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横浜市史 資料編6 目次

暴行門(承前)
   
横浜騒擾御国人等米国「ロベルトソン」等ヲ殴打1件   
   横浜騒擾御国人等米国「ロベルトソン」等ヲ殴打1件 1  
  〔1〕 編史氏ノ附言
  〔2〕 文久3年3月6日 〔英艦渡来ニツキ〕横浜市中ヘノ布達
  〔3〕 文久3年3月 〔異国船横浜碇泊ニツキ〕江戸市中ヘノ布達
  〔4〕 文久3年3月17日 〔立退方用意ニツキ〕横浜市中ヘノ布達
      〔文久3年3月〕 右ニ属スル別録
  〔5〕 文久3年3月18日 神奈川奉行ト〔米〕岡士及通詞彦三トノ対話書
  〔6〕 文久3年3月18日 定廻リノ調書
  〔7〕 文久3年3月 定廻リノ調書
  〔8〕 文久3年3月19日 「ロベルトソン」ヲ拘引シ剰ヘ雑具洋銀等ヲ掠奪セシ者アリト〔米〕岡士〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕
            愁訴ノ来翰
  〔9〕 文久3年3月19日 神奈川奉行ト〔米〕岡士及通詞彦三トノ対話書抜萃
  〔10〕 文久3年3月19日 神奈川奉行ト〔米)岡士ノ対話書
  〔11〕 文久3年3月19日 〔商人ノ帰還ヲ命ズル〕横浜市中ヘノ布達
  〔12〕 文久3年3月20日 諸職人等「ロベルトソン」ヲ拘引云々ト〔米〕岡士ノ報告アリシヲ〔米〕公使ヨリ〔閣老ヘ〕
              縷述ノ来翰
  〔13〕 〔文久3年月日欠〕 右ニ答フル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ返翰
  〔14〕 文久3年3月 外国奉行ヨリ神奈川奉行ヘノ照会
       〔文久3年4月〕 右覆答
  〔15〕 文久3年3月22日 野州田沼村岩蔵下総逸見村常次郎答弁書
  〔16〕 文久3年4月 取締係ノ調査セシ探索書
  〔17〕 文久3年4月4日 〔親〕八郎代直助嘆願書
  〔18〕 文久3年4月11日 土方職佐吉嘆願書
  〔19〕 文久3年4月23日 〔鎖港ノ応接着手ニツキ市中取締ニ留意セシムル〕江戸市中ヘノ布令
  〔20〕 文久3年5月 同上〔老弱病者立退ニツキ江戸市中ヘノ布令〕
  〔21〕 文久3年6月朔日 外国局ヨリ神奈川局ヘノ照会
       〔文久3年6月〕 右覆答
       〔文久3年6月〕 シヨヤ宅ヘ数人侵襲ノ顛末書
  〔22〕 文久3年6月18日 曩ニ来セシ51号ノ書翰ニ回答ノ遅延セシヲ〔米〕公使ヨリ〔閣老ヘ〕督促ノ来翰
  〔23〕 文久3年7月17日 右ニ答フル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ返翰
  〔24〕 文久3年8月23日 対手直助ノ裁判開〔廷〕ノ期ヲ問ヘル〔米〕岡士〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ来翰
  〔25〕 文久3年9月2日 右ニ答フル神奈川奉行〔ヨリ米岡士ヘ〕ノ返翰
  〔26〕 文久3年9月4日 右返翰ノ本旨十分ナラスト切ニ直助ノ処罰ヲ促セル〔米〕岡士〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ来翰
  〔27〕 文久3年9月 右ニ答フル神奈川奉行〔ヨリ米岡士ヘ〕ノ返翰
  〔28〕 文久3年9月 神奈川局意見条陳
  〔29〕 文久3年10月3日 「ロベルトソン」等ヨリ負債完償ナラサルヲ以テ判決因循セシヲ閣老ヨリ〔米公使ヘ〕
              弁明ノ書翰
  〔30〕 文久3年11月12日 〔米〕公使ヨリ〔閣老ヘ〕当日騒擾ノ事態ヲ細記シ其結局国民損耗ノ償2万弗ヲ請求ノ
              来翰
  〔31〕 文久3年〔11月 米公使ノ書翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
    
   横浜騒擾御国人等米国ロベルトソン」等ヲ殴打1件 2  
  〔32〕 文久3年12月 〔米公使ヘ差遣スベキ返翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔33〕 文久3年12月10日 厳督峻拒互ニ曲直アルヘシト答フル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ略返翰
  〔34〕 文久3年12月 〔米公使ノ書翰ニツキ〕神奈川奉行ノ申稟
  〔35〕 文久3年12月28日 〔米公使ヘ差遣スベキ書翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔36〕 文久3年12月30日 神奈川奉行ト〔米〕岡士ノ談判意中貫徹セサルノ齟齬ナルヘシト奉行調査ノ別録ヲ
              添送セル閣老ノ細答
              右顛末ノ大意書
         〔米岡士トノ談判ニツキ〕神奈川奉行ヘノ指令〔案〕
  〔37〕 元治元年正月 横浜ニ於テ外国奉行ト仏公使ノ対話書抜萃
  〔38〕 元治元年5月10日 商人等損耗ノ償金ヲ強テ請求セル〔米〕公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔39〕 元治元年5月 〔米公使ノ書翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔40〕 元治元年5月17日 損耗償完ノ請ヲ我政府兪允セシ事ト大統領ノ信セシ旨ヲ〔米〕公使ヨリ〔閣老ヘ〕転告
              ノ来翰
  〔41〕 元治元年6月12日 「ロベルトソン」等未償ノ債早ク完全ノ処置アルヘシト促ス神奈川奉行〔ヨリ米岡土ヘ〕
              ノ書翰
  〔42〕 元治元年6月17日 右ニ答フル〔米〕岡士ノ来翰
  〔43〕 元治元年6月28日 〔米〕公使退都ノ日ヨリ30日後洋銀1万千2百弗ヲ交付スヘキ旨ヲ外国奉行ヨリ
              〔米公使ヘ〕報知ノ書翰
              〔元治元年6月26日 米〕公使ノ出セシ案文
  〔44〕 元治元年6月29日 曲直裁判今ヨリ30日ヲ経テ断決ニ至ラサレハ魯帝ノ裁断ヲ請ハント約セシ外国奉行
              〔ヨリ米公使ヘ〕ノ書翰
          〔元治元年5月24日 米〕公使ノ出セシ案文
  〔45〕 元治元年9月3日 〔浅野伊賀守運上所ヘ出勤遅刻ニツキ〕外国奉行支配組頭〔杉浦武三郎及同調役
              伊藤岩一郎ヨリ同調役相原二郎太郎ヘ〕ノ書翰
  〔46〕 元治元年9月10日 〔ロベルトソン等ノ1件ニツキ償金ノ解決ヲ促ス〕外国奉行ノ申稟
  〔47〕 元治元年9月16日 損耗補給ノ償ハ他ノ各公使ニモ協議セサレハ決シ難シト告ル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ
              書翰
  〔48〕 元治元年9月21日 右ニ答フル〔米〕公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ返翰
  〔49〕 元治元年9月28日 償金贈与ノ理由ナキヲ弁シ結局魯帝ノ裁断ヲ請ハント告ル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ返翰
  〔50〕 元治元年10月3日 右ニ答ヘシ〔米〕公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ返翰
  〔51〕 元治元年11月25日 魯帝ノ裁判ヲ請ハンカ為彼地ヘ送ルヘキ書類ヲ外国奉行ニ託シ横浜ニ来リ談判
              セシムヘシト報スル〔米〕公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔52〕 元治元年12月4日 魯国ニ送ルヘキ書類整頓ニ至ラハ速ニ〔米〕公使ニ示スヘシト告ル外国奉行〔ヨリ
              米書記官ヘ〕ノ書翰
  〔53〕 元治元年12月18日 1件書類ヲ示サンカ為面晤ノ期ヲ促セル〔米〕書記官〔ヨリ外国奉行ヘ〕ノ来翰
  〔54〕 元治元年12月22日 右ニ答フル外国奉行〔ヨリ米書記官ヘ〕ノ返翰
    
  横浜騒擾御国人等米国「ロベルトソン」等ヲ殴打1件 3  
  〔55〕 元治元年12月 魯国裁判ヲ請ハンカ為〔魯国外国〕事務大臣ヘノ書翰及顛末書逓送ヲ同国岡士ヘ依頼
              セル閣老ノ書翰
              〔元治元年12月〕 〔「ロベルトソン」等1件ニツキ魯国帝ニ裁判ヲ依頼セル〕閣老ヨリ魯国〔外国〕事務大臣
              ヘノ書翰
          1件顛末書
  〔56〕  〔魯国政府ヘ差送ルベキ「ロベルトソン」等1件取調書ニツキ〕神奈川奉行ヘノ諭達案
    
