大通での「開港ルネッサンス」、開港記念会館のステンドグラス改修など、150周年イヤーを様々な形で盛り上げてきました。開国博Y150も、有料・無料合わせれば700万人もの入場者があり、人とひとがつながるなどいろいろな効果が中区にもありました。今年のにぎわいを皆さんと一緒に未来につなげていきたい。また、この中区・横浜の元気を世界の元気につなげていきたいと思います。
150周年イベントは、来年1月の区民ミュージカルなど、まだまだ続きます。皆さん、今後も是非ご参加ください。
開港式典で、山田五男中区横浜開港150周年記念事業実行委員長のお話にもありましたが、去る9月18日にお亡くなりになるまで、実行委員長であった高橋柢祐さんとこのにぎわいを見ることができなかったのは残念です。ご冥福をお祈りいたします。
フォトギャラリーでは、当日の写真を多数掲載中です!
つづきは、ハローよこはま2009フォトギャラリーへ
林市長が、中区役所を訪問しました
1歳6か月検診会場にて
林市長が10月13日(火)に中区役所を訪問しました。当日は中区役所の分庁舎である中区健診・予防接種センターから視察を開始しました。ちょうど1歳6か月健診の最中であり、健診に来られていた親子に声をかけられ、真剣な中にも、穏やかな雰囲気ではじまりました。
その後、中区役所(総合庁舎)に。まず、会議室で区の概要説明をし、もうひとつの中区の特色である寿地区の現状と今後について、パソコンを用いて説明を行いました。
それから、5階の「授乳室&プレイルーム」(2007年12月より室内装飾や玩具の提供等について企業と協働にて開設)、こども家庭支援課、高齢・障害支援課等を回り、3階保護課の様子や、昨年窓口を大幅改善した2階の戸籍課・保険年金課を視察しました。訪問した課では、職員に優しく声をかける姿が印象的でした。
また、1階のナカナカフェ(地域の障害者団体の協力にて運営しているカフェ)では、お茶を飲んでいた来庁者の女性グループが、突然の市長の登場・丁寧な挨拶に驚かれていました。
その後、区役所隣のなか区民活動センター内の「なか国際交流ラウンジ」(2008年10月オープン)を訪問され、ちょうど日本語教室が開かれ、多くの外国人がラウンジ内にいる光景に真剣な眼差しで視察していました。
なか国際交流ラウンジにて
忙しい日程の中、短い時間でしたが、なんとか中区の実情をお伝えつることができたかと思っています。
守る!! 自分たちの町は、自分たちで 私も一日伊勢佐木警察署長も務めました
~安全・安心まちづくり旬間における地域の皆さんの活動~
チラシを配布中
去る10月11日~10月20日は、安全・安心まちづくり旬間であり、私も地域の皆さんと2つの防犯キャンペーンに参加しました。
ひとつめは、10月14日(水)加賀町防犯協会、加賀町警察署、防犯指導員、少年補導員、県警備業協会横浜中央支部、県くらしの安全指導員のみなさんと早朝防犯キャンペーンを関内駅前で行いました。
加賀町警察署員の方のピシッとした挨拶から始まり、私もタスキをかけて、「みんなでつくろう安心のまち」のチラシ等を通勤途中の人に配りました。
藤木加賀町防犯協会会長の「完成された世の中はありあえない。未熟な点を補い合っていく。そして、最大の福祉は治安の確保。治安のないところに福祉はありえない。」の冒頭の挨拶から、防犯にかける気持ちが伝わってきました。

関内駅南口で皆さんと一緒に
Y150開国博もハローよこはまも無事終了できたのは、本日集まっている、日頃から安全・安心のまちづくりに協力してくださっている人たちによるものと感じました。
また、2010年11月には、APECが横浜で開催され、多くの人が横浜をそして中区を訪れます。皆さんと一緒に、横浜の元気を中区から発信すると共に、中区を安全・安心のまちにしていきたいと思いました。
つづいて、同日の午後、伊勢佐木警察署からイセザキモール街・有隣堂前までの防犯パレード・防犯キャンペーンへ参加しました。
なんと、私は、「警視正」のマークをつけた制服・制帽を着用し、「一日署長」を務めさせていただきました。制服を着ると、心が引き締まった感じがしてくるから不思議です。はじめにこのお話を受けた時、気恥ずかしさもありましたが、伊勢佐木町地区、初黄・日ノ出町地区・関内関外地区・寿地区などの地域の安全・安心に頑張ってくれている地域の皆さんや伊勢佐木警察署の皆さんのPRの一助になればと思い、引き受けました。

