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神奈川県史 各論編1 政治・行政 目次

    序        
    凡例        
    はじめに        
    神奈川裁判所の設置をめぐる内・外情況            
        一 はじめに        
        二 新政府外交の発足        
            (一) 鎮台と裁判所
            (二) 長崎裁判所と兵庫裁判所
            (三) 神戸事件と新政府の外交
        三 東征東海道軍路線        
            (一) 東海道軍の進軍
            (二) 六浦藩主米倉昌言に横浜取締を命ず
            (三) 橋本先鋒総督と神奈川奉行の会談
            (四) 米倉六浦藩主の横浜取締問題の紛糾とその流産
        四 国際関係路線        
            (一) 兵庫・大坂外交
            (二) 横浜の治安
            (三) 神奈川奉行とパークス
            (四) 京都政府への要請
            (五) 木梨精一郎とパークス
            (六) 神奈川裁判所の設置
            (七) むすび 地方庁神奈川県への過程 
    草莽から自由民権へ 相州荻野山中藩陣屋事件をめぐって             
        一 問題の所在        
            (一) はじめに
            (二) 荻野山中藩陣屋事件の概要
            (三) 事件の見直しについて
        二 在地型草莽について        
            (一) 結城四郎門人帳
            (二) 結城四郎と鈴木佐吉
            (三) 幕末における武術と国学
        三 荻野山中藩陣屋事件の再検討        
            (一) 門人グループの参加について
            (二) 貧民への施金施米活動
            (三) 事件の評価について
        四 草莽から民権家へ        
            (一) 在地幕莽の人びと
            (二) 草莽たちの軌跡 自由民権家として 
            (三) 草莽たちの軌跡 困民党指導者として 
        五 むすび        
            (一) 草莽の世直し体験
            (二) 時遊民家員と「草莽意識」
    明治初期における西相模の政治と民衆 足柄県の統治に触れて             
        一 はじめに 新旧交替         
        二 足柄県の再編成        
        三 政策の浸透と受容        
        四 新教育の推進        
        五 民富形成の基盤        
        六 漁業の夜明け        
        七 おわりに        
    明治初期の質地および質入状況 真土事件を通して            
        一 はじめに
        二 明治初年松木家の質地所持状況
        三 真土村を中心とした質入形態
        四 有合質地の状況
    津久井郡自由民権運動史        
        一 津久井郡の精神的風土
        二 自由民権運動の起こり
        三 自由民権運動の発展
        四 津久井困民党事件
        五 あとがき
    自由党史研究のために 「自由党本部報道書」の紹介をかねて         
        一 はじめに
        二 自由党の財政事情
        三 自由党の解党について
        付・史料紹介「自由党本部報道書」
    明治二十年代における一民権家 『星谷理助日記』を手がかりに−        
        一 はじめに        
        二 上田忠一郎と政治運動        
        三 立憲自由党員としての活動        
        四 武相中央鉄道敷設をめぐって        
        五 おわりに        
    自由民権運動における神奈川県立憲改進党の動向            
        一 はじめに        
        二 立憲改進党傘下の民権結社        
            (一) 政論の場 横浜の立憲改進党系演説団体
            (二) 鎌倉郡友文会と橘樹郡親睦会
            (三) 南多摩郡八王子の立憲改進党
            (四) 停頓の他郡部
        三 神奈川県同好会と民党運動        
        四 まとめ        
    横浜における永代借地問題について            
        一 まえがき        
        二 家屋税国際仲裁裁判所の影響
        三 強制執行見合の外相訓令と国庫補給の要請
        四 大正初年横浜市の財政苦境と外交東京への反発
        五 震災直前とその後
        六 むすび
    神奈川県の地方誌『新潮』と『進歩』の主張 政界縦断構想 大日本膨張論への転回        
        一 はじめに
        二 「文明の先駆者」論から国家膨張論へ
        三 民党連合論から政界縦断論へ
        四 雑誌『進歩』の残したもの
    明治末期の社会主義運動 神奈川県西部を中心に         
        一 はじめに
        二 社会主義普及活動
        三 加藤時次郎別荘と社会主義者
        四 大逆の僧内山愚童
    工業地帯形成期の町村の動向について 川崎町の工場招致策を中心に        
        一 問題の所在
        二 明治後期の川崎地域の状況
        三 多摩川の治水と川崎地域
        四 町是「工業招致」と石井泰助
        五 工場招致と公害問題
        六 むすび
    京浜工業地帯成立期の都市問題 一九一〇年代の川崎を中心に         
        一 まえがき
        二 臨海地区の埋立・造成と工場誘致
        三 人口の増加・集中と川崎町の変化
        四 労働者の住宅問題と公衆衛生
        五 通勤交通問題と上水道敷設
        六 まとめ
    明治・大正期の村の生活誌 高座郡相原村の変遷         
        一 手記を遺した相沢菊太郎