   横浜騒擾御国人等米国「ロベルトソン」等ヲ殴打1件 4  
  〔57〕 慶応元年4月朔日 「シヨーヱル」建物ノアリシ地処貸渡シ難ク将魯国政府ヘ書送ノ挙後任公使ヘ備サニ
              伝告スヘシト望メル外国奉行〔ヨリ米書記官ヘ〕ノ書翰
  〔58〕 慶応元年10月8日 〔米国政府ヘ差遣スベキ書翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔59〕 慶応元年10月 談判熟シ難キヲ以テ本国〔外国〕事務大臣ヘ書翰及顛末書逓送ヲ託セシ閣老〔ヨリ
              米代理公使ヘ〕ノ書翰
          〔慶応元年10月 「ロベルトソン」等1件ニツキ〕閣老ヨリ〔米外国〕事務大臣ヘノ書翰
  〔60〕 慶応元年10月18日 償金談判ノ命令ヲ受サル以前熟議和平ニ至ラシメント欲スル〔米〕代理公使〔ヨリ
              閣老ヘ〕ノ来翰
  〔61〕 慶応元年10月22日 右ニ答フル閣老〔ヨリ米代理公使ヘ〕ノ返翰
  〔62〕 慶応2年2月20日 外国奉行及目付ト〔米〕代理公使ノ対話記抜萃
  〔63〕 慶応2年2月26日 償金渋滞ヲ訴ヘシ〔米〕代理公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔64〕 慶応2年3月15日 右書翰ノ回答ヲ促セル〔米〕代理公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔65〕 慶応2年3月19日 〔米公使ノ書翰ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔66〕 慶応2年3月23日 償金談判熟議ニ至リ難キヲ以テ不日本国〔外国〕事務大臣ヘ顛末ヲ書送商議セント
              告ル閣老〔ヨリ米代理公使ヘ〕ノ返翰
  〔67〕 慶応2年3月24日 横浜ニ於テ外国奉行ト〔米〕代理公使トノ対話書抜萃
  〔68〕 慶応2年4月2日 特権ヲ授ケタル1士官ヲ来シ面悉熟議セシムヘシト告ル〔米〕代理公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ
              返翰
  〔69〕 慶応2年4月7日 善福寺ニ於テ外国奉行ト〔米〕代理公使ノ対話書抜萃
  〔70〕 慶応2年4月19日 善福寺ニ於テ外国奉行ト〔米〕代理公使ノ対話書抜萃
  〔71〕 慶応2年4月20日 善福寺ニ於テ外国奉行ト〔米〕代理公使ノ対話書抜萃
  〔72〕 慶応2年4月27日 〔「ロベルトソン」〕扶助金減少ニツキ〕外国奉行ノ申稟
    
  横浜騒擾御国人等米国「ロベルトソン」等ヲ殴打1件 5  
  〔73〕 慶応3年2月10日 後任〔米〕公使ヨリ〔閣老ヘ〕償金ノ処置ヲ督促ノ来翰
  〔74〕 慶応3年2月26日 右ニ答フル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ返翰
  〔75〕 慶応3年5月12日 不日西海岸ニ赴〔ク〕ヲ以テ其以前ニ償金ノ熟議アランコトヲ請フ〔米〕公使〔ヨリ閣老ヘ〕
              ノ来翰
  〔76〕 慶応3年5月18日 善福寺ニ於テ外国奉行ト〔米〕公使ノ対話記ノ旨趣
  〔77〕 慶応3年8月15日 善福寺ニ於テ外国奉行ト〔米〕公使ノ対話記ノ旨趣
  〔78〕 慶応3年8月22日 〔「ロベルトソン」扶助金ニツキ〕外国総奉行並〔及〕外国奉行ノ申稟
  〔79〕 慶応3年10月22日 償金5千弗ヲ与ヘント告ル閣老〔ヨリ米公使ヘ〕ノ書翰
  〔80〕 慶応3年10月 〔「ロベルトソン」扶助金ニツキ〕勘定奉行同吟味役ノ評議
  〔81〕 慶応3年10月22日 〔扶助金ニツキ〕外国奉行ヘノ指令
  〔82〕 慶応3年11月3日 〔米〕書記官ヨリ〔外国奉行ヘ〕墨西哥「トルラル」ヲ米国本価ニ平準セシ計算ヲ報告ノ
              来翰
  〔83〕 慶応3年12月8日 〔「ロベルトソン」扶助金渡方ニツキ〕外国総奉行並及勘定奉行外国奉行連署ノ申稟
  〔84〕 慶応3年12月15日 償金受領便宜ノ為兌銀鋪又ハ商社ヲ指教アランコトヲ〔米〕書記官ヨリ〔外国奉行ヘ〕
              希望ノ来翰
  〔85〕 慶応3年12月16日 〔扶助金ニツキ〕外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ照会
  〔86〕 慶応3年12月17日 〔扶助金渡方ニツキ〕勘定奉行ヘノ指令
  〔87〕 慶応3年12月20日 償金総額正金ニテ交付スヘキ旨ヲ告ル外国奉行〔ヨリ米書記官ヘ〕ノ返翰
  〔88〕 慶応3年12月21日 〔扶助金渡方ニツキ〕外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ照会
  〔89〕 慶応3年12月22日 方今〔米〕公使在坂中ナルヲ以テ〔米〕書記官ヨリ〔外国奉行ヘ〕公使ニ代リ金円ヲ
              受取ントノ来翰
  〔90〕 慶応3年12月22日 〔扶助金渡方ニツキ〕外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ照会
          〔慶応3年12月24日〕 勘定奉行ノ附箋覆答
              慶応3年12月24日 外国奉行ノ附箋覆答
  〔91〕  慶応3年12月27日 〔扶助金渡方ニツキ〕外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ照会
              慶応3年12月30日 勘定奉行ノ附箋覆答
  〔92〕 慶応3年12月30日 〔「ロベルトソン」扶助金渡方ニツキ〕外国奉行ノ申稟
         〔扶助金渡方ニツキ〕勘定奉行及神奈川奉行ヘノ指令〔案〕
  〔93〕 明治元年正月17日 〔扶助金渡方ニツキ〕外国総奉行並及外国奉行ヘノ指令
  〔94〕 明治元年正月19日 在坂〔米〕公使ノ報告ニ拠リ〔米〕書記官ヨリ〔外国奉行ヘ〕公使ニ代リ金円ヲ受取ント
              ノ来翰
  〔95〕 明治元年正月25日 横浜税関ニ於テ金円ヲ交付スヘキ旨ヲ報スル外国奉行〔ヨリ米書記官ヘ〕ノ書翰
    
横浜ニ於テ蘭人2名遭害扶助金付与1件 
  
  〔96〕 万延元年2月5日 水野忠徳私記
  〔97〕 万延元年2月8日 神奈川奉行及火附盗賊改ヘノ諭達
  〔98〕 万延元年2月11日 町奉行ヘノ諭達
  〔99〕 万延元年2月11日 外国奉行及神奈川奉行ヘノ諭達
  〔100〕 万延元年2月11日 外国係諸有司ヘノ諭達
  〔101〕 万延元年2月13日 速ニ罪人ヲ捕ヘテ刑ニ処シ而シテ2人ノ寡婦ニ2万5千箇宛ノ償金ヲ与フヘシト
                請ヘル〔蘭〕岡士〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔102〕 万延元年3月 〔蘭岡士ヘノ返翰ニツキ〕外国係諸有司ノ申稟
  〔103〕 万延元年3月 罪人捕獲ノ方略償金請求ノ事トヲ了知セシ閣老〔ヨリ蘭岡士ヘ〕ノ書翰
  〔104〕 万延元年3月 大小目付ノ商議書
  〔105〕 万延元年3月27日 13日ノ条ニ掲ケシ29号ノ書翰ノ回答ヲ促セル〔蘭〕岡士〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔106〕 万延元年3月27日 〔蘭岡士ヨリ差出シタル書翰ニツキ〕神奈川奉行及目付連署ノ申稟
  〔107〕 万延元年閏3月 〔殺害ヲ受ケシ蘭人妻子ヘ扶助金交付ニツキ〕外国奉行ノ申稟
  〔108〕 万延元年閏3月 勘定奉行同吟味役ノ附箋覆答
            〔万延元年閏3月〕 外国奉行ノ覆答
            〔万延元年閏3月〕 勘定奉行同吟味役ノ覆答
  〔109〕 外国奉行ヘノ指令
  〔110〕 万延元年5月22日 罪人既ニ囚ニ就シヤ否ヲ問ヘル〔蘭〕岡士〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔111〕 万延元年5月28日 右ニ答フル閣老〔ヨリ蘭岡士ヘ〕ノ返翰
  〔112〕 万延元年7月9日 死者ノ墓表ヲ建立ノ為経費ノ洋銀交換ヲ請ヘル〔蘭〕岡士〔ヨリ外国奉行ヘ〕ノ来翰
  〔113〕 万延元年8月11日 右ニ答フル閣老〔ヨリ蘭岡士ヘ〕ノ返翰
  〔114〕 万延元年12月19日 〔蘭総領事〕ヨリ屡々危難ノ事アルヲ以テ暫時江戸ヲ去リ横浜ニ避ントノ来翰
  〔115〕 文久元年正月4日 暫時横浜ニ徙住セントノ報告ニ回答ノ遅延セシヲ詰ル〔蘭総領事ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔116〕 文久元年正月5日 右ニ答フル閣老〔ヨリ蘭総領事ヘ〕ノ返翰
  〔117〕 文久元年8月17日 死去両人ノ遺属ニ金千円ツヽ給与ノ旨ヲ告ル閣老〔ヨリ蘭総領事ヘ〕ノ書翰
  〔118〕 文久元年8月22日 右ニ答フル〔蘭総領事ヨリ閣老ヘ〕ノ返翰
  〔119〕 文久元年8月24日 金2千円ヲ収領セシ〔蘭総領事〕ノ証票
  〔120〕 文久2年2月26日 〔殺害サレシ蘭人妻子ヘ増手当ニツキ蘭総領事ヘ書翰ヲ遣サントノ〕外国奉行ノ申稟
  〔121〕 文久2年2月26日 特旨ヲ以テ死者ノ遺属ヘ扶助金増与ノ旨ヲ告ル閣老〔ヨリ蘭総領事ヘ〕ノ書翰
  〔122〕 文久2年2月 外国奉行ヨリ長崎奉行ヘノ照会
             〔文久2年4月8日 右〕長崎奉行ノ回答
  〔123〕 〔文久2年3月8日 蘭〕書記官ノ手記セシ書翰収領ノ票
  〔124〕 〔文久2年3月14日〕 同金円収領ノ票
    