区長から一日署長へ / 制服を着て、パレード中
また、当日は、地元金融機関の女性行員の人達が、一日署員として参加されました。
野中伊勢佐木警察署長のお話にもありましたが、伊勢佐木町という繁華街があるこの地域の防犯は、非常に大変です。本日のパレードに参加していただいた地域の各団体の皆さんの協力があってこそだと改めて感じました。
そんな中、初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会が、安全・安心なまちづくり関係功労者内閣総理大臣表彰・神奈川新聞社神奈川地域社会事業賞・神奈川県警察本部長褒賞を受賞したことは、自分たちのまちは自分たちで守るという地域の取組が認められたものだと思います。
今後も、安全・安心の中区、住みよい中区を一緒に作っていきたいと決意を新たにしました。

皆さんと一緒に
さらに、翌10月15日(木)には、寿地区の火災予防啓発・救急車の適正利用の呼びかけのパレードに参加しました。このパレードには、横浜市消防音楽隊やポートエンジェルスも参加し、盛大に行われました。パレード終了後は、寿町総合労働福祉会館の広場での演奏会(第4回ことぶき防災コンサート)が開催され、参加した保育園児や地域のみなさんが演奏を楽しまれました。

市消防音楽隊のパレード/第4回ことぶき防災コンサート
寿地区は、地域の皆さんの協力で、不法投棄防止のための「ことぶき花いっぱい運動」や実際の不法投棄撤去など防災を考えた安全・安心のまちづくりが進められいます。
今後も、いっしょにがんばっていきましょう。
米国国務省日本語研修所のカクテルパーティーに参加しました
~ウイリアム・イートン元駐パナマ米国大使ともお会いしました~
ウイリアム・イートン大使と
10月15日(木) 中区山手にある米国国務省日本語研修所(米国の外交官が、日本語能力や日本事情についての研修を行うところです。)のカクテルパーティーに参加しました。
今回のパーティーは、元駐パナマ米国大使のウイリアム・イートン氏が、米国本国の国務省外交官研修所の語学部長に就任され、世界各地の研修所の視察の一環で、この日本語研修所を訪問された機会に行われたものです。
同研修所の幸部悦明教官のお話によれば、ウイリアム・イートン大使のような方には、研修所の方でも、なかなかお会いできないとのこと。少し緊張して、挨拶を交わしました。
また、乾杯の挨拶を頼まれ、通訳されながら、横浜、中区に関係の深いアメリカ人の方の話を交えつつ、スピーチしました。同研修所のダレル・A・ジェンクス所長には、この6月に日米交流セミナーで、大変お世話になっており、そのお礼も述べさせていただきました。
研修生の皆さんは、短期間で日本語を習得されており、本牧に住んでおられる人は、バス便が多いけれど、電車があれば、なお便利だと思う等の感想を話されたり、米国に住んでいる両親が日本を訪問した際、自分も大好きな三渓園に連れて行ったら、大変喜ばれたなどの話をされていました。
今後も、より一層、いろいろな形で協力し合っていきましょうと話をして、会場を後にしました。
横浜シティフォーラム(鶴見・神奈川・西・中・南)に出席しました
高校生たちと林市長のパネルディスカッション 脱温暖化社会にむけて
林市長の基調講演
10月17日(土) テレビでも取り上げられた横浜サイエンスフロンティア高等学校のホールにて、横浜シティフォーラムに出席しました。350名が入る立派なホールを会場に、多くの市民・高校生の方が聴きにみえていました。
はじめに、林市長より横浜市の脱温暖化行動「Co-Do30」(2025年までに一人当たりの温室効果ガス排出量を30%以上削減)を中心に話がなされました。特に、二酸化炭素の排出量の3分の1は、家電製品などの家庭フロンや自家用車等により市民生活から排出されており、二酸化炭素排出量削減にも市民力が大きな役割を果たすと伝えられ、照明・家電・給湯・自動車等使い方を変えていくことでも削減できるなども話されました。
併せて、ヨコハマ・エコ・スクール(YES)(市民、市民活動団体・NPO、事業者、大学、行政などが実施する環境問題に関連する様々な講座や地域イベント、シンポジウムなどの活動・取組を、「ヨコハマ・エコ・スクール(YES)」という統一的なブランドのもとに市民に提供するもの)の紹介もされました。
