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横浜緑区史 資料編 第2巻 目次

    序文            
    例言            
    第一編 原始・古代            
        第四章 弥生時代         
            概説
            大場富士塚遺跡
            霧ケ丘遺跡
            折本西原遺跡
            宮原・清水場遺跡
            能見堂遺跡
            朝光寺原遺跡
            観福寺裏遺跡
            矢崎原遺跡
            受地だいやま遺跡
            甲神社遺跡
            釈迦堂遺跡
            小黒谷遺跡
            四枚畑遺跡
            稲荷前遺跡
            下根遺跡
        第五章 古墳時代        
            概説
            稲荷前古墳群
            虚空蔵山古墳
            朝光寺原古墳群
            杉沢古墳
            北門古墳群
            赤田古墳群
            寺家町所在の横穴
            荏子田横穴
            市ケ尾横穴群
            熊ケ谷横穴群
            下根・天ケ谷横穴群
            東方横穴群
            東耕地遺跡
            東原遺跡
            上谷本第二遺跡
            矢崎山遺跡
            なすな原遺跡No.3地区
        第六章 奈良・平安時代        
            概説
            長者原遺跡
            上谷本第二遺跡
            受地だいやま遺跡
            なすな原遺跡No.3地区
            藪根不動原遺跡
            宮原・清水場遺跡
            東耕地遺跡
            奈良〜平安時代の火葬墓
        緑区の考古学関係文献目録(補遺)        
        縁区郷土史研究会考古部会報「あしあと」総目次        
    第二編 中世            
        第三章 南北朝・室町時代        
            概説
            図版
            一 元弘三年(一三三三)北条泰家軍は南進する新田義貞軍を迎え撃つため小山田に陣を取る。
                一方金沢貞将は千葉貞胤と鶴見の辺で合戦する
            二 建武年間(一三三四〜三六)足利尊氏・同直義の所領目録に武蔵国麻生郷ほかがみえる
            三 建武二年(一三三五)北条時行が信濃に挙兵し鎌倉に迫る。足利直義軍と井出沢で合戦する
            四 暦応四年(一三四一)摂津親秀遺領処分状に能直分として小机保重富名、松王丸分として
                小澤郷がある
            五 康永二年(一三四三)山内首藤通範は所領の武蔵国江田郷内堀内赤田を同族通綱の備後国津口
                庄内乙丸名と相博し通綱と共に善法寺に寄進した
            六 康永二年(一三四三)南朝方の三宅高徳・荻野朝忠が挙兵したが足利勢に攻められ敗北した。
                足利勢の侍所所司代都筑入道が活躍する
            七 康永四年(一三四五)さきに足利尊氏が保寧寺に寄進した麻生郷内本郷堀内の乳牛役については
                免除する旨の奉書を武蔵国守護代薬師寺氏が保寧寺長老にさし出した
            八 観応二年(一三五一)関東管領上杉憲顕は波多野次郎に都筑郡河井郷などを勲功の賞として
                預置くよう命じた
            九 正平七年(一三五二)足利尊氏は保寧寺領麻生郷内古郷ならびに堀内に禁制を下した
            一〇 観応三年(一三五二)足利尊氏は醍醐寺三宝院の管領する源実朝の法華堂領武蔵国高田郷等
                  の事について御教書を下した
            一一 貞治三年(一三六四)御仁々局の訴えにより小山田庄のうち黒河郷半分について上杉憲春は
                  関東公方足利基氏の命により、加治實規らに同郷半分の地を同局の代官に渡付させた
            一二 貞治三年(一三六四)加治實規は黒河郷半分の地を御仁々局の代官に渡付る
            一三 応安五年(一三七二)御仁々局が黒河郷半分の所領を円覚寺塔頭の黄横院に寄進したことに
                  ついて関東公方足利金王丸が安堵状を出し承認した
            一四 応安五年(一三七二)関東管領上杉能憲は関東公方の命をうけ黒河郷半分の所領を黄梅院に
                  渡すように上杉憲方に命じた
            一五 康暦二年(一三八〇)関東公方足利氏満は、都筑郡石河郷内大井三郎跡などを寄進状にもとづ
                  いて下地を金陸寺雑掌に受取らせるよう宗重孝と山下四郎左衛門尉に命じた
            一六 康暦二年(一三八〇)宗重孝は関東公方足利氏満の命に従い都筑郡石河郷内大井三郎跡など
                  の下地を金陸寺雑掌に打渡した
            一七 康暦二年(一三八〇)宗重孝の代官妙源は都筑郡石河郷内大井三郎跡などの下地を現地に
                  おもむき金陸寺雑掌に打渡した
            一八 永徳二年(一三八二)関東公方足利氏満は、鶴岡八幡宮神主に武蔵国小机保出戸村内の地を宛行う
            一九 永徳二年(一三八二)関東公方足利氏満は、祈〔祷〕料所である武蔵国小机保出戸村の地を鶴岡若宮神主大伴時国に打渡すことを、筑後刑部少輔等に命じた
