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広報よこはま なか区版 平成27年2月号
生糸がつむいだ中区のまち


開港とともに始まった貿易で中区のまちは発展してきました。貿易の中心になったのは生糸。生糸貿易は、昭和35(1960)年ごろまで外貨獲得に功をなし、日本経済を牽引してきたといって過言はありません。先人たちの足跡を振り返り、未来に向けて、魅力と活力あるまちをつくっていく思いを新たにしましょう。

全国各地の製糸所で作られた生糸には商標が付けられ、横浜に集まってきた。製糸所の生産物への誇りが込められている商標は、時代を経た今、1枚の美術品のように美しい。
*歴史画像はすべて横浜開港資料館所蔵

住友製糸場の商標 住友製糸場(滋賀県)
関東大震災まで日本の生糸のほとんどが横浜港から輸出された。これはニューヨークが生糸の取引先の中心になってきた頃のもの(明治30年代)

富岡製糸場の商標 世界遺産となった富岡製糸場(群馬県) 
三溪園を開いた原三溪(富太郎)が経営していた時代のもの(大正前期)

碓氷社・姫印の商標 碓氷(うすい)社(群馬県)・姫印
同社の「座繰(ざく)り糸(農家が手作業で生産)」の最高品質糸に付けられた商標(大正期)

片倉製糸越後工場の商標 片倉製糸越後工場(新潟県) 
各地に工場をもった片倉製糸は、その土地ゆかりの図柄を用いた。これは越後獅子の商標(昭和初期)



ジャーディン・マセソン商会の輸出商標 横浜居留地最大の外国商館「ジャーディン・マセソン商会(英一番館)」の輸出商標。日本の生糸売込商から生糸を集め、自社商標を付けて海外へ送った(明治20〜30年代)

五雲亭貞秀「神名川横浜新開港図」
開港翌年の本町通り。現在の本町四丁目交差点付近から山下町方面を望んでいる。わずか1年で、このように新しい店が立ち並び、人々が行き来するにぎやかなまちが生まれた/五雲亭貞秀「神名川横浜新開港図」万延元(1860)年


関内エリアの生糸スポットをご案内します

案内人は生糸のことに詳しいシルク博物館・元部長の小泉勝夫さん
横浜はまさに生糸貿易で発展してきたまちです。開港当時、海に向かって日本大通りの左側が日本人のまちで右側が居留地でした。国内各地から運ばれた生糸は弁天通りや本町通りの日本人売込商を通じ、居留地の外国人商人が買い受け、横浜港から輸出されていきました。これらのエリア、さらに関東大震災後、国が総力をあげて生糸再輸出に取り組んだ拠点・北仲通のエリア…。生糸をキーワードにまちを歩いてみると、開港以来のまちの歴史、貿易の歴史に思いを馳(は)せることができますよ。
シルクセンターの正面左手にあるこの桑の木は開港期の生まれ。養蚕地の相模原から移植されたものです。
小泉さんは県内で長く養蚕技術指導と研究に当たった後、平成10年から10年間、シルク博物館部長を務めた。蚕糸関係の専門家として知られる。

生糸輸出が国をあげての事業だったことを今に伝える歴史的な建物 「キーケン」の愛称で呼ばれていました。
1 旧横浜生糸検査所

国の横浜第二合同庁舎は、かつて、ここで生糸の品質検査を行った横浜生糸検査所の建物を生かして建てられています。関東大震災後、生糸輸出復興のために国の威信をかけて検査所と生糸保管仕様の倉庫が建てられました。当時の設計は近代建築の先駆者・遠藤於菟(おと)。倉庫1棟と事務所棟が今も残り、一帯では歴史を生かした整備が計画されています。
旧横浜生糸検査所
建物の周りのフェンス 建物の周りのフェンスには「まゆ」がかたどられている   建物正面の上部についている紋章 建物正面の上部についている精巧な紋章は「蚕蛾(かいこが)」

開港当初、横浜きっての豪商だった 碑の中の錦絵には、当時の近辺が描かれ、広大なこの店も記されています。
2 生糸貿易商・中居屋重兵衛店跡

生糸貿易に夢をかけて国内各地から集まってきた商人たちの一人、中居屋(なかいや)重兵衛は、生糸の産地・群馬県嬬恋(つまごい)村出身で、開港のころ、またたくまに横浜きっての豪商となりました。本町通りに建てられた住まいと店をかねた大豪邸は銅ぶきの屋根で「銅(あかがね)御殿」と呼ばれたそうです。
故郷・嬬恋の人たちが平成15年に建てた記念碑 故郷・嬬恋の人たちが平成15年に建てた記念碑

