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Yokohama's Memory2 【関東大震災と復興】
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 Vol.2【関東大震災と復興】では,Vol.1に引き続き「本町通り」・「吉田橋」・「野毛・伊勢山」・「海岸通り」,この4ポイントの街並みについて,1923年(大正12)9月1日の関東大震災による被害状況,そして昭和初期の復興横浜の姿を,画像資料が語ります。
  • 「本町通り」
  • 「吉田橋」
  • 「野毛伊勢山」
  • 「海岸通り」

     マグニチュード7.9,相模湾北西部を震源地とする関東大地震は,文化的,経済的,そして物的蓄積にも壊滅的な被害を横浜にもたらしました。

     横浜市中央図書館の前身であり,創立まもない横浜市図書館も震災により多大なる損害を被りましたが,各地から本をはじめ,さまざまなご援助をいただき,今日に至っています。

     関東大震災については,行政が刊行した記録,市民による思い出,外国人による回顧などに被災のつらい体験を読むことができます。言葉のみならず,よりリアルに惨状を物語る画像も今日に伝わります。

     帝都復興事業の一環として開始した横浜の復興への取組は,1929年(昭和4)に一応の完成をみ,4月23日,復興状況視察の昭和天皇を横浜に迎え,翌24日には,復興祝賀式を野毛山公園で開催しました。 これに先立ち,横浜市は1927年(昭和2)4月1日に第三次市域拡張を行い,五十万都市“大横浜”を誕生させるとともに,10月1日には,区制を施行し,鶴見・神奈川・中・保土ケ谷・磯子の五区を設置しました。 さらに,1935年(昭和10)3月25日から5月24日にかけて,「復興記念横浜大博覧会」を山下公園で開催しました。これは,復興事業の完成を記念するとともに,都市と産業の発展を目的としたものです。

     出版物は時代を反映する鏡とも称されますが,横浜が再び力強い歩みをはじめるとともに,民間も行政も活発な出版活動を再開します。たとえば,大衆文化の拡がりを雑誌に,市域拡張を地図に見ることもできますし,行政は横浜をアッピールすべく,日本語のみならず,英語によるP.R.本も出版しています。



本町通り
本町通り
写真【本町通り】
([横浜大正大震災写真帖]所収)
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本町通りの復興と市電
写真【本町通りの復興と市電】
(『復興記念写真帖』所収)
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吉田橋
吉田橋より見たる馬車道通りの惨状
絵葉書
【吉田橋より見たる馬車道通りの惨状】

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吉田橋より観たる関内の復興
写真
【吉田橋より観たる関内の復興】

(『復興記念写真帖』所収)
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野毛伊勢山
野毛坂
図版【野毛坂】
(『大正十二年九月一日
大震災記念写真帖』 所収)
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野毛町通り
絵葉書
【(復興せる横浜)野毛町通り
(After Great E(a)rthquake)
Nogeyama, Yokohama】

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海岸通り
大震大火災実況
写真
【大震大火災実況 (大正十二年九月一日)
横浜神奈川県庁ト税関】

([横浜大正大震災写真帖]所収)
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復興セル海岸通リト山下公園
絵葉書
【復興セル海岸通リト
山下公園】

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