            二〇 至徳四年(一三八七)関東公方足利氏満は高倉中務大輔の黒河郷半分についての訴えを斥けた
                  ことを黄梅院に報じた
            二一 明徳四年(一三九三)都筑郡石河郷内田地を尼心昇が国清寺に寄進し関東公方足利氏満が安堵した
            二二 年未詳 応永五年(一三九八)頃 密嚴院寺領注文に武蔵國吉田郷がみえる
            二三 応永五年(一三九八)道圓が下多東郡菅生大蔵の蔵王権現に鰐口を奉納する
            二四 応永十一年(一四〇四)総社六所宮造営反銭の黄梅院に対する免除を守護代埴谷氏にあて
                  関東府奉行人が発した
            二五 康暦三年(一三八一)から応永一〇年(一四〇三)にかけて 鶴岡八幡宮寺供僧俊譽は
                  王善(禅)寺の僧侶であった
            二六 応永八年(一四〇一)から同三〇年(一四二三)にかけて鶴岡八幡宮寺供僧の頼譽は
                  王善(禅)寺別当であった
            二七 応永十一年(一四〇五)深大寺の僧長弁が綱島郷橋供養の意趣書をかく
            二八 応永二三年(一四一六)関東公方足利持氏は禅秀の乱に加わった上杉氏憲(禅秀)と木戸・
                  下条の所領及び小机保内の長井次郎入道跡を長沼義秀に宛行った
            二九 応永二三年(一四一六)関東公方足利持氏を追放した足利満隆・持仲は持氏方の武士討伐の
                  ため、上杉憲方を小机辺に出張させる
            三〇 応永二四年(一四一七)足利満隆・上杉氏憲(禅秀)等、武蔵国世谷(瀬谷)原で武州南一揆等と
                  合戦する
            三一 応永二四年(一四一七)摂津満親が武蔵国小沢・小机の替として加賀国倉月庄内諸江・山口を
                  南禅寺?勝軒に寄進した
            三二 応永二九年(一四二二)大山寺本宮に大御所一色氏が山崎郷内今井村を寄進したことを
                  関東公方足利持氏が安堵した
            三三 正長三年(一四三〇)関東公方足利持氏は二階堂盛秀の申請によって市ヶ尾郷内片山彦次郎跡
                  を伊豆国河津の林際寺に寄進した
            三四 永享五年(一四三三)榎下城主上杉憲直は立川普済寺版五部大乗経を鶴岡八幡宮に奉納した
            三五 永享七年(一四三五)関東公方足利持氏は、武蔵国菅生郷の田地が流出した事実を認め残る
                  田地の沙汰を鎌倉府政所執事二階堂盛秀に指示した
            三六 永享一〇年(一四三八)相模小田原・風祭の合戦で足利持氏の将上杉憲直は敗れ捕えられる
            三七 年未詳 一五世紀中頃 日蓮宗僧侶日朝の書状に、武蔵国出沢・恩田は日出上人の布教活動に
                  よって信徒が今に続いていると述べている
            三八 宝徳四年(一四五二)武蔵国小澤郷・小机保内重富名等を攝津満親の讓状の旨に任せ之親が
                  領知することを室町幕府管領畠山持國が将軍足利義政の意を奉じて下知した
            三九 享徳二六年(一四七七)古河公方足利成氏は、小山田保真光寺等を鎌倉の報国寺領として安堵した
            四〇 文明九年〜一〇年 (一四七七〜八)太田道灌は長尾景春の与党豊嶋泰経らと戦い、泰経の拠る
                  小机城を落す        
            四一 文明一〇年(一四七八)古河公方足利成氏は、陣中より小山梅犬九に書状を送って、味方が籠った
                  小机要害が太田道灌によって奮〔奪〕われた事等の戦況を述べ、軍勢を催促する        
            四二 年未詳 一五世紀末から一五〇一年まで、関東管領上杉顕定の執事長尾忠景は、小机の年貢
                  皆損の知らせをうけ、雲頂庵塔主久甫淳長に、成田三河入道は年貢を責任をもって納めるべきで
                  あるとの手紙を送る        
            四三 長享二年(一四八八)紀年銘のある韻鏡奥書に武州麻生郷王禅寺花蔵院が見える        
            四四 応安六年(一三七三)以前から文明六年(一四七三)頃にかけて、真言宗醍醐三宝院伝法を
                  うけた僧、等海・印融らは恩田・鳥山・王禅寺・岡上・新羽・榎下等の地の寺に居住する       
            四五 年未詳 一五世紀末頃か 熊野那智山実報院檀那持分書立の中につづき郡廿四郷がみえる
            四六 文明一八年(一四八六)道興准后は熊野修験道教団強化のため東国を廻り、丸子から新羽を通り
                  帷子に至る        
            [補遺資料]醍醐寺文書の高田郷関係資料一〜九        
        第四章 戦国時代            
            城郭関係遺構        
                一、小机城跡
                二、荏田城跡
                三、榎下城跡
                四、茅ケ崎城跡
            後北条氏関係文書        
                一、鈴木家文書
                二、上原家文書
                三、大曾根家文書
                四、雲松院文書
                五、井上家文書
                六、小田原衆所領役帳
            徳川家康入国後の資料        
                一、陣屋関係
                二、川和村、寛永九年の検地帳
                三、横溝家所持、刀剣、火縄銃
                四、朱印札
            佐江戸無量寺の五輪塔        