        二 村の風景の変化
            付・資料(一)蚕・農記録抄
            付・資料(二)物価・諸費の推移
    大正デモクラシー期における横浜市政の動向            
        一 はじめに        
        二 市制改正と選挙区撤廃問題        
        三 名望家の後退と官僚の進出        
        四 政治指導の変化と協調市政への道        
    武相労働連盟論 デモクラシーからファシズムへの旋回            
        一 はじめに        
        二 武相労働連盟の成立 普選体制への幻想        
            (一)武相労働連盟の結成
            (二)結成宣言 その思想的性格 
            (三)工信会の自主化とその性格
        三 神奈川自治党運動 地方無産政党主義の選択と挫折        
            (一)神奈川自治党の結成
            (二)一九二八年普通選挙への対応
            (三)中央政党合同論
        四 日本造船労働連盟への呼称 ファシズム労働運動への転換         
            (一)経済主義への傾斜
            (二)自彊組合の参加
            (三)工信会の変質過程
        五 おわりに        
    昭和恐慌と農村経済更生運動 石碑が語る「ある山村」の昭和史            
        一 はじめに        
        二 恐慌下の農村と農民の姿        
            (一)石碑が語る里道の苦
            (二)不況にあえぐ農村
            (三)高揚する農民運動
        三 不況と疲弊からの脱出へ        
            (一)農村経済更生運動の開始
            (二)理想的農業部落の建設
        四 県農事特別奨励地の展開        
            (一)生田村細山部落の概況
            (二)奨励地設置の計画
            (三)奨励地設置の実施状況
        五 おわりに        
    神奈川県下の海外移住            
        一 はじめに        
        二 統計から見た神奈川の海外移住        
        三 横浜港と海外移民        
            (一)ハワイ元年者とグアム島移民
            (二)官許第一号木曜島採貝潜水夫
            (三)ハワイ官約移民
            (四)神奈川の移民会社
            (五)横浜の移民宿
            (六)海外渡航者講習所
        四 神奈川のアメリカ村        
        五 第二次世界大戦後の海外移住        
    相模原地域に生きた農村女性            
        一 はじめに        
        二 女に学問はいらぬといわれた時代に        
        三 娘たちの日々        
        四 製糸工女たち        
        五 母として主婦として        
        六 生産のにない手        
        七 戦のかげに        
        八 おわりに        
    在日朝鮮人の生活史            
        一 朝鮮人労働者層の形成と大震災        
            (一)震災前の在住朝鮮人
            (二)親裁下の朝鮮人虐殺
            (三)朝鮮人犠牲者数
            (四)当局の事後対策と朝鮮人自身による慰霊
            (五)震災後の朝鮮人労働者急増
        二 労働運動の昂揚から戦時体制への推移        
            (一)神奈川県朝鮮労働組合の結成
            (二)神奈川県内鮮協会の融和事業
            (三)大恐慌下の朝鮮人の生活
            (四)労働運動の昂揚
            (五)戦時体制下の朝鮮人強制連行
            (六)相模湖ダム工事と朝鮮人
            (七)協和会体制と抵抗
        三 むすび−戦後史の展望        
    神奈川における近代の部落問題            
        一 はじめに        
        二 人間の平等と自由を求めて        
            (一)賤民開放令の明と暗
            (二)キリスト教と自由民権運動
        三 部落差別の解消をめざして        
            (一)部落にたいする伝道
            (二)小学校の教師と作家
            (三)部落改善運動と地方改良運動
        四 部落差別の撤廃を求めて        
            (一)米騒動と地方改善
            (二)水平社運動の精神
            (三)設立当初の青和会
        五 ファシズム期の融和運動        
            (一)学校内の差別に対する糺弾
            (二)戦時体制下の融和運動
        六 むすびにかえて        
    戦争と民衆 市民の日記による考察             
        一 民衆像の多様性        
        二 生き続けた批判精神        
        三 天皇制ファシズムの民衆的基盤        
        四 戦争の激化と愛国主義者の矛盾        
        五 勤労意欲の低下と厭戦気分        
        六 本土決戦体制と民衆        
        七 敗戦による急激な目ざめ        
    戦後食料問題の一断面            
        一 はじめに        
        二 政府の食料輸入要請        
        三 総司令部、アメリカ政府、極東委員会        
        四 遅配の進行と食料対策        
        五 知事の食料放出要請        
        六 食料放出の意味        
    戦後労働運動の創始 東芝堀川町工場における「従業員組合」の結成            
        一 はじめに        
        二 前提        