さて、高校生とのパネルディスカッションですが、パネラーの高校生から「Co2の存在が実感できないことが、脱温暖化が進まない原因のひとつ。Co2削減だけでなく、利用できる方法を考えたい」「生活において実際のCo2の排出量や、脱温暖化行動を採った場合の効果などについて具体的な情報が少ない」等とても高校生とは思えない立派な意見が多く出されていました。中区の横浜総合高等学校を代表して参加した大内 匠さんは、5月30日(G30の日)の「中区クリーンアップDAY2009」に参加した経験等も交えて話をされていました。

パネルディスカションの様子
また、進行の段取りもとてもよく、準備から進行まで携わった職員の皆さんの苦労の成果であろうと感じました。
締めくくりで、林市長より、Y150開国博で、人と人の、グループとグループのつながりができてきた。元々、横浜は市民力の強い都市である。その市民力を脱温暖化行動にも向けていけば、環境創造都市 横浜になれると話があり、同感の思いで会場を後にしました。
100歳高齢者訪問・ふれあい運動会に参加にて
区長も鈴割りに応援参加しました(中央白帽子)
敬老の日を前に、9月11日(金)に区内の100歳を超えた高齢者の方を訪問し、お話を伺いました。
お会いした高齢者の方々は、皆さんとてもお元気で、その源は、好き嫌いなく何でもお食べになり、生きがいを持ち、かつ、考え方が前向き・プラス思考であるところではないかと感じました。
特に103歳の男性で、御自宅が坂の上にある方は、「競馬が趣味で、新聞を買うために階段を上り下りしています。不便だと思わず、自分の足腰を丈夫にしてくれている。苦労も自分のためだと思えば、なんでもない。」というお話をされました。新聞を読み、考えることが長寿に良いと思いました。また、「生きがい」には、絵、書、俳、歌、踊りなどいろいろな喜びがあり、脳や五体を使い、健康と相談しながら、無理をせず、楽しむのが長寿の秘訣だと思います。
また、翌9月12日(土)には、大鳥小学校にて行われた「ふれあい運動会(中区老人クラブ連合会運動会)」に参加させていただきました。当日は、小雨模様の曇り空でしたが、たくさんの皆さんが集まり、大福探しやパン食い競争、野菜探し競争にと、楽しそうに参加されていました。
運動会参加者全員での準備体操/ ソーランの会の皆さんの舞踊
私も、鈴割りに応援参加しました。私が応援していた側の「銀の鈴」がなかなか割れず、応援のはずが応援にならず、申し訳なかったと思いました。
皆さん、曇り空を晴らすような生き生きとした笑顔で、競技参加・応援をされていたのが、印象に残りました。そして、いろいろな人たちが、このような地域の活動に、どんどん参加されていっていただけたらと感じました。特に今後、いわゆる団塊の世代の皆さんが、退職された後に、様々な形で地域を支える力になってほしいものです。
先達のパワーに圧倒され、元気をいただいた2日間でした。
パン食い競争/ ホールインワンを狙ってのグランドゴルフ
恕の心(じょのこころ)、忍びざるの心
講演中の童門冬二先生
横浜開港150周年記念事業として、NHK横浜放送局・NHKサービスセンターと御一緒に、「ラジオ深夜便」のつどい(公開収録)を9月8日に横浜市開港記念会館で開催しました。当日は、「横浜開港150周年と日本人の心」をテーマに、私も大ファンの童門冬二先生の講演でした。
童門先生の講演は、はじめは落語のような軽妙な語り口で始まったのですが、その後は、阿部正弘、佐久間象山、井伊直弼、岩瀬忠震、水野忠邦、真田幸貫、勝海舟、井上清直らのエピソードを交えながら、横浜における開国・開港のお話をされました。その中で、私は、次の3つのことが印象に残りました。 1つは、孔子のいう「恕の心(じょのこころ)」(常に相手の立場に立って、悲しみや苦しみを自分のものとしていく優しさ。思いやり。)と孟子のいう「忍びざるの心」(他人の悲しみや苦しみを見るに忍びない。なんとかしてあげたいと思う気持ち。)が、新開地、都市を発展させていくには、大切なことである。ひとりではできないことも、自分のためだけでなく、他人のことを思いやる気持ちを持った人たちによって、成し遂げられてきたという点です。 この「恕の心」「忍びざるの心」は、中区の区政運営の基本姿勢「正確」「迅速」「誠実」、特に「誠実」を実践するときに心がけなければならないものと感じました。 2つめは、国際感覚を持って、国内問題を捉え、地域に密着して生きていくことの大切さ。また、「修身、斉家、治国、平天下」(国家(世界)を平和にするには、まず、自身を修め、家族の心が一致し、地域(国家)全体を治めないといけない。)という点です。