            鴨居本柳寺の五輪塔        
            恩田町糟屋の塔        
            保寿院五輪塔        
            鴨志田町字念仏堂の板碑        
            長津田町大林寺の板碑        
            鴨居町林光寺の板碑
            佐江戸町無量寺の板碑
            川和町無量寺の板碑
            鴨居町本柳寺の宝塔板碑
            荏田町矢羽根不動堂板碑
            上谷本町(現みたけ台)祥泉院の寒念仏板碑
            黒須田町の念仏板碑
            元石川(現あざみ野)の板碑
    第三編 近世            
        第五章 助郷        
            概説
            寛文一一年(一六七一)佐江戸村助郷文書
            宝暦年間(一七五六〜六二)長津田村助郷文書
            安永五年(一七七六)佐江戸村助郷文書
            天保九年(一八三八)下谷本村当分助郷帳
            天保一三年(一八四二)鉄村加助郷諸入用書上帳 
            嘉永七年(一八五四)下谷本村拝借金願書
        第六章 五人組帳        
            概説
            寛延二年(一七四九)久保村五人組帳
            文化一二年(一八一五)寺家村五人組帳
            弘化三年(一八四六)久保村五人組帳 
        第七章 水利        
            概説
            享保六年(一七一六)長津田村と水下七ヵ村の水論文書 
            享和三年(一八〇三)上谷本村溜井水論文書
            文政年間(一八二三〜二四)上鉄村他四ヵ村水論文書
            安政五年(一八五八)市ヶ尾村他十二ヵ村願書
        第八章 鷹場        
            概説
            享保四年(一七一九)十日市場村鷹場文書
            享保四年(一七一九)久保村鷹場文書
    第四編 近代            
        第五章 教育資料        
            概説
            一 文部省第一年報(学区・学校及教員生徒・学務委員・統計表)
            二 文部省第二年報 (神奈川県公立小学校表)
            三 御請書(川嶋・鴨居・二俣川・宮沢・川井・今宿・中山・久保・青砥・中村・八朔・長津田・谷本・鉄・恩田・
                            奈良・市野沢の各学舎)
            四 学舎図(久保・長津田・恩田・青砥・八朔・奈良・中村・寺家・鴨居・本郷の各学舎図)
            五 第六大区学舎創業以来入費調書
            六 恩多(田)学舎生徒名簿
            七 八朔学舎生徒名簿
            八 小学生徒名前御届(十日市場村)
            九 小学生徒名前御届(鉄村)
            一〇 小学校名御届書
            一一 入校生徒取調書(久保村)
            一二 生徒姓名簿(青砥学舎)
            一三 生徒取調書上簿(鴨居学舎) 
            一四 生徒年齢取調書上(本郷村)
            一五 就学男女表
            一六 小学教員月給并生徒人
            一七 学齢人口取調書(恩田村)
            一八 都筑郡教育会報 第一号
        第六章 日刊新聞にみる世相記事編年誌        
            概説
            一 下谷本村の学校建設
            二 吉田村の雹害
            三 投書 学校の設立方法
            四 投書 田園の旧弊
            五 投書 辱神の慨歎
            六 恩田村の陰徳者 土志田清兵衛
            七 地租改正事業をめぐる紛糾
            八 盗難取調表
            九 都筑郡の渇水
            一〇 左衛門語りの流行
            一一 収獲概表
            一二 郡長の任命
            一三 学校への献金
            一四 郡書記の任命
            一五 郡書記の任命
            一六 郡役所の所在地
            一七 郡役所位置変換願
            一八 恩田村の窮民救助
            一九 投書 郡役所位置変換ノ願書ヲ読ム
            二〇 郡役所位置変換之儀再三願
            二一 石川学校の衰頽
            二二 川井村辺の大弓流行
            二三 医学講習所の開設
            二四 堺町警察署川井分署の新築
            二五 恩田村の篤志家
            二六 鴨居学校への献金
            二七 投書、減額先生ノ伝
            二八 下川井警察分署新築費の献納
            二九 農談会の開設
            三〇 川和村の菊花
            三一 池辺学校への献金
            三二 清酒焼酎造組会設立願
            三三 育英社・共愛社の設立
            三四 育英社・共愛社の目的
            三五 板垣退助勧迎会
            三六 武蔵六郡懇親会
            三七 神奈川県の製氷
            三八 土志田清兵衛の儀に付郡長上申書
            三九 医学講習所の設立
            四〇 都筑郡の用水不足
            四一 郡部常置委員の選挙
            四二 新都筑郡長
            四三 五日市懇親会と学芸講談会
            四四 菊花の献納