横浜ニ於テ魯国士官水夫遭害1件
   
   横浜ニ於テ魯国士官水夫遭害1件 乾  
  〔125〕 安政6年7月28日 1士官ヲ派シ水師提督ト共ニ其事ヲ理セシメ直ニ罪人ヲ罰センコトヲ請ヘル〔露〕
                岡士〔ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔126〕 安政6年8月朔日 神奈川奉行カ罪人探索ニ力ヲ竭サヽリシ由〔露〕岡士ヨリ〔閣老ヘ〕愁訴ノ来翰
  〔127〕 安政6年8月5日 〔露人殺害ニ逢ヒシ始末ヲ報ズル〕神奈川〔奉行支配〕組頭ノ申稟
  〔128〕 安政6年8月 〔同件〕外国奉行ノ申稟
  〔129〕 安政6年8月7日 罪人逮捕ノ方略ヲ通知セル閣老〔ヨリ露岡士ヘ〕ノ書翰
  〔130〕 安政6年8月11日 〔露〕水師提督本件処置ノ任ヲ受シ由ニ因リ外国奉行ト商議スヘシト答フル閣老
                〔ヨリ水師提督ヘ〕ノ書翰
  〔131〕 安政6年8月22日 魯国軍艦ニ於テ外国奉行ト〔露〕水師提督トノ対話筆記
    
   横浜ニ於テ魯国士官水夫遭害1件 坤  
  〔132〕 安政6年8月24日 泉岳寺ニ於テ外国奉行ト〔露〕水師提督トノ対話筆記
  〔133〕 安政6年8月27日 魯国軍艦ニ於テ外国奉行ト〔露〕水師提督トノ対話筆記
  〔134〕 安政6年9月朔日 〔露〕水師提督ノ請求セシ3ヶ条ヲ了承セル閣老〔ヨリ水師提督ヘ〕ノ書翰
  〔135〕 安政6年9月朔日 会話ノ件々事実ト齟齬セシニ由リ顛末弁明ノ別録ヲ送致セル閣老〔ヨリ露水師
                提督ヘ〕ノ書翰
            顛末弁明ノ別録
  〔136〕 安政6年9月朔日 魯国軍艦ニ於テ外国奉行ト〔露〕水師提督トノ対話筆記
  〔137〕 安政6年9月2日 〔露水師提督トノ対話書ヲ呈ストノ〕外国奉行ノ申稟
  〔138〕 安政6年11月25日 火附盗賊改ヘノ命令書
            右ニ属セシ再度ノ命令
  〔139〕 文久元年3月4日 当時ノ措置ニ由テ譴罰セラレシ官吏ノ罪ヲ赦サンコトヲ請ヘル〔露〕岡士〔ヨリ閣老
                ヘ〕ノ来翰
  〔140〕 文久元年3月23日 右ニ答フル閣老〔ヨリ露岡士ヘ〕ノ返翰
  〔141〕 文久元年4月11日 前件譴罰ノ官吏ヲ赦サンコトヲ請ヘル〔箱〕館在留〔露〕岡士〔ヨリ箱館奉行ヘ〕ノ来翰
  〔142〕 文久元年4月13日 右ニ答フル〔箱〕館奉行〔ヨリ露岡士ヘ〕ノ返翰
    
浪士小林忠雄横浜ニ於テ仏人召使ヲ殺傷1件外1件(抄)   

   浪士小林忠雄横浜ニ於テ仏人召使ヲ殺傷1件  
  〔143〕 安政6年10月10〔4〕日 「アジアンコンシユライル」召使ノ支那人故ナク被創セシヲ以テ速ニ罪人ヲ捕ヘ
                罰スヘシト訴ヘシ〔仏総領事ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔144〕 安政6年10月27日 本城焼失ニ由リ曩ニ来セシ書翰ノ焚亡ヲ憂ヒ且改テ罪人逮捕ヲ促セル〔仏総領事
                ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔145〕 安政6年11月3日 右ニ答フル閣老〔ヨリ仏総領事ヘ〕ノ返翰
  〔146〕 安政6年11月10日 我書翰ノ旨趣ヲ既ニ本国ニ報シ及罪人逮捕ノ焦慮ニ疑ヲ容レサリシ旨〔仏総領事
                ヨリ閣老ヘ〕ノ来翰
  〔147〕 安政6年11月20日 右ニ答フル閣老〔ヨリ仏総領事ヘ〕ノ返翰
  〔148〕 慶応元年8月6日 本罪人ノ死刑断決ヲ報スル閣老〔ヨリ仏公使ヘ〕ノ書翰
  〔149〕 慶応元年8月11日 横浜開板新聞紙抜萃
  〔150〕 慶応元年8月18日 横浜開板新聞紙抜萃
 
   
警衛門(補)   

神奈川警衛士卒編制1件   

   神奈川警衛士卒編制1件 1  
  〔151〕 安政6年正月 神奈川奉行所附足軽之義ニヨリ外国奉行之書面
  〔152〕 安政6年4月11日 同断ニヨリ外国奉行之書面
           〔同断ニヨリ外国奉行ヘノ達〕
  〔153〕 安政6年5月16日 神奈川奉行所附上番下番抱入之義ニヨリ外国奉行之書面
  〔154〕 安政6年5月17日 神奈川奉行所附下番ノモノ増員之件ニヨリ外国奉行之書面
  〔155〕 安政6年6月 人名書添附勤番増員之件〔神奈川奉行〕之願書
  〔156〕 安政6年7月15日 神奈川表役所附下番増員之義同所奉行之書面
           〔同件ニヨリ神奈川奉行ヘノ達〕
  〔157〕 安政6年10月 人名書添附採用之義外国奉行之書面
            同件
            同心上番共出役中扶持方之調
  〔158〕 安政6年11月23日 神奈川表之義外国人許多在留之上諸商人入込混雑ニヨリ差向清水附之内人物
                選定之上名前申出スベク旨跡部甲斐守ヘ之達
  〔159〕 万延元年2月 同心上番下番増員之義ニヨリ神奈川奉行之書面
             〔万延元年2月 大目付目付ノ評議〕
             同心上番下番詰所書
             〔万延元年2月 大目付目付ノ評議〕
  〔160〕 万延元年2月 山口賢蔵本庄源三郎2名同心并ニ上番出役ニ差加之岩瀬内記之伺書
  〔161〕 万延元年3月 同心上番出役下番出役人員選定之義ニヨリ小普請組支配〔及〕神奈川奉行ヘ之達
  〔162〕 万延元年3月 神奈川奉行支配同心出役ヘ申渡タル人名書
  〔163〕 万延元年4月 神奈川表役所附下番之義ニヨリ神奈川奉行之書面
  〔164〕 元治元年10月 番所附下番之者精勤ニヨリ特別之手当増加之義〔神奈川奉行〕ヨリ申立之件
    
   神奈川警衛士卒編制1件 2  
  〔165〕 万延元年7月 神奈川同心上番人少ニヨリ並木桃之丞外1名採用之義〔神奈川〕奉行之書面
  〔166〕 万延元年10月 同件ニヨリ〔神奈川奉行〕之申立書
  〔167〕 慶応元年正月14日 杉浦金十郎神奈川奉行上番申付ケタル旨坂井右近将監之届書
  〔168〕 慶応元年12月 神奈川奉行支配定番役松本佐市病気ニヨリ忰金三郎抱替申付ケノ件ニツキ〔神奈川
                奉行〕之書面
  〔169〕 慶応2年3月 同心仮抱之義〔ニ〕ヨリ〔神奈川奉行〕之申立書
  〔170〕 慶応2年10月5日 撒兵勤方島永利三郎上番申付之義撒兵頭並ヘ之達
             慶応2年10月5日 同神奈川奉行ヘ之達
  〔171〕 万延元年 鶴間三之助病気ニヨリ同心出役〔御〕免之義小普請組支配ヘ之達
  〔172〕 文久元年5月 同心出役寺田庄吉勤方〔御免〕之義〔神奈川奉行〕之書面
  〔173〕 文久元年5月 同件ニヨリ小普請組支配ヘ之達
  〔174〕 文久元年7月 匂坂岩次郎外3名ヘ出役〔御免之〕義〔神奈川〕奉行之書面
            同件ニヨリ小普請〔組〕支配ヘ之達
            〔同件ニヨリ先手ヘ之達〕
  〔175〕 文久元年12月 富岡佐十郎病気ニヨリ同心出役差〔免〕之義小普請〔組〕支配ヘ之達
  〔176〕 文久2年5月 木村和三郎出役〔御免〕之〔儀神奈川〕奉行之申立書
  〔177〕 元治元年8月 岡田勝之丞上番出役差〔免〕之〔儀〕目付ヘ之達
            〔同件ニツキ神奈川奉行ヘ之達〕
            同申渡書
  〔178〕 慶応元年3月16日 加瀬弥次郎出役差〔免〕之義小普請〔組〕支配ヘ之達
            〔同申渡書〕
  〔179〕 慶応元年10月 伊東小弥太火消役蒔田数馬介組同心明跡申付之義神奈川奉行ヘ之達
            〔同件ニツキ火消役ヘ之達〕
             慶応元年10月28日 同申渡書
  〔180〕 慶応元年 同心手当之義ニヨリ神奈川奉行ヘ之達
            〔同件ニツキ先手ヘ之達〕
            〔同件ニツキ目付ヘ之達〕
            〔同件ニツキ賄頭ヘ之達〕
  〔181〕 慶応3年4月 布施半次郎出役〔御免〕之義〔神奈川奉行〕之書面
  〔182〕 慶応3年4月16日 同件ニヨリ目付ヘ之達
                神奈川奉行ヘ同断
    