半山直水「横浜市中に於て外国人生糸を見分る図」 当時の生糸の取引光景/半山直水「横浜市中に於て外国人生糸を見分る図」明治初年

シルク通りにあった外国商館の遺構 シルク通りにはその名のとおり、生糸貿易を行った外国商館が並んでいたんですよ。
3 旧居留地91番地塀 4 エンブレム・ストーン

「旧居留地91番地塀」は、関東大震災で崩壊したイタリア系商館「デローロ商会」のもの。昭和40(1965)年まで生糸関連の貿易を続けていました。また、ファンケルビルの入口の中には、かつてここにあった外国商館のエンブレム・ストーンが置かれています。この地は、長く横浜の生糸貿易とともにあったスイス系商館「シーベル・ヘグナー商会」ゆかりの地です。
旧居留地91番地塀 旧居留地91番地塀。居留地の建物の外構を示す唯一の遺構

外国商館の生糸入荷風景 外国商館の生糸入荷風景。居留地76番にあったバヴィエル商会/「日本絵入商人録」明治19(1886)年

「1902年」の年号と居留地の区画番号「No.89.A」が記されたエンブレム・ストーン 「1902年」の年号と居留地の区画番号「No.89.A」が記されたエンブレム・ストーン。同社は幾多の変遷を経、今は「DKSHジャパン」として東京に本社を持つ

養蚕のことからシルクの歴史・未来まで何でもわかる
5 シルク博物館

横浜ならではの、絹を専門にした数少ない博物館。養蚕、製糸、機織りの過程や生糸と横浜の歴史、絹の新しい可能性などを学べるほか、糸繰りや機織りの体験ができます。まゆ人形・くみひもなどを作る教室もあります。世界の民族衣装や日本の美しい着物の展示は必見!
<9時〜16時入館 月曜休館 一般500円 TEL : 641-0841>
シルク博物館 「この着物はまゆ何粒でできているでしょう?」クイズ形式で楽しく学べます

手術用縫合糸、三味線の弦など 手術用縫合糸、三味線の弦など多様な絹活用例や、人工血管など新たな分野での活用の可能性も展示

ここは「英一番館」と呼ばれた居留地一の外国商館・英国の「ジャーディン・マセソン商会」があったところ。横浜での貿易額の約70%を掌握していたこともあります。そんな場所に、昭和34(1959)年、開港100年を記念して、シルク博物館のあるシルクセンターができました。シルクセンターの中には、世界の生糸価格をリードした取引所が、平成18年まであったんですよ。
ミュージアムショップ
横浜スカーフを買うならこちらへ。色とりどり、さまざまな柄の美しいスカーフがそろっています。
シルクのしっとり感を活用した化粧品・石鹸・下着・靴下やシルク入り食品も

生糸売込商・福井藩石川屋の跡地に建ち、横浜商人たちの拠点がルーツ この付近は、生糸商とのゆかりが深い地です。
6 横浜開港記念会館

開港のころから10年間ほど、この地には、生糸など福井藩(現・福井県)の領内産品を売り込む、いわば“藩営商人”石川屋がありました。ちなみに明治期の日本美術界を育成した岡倉天心の生家でもあります。その後、明治7(1874)年には、生糸商ら横浜商人の資金で、役所の役割と商人たちの集会所の役割を持つ町会所(まちかいしょ)がこの地に建てられました。明治39年の火災後、今の開港記念会館を建てるときも、生糸商をはじめとする横浜商人は多くの寄付をしました。
横浜開港記念会館
「三塔の日」記念イベント 3月8日(日)
県庁の塔、横浜税関の塔とともに開港記念会館の時計塔は横浜三塔と呼ばれ、3月10日は「三塔の日」とされています。直近の日曜日にはイベントが。当日は県庁も公開!
開港記念会館の愛称はJACK
●JACKの塔にのぼろう
10時〜15時。当日先着300人。100円

●1日限りの開港カフェ
かつて会館にあった食堂の雰囲気の中でお茶とケーキを。11時〜15時。 ※売切れ次第終了

●「シルクと横浜」のシンポジウム
12時30分〜14時30分。当日先着300人。無料

【問合せ】区役所地域振興課 TEL : 224-8135 FAX : 224-8215

生糸スポット地図

生糸と三溪園

三溪園を開いた原三溪(富太郎)は生糸商として成功し、世界遺産となった富岡製糸場を明治35(1902)年から36年間にもわたり経営していました。また園内の古民家・旧矢箆原(やのはら)家住宅には養蚕民具の展示もあります。
<9時〜16時30分入園  一般500円  【バス停】本牧・本牧三渓園前  TEL : 621-0634> 
原三溪(富太郎)