            四五 川和警察分署の落成式他
            四六 神奈川県懇親会の広告
            四七 製氷浄水試験の出願
            四八 常置委員の改選
            四九 衛生委員・常置委員の選挙
            五〇 茶業組合の役員
            五一 戸長役場の位置
            五二 戸長数・町村数・戸数
            五三 物騒
            五四 神奈川県下貧民の実状
            五五 佐藤貞幹県御用掛に任命
            五六 県会議員の補欠選挙
            五七 川和の菊
            五八 神奈川県会議員
            五九 都筑郡大懇親会
            六〇 神奈川県下の製氷
            六一 同好会第一会
            六二 三郡有志大懇親会
            六三 県会議員推選書
            六四 県会議員推選書に対する反論
            六五 徴兵参事員
            六六 同好会員の相談
            六七 衆議院議員選挙費并人員
            六八 議員当選
            六九 神奈川県倶楽部の集会
            七〇 神奈川県下第二選挙区の懇親会
            七一 神奈川県下の衆議員候補者
            七二 神奈川県下の麦作
            七三 衆議院議員選挙の投票結果
            七四 武相懇親会
            七五 神奈川県下蚕種及び麦作の景況
            七六 衆議院議員選挙の候補者
            七七 神奈川県の民党演説会
            七八 神奈川県第二区の景況
            七九 衆議院議員当選者
            八〇 神奈川県自由懇親会
            八一 地租軽減同盟会の大会
            八二 民党大懇親会
            八三 院外自由党の総会
            八四 院外有志大会
            八五 神奈川県会議員当選者
            八六 神奈川県徴兵参事員の改選
            八七 神奈川県の稲作
            八八 神奈川県会議員選挙
            八九 神奈川県会議員当選者
            九〇 神奈川県第二区改派有志懇親会
            九一 警察部の警戒
            九二 衆議員議員当選者
            九三 相王鉄道株式会社
            九四 神奈川県下の米作実況
            九五 徴兵参事員半数改選
            九六 神奈川県下本年の米作
            九七 横浜八王子間鉄道目論見書の変更
            九八 神奈川県進歩派懇親会
            九九 横浜の牛疫
            一〇〇 横浜鉄道発起出願の却下
            一〇一 都筑郡拡張の請願
            一〇二 横浜鉄道に就て
            一〇三 横浜鉄道問題の成行
            一〇四 横浜鉄道の認可
            一〇五 横浜線測量認可
            一〇六 横浜鉄道の測量
            一〇七 横浜鉄道の発起人総会
            一〇八 横浜鉄道株主募集広告
            一〇九 横浜鉄道株の盛況
            一一〇 信用組合の設立
            一一一 横浜鉄道本免許の申請
            一一二 田奈村の名誉
            一一三 横浜鉄道の一問題
            一一四 中里村の養蚕
            一一五 横浜鉄道の起工式
            一一六 馬耕伝習会
            一一七 横浜鉄道の新駅名
            一一八 横浜鉄道の開通
            一一九 横浜鉄道の総会
            一二〇 都筑郡青年団聯合会規約
            一二一 長津田青年会の発会式
            一二二 農産物品評会
            一二三 戊申詔書奉読式
            一二四 蚕業講習会証書授与式
            一二五 仏教演説会
            一二六 青年会組織準備
            一二七 中里村の学校問題
            一二八 中里村の学校問題
            一二九 地方改良発会式
            一三〇 刷新派大演説会
            一三一 学校問題解決
            一三二 都筑学事状況
            一三三 都筑学事状況
            一三四 蚕業講話会
            一三五 都築農業実施地状況
            一三六 甘柿禅寺丸作況
            一三七 松林圃の光栄
            一三八 川和の菊花        
    第五編 民俗                
        第三章 年中行事            
            概説        
            一 正月を迎える準備月一二月の行事        
                (1)煤掃き
                (2)餅搗き
                (3)門松、正月飾り
                (4)年越そば
            二 正月行事        
                (1)年男
                (2)三社信仰の軸をかける
                (3)六日年越
                (4)七草粥
                (5)蔵開き(鏡開き)
                (6)道祖神祭り(ドンド焼)
                    (イ)繭玉だんご
                    (ロ)カセドリ
                (7)小豆粥        