3つめは、横浜が開港され、発展してきたのは、確かに政治的意図もあったし、その道筋は、歴史的にも著名な人がなしてきたのであるが、本当に発展の基礎を築いたのは、はじめから住んでいた80戸の漁農民の方や、横浜に骨を埋めようとやってきた商人・市民の力の相乗効果から生まれるエネルギーによるものであったという点です。我々が今も重要と考えている「市民力」「地域力」というものは、横浜発展の黎明期から脈々と繋がっているものと考えました。 本日の講演から、「恕の心」「忍びざるの心」を持ち、広い視野を忘れずに、そして、市民力・地域力を大切にし、区政運営にあたっていきたいと、心新たにしました。
開港記念会館にて童門冬二先生と / 童門先生の「恕の心」「忍びざるの心」の色紙を手に
まちの安全・安心を区民の皆様と一緒につくる
地域の皆さんと消防団員の方々による
倒壊家屋からの救助・救出訓練
9月6日(日)、朝9時から、晴れわたる秋空の下、本町小学校にて中区総合防災訓練を実施いたしました。当日は地元の皆さん、医療・福祉、ライフライン、消防等の各関係者合わせて約270名が参加されました。同日、他の7ヶ所の地域防災拠点においても、約1500名の皆さんが訓練されました。
訓練に参加し、日頃の備えをしておくことは、本当に重要です。去る8月11日の静岡県沖地震において、被害が少なかったのは、住民自らの防災組織が、毎月防災訓練を実施し、また、家具の転倒防止や建物耐震化に力をいれていたことも理由とされています。このことは災害において「自助(自分・家族は自分で守る)」「共助(地域での支え合いや要援護者への援助)」「公助(行政による支援)」のうち、自助と共助が大切であることを示していると思います。公助に関しては、訓練の講評で、髙澤中消防署長のお話にもありましたが、行政は、人命救助のほか、区全体の消火活動、道路啓開、建物・橋などの復旧を優先せざるを得ない面もあり、まずは、地域の皆さんの共助が必要となるのです。
本日の訓練では、地域の皆さんと消防団員の方々による倒壊家屋からの救助・救出訓練が行われるなど「共助」を体験・実感できるものであり、阪神・淡路大震災では、倒壊家屋からの救出は、8割近くの人が地域の人によるものであったことを改めて想い出させてくれるものでした。
訓練後半には、中消防署山下町特別救助隊と横浜市特別高度救助部隊(スーパーレスキュー)による迫力ある救出訓練と医師会、薬剤師会、看護ボランティアによるトリアージ(災害発生時に傷病の緊急度や重症度に応じて治療の優先順位を決定すること)訓練が行われ、最後に伊勢佐木・加賀町消防団による消火活動で、訓練は締め括られました。
自助についてもう一言。災害に対応するためには、最低3日分(新型インフルエンザ対策としては2週間程度)の食料の備蓄や、飲料水・生活用水の確保、簡易トイレ等の用意、さらに阪神・淡路大震災で亡くなられた約6,400人の方のうち、8割近くの人が倒壊家屋の下敷きが原因であったことから家具の転倒防止・耐震対策などを是非、お願いしたいと思います。本日の訓練の準備・運営に携わった皆さん、特に本町小学校地域防災拠点管理運営委員会の方々、お疲れ様でした。今後も、発災時は当然、防災についても、自助・共助・公助の三者が総がかりで行っていきましょう。
中消防署山下町特別救助隊と横浜市特別高度救助部隊(SR)による救出訓練 / トリアージ訓練
ひといきついて、夕方5時からは、「黄金町バザール2009のオープニングレセプション」に出席しました。
ご存知のように初黄・日ノ出町地区はかつて違法な風俗営業を行う小規模店舗が約250店も軒を並べ、環境悪化が大きな問題になっていましたが、ここ数年は、地域・警察・大学・行政が連携して取組み、違法営業は陰を潜め、新たなまちづくりが課題になっています。昨年、アートと地域が連携したイベント「黄金町バザール」が開催され、10万人を超える人出があり、まちのイメージを大きく変えることができました。