   神奈川警衛士卒編制1件 3  
  〔183〕 役々人数割
  〔184〕 同心人数割
  〔185〕 上番人数割
  〔186〕 同心并ニ上番増員之件ニヨリ外国奉行ヘ之達
  〔187〕 〔万延元年10月〕 同件ニヨリ外国奉行之申立書
             〔万延元年10月 同件ニヨリ勘定奉行同吟味役之申立書〕
  〔188〕 万延元年11月 同心并上番増員ニヨリ人選書〔神奈川奉行〕之差出書面
            同件ニヨリ調書
            同心出役申渡スベク人名大番頭并ニ小普請組支配ヘノ通知
            同件ニヨリ書院番頭〔并〕旗奉行ヘ之通知
            同件ニヨリ持頭ヘ之通知
            同留守居番ヘ通知
            同先手ヘ之通知
            〔同〕井上左太夫并留守居ヘ通知
            同清水附支配ヘ通知
            同小普請組支配ヘノ通知
            〔同留守居ヘノ通知〕
            〔同〕目付并天璋院膳所台所頭ヘノ通知
            表台所頭〔并〕同朋頭ヘ同断
            賄頭数寄屋頭目付寺社奉行清水附支配〔并〕神奈川奉行ヘ同断
            同心出役申渡書
    
   神奈川警衛士卒編制1件 4  
  〔189〕 文久元年6月 神奈川奉行支配同心出役申渡之義ニヨリ役々頭ヘ之通知
  〔190〕 文久元年6月9日 〔同〕申渡書
                神奈川奉行同心出役ヘ申渡之義ニヨリ役々頭ヘ之通知
                同申渡書
  〔191〕 文久元年8月 同心出役高垣松之丞上番出役加藤房次郎特別ニ扶持方之義ニヨリ〔神奈川奉行〕之
                申立書
  〔192〕 文久2年正月 〔神奈川奉行〕人名書添附同心出役上番出役採用之義申出書
            同心出役上番出役申渡之件諸役頭ヘノ通知
                〔同〕申渡書
    
   神奈川警衛士卒編制1件 5  
  〔193〕 慶応2年6月 役所附下番之手当之義〔神奈川奉行〕之申立
                〔同件ニツキ神奈川奉行ヘノ達〕
  〔194〕 慶応2年8月 同件〔ニツキ神奈川奉行之申立〕
                〔同件ニツキ神奈川奉行ヘノ達〕
  〔195〕 慶応2年8月 同件〔ニツキ神奈川奉行之申立〕
             慶応2年8月 同件ニヨリ〔勘定奉行同吟味役〕之申立
  〔196〕 慶応3年4月 下番名目替之義ニヨリ〔神奈川奉行〕之書面
                〔慶応3年5月 同件ニツキ大目付目付ノ評議〕
  〔197〕 慶応3年5月 同心出役之者転役并ニ免ゼラレタルモノモ有之警衛向ニ差支ヲ生シタルヨリ人名書添附
                同心出役不足ノ場所ヘ採用之義〔神奈川奉行〕申立
  〔198〕 慶応3年8月 支配向同心出役之件ニヨリ神奈川奉行之書面
                〔同件ニツキ指令案〕
  〔199〕 慶応3年11月〔16日〕 同心出役申付ケ之義ニヨリ諸役頭ヘ之達
  〔200〕 元治元年10月 神奈川出役大〔林〕敬次郎勤続之件〔神奈川奉行〕之書面
  〔201〕 慶応元年6月 神奈川出役大木鉄蔵職務差免之義賄頭ヘ之達
            同申渡書
  〔202〕 慶応2年2月22日 勝田●吉神奈川出役差免之義陸軍奉行〔並〕ヘ之達
  〔203〕 慶応2年2月22日 吉田松次郎同件ニヨリ賄頭ヘ之達
  〔204〕 慶応元年3月 小沢平五郎出役差免之件ニヨリ〔神奈川奉行〕之申立書
                〔同件ニツキ神奈川奉行ヘノ達〕
  〔205〕 慶応2年4月6日 同件ニヨリ賄頭ヘ之達
  〔206〕 慶応2年4月12日 石川豊太郎出役差〔免〕之義表台所頭ヘ之達
  〔207〕 慶応3年7月 松倉顕之助病気ニヨリ出役差免之義神奈川奉行之書面
    
   神奈川警衛士卒編制1件 6  
  〔208〕 万延元年2月 神奈川奉行手附出役勤継之人名〔小普請組支配ヘノ通知〕
  〔209〕 文久2年8月 手附出役新規申付クベキ件ヨリ百俵以下人数在次第名前書出スベクノ達
               〔文久2年8月〕 同件ニヨリ人選之義賄頭膳所台所頭表台所頭ヘ之達
  〔210〕 文久2年8月30日 神奈川出役申渡之義諸役頭ヘノ達
             神奈川出役申付ケタル人名書
  〔211〕 文久2年閏8月 神奈川出役申付ケタルニヨリ小普請役金差免之人名書
                〔文久2年閏8月 同件ニツキ勘定奉行同吟味役ノ評議〕
  〔212〕 文久2年閏8月 河原三七郎〔神奈川出役申付ケラレタルニヨリ小普請役金免ゼラレタシトノ能勢熊之助ノ伺〕
                〔文久2年9月 同件ニツキ勘定奉行同吟味役ノ評議〕
  〔213〕 文久2年閏8月13日 岡村秀之助藤井柳三郎出役勤継之義神奈川奉行之願書
                〔文久2年9月12日 右指令〕
    
   神奈川警衛士卒編制1件 7  
  〔214〕 文久3年12月23日 部屋住ノ人ヨリ定番出役ヲ勤務之者手当之義ニヨリ神奈川奉行ヘ之達
  〔215〕 元治元年7月 定番役出役ノ人手当之書面
  〔216〕 元治元年9月14日 神奈川奉行支配定番取締役或ハ定番取締格手当之件〔神奈川奉行ヘノ達〕
  〔217〕 元治元年9月 支配定番取締役并定番出役等手当之義ニヨリ神奈川奉行之申立書
  〔218〕 元治元年12月 定番役頭取足高等之義神奈川奉行之申立書
            同件ニヨリ取調書
  〔219〕 元治元年12月 支配定番取締役永持左司馬勘定格并足高之件神奈川奉行之書面
            同件ニヨリ調書
  〔220〕 元治元年12月 中田納助神奈川奉行支配定番役申付ニヨリ足高等下附有之旨浦賀奉行ヘ之達
            牧野正五郎同件ニヨリ騎兵頭ヘ之達
            高田喜三郎同件ニヨリ留守居ヘ之達
            佐藤啓次郎外1名神奈川奉行支配定番役並河内●之助同出役申付ケタル義先手〔ヘ〕之達
            栗山迦子吉定番役並申付タル義箱館奉行ヘ之達
            岩上謹次同件ニヨリ和宮天璋院殿附用人ヘ之達
                 三宅金蔵定番役並ニ片石亀蔵外2名出役ニ申付ケタル件賄頭ヘ之達
            小沢三郎兵衛同件ニヨリ田付主計等ヘ之達
            木村俊之助同件ニヨリ林大学頭ヘノ達
  〔221〕 元治元年12月 神奈川定番役出役申付ケタル人名諸役頭ヘノ通知
  〔222〕 元治元年12月 定番役出役新井〔徳〕三郎勤続ノ件ニヨリ神奈川奉行之願書
  〔223〕 元治元年 井狩一郎外1名定番役並出役申付ケタル義ニヨリ小普請組支配ヘノ達
            同申渡書
  〔224〕 慶応元年8月 定番役頭取定員取調之義神奈川奉行ヘ之達
  〔225〕 慶応元年 神奈川奉行支配調役森泰次郎定番役頭取取締並申付ケ之件ニヨリ神奈川奉行之伺書
  〔226〕 〔慶応元年2月12日〕 同件ニヨリ神奈川奉行ヘ之達
  〔227〕 〔慶応元年2月12日〕 神奈川奉行支配定番役頭取取締並役料等之義同所奉行ヘ之達
  〔228〕 慶応元年3月 〔波〕多野逸郎定番役並ニ採用之義神奈川奉行之願書
            同件ニヨリ調書
  〔229〕 慶応元年4月8日 定番役並藤森〔修〕蔵先手同心申付ケ之義神奈川奉行ヘノ達
            〔同先手ヘノ達〕
  〔230〕 永持左司馬外3名役料并役金〔申渡〕書

    
租税門   

神奈川箱館税銀1件(抄)   

   神奈川税銀納付1件  
  〔231〕 安政6年10月 外国人ヨリ引替請取タル洋銀上納之義外国奉行之書面
  〔232〕 万延元年正月 神奈川表船附属之道具ノ内損シタル品其余都テ之払ヒ物并石炭払代其他数件
                〔神奈川奉行〕ノ書面
  〔233〕 万延元年3月 外国人ヨリ請取リタル洋銀上納之義外国奉行ノ書面
  〔234〕 万延元年6月22日 神奈川表税銀取立方之義ニ付外国奉行ヘ之達
  〔235〕 万延元年7月 税銀仮納之義ニ付勘定奉行〔同吟味役〕之書面
                〔万延元年7月 同件ニツキ外国奉行ノ評議〕
  〔236〕 同件ニ付神奈川奉行箱館奉行ヘ之達
  〔237〕 万延元年9月 〔税銀取立方ニツキ〕神奈川奉行ヘ之達
  〔238〕 万延元年10月 〔神奈川奉行〕税銀取調書
  〔239〕 文久元年5月 税銀納附方之義〔神奈川奉行〕之書面
             〔文久元年6月 同件ニツキ勘定奉行同吟味役ノ評議〕
  〔240〕 文久元年8月 税銀并謝銀高〔神奈川奉行〕之取調書
  〔241〕 慶応2年2月 ミニー銃買上代別途下ケ渡シニ付除置キタル分金蔵ヘ納附之義〔勘定奉行同吟味役〕
                之書面
                同達案
   