                (8)二十日正月(羽子板割り)        
            三 二月の行事            
                (1)節分、まめまき        
                (2)コト八日        
                (3)初午        
                (4)釈迦入寂日の日        
            四 三月の行事            
                (1)桃の節供        
                (2)春の彼岸会        
                (3)地神講        
                (4)地蔵念仏講        
            五 四月の行事            
                (1)花祭り(釈迦誕生日)        
            六 五月の行事        
                (1)端午の節供(男の節供)
            七 六月の行事        
                (1)麦秋・田植
                (2)夏越の祓
            八 七月の行事        
            九 八月の行事        
                (1)仏壇・墓地の清掃
                (2)盆柵飾りつけ
                (3)砂盛り作り
                (4)迎え火
                (5)墓参
                (6)菩提寺柵経
                (7)送り火
            一〇 九月の行事        
                (1)十五夜(お月見)
                (2)秋の彼岸会
            一一 一〇月の行事        
                (1)十三夜お月見
            一二 一一月の行事        
                (1)刈り上げ祝(こき上げ祝)
                (2)亥ノ子の牡丹餅
            一三 一二月の行事        
                (1)コト八日
                (2)冬至
                (3)大晦日年越そば
            一四 都市化が進み、古い行事などに対する価値観の変化        
                (1)港北ニュータウン文化財調査
        第四章 人生儀礼(通過儀礼)            
            概説        
            一 産育習俗        
                (1)妊娠
                (2)出産        
                (3)産後        
                    (イ)三っ目の祝
                    (ロ)お七夜・命名
                    (ハ)初外出
                    (ニ)お宮参り
                    (ホ)お食い初め
            二 成人習俗            
                (1)成長        
                    (イ)誕生日
                    (ロ)初節供
                    (ハ)厄子と拾い親
                    (ニ)七五三の祝(宮参り)
                (2)婚姻        
                    (イ)ハシカケ・見合・結納
                    (ロ)婚礼
            三 葬儀習俗            
                (1)死去        
                    (イ)サタ、準備
                    (ロ)納棺、通夜
                (2)出棺、野辺の送り        
                (3)埋葬        
                (4)法要        
                (5)女・子供の葬法        
                    (イ)女墓
                    (ロ)子墓
                    (ハ)子供の葬法
        第五章 民間信仰                
            概説            
            一 屋内の神仏            
            二 屋敷神            
            三 村内の講            
                (1)稲荷講
                (2)地神講
                (3)念仏講
                (4)庚申講
                (5)十夜講
            四 遠隔地代参講        
                (1)出羽三山講
                (2)大山講
                (3)榛名講
                (4)富士講
                (5)浜川講
            五 地蔵信仰        
                (1)各地区の地蔵
    編集後記                
    資料提供者名簿                
    編集委員会名簿                
    編集協力者名簿                
    資料編第一巻・第二巻の執筆分担                




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