今年はバザールも2年目を迎えました。この1年間で、地域再生のまちづくりを進めるNPO「黄金町エリアマネジメントセンター」の設立、18年度から進めてきた大岡川プロムナード整備の竣工、黄金町交番の完成・業務開始、と着実に進展がありました。小規模店舗の借上げ等もすすみ、9月1日にこの地区3番目の地域防犯拠点として改装オープンしたステップスリーはじめ、数件が新しい会場に加わりました。
主催者である黄金町エリアマネジメントセンターの小林光政理事長、初黄日ノ出町環境浄化推進協議会の杉江義夫会長はじめとする地域の皆さんもすっかりこのイベントの主役となってきました。初黄町、日ノ出町の両町内会婦人部の皆さんは、ご自慢の手料理で参加者をもてなすなど、プロ顔負けのおもてなしをされたのには、感動しました。さて今年のニューフェースと言えば、みなさんが注目したのは数日前に就任されたばかりの林文子・新市長でした。挨拶に立った市長は、「このまちの再生の取組みは、奇跡ともいえます。このまちは、みなさんの取組でここまで来たのだから、元にもどしてはいけない。取組を継続させ、手を緩めずに最後の最後までやっていきたい」と述べ、参会していた多くの関係者は大いに力づけられていました。
市民ひとりひとりの力、地域の皆さんのまとまった力、そして警察や行政の力が加わることによって、「安全安心」という目に見えないけれども、かけがえのない財産が私たちにもたらされています。そのようなことを感じた、9月最初の週末でした。
視察中の林市長
レセプション会場にて林市長と
横浜開港150周年記念 第48回1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭
~横浜中区から全国に元気の発信~
中区体育協会会長 山口会長らと記念撮影
「あたらしい朝がきた 希望の朝だ・・・それ一、二、三」おなじみラジオ体操の歌を8000人のみなさんが元気に合唱―。
8月2日(日)6時30分より中区新港の赤レンガパークで1000万人ラジオ体操が行われました。 その模様はNHKテレビ・ラジオを通して全国そして海外に実況中継されました。
北海道から沖縄まで全国から参加された方や市内各区から参加された方、中区からも赤レンガから近い伊勢佐木町旧松坂屋前や関内などで毎朝ラジオ体操をされている方。また、ある小学校はバス4台で参加され、本当に大勢のみなさんに楽しんでいただきました。
横浜教育ビジョン(10年構想)のなかで横浜の教育では、「幅広い知識と教養」「豊かな情操と道徳心」「健やかな体」という知徳体3つの基本を大切にするとあります。
その「健やかな体」のために、「早寝早起きをし、朝ご飯をきちんと食べ、規則正しい生活を守ります」という目標があります。その目標を達成するためには、「ラジオ体操」がまさに効果的な手法だと再認識しました。
また今回は「みんなの体操10周年」も兼ねていました。この体操はラジオ体操第1、第2に続く第3の体操であり、高齢者にもやさしい体操です。
ラジオ体操は81年目となり子供達から高齢者、障害者まで多くの国民に愛されるすばらしい体操です。まさに、継続は力なりともいえます。
当日は薄曇りで気温も高くなく、天候にも恵まれました。一方、国内では豪雨や竜巻などで大きな被害がありました。今年の夏の中期天気予報によると6年ぶりのエルニーニョ現象の影響もあり、日本では冷夏が予想されています。
しかし、ここ横浜では天候とは裏腹に、衆議院議員選挙と横浜市長選挙が同日に開催される“熱い”夏になりそうです。
横浜市長選挙:告示8月16日、投票8月30日
衆議院議員選挙:公示8月18日 投票8月30日
体操指導の長野さんと / ピアノ伴奏の幅さんと
8000人の体操はまさに圧巻 / スウィンギーも応援にかけつけました。
日本大通りがタイムマシンになりました
開港文化のうねりを再生し次の50年へ~中区開港ルネッサンスに24万人集まる~
開催式典でのあいさつ
中区の開港記念事業のメインイベントである「中区開港ルネッサンス」が日本大通りから象の鼻パークを中心に6日・7日の土日に開催され、2日間で24万5千人の方に楽しんでいただきました。