茶生糸包用物品税銀1件   

  〔242〕 文久元年12月11日 茶生糸包用ノ物品輸入税額云々神奈川奉行ノ申稟
                〔文久元年12月〕 本件税銀英岡士保管ノ分調査書
  〔243〕 文久2年4月19日 英公使ヨリ閣老ニ茶生糸包用ノ物品ニ納税〔スル〕ヲ得スト商人言ヘルヨシ岡士ヨリ
                報告アリコハ各岡士ト商議処置スヘキ旨神奈川奉行ニ下命有ルヘシトノ来翰
  〔244〕 文久2年5月11日 前件来意ニ因リ外国奉行意見開陳ノ上申
  〔245〕 文久2年5月18日 閣老ヨリ英公使ニ荷造用物品タリトモ自用品ナラネハ無税トハ思惟セス其先任公使
                ト対話ノ覚書ヲ送ルニ因リ熟思ノ末荷造ノ用品モ出税ノ筈商人ニ告知ヲ請フトノ返翰
  〔246〕 万延元年6月21日 閣老英先任公使ト対話書抄
  〔247〕 文久2年5月23日 米公使ヨリ閣老ニ茶ヲ製シ及梱包スル物品ハ無税輸入ヲ商人「スミツト」願フ旨岡士
                ヨリ報告アリコノ事談決マテ税銀ヲ岡士保管物品輸入ヲ允許スベシト神奈川奉行ニ下命ヲ請ヘルノ来翰
  〔248〕 文久2年5月24日 米公使ヨリ閣老ニ英商ハ岡士ニ税ヲ納レ茶包用ノ物品輸入ヲ許サレシ旨在浜岡士
                ヨリ報知アリサレハ米商人モ同一ノ処置アランコトヲ請ヒモシコレヲ拒マン損亡ヲ受ケハ償ヲ請サルヲ得ス
                トノ来翰
  〔249〕 文久2年5月26日 竹本図書頭米公使〔ト〕対話書
  〔250〕 文久2年6月24日 前件2通ノ来書ニ因リ外国奉行意見開陳返翰案進呈ノ上申
  〔251〕 文久2年6月25日 閣老ヨリ米公使ニ茶包用ノ物品ハ条約税則中掲載無ケレハ2割税適当ナレトモ売品
                ナラネハ5分トナスヘキニ因リ商人ニ告命ヲ望ムトノ返翰
  〔252〕 文久2年5月24日 閣老蘭〔総領事〕ト対話書抄
  〔253〕 文久2年5月25日 蘭〔総領事〕演述ノ莚税云々調査答弁方開申スヘシト外国奉行ニ指令
  〔254〕 文久2年5月 外国奉行ヨリ莚輸入税ノ処置神奈川奉行ニ諮問ノ往復書
  〔255〕 文久2年6月24日 蘭〔総領事〕演述ノ件外国奉行意見開陳ノ上申
    
横浜外国人居留地地税1件 
  
   横浜外国人居留地地税1件 1  
  〔256〕 万延元年4月 横浜外国人居留地々税ノ定額神奈川奉行ノ属吏決ヲ奉行ニ取ルノ申稟
            地税差等ノ書
             〔万延元年5月〕 外国奉行ノ意見書
  〔257〕 万延元年10月 長崎外国人居留地々税額ハ洋銀カ銀目カ神奈川奉行属吏ヨリ長崎奉行属吏ニ照会ノ
                往復書
  〔258〕 文久元年2月14日 英公使ヨリ閣老ニ横浜居留地々税ノ高価ヲ難論ノ来翰
  〔259〕 文久元年3月朔日 前件来意ニ由リ神奈川奉行意見開陳ノ上申
  〔260〕 文久元年5月28日 閣老ヨリ英公使ニ横浜居留地々税云々ハ別紙神奈川奉行建白書写熟考其岡士ニ
                通達ヲ請フトノ返翰
                〔文久元年2月〕 神奈川奉行建白書写
  〔261〕 文久元年6月29日 英書記官ヨリ外国奉行ニ横浜居留地ノ地税ハ年税カ月税カノ別ヲ示シ且税額ハ
                文字ニテ記シ速カニ報答ヲ乞フトノ来翰
  〔262〕 文久元年7月朔日 横浜新故居留地月税惣坪数等外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ訊問ノ往復書
  〔263〕 文久元年7月15日 外国奉行ヨリ英書記官ニ横浜新旧居留地月税額報知ノ返翰
  〔264〕 文久元年8月8日 英公使ヨリ閣老ニ横浜居留地税額云々及収納時季等縷述ノ来翰
  〔265〕 文久元年8月11日 横浜町并神奈川駅地税外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ訊問ノ照会
  〔266〕 〔文久元年8月〕 〔神奈川駅地代ニツキ〕外国奉行ヨリ〔神奈川奉行ヘ〕回答ヲ促スノ書
                〔文久元年8月 同件ニツキ〕神奈川奉行ノ答書
                〔文久元年8月〕 横浜町地税調書
                〔文久元年8月〕 外国奉行ノ再照会書
                〔文久元年9月〕 神奈川奉行ノ答書
                〔文久元年9月〕 神奈川町地税調書
  〔267〕 文久元年8月11日 品川川崎両駅地税外国奉行ヨリ勘定奉行ニ訊問ノ照会書
  〔268〕 〔文久元年8月21日 同件ニツキ〕外国奉行ヨリ回答ヲ促ス〔勘定奉行ヘ〕ノ書
  〔269〕 〔文久元年9月11日 同上〕
  〔270〕 〔文久元年9月11日〕 品川川崎両駅地税代官ノ調査書
  〔271〕 文久元年9月14日 閣老ヨリ英公使ニ神奈川駅等ノ地税調査書ヲ送リ疑問ノ件々弁解ノ返翰
    	  〔品川川崎神奈川駅等ノ地税調査書〕
  〔272〕 文久元年9月18日 閣老米公使ト対話書抄
  〔273〕 文久元年9月19日 閣老ヨリ英仏公使ニ横浜居留地税額米公使ハ承諾シ迅速商民ノ納税処置スヘキ
                旨ナレハ貴国商民ニモ同一ニ納税ヲ請フトノ書翰
  〔274〕 〔文久元年9月18日 居留地地代払方ニツキ宛先不明ノ書翰〕
  〔275〕 文久元年9月20日 閣老ヨリ仏公使ニ横浜居留地々税ハ洋銀100枚1分銀311箇ノ比較ヲ以テ収納ノ
                筈決定ヲ報知ノ書翰
  〔276〕 〔文久元年9月〕 外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ地税量目比較収納云々并仏公使ニ送ル書翰送致スヘシト
                ノ達書
  〔277〕 文久元年9月24日 仏公使ヨリ閣老ニ地税量目比較ノ決定ヲ満足ストノ返翰
  〔278〕 文久元年9月25日 閣老ヨリ蘭〔総領事〕ニ横浜居留地々税ハ量目比較ノ割ヲ以テ収納ノ筈且納期ハ
                12月末ト決定セシヲ告ケ右処置岡士ニ指揮ヲ乞フトノ書翰
  〔279〕 文久元年9月29日 英公使ヨリ閣老ニ横浜居留地ノ税額及納期等岡士ヨリ臣民ニ通知セシメシヲ告ケ
                且各借地坪数并居留日数ヲ岡士ニ報告ヲ請フトノ返翰
  〔280〕 文久元年10月2日 在浜英人借地坪数等同岡士ニ報道スヘシト神奈川奉行ニ指令
  〔281〕 文久元年10月8日 閣老ヨリ英公使ニ居留地税額等告命アリシヨシ承了其臣民借地坪数等岡士ニ報道
                スヘシト神奈川奉行ニ下命セシ旨ノ再来翰
  〔282〕 文久元年10月10日 外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ前件英公使往復書写ヲ送ルノ添書
  〔283〕 文久元年10月24日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ横浜居留地税額等決定ノ方法ヲ以テ納税ノ規則ヲ立ヘシト
                岡士ニ命令セシトノ返翰
  〔284〕 文久元年12月 仏公使ヨリ同「コモトール」身分并納税担任ノ者云々陳述スルニ由リ神奈川奉行ニ指令
  〔285〕 文久元年12月25日 英公使ヨリ閣老ニ延滞事件ノ回答ヲ促シ且英商我商ト互市違約ノ処置決定セハ
                地税悉皆収納ノ準備ヲナセリトノ来翰
  〔286〕 文久元年12月29日 閤老ヨリ右ニ答フルノ返翰
    