世界最高技術の
横浜スカーフ
横浜スカーフ
繊維業者の組合「横浜繊維振興会」理事の本川(もとかわ)久幸さんとスカーフ親善大使の峯岸伊美(よしみ)さんにお聞きしました。
生糸の輸出と共に、明治初期、絹のハンカチーフの生産・輸出が始まり、昭和初期になるとスカーフが主流に。戦後は何度もスカーフのブームが訪れ、昭和51(1976)年ごろには世界の生産量の過半数、国内では約9割を占めたといいます。「薄い生地に多色を重ね微妙な色合いを鮮やかに染める技術は世界に誇るもの」と本川さん。「夏涼しく、冬あたたかい絹は体にとてもよいですよ」とも。「ミス横浜」も経験した峯岸さんは「市外のお客様をお迎えしたり、訪問するときのお土産には、横浜の特産品としていつも横浜スカーフが使われていました。この横浜の誇りを応援していきたいです」と。5月の連休には赤レンガ倉庫で横浜ファッションウイークを開催。デザイン専門学校とコラボした、スカーフで制作した洋服のファッションショー、スカーフの結び方教室など、多くの人にスカーフに親しんでもらえるイベントも行っています。

本川さん 峯岸さん
本川さん 峯岸さん
横浜ファッションウイーク
横浜ファッションウイーク


中区と友好交流協定を結んでいる埼玉県飯能市も絹にまつわるまち

昨年、中区と友好交流協定を結んだ飯能市の市街地では、江戸時代に絹織物などを扱う市が開かれ、古くから絹織物のまちといわれていました。この絹甚(きぬじん)は絹織物・生糸・蚕種(さんしゅ)(蚕の卵)などを商う商家<明治37(1904)年建造>で、黒漆喰の壁が特徴的です。中区の本町通りや弁天通りにも、こんな商家が並んでいたのでしょうか。市街地の周囲では、今から30年ほど前でも桑畑が広がり、蚕を飼い、織物を副業とする農家があったそうです。

2/17(火)〜3/8(日)には、絹甚を含め飯能市内の各所にひな人形が飾られる「ひな飾り展」が行われます(飯能までは元町・中華街駅から直通乗り入れで約95分)。詳しくはHPで  
【問合せ】飯能商工会議所 TEL : 042-974-3111

飯能市の文化財になっている絹甚 飯能市の文化財になっている絹甚   絹地のつるしびな 絹地のつるしびな


ヨコハマヘリテイジセミナー「シルクロードでつなぐ歴史の街と里」

関内地区に残る生糸スポットの見学と、福島、群馬、長野など生糸ゆかりの地での絹文化を残すための取組みを聞くシンポジウムです。
●3月14日(土)14時30分〜16時30分…見学会(500円)、15日(日)11時〜16時…小泉勝夫氏の講演・シンポジウム(900円) ●両日とも開港記念会館で  
【申込み】3月9日(月)までにメールかFAXで事務局
FAX : 651-1730  Eメール : yh-info@yokohama-heritage.or.jp
生糸貿易は近代日本の国づくりの源でした。養蚕、製糸、織物…絹にかかわる地は日本各地にあり、横浜がその要だったのです。歴史と文化は共有し、交流することで力を持ちます。このセミナーをきっかけに、今、また、横浜を中心に各地とのネットワーク作りをしていきたいですね。 
米山淳一事務局長
米山淳一事務局長


参加者募集!「横濱生糸地図」関内シルクロードを歩く

横浜市では生糸ゆかりの地をめぐるウォークラリーキャンペーンを実施中。 これにちなみ、横浜シティガイド協会がガイドツアーをします。
詳しくは横浜シティガイド協会

(A)シルク商人が店を構えた町
馬車道駅集合で旧生糸検査所、豪商たちの商店跡、横浜開港資料館、シルク博物館などを巡ります。  

(B)外国商人が活躍した港&居留地
日本大通り駅集合で外国商館跡、山下居留地遺跡、日本郵船氷川丸などを巡ります。

●3月8日(日) 9時30分〜11時45分(A)、14時40分〜16時55分(B)
●3月12日(木) 9時30分〜11時45分(A)
●3月20日(金) 9時30分〜11時45分(B)

*A・B両方参加も可 8日(日)は開港記念会館のシンポジウムにもご参加ください
各先着50人 各500円(各施設入館料は別途要・割引あり)
【申込み】2月16日(月)から電話・FAXで  
【問合せ】同協会 TEL : 228-7678(平日)  FAX : 228-7693  

読者プレゼント

横浜スカーフ
(1)横浜スカーフ 3人
(2)シルク博物館入館券 5人
特別企画
(3)森林文化都市・飯能の日帰り温泉「さわらびの湯」 入館券 5人
はがきに本紙の感想と希望商品番号・住所・氏名・年代を記入し、2/28(土)までに 〒231-0021中区日本大通35 中区役所広報相談係へ。消印有効・抽選
*希望以外の商品となる場合もあります。発表は賞品の発送で
【問合せ】「区役所広報相談係 TEL : 224-8123


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作成:  2015年2月01日 更新:  2015年2月01日
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