| ア | 旧根岸村新井家に伝わる亜墨理駕船渡来日記 新井通夫氏蔵 |
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根岸村(現在の横浜市中区)の旧家新井太左衛門家に伝来したもので、嘉永7年(1854)1月のペリー提督一行の来航から3月の下田回航までの様子が記されている。他の黒船渡来日記のように、献上品などが描かれた挿絵は少ないが、当時を詳細に伝える情報は豊富である。 |
| イ | 港北区飯田家邸内の成島柳北碑 |
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港北区綱島台の飯田家は、江戸時代に代々名主を勤め、明治時代には地域の発展に尽力した名望家である。その屋敷の植え込みのなかに、明治時代、朝野新聞社長として軽妙洒脱な筆をとっていた成島柳北の碑がある。この成島も横浜の文化の発展に貢献したひとりである。 |
| ウ | ガス灯建築は未曾有の偉業であるとの天皇の意を伝えた県令の達し書 明治7年3月19日 |
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横浜の灯台寮に行幸した明治天皇は、ガス局も視察し、創業者の高島嘉右衛門と会い、宮内卿を通じて「ガス灯の建築は未曾有の偉業である」との意を伝えた。中島県令(現在の県知事)がこれを書面にして達したもので、高島家で大切に保管され、横浜の歴史を紐解く貴重な資料でもある。 |
| エ | 国会開設を祝う横浜市民と山車 明治23年11月25日 彩色写真 |
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日本で最初の国会が召集された日の横浜の賑わいを描いた彩色写真である。中央は、明治3年に旧横浜町(海岸通・北仲通・本町・南仲通・弁天通の各筋)3丁目で製作された豪華な神功皇后の山車で、それを曳く人びとの法被の襟には「祝国会」の文字が見える。 |