当日は、幕末の新鮮組や花魁(おいらん)の衣装から、明治の文明開化、大正ロマン・昭和戦前と当時の姿が蘇り、アニメやゲームキャラの近未来的衣装とメークできめた大胆なコスプレーヤーも多数出現。
道行く平成市民の姿も加えて、クラシカルな街並みと緑のイチョウ並木の下を、時代を超えたファッションが行きかう光景は、日本大通りがまるでタイムマシンになったかのようでした。今だかつてないこのシーンには私もドッキリ、まさにルネッサンスとして文化再生と新しい創造を表現したイベントになりました。
パレードには横須賀からお呼びしたアメリカ海軍第7艦隊の軍楽隊が、ペリー提督が上陸し日本の扉を開いたゆかりの地「象の鼻パーク」まで勇壮に行進し、ステージに集まった4千人の観衆を沸かせ心にひびく演奏を披露してくれました。 御存知のとおり、日米関係はこの象の鼻から始まり、太平洋戦争や戦後の接収などをはさみ、横浜は150年以上、アメリカを一番関係の深い外国として文化を受け入れ発信し、密接な関係を築いてきました。数々の苦難を克服し、横浜の発展を築いていただいた先人の功績に感謝し学ぶ年としたいと思います。
6月27日は「ペリーは横浜に何をもたらしたか?」というテーマで中区発(初)の日米交流セミナーが開港記念会館で開かれます。横浜を舞台に始まったアメリカとの交流の歴史秘話、横浜だからこそ日米の絆に果たせる役割など、慶応義塾大学の阿川 尚之先生を始めとする日米両国の国際関係の専門家に本音トークを熱く語っていただこうと企画を進めています。皆様のお越しをお待ちしています。
アメリカ海軍第7艦隊の軍楽隊
「日米交流セミナー」(http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/y150/)
開港150周年の記念日を迎えました
~そして中区開港ルネッサンスへと~
象の鼻オープニングを祝って黒船が来航
横浜開港記念式典は5月31日、天皇皇后両陛下、三権の長の御臨席を仰ぎ、盛大におこなわれました。そして150回目の開港記念日の6月2日は、150周年を記念する施設として象の鼻パークがオープンを迎えました。
象の鼻は、ペリー提督が1854年に来航した時に上陸し、開港の先駆けとなる日米和親条約締結の舞台となり、横浜、日本、そしてアメリカにとっても歴史的場所です。
150年間、ここから海外に、世界から日本に、さまざまな物や情報が出入りし文化も発信されてきましたが、今、開港初期の古い桟橋の石積みが復元され、当時の姿が蘇りました。
港を開き、商いを始め、街をつくっていったのは、各地から横浜に集まった人たちです。新しいことへの好奇心やチャレンジ精神を、鎖国し封建社会の江戸末期の人々が持ち合わせていたことに改めて驚かされます。外国人との手探りでのやりとりでは、成功だけでなく、さまざまな失敗や困難があったはずです。厳しい労働の中で、不慮の事故や病に倒れ、命を落す人もあったことでしょう。それにめげず立ち向かっていった姿に思いを馳せ、先人のエネルギーと勇気に改めて感動し感謝の気持ちを抱きます。
現在、私たちは社会経済の困難に直面しています。しかし、開国以来の日本の発展を支えてきた横浜市民の進取の気質のDNAは今も脈打っているはずです。
いよいよ中区の開港記念事業のメインイベントである「中区開港ルネッサンス」が日本大通りを中心に6月6日7日の土日に開催されます。「中区開港ルネッサンス」は開港以来の歴史を振り返りながら、次の50年に向けて新たな文化や創造活動のうねりを中区から巻き起こすイベントです。
私は、この150年事業を「横浜を日本を元気にしていく」機会としてとらえ、私たちが持ち合わせている知恵や好奇心を発揮し、新しい挑戦に向けて動き出す大きなチャンスに是非していきたいと思います。皆さん、6月6-7日の両日、日本大通りでお会いしましょう。
中田市長スピーチ
区役所職員が開港当時の衣装でお出迎えしています(6月5日まで)
「中区開港ルネッサンス」(http://www.city.yokohama.lg.jp/naka/y150/)
「象の鼻地区について(http://www.city.yokohama.jp/me/port/general/zounohana/)
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