   横浜外国人居留地地税1件 2  
  〔287〕 文久2年正月8日 英公使ヨリ閣老ニ神奈川奉行ノ処置詰論ノ来翰
  〔288〕 文久2年正月22日 外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ英公使来書中神奈川関係ノ条件アルニ由リ写ヲ送ルトノ
                添書
  〔289〕 文久2年正月28日 米公使ヨリ閣老ニ英人ノ横浜居留地〔地〕税未納ノ事実〔ト〕理由〔ノ〕報知ヲ乞フノ来翰
  〔290〕 文久2年正月29日 外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ右英人ノ納税セサル事実問答書
  〔291〕 文久2年2月朔日 米公使陳述ノ旨趣ニ由リ厳重英公使ニ照会ノ書翰案呈進スヘシト外国奉行ニ指令
  〔292〕 文久2年2月2日 右指令ニ由リ外国奉行ヨリ神奈川奉行ニ訊問ノ答ヲ促ス照会ノ往復書
  〔293〕 文久2年2月 前指令ニ由リ外国奉行意見陳述米公使ニ送ル返翰案進呈ノ上申
  〔294〕 文久2年2月27日 閣老ヨリ米公使ニ英人納税時日ハ遷延セシモ此程粗納了不日皆納ニモ至ルヘシ
                各国区々ノ処置ハナサストノ返翰
  〔295〕 元治元年5月11日 神奈川奉行ヨリ〔蘭総領事〕ニ岡士館地租家税談決ニ由リ別紙計算ノ如ク納税アル
                ヘシトノ書翰
  〔296〕 元治元年8月3日 右地租家税共2ヶ年分収納地所家屋ノ証書交付セシト神奈川奉行ノ上申
  〔297〕 慶応元年閏5月 居留地々税ノ内1割又ハ2割英米蘭3岡士除去セシ分ノ処置神奈川奉行ノ申稟
                〔慶応元年閏5月 各国居留地〕引残地税額調書
  〔298〕 慶応元年8月 前事件同奉行再応ノ申稟
                〔慶応元年閏9月〕 勘定奉行等ノ申議
                〔慶応元年10月〕 外国奉行ノ申議
  〔299〕 慶応3年7月 居留地〔地〕税并岡士館建設費地租等外国奉行属吏ヨリ神奈川奉行属吏ニ諮問ノ往復書
  〔300〕 横浜野毛戸部其外ノ地税問答書
                横浜并山手居留地坪数地税〔調〕書
                居留地々税元済
                山手6区ノ地税差別問答書
                山手10区ノ地所無税ノ縁由問答書
    

武器門   

軍器軍服ニ関スル雑件(抄)   

   舶来武器購買制規1件(抄)  
  〔301〕 安政6年6月24日 舶来武器類購買方布告スヘシト大小目付ニ達セシ旨町奉行ニ指令
                右購買方布告スヘシト大小目付ニ指令
  〔302〕 文久3年7月4日 舶来武器馬具等諸家購求ノ際申稟スヘシト神奈川奉行ニ指令
  〔303〕 慶応2年2月28日 3港ニ移住自由貿易允許スト雖武器類等ハ従前ノ如ク処置スヘキ旨布達スヘシト
                大小目付ニ指令
  〔304〕 〔慶応2年2月28日〕 同上3港奉行ニ指令
    
   西洋馬具1件  
  〔305〕 文久3年正月24日 米書記官ヨリ外国奉行ニ鞍用ノ皮革云々陳述ノ来翰
  〔306〕 〔文久3年正月25日〕 外国奉行ヨリ右来書写講武所奉行ニ送致ノ達書
  〔307〕 慶応3年7月5日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ騎兵鞍并黒羅紗購求ノ結約セシト伝聞シ意見開陳ノ来翰
  〔308〕 慶応3年7月14日 右来書訳神奈川奉行ニ下付事情開申スヘキ旨指令ヲ請フ外国総奉行並等ノ上申
  〔309〕 慶応3年7月 西洋鞍黒羅紗云々ノ事実神奈川奉行ノ上申
  〔310〕 慶応3年8月5日 閣老ヨリ蘭〔総領事〕ニ騎兵鞍ハ神奈川奉行属吏自己嘱託セシヨシニテ政府ヨリ
                商人ニ託セシコトナシトノ返翰
    
   軍用器具代価支出延緩請求1件  
  〔311〕 慶応3年10月16日 閣老ヨリ仏公使ニ軍用器具羅紗等ノ代銀支給延緩ノ周旋ヲ依頼ノ書翰
  〔312〕 〔明治元年5月7日〕 仏公使「ヲートレー」ヨリ東久世中将外1人ニ来セシ書翰写
                〔慶応3年10月29日〕 仏公使「レヲンロシユ」ヨリ「ヱフ ピケー」ニ送リシ書翰写
                〔慶応3年10月16日〕 閣老ヨリ「レヲンロシユ」ニ送リシ書翰写
                〔明治元年2月8日〕 川勝近江守外1人ヨリ「ヱフ ヒケー」外1人ニ送リシ証書写
                購求品目録
  〔313〕 慶応3年10月19日 閣老ヨリ仏公使ニ予テ嘱託ノ軍器等回着1見セシニ良巧且廉価ナルヲ謝スルノ書翰
    
銃砲購買ニ関スル件(抄) 
  
 銃砲購買ニ関スル件 1(抄)  
   銃砲価格等蘭商申陳1件  
  〔314〕 慶応元年2月4日 蘭商「テキストル」銃砲ノ価値等申陳ノ書
    
   蘭公使銃砲購買勧誘1件  
  〔315〕 慶応元年閏5月17日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ商人「テキストル」并社中ノ嘱託ニ因リ鑑銃及価値書等ヲ
                来スノ来翰
                鑑銃目次并価値書
  〔316〕 慶応元年閏5月17日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ蘭商船或ル諸侯ノ為メ鋼製旋条加農砲附属品共搭載
                不日着港スヘキ由ナレトモ前金交付ナケレハ政府ニテ購求ノ意アラハ周旋スヘシトノ来翰
  〔317〕 慶応元年閏5月23日 梼浜ニ於テ諸家外国人ヨリ武器購求并携帯嘱託ノ際処置方法外国奉行ヨリ
                神奈川奉行ニ諮問ノ往復書
  〔318〕 慶応元年閏5月24日 蘭〔総領事〕ノ来セシ鑑銃ハ陸軍奉行ニ下付鋼鉄加農砲購求云々トモ同奉行ノ
                意見諮問アルヘシト外国奉行ノ上申
  〔319〕 慶応元年6月13日 前ノ2来書ヲ束ネシ返翰案外国奉行進呈ノ上申
  〔320〕 慶応元年7月2日 閣老ヨリ蘭〔総領事〕ニ鑑銃ヲ以テ示サレシ小銃各種并近日来港スヘキ加農砲トモ
                目今用ナキニ因リ謝絶且諸家ノ嘱託ヲ以テ武器類携帯ハ条約ニ乖戻スレハ訊糾アルヘシトノ返翰
    
  銃砲購買ニ関スル件 2(抄)  
   蘭公使加農砲衒売1件  
  〔321〕 慶応2年正月21日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ蘭商「テキストル」社中ノ嘱託ニ因リ大砲ノ図ヲ来シ其功用等
                陳述ノ来翰
  〔322〕 慶応2年2月 蘭〔総領事〕開陳ノ大砲ハ程ナク仏教師着船同国経験利用ノ兵器等開クヘキヲ以テ謝絶
                スヘキ旨陸軍奉行ノ申議
  〔323〕 慶応2年3月10日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ前書翰ノ回答ヲ促シ大砲購求ノ意ナクハ絵図面返還スヘシト
                ノ来翰
  〔324〕 慶応2年3月25日 右大砲ハ即今用ナキヲ以テ謝絶絵図面返還スト〔閣老ヨリ蘭総領事ヘ〕ノ返翰
    
   蘭公使購買勧誘元込銃馬上銃謝絶1件  
  〔325〕 慶応2年5月 蘭〔総領事〕購買勧誘ノ元籠銃馬上銃謝絶スヘシト書翰案添〔陸軍奉行並〕ノ上申
                小銃代価書
  〔326〕 慶応2年5月25日 鉄砲製造奉行等ヨリ蘭書記官ニ元籠銃馬上銃予テ依頼セシ挺数丈ケハ購求ヲ
                欲スト雖其余ハ謝絶ストノ書翰
    
   仏国「デユ ケネリー」会社員銃砲弾薬衒売1件  
  〔327〕 慶応2年5月22日 仏「デユ ケネリー」会社員ヨリ銃砲弾薬包ノ製造嘱託ヲ冀望ノ来翰
  〔328〕 慶応2年6月5日 右来書陸軍奉行ニ下付意見諮問アルヘシト外国奉行ノ上申
    
   蘭公使元込剣銃及大砲衒売1件  
  〔329〕 慶応2年8月5日 蘭〔総領事〕ヨリ閣老ニ元籠剣銃及旋条大砲ノ功用ヲ挙ケ購否ノ回答ヲ乞フトノ来翰
    	 元籠剣銃功用ノ新聞紙訳
  〔330〕 慶応2年8月7日 蘭〔総領事〕ノ来書陸軍奉行ニ下付意見訊問指令次第返翰案進呈スヘシト外国奉行
                ノ上申
  〔331〕 慶応2年8月16日 蘭〔総領事ヨリ閣老ヘ〕前来書ノ回答ヲ促スノ来翰
  〔332〕 慶応2年9月 蘭〔総領事〕勧誘ノ剣銃等ハ鉄砲製造奉行派遣検査購買ノ可否決定スヘシト陸軍奉行ノ
                申議
                〔慶応2年9月〕 勘定奉行等ノ申議
                〔慶応2年10月6日〕 外国奉行ノ申議
  〔333〕 慶応2年10月2日 蘭〔総領事ヨリ閣老ヘ〕最前ノ回答ヲ促シ其際来セシ鑑銃2挺返還アルヘシト来翰
  〔334〕 慶応2年10月2日 蘭〔総領事ヨリ閣老ヘ〕其国商社ノ嘱託ニ因リ加農砲ノ図ヲ来スノ来翰
  〔335〕 慶応2年10月5日 蘭〔総領事〕来セシ加農砲ノ図等陸軍奉行ニ下付意見訊問アルヘシト外国奉行ノ上申
                〔慶応2年10月〕 閣老ヨリ〔蘭総領事ヘ〕ノ返翰案
    