            (一)堀川町工場の特質
            (二)戦時期の労資関係
        三 「従業員組合」の結成        
            (一)「研究職」労働者
            (二)「現業」労働者
            (三)三つの潮流
        四 工場側の対応        
            (一)「工場懇談会」=再編産報路線
            (二)“企業内協調組合”構想
        五 おわりに        
            (一)組合員の増加
            (二)研究史上の論点
    神奈川県公害防止条例の変遷過程            
        一 はしがき        
        二 一九五一年「神奈川県事業場公害防止条例」の制定        
            (一)条例制定の背景
            (二)一九五一年条例の特徴
            (三)社会党の修正案
        三 一九六四年「公害の防止に関する条例」の制定        
            (一)一九六〇年前後の条例一部改正
            (二)一九六四年条例の制定
            (三)一九六四年条例の特徴
        四 一九七一年「神奈川県公害防止条例」の制定        
            (一)一九六〇年代後半からの公害問題
            (二)一九七一年条例体制
            (三)戦後公害防止条例の変遷
    開発調整期神奈川の公害行政 神奈川県と横浜市の自治体行政をめぐって             
        一 「公害の防止に関する条例」の基本的性格        
            (一)公害行政における「生活環境の保全」の優先
            (二)国の政策としての「産業の健全な発展」
            (三)事業場への行政権限の強化
        二 県公害行政 規制的誘導から助成的誘導へ        
            (一)公害工場の認定と行政処分
            (二)『基本法』制定と助成的誘導への復帰
        三 横浜市「だれでも住みたくなる都市づくり」と公害防止契約        
            (一)快適環境のための公害防止条例
            (二)日本鋼管扇島再立地における公害防止対策の意義
        四 「良好な環境の確保」への県下公害行政目標の価値転換        
    自治体の諸問題 県下確信自治体の消長と関連させて             
        一 はじめに        
        二 一九五〇年代以降の県下における重化学工業化        
        三 革新自治体誕生の基盤        
            (一)横浜市政
            (二)鎌倉市政
            (三)川崎市政
            (四)藤沢市政
        四 県下革新行政の特徴        
        五 革新自治体基盤に関する今後の課題        
        六おわりに        
    横浜・一万人市民集会の経緯とその時代            
        一 はじめに        
        二 革新市政の誕生と市民集会の否決        
            (一)飛鳥田横浜市長の登場
            (二)市民集会担当助役ならず
            (三)市民集会の議論はじまる
            (四)一万人市民集会開催案
            (五)一万人市民集会否決する
        三 市民による自主開催にいたる経過        
            (一)市民集会の否決をめぐる労組・市民の動き
            (二)飛鳥田市長の再選と市政の展開
            (三)第一回一万人市民集会の開催
        四 一万人市民集会の背景と課題        
            (一)第二回市民集会から区民会議へ
            (二)一万人市民集会の意義とその時代
    新神奈川計画            
        一 「新神奈川計画」を前進させるために        
        二 「社会計画」としての「新神奈川計画」        
            (一)市場と計画の論理
            (二)自治と連帯の「新神奈川計画」
            (三)三層構造としての「新神奈川計画」
        三 時地と分権の新神奈川計画        
            (一)未来を創造する「新神奈川計画」
            (二)未来を創造する基礎条件
            (三)自治と分権の「計画」・県民参加
        四 「新神奈川計画」の主要な実績        
            (一)計画の主な構成と今日的課題
            (二)保健・医療、社会福祉
            (三)労働復し・消費生活・同和対策
            (四)教育・文化
            (五)まちづくり
            (六)商工業・農林漁業
        五 新しい地域計画をめざして        
    神奈川の現代史像再構成のために 地域性を中心に            
        一 現代に刻む県史編纂の視点        
        二 近代の地域性の原型
        三 地域の複合的変動の構図
        四 地域を支えた人間像の再検証
    執筆分担一覧        
    あとがき        
    口絵        
        旧荻野山中県庁絵図
        「自由」と書かれた車人形
        内山愚童作の仏像(林泉寺蔵)と現在の箱根町大平台 林泉寺
        昭和初期の川崎駅付近・川崎水道戸手浄水場(『川崎誌考』から)
        一九三〇年代の川崎市街図(『川崎市勢要覧』一九三〇年刊から)
        戦時下に訓練をうける婦人たち−川崎市内−
        新生横須賀婦人会館前にならぶ婦人会関係者(一九四七年)(ベントン W.デッカー氏蔵)
        参政権を得て投票する婦人たち(『戦後十年のあゆみ』から)
        横浜・第一回一万人市民集会の会場風景
        現在の京浜工業地帯夜景(県史編集室蔵)


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教育委員会事務局中央図書館調査資料課- 2010.1.22作成 -
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