   ミニヘール銃購買云々神奈川奉行申議1件  
  〔336〕 慶応2年8月〔19日〕 ミニヘール銃携帯ヲ蘭商ニ嘱託スヘキヤ神奈川奉行ノ申稟
    
  銃砲購買ニ関スル件 3(抄)  
    蘭公使騎銃衒売1件  
  〔337〕 慶応3年2月13日 蘭〔総領事〕ヨリ陸軍総裁ニ騎銃価値書添ヘ其効用ヲ挙ケ購求勧誘ノ来翰
                第347号価値書
                第348号価値書
  〔338〕 慶応3年2月17日 右来書価値書トモ其筋ニ下付意見具陳ノ上返翰案進呈スヘシト外国奉行ノ上申
               〔慶応3年2月〕 陸軍奉行並ノ申議
  〔339〕 慶応3年2月24日 蘭〔総領事〕ヨリ〔陸軍総裁ニ〕前書翰ノ回答ヲ促シ騎銃購求セスンハ価値書返還
                アルヘシトノ来翰
  〔340〕 慶応3年2月29日 閣老ヨリ蘭〔総領事〕ニ騎銃ノ購買ハ謝絶シ価値書返還ストノ返翰
    
   在浜「ケンプトネル」社中小銃長沓等衒売1件  
  〔341〕 慶応3年5月14日 「ケンプトネル」社中ヨリ閣老ニ其所有ノ小銃弾丸等購求ヲ勧誘ノ来翰
    
   神奈川奉行瑞商所有元込大砲同連発銃購買申議1件  
  〔342〕 明治元年正月11日 瑞西商人所有ノ元籠大砲并同連発銃購買スヘキヤ神奈川奉行ノ申稟
    
銃砲ニ関スル雑件(抄)
   
  銃砲ニ関スル雑件 2(抄)  
   松平越前守於神奈川堡砦銃試発1件  
  〔343〕 万延元年11月25日 松平越前守堡砦備衛ノ銃砲試発ノ開申ニ由リ神奈川奉行等ノ上申
    
  銃砲ニ関スル雑件 3(抄)  
   真田信濃守於神奈川堡砦銃砲試発1件  
  〔344〕 文久元年正月29日 真田信濃守神奈川堡砦ニ於テ銃砲試発等同家臣ノ申稟
                〔右〕指令
    
   神奈川奉行剣銃下付請願1件  
  〔345〕 文久元年7月 神奈川庁其他警衛所備用ノ剣銃下付同所奉行ノ上申
                〔文久元年7月〕 勘定奉行等ノ申議
    
   神奈川警衛軍艦附属小銃習練1件  
  〔346〕 文久2年5月 神奈川警衛ノ軍艦附属ノ小銃練習云々同所奉行等ノ上申
   
 
法令門   

銃猟禁止1件(抄)   

   統猟禁止1件 1  
  〔347〕 安政6年10月10日 滞在之各国人郊外処々ニテ発砲之処吾国人田野ニ於テ生業ヲ営ムモノニ差支
                殊ニ10里四方之近郊ニ於テ発砲ハ厳禁ナルヲ以テ相止ル旨〔神奈川奉行ヨリ〕亜仏蘭コンシユルヘ之
                書翰
  〔348〕 〔安政6年10月〕 目黒筋ヘ外国人発砲之義〔ニ〕ヨリ目黒掛鳥見之届書
  〔349〕 〔安政6年10月〕 小田村ニ於テ外国人遊猟之義ニヨリ品川掛鳥見之届書
  〔350〕 安政6年11月 〔外国人発砲取締ニツキ〕外国奉行之評議書
  〔351〕 〔安政6年11月 同件〕勘定所評議書
  〔352〕 安政6年11月14日 郊外田野ニ於テ遊猟之義ハ我国之禁制ニヨリ自国ノ民ト雖モ決シテ免スコトナシ
                又法ヲ犯セルモノハ厳罪ニ処スベキ定則ニヨリ其国渡来ノ臣民於テ領承可有之旨〔外国奉行ヨリ〕英仏
                書記官ヘ之通達
  〔353〕 安政6年12月11日 同〔閣老ヨリ〕仏〔総領事〕ヘ之書簡
  〔354〕 万延元年9月11日 外国人郊外ヲ漫行短銃ヲ弄シ誤テ1士官ノ居家園中ニアル1婦人ヘ負傷セシメタル
                義ニヨリ〔神奈川奉行ヨリ〕各国〔岡士〕ヘ之書簡
  〔355〕 〔万延元年9月〕 横浜吉田橋関門ノ辺リニ於テ外国人水鳥ヲ狙撃セシ件ニヨリ〔神奈川奉行ヨリ〕各国
                岡士ヘ之書簡
  〔356〕 万延元年10月3日 猟遊禁制之義ハ蘭国臣民於テ能ク命ヲ奉守セリ然ルニ他ノ外国人日々猟銃ヲ携ヘ
                日本役人ノ前ヲ往来ストモ更ニ止ルコトナキヲ以テ遊猟ヲ禁スル為7日間ニ良法ヲ設ケサルトキハ蘭国人
                ヘモ遊猟ヲ免スベク旨蘭岡士〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕之書簡
  〔357〕 万延元年10月4日 外国人共兎角遊猟ヲナシ又見留メテ差押ヘコンシユルヘ引渡シ後其コンシユル
                於テ罰シ方更ニ無之由ヲ伝聞ニヨリ以来遊猟セシモノハ差押ヘコンシユルヘ引渡シ其者ヨリ相当之過料
                差出シ候事取極メタレハ自ラ取締上ニ便益ヲ加ヘ何分我国ノ制度ニ拘リ候義ヲ以テ各ミニストルヘ外国
                奉行ヨリ協議ニ可及旨外国〔奉行及〕神奈川奉行ヘノ達
  〔358〕 万延元年11月5日 遊猟禁止之義ハ巨細其奉行ヨリ各書記官等ヘ通達之処更ニ止マス既ニ猟銃ノ為メ
                怪我セシモノモ有之ニヨリミニストル等夫々厳法ヲ相立テル件ニヨリ〔閣老ヨリ〕貌利太泥亜公使ヘ之謝詞
  〔359〕 〔万延元年11月5日 閣老ヨリ〕米公使ヘ同断
               〔万延元年11月5日 閣老ヨリ〕仏公使ヘ同断
  〔360〕 万延元年11月7日 遊猟事件商議之事ヨリ不列顛国公使〔ヨリ閣老ヘ〕ノ書簡
  〔361〕 〔万延元年11月 発砲ノ禁ヲ犯セル外国人ノ処分ニツキ〕外国奉行之評議
  〔362〕 〔万延元年11月 同件〕大目付目付之評議
  〔363〕 〔万延元年11月 同件〕勘定奉行同吟味役ノ評議
  〔364〕 万延元年12月 〔同件〕神奈川奉行ノ評議
  〔365〕 文久3年10月朔日 遊猟之義ニヨリ水師提督キユーフルヨリ送越之回答ヲ添ヘ英〔岡士ヨリ神奈川奉行
                ヘ〕之書簡
                〔文久3年9月29日 遊猟禁止ニツキ英水師提督「キユープル」ヨリ英岡士ヘノ書翰〕
  〔366〕 〔文久3年12月〕 蘭〔岡士〕ヘ遊猟之義達方之件ニヨリ外国奉行ヨリ神奈川奉行ヘ之懸合書
  〔367〕 文久3年12月28日 遊猟厳禁之義予テ通知之処往々外国人発砲遊猟ヲナシ剰ヘ田畑ヲモ踏荒シ或ハ
                諸侯之陣屋ヘモ流丸之義夫々届出等モ有之然ルニ年限モ経過シ并ニ国々ノ官員モ交換ニテ自然禁止
                之義遺失トモ考ルニヨリ事情弁ヘ可ク旨国民ヘ教命有之度件〔閣老ヨリ〕貌利太泥亜仏公使ヘ之書簡
  〔368〕 外国人遊猟廉書
    
   銃猟禁止1件 2  
  〔369〕 元治元年正月8日 人民自身保護ノ為火器ヲ携ルトモ遊猟ヲナサシメズ又正月15日ヨリ9月15日迄ノ
                間ハ遊猟ヲ我国在留人民ヘ禁止ノ令ヲナス依リテ1区ノ地面ヲ見出シ此ノ区内ニ於テ遊猟ヲ禁ゼザル
                ヨウ処置有之度趣旨仏公使〔ヨリ閣老ヘ〕之書翰
  〔370〕 元治元年正月25日 同件ニヨリ〔神奈川奉行ヨリ〕蘭〔岡士〕ヘ之書簡
  〔371〕 元治元年正月29日 遊猟ヲ禁シタル旨蘭コンシユル〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ返翰
  〔372〕 元治元年2月15日 暴人ヲ防グ為メ〔火〕器ヲ携ルハ不得止事ト雖モ1区ノ地ヲ見出シ遊猟ヲ免許云々ノ
                事ニ至ツテハ需ニ応シ難ク旨老中ヨリ仏公使ヘ之書簡
  〔373〕 元治元年5月22日 遊猟禁制之義承諾之件瑞西コンシユル〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ返簡
  〔374〕 元治元年10月朔日 川崎潮田村海岸ヘ外国人端舟ニテ乗付人員19名計上陸之上遊猟シタル件ニヨリ
                品川掛鳥見之届書
  〔375〕 元治元年10月 同件ニヨリ大目付目付之評議書
  〔376〕 元治元年10月18日 横浜ニ於テ竹本淡路〔守〕栗本瀬兵衛仏公使ヘ対話廉書
  〔377〕 元治元年10月25日 仏国臣民ヘ遊猟ヲ禁シタル命令ヲ下シタル件仏コンシユル〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ
                書簡
  〔378〕 〔元治元年10月〕 外国人発砲之義禁止之処猶依然トシテ止マス既ニ小田村鶴見村等ノ百姓怪我ニ
                及ヒ生涯不具ノ身体トモナリ又終ニハ耕作ノ業失フニモ至リ憐ムベキコトニ有之且発砲人モ捉ヘ得ザレハ
                何国ノ人タルヤモ分明ナラズ依テ右ノ挙動アリシ外国人ノ名前知レタレハ承リ度旨〔神奈川奉行〕ヨリ
                各コンシユルヘ之書
  〔379〕 元治元年10月26日 遊猟禁止并ニ地ヲ定メ火器ニ丹練ナルモノ而已ニ許可云々ノ義英コンシユル
                〔ヨリ神奈川奉行ヘ〕ノ書簡
  〔380〕 〔元治元年10月〕 外国人遊猟禁止ノ命ヲ奉セズ日々川崎辺ニテ遊猟ヲナシ故玉飛散シテ耕地ニアル
                百姓負傷ヲ蒙リタル件モアリ依テ神奈川方ヘ度々届ニ及ビタレトモ締リ向キ不立ニヨリ取計方之義品川
                掛リ鳥見之届出
  〔381〕 〔元治元年10月〕 同件ニヨリ神奈川奉行之書面
  〔382〕 元治元年11月23日 同件ニヨリ外国奉行ヨリ神奈川奉行ヘ之懸合書
  〔383〕 慶応元年3月 遊猟発砲之義在留各国公使厳律ヲ設ケ国々ノモノヘ触流セシヤ否外国奉行ヨリ神奈川
                奉行ヘノ問合書
  〔384〕 慶応元年4月 蘭岡士ヘ遊猟発砲之義達シカタト英仏瑞3ヶ国ヘ達トハ異リ亜孛葡3ヶ国ヘハ懸合ハ
                不相成ヤ又ハ懸合之末彼レヨリ返翰差出サヾルコトニヤ何レニモ各国一様ニ無之テハ不都合ニヨリ
                其旨承知シタク義外国奉行〔ヨリ〕神奈川奉行ヘ之問合書
  〔385〕 慶応元年10月9日 川崎於テ外国人鳥殺生筋之義ニヨリ鳥見組頭田口小右衛門之書面
  〔386〕 慶応元年11月11日 遊猟禁止之義度々通知之処更ニ止マズ近郊ノ田野ニ於テ発砲有之ヨリ猶喩告
                有之度趣〔神奈川奉行ヨリ〕各コンシユルヘノ書簡
  〔387〕 〔慶応元年11月〕 川崎於テ外国人遊猟之義ニヨリ鳥見組頭之申立書
  〔388〕 慶応元年11月21日 川崎於テ白鶴并鴈打留メタル義ニヨリ〔鳥見組頭〕田口小右衛門之書面
  〔389〕 〔慶応元年11月〕 外国人鳥殺生之義ニヨリ神奈川奉行之書面
  〔390〕 慶応2年正月 外国人黒鶴打留タル義ニヨリ品川掛鳥見之書面
  〔391〕 慶応2年2月23日 外国人鳥殺生之義神奈川奉行評議之件ニヨリ外国奉行之書面
  〔392〕 〔慶応2年正月〕 同件
  〔393〕 慶応2年3月2日 遊猟禁止之件ハ度々通知ニ及ヒタリシニ時々田園之禽鳥ヲ弾射シ故ニ農夫等傷害ヲ
                恐レテ更ニ安堵ニ耕耘ヲ得ス屡愁苦ヲ訴ルヲ以テ考レハ猶即今新来ノ国民モ有之ニ付普ク布告アリテ
                禁止ヲ犯サヾルヨヲ諭達有之度旨〔閣老ヨリ〕貌利太泥亜公使初各公使ヘ之書簡
                〔慶応2年3月2日 同件ニツキ外国奉行ヨリ葡・孛・瑞各岡士ヘノ書翰〕
  〔394〕 慶応2年10月19日 外国人遊猟発砲之義ニヨリ神奈川奉行之書〔面〕
  〔395〕 〔慶応2年10月 同件〕外国奉行之書面
  〔396〕 慶応2年11月 外国奉行ヨリ田口小右衛門ヘ之〔問合書〕
  〔397〕 〔慶応2年11月〕 外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ〔問合書〕
    
   銃猟禁止1件 3  
  〔398〕 慶応3年2月 外国人遊猟発砲差許之義ニヨリ神奈川奉行之伺書
  〔399〕 慶応3年4月 同件ニヨリ外国奉行之評議
  〔400〕 慶応3年5月 〔同件ニヨリ〕役々評議〔ノ趣旨〕
  〔401〕 〔慶応3年7月〕 外国人遊猟発砲場所之義ニヨリ神奈川奉行之伺書
  〔402〕 慶応3年8月 同件ニヨリ〔外国総奉行並及外国〕奉行之評議
                外国人遊猟場所之件ニヨリ勘定奉行ヘノ達案
  〔403〕 〔慶応3年8月〕 同勘定奉行之評議
  〔404〕 慶応3年10月 目付之評議
  〔405〕 遊猟場所猟銃并免状之義ニヨリ神奈川奉行ヘノ達
  〔406〕 〔同件ニツキ役々評議ノ趣旨〕
  〔407〕 慶応3年10月4日 騎兵所滞在之下等教師王子ニ於テ遊猟シタル件ニヨリ騎兵詰3番頬頭取之届書
  〔408〕 慶応3年10月6日 外国人大森目黒辺ニテ遊猟之義植付金十郎等之届書
  〔409〕 慶応3年10月8日 孛国公使魯コンシユル居住ノ庭前ニ於テ発砲之義春桃院詰合ノ届書
  〔410〕 〔慶応3年10月8日〕 外国人小銃携ヘ猟遊ノ体ニテ出行シ大森山本ヘ止宿之件長応寺詰之届書
  〔411〕 〔慶応3年10月8日〕 孛国スネール金杉橋ヨリ乗船シ本所砂村辺ニ於テ雁打取リタル件川上慎〔五〕郎
                之届書
  〔412〕 〔慶応3年10月8日〕 鳥殺生規則之義ニヨリ外国奉行ヨリ勘定奉行ヘノ問合書
                鳥猟取締之義ニヨリ村々ヘ申渡書
  〔413〕 慶応3年10月9日 〔鳥猟取締ニツキ〕勘定奉行小栗上野介ヨリ外国奉行ヘ之掛合書
                〔慶応3年10月9日 同件ニツキ〕代官之書面
  〔414〕 〔慶応3年10月9日〕 孛公使魯〔領事〕砂村辺ヨリ中川辺ニ於テ鳥打タル件川上慎〔五〕郎之届書
  〔415〕 〔慶応3年10月9日〕 騎兵所仏人3名六郷渡シ向会津屋ヘ立寄之処予而期シタルモノト見ヘ横浜ヨリ
                同国人猟銃持参夫レヨリ処々遊猟セシニヨリ附添之義断ルヲ以テ再三附添之旨申聞ケタルトモ何分
                承諾セズ不得止扣居タルニヨツテ発砲得物有無之件ハ弁明致シ兼候ヘ共夜ニ入リ帰リタル旨附添者之
                届書
  〔416〕 〔慶応3年10月9日〕 蒲田新田立場茶屋ニ止宿之外国人海手之方ニテ遊猟シタル旨長応寺詰之届書
  〔417〕 〔慶応3年10月9日〕 仏教師柳島妙見村辺処々ニ於テ遊猟之義騎兵詰合之届書
    
   銃猟禁止1件 4(抄)  
  〔418〕 慶応3年10月10日 騎兵所滞在之デシヤロン越中島ヘ大隊引纒メ出張之節附添人ニ対シ附添ニ不
                及旨申聞ニツキ引戻シタリ以後ハ如何心得ベクヤ朝比奈鎗次郎等之伺書
  〔419〕 〔慶応3年10月10日〕 孛国スネール金杉橋ヨリ乗船之処夜ニ入リ帰寺無之ニツキ探索中該船宿ヨリ
                砂村太郎兵衛新田農太郎兵衛方ヘ止宿之義申出テ殊ニ今以テ帰寺無之由春桃院詰之届書
  〔420〕 〔慶応3年10月10日〕 同件ニヨリ善福寺詰宮崎良太郎ヨリ糟屋筑後守ヘ之書簡
  〔421〕 〔慶応3年10月〕 外国人遊猟度数書
  〔422〕 〔慶応3年10月〕 外国人遊猟之始末書
  〔423〕 慶応3年10月11日 善福寺詰宮崎良太郎之書面
  〔424〕 〔慶応3年10月11日〕 孛国スネール止宿之件ニヨリ善福寺詰之モノ書面
  〔425〕 慶応3年10月 府内発砲取締筋之義ニヨリ外国奉行之書面
  〔426〕 慶応3年10月12日 都下近傍ニテ火器ヲ用ヒスシテ遊猟ハ差支無之トモ又鶴白鳥ノ類ハ先例之如ク
                殺生禁制之件并都府近郊ニテハ制禁之義〔閣老ヨリ英・仏・米・蘭・孛・伊〕各公使ヘ之書翰
  〔427〕 慶応3年10月14日 同〔件ニツキ外国奉行ヨリ〕魯コンシユルヘ之書簡
  〔428〕 〔慶応3年10月〕 遊猟発砲差止方之義ニヨリ外国奉行之書面
  〔429〕 〔慶応3年11月25日〕 遊狗高札之義ニヨリ大目付ヘ之達
  〔430〕 〔慶応3年11月〕 鶴白鳥ノ外鳥猟ハ差免ストモ飛道具ヲ以テ殺生ヲナシ制禁ニ背キ田畑ヲ踏荒セシモノハ
                差押ヘ勘定奉行ヘ訴出スベク旨大目付ヘ之達
  〔431〕 慶応3年11月26日 関東在々ヘ高札掲示シタル鳥猟禁制之件ニヨリ外国奉行之書面
  〔432〕 慶応3年12月 高札案之件ニヨリ〔勘定奉行同吟味役〕之書面

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教育委員会事務局中央図書館調査資料課- 2010.1.22作成 -
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