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港北区史 目次

    口絵                        
    序に代えて                         
    刊行にあたって                         
    発刊を祝して                         
    郷土理解のために                         
    序章 港北区の誕生                        
        第一節 誕生までのあゆみ                    
            黒船浦賀へ来航                
            あいつぐ区画改正                
            市制・町村制の施行                
            横浜市の発展                
            港北区の誕生                
        第二節 地理的位置                    
            横浜市と港北区                
    第一編 地域の特質                        
        第一章 自然                    
            第一節 多摩丘陵と下末吉台地                
                開析がすすむ多摩丘陵            
                上位多摩面下位多摩面            
                下末吉台地            
            第二節 地形                
                概観            
                北部地域            
                中央西部            
                南部地域            
             第三節 地質                
                鶴川砂泥互層            
                奈良泥岩層            
                鴨志田互層            
                王禅寺互層            
                高津互層            
                屏風ヶ浦層            
                下末吉層            
                ローム層            
                立川ローム層            
                武蔵野ローム層            
                下末吉ローム層            
        第二章 気候・植生                    
            第一節 概況                
                一般的な特徴            
                第十七号台風と鶴見川            
            第二節 気候の特色                
                各月の特色            
            第三節 植生                
                多様な植生分布            
                常緑広葉樹林            
                立地条件と人為的干渉            
                東部地域            
                西部地域            
                港北ニュータウン造成地の植生            
                区内に見られる樹種            
                    裸子植物        
                    被子植物        
                    低木類        
                    つる性植物        
                    草本類        
        第三章 人文景観の変遷                    
            第一節 地勢                
                地形の特色            
                直角に曲がる川            
            第二節 交通                
                東急東横線の開通            
            第三節 農業用地の変遷        
                土地利用形態の変化
                進む宅地化
            第四節 東横線沿線の変遷        
                日吉駅周辺の変遷
                綱島駅周辺の変遷
                大倉山駅周辺の変遷
                菊名駅周辺の変遷
                妙蓮寺駅周辺の変遷
            第五節 横浜線沿線の変遷        
                新横浜駅周辺の変遷
                小机駅周辺の変遷
            第六節 綱島における果樹園の変遷        
                宅地開発
    第二編 港北区の歴史                
        第一章 あけぼの            
            第一節 先土器時代の文化            
                地名は語る        
                関東ローム層        
                いつから人が住んだか        
                立川ローム層期の石器文化        
                区内発見の石器        
            第二節 縄文時代の文化            
                一 土器の誕生とその成立        
                    縄文時代
                    花見山遺跡
                    早期の土器
                    早期の遺跡
                    東山田町G10遺跡
                    炉穴
                    落し穴
                二 縄文海進と貝塚        
                    前期の土器
                    前期の遺跡
                    南堀貝塚
                    貝塚のない集落
                三 狩猟・漁撈の発展        
                    中期の土器
                    中期の遺跡
                    中期の神隠丸山遺跡
                四 縄文時代の停滞と終末        
                    後・晩期の土器
                    後・晩期の遺跡
                    後期の神隠丸山遺跡
            第三節 弥生時代の文化            
                一 稲作農業の始まり        
                    弥生時代
                    弥生時代の遺跡
                    弥生時代の土器        
                    稲作農業と農具        
                    石器と鉄器        
                    青銅器        
                二 弥生時代の集落と方形周溝墓            
                    中期の集落        
                    大塚・歳勝土遺跡        
                    中川町A10遺跡        
                    後期の集落        
                    大原遺跡        
        第二章 古代の港北                    
            第一節 古墳時代の文化                
                一 近畿政権の東国支配            
                    近畿政権の形成と古墳の出現        
                        クニグニの抗争と連合の動き
                        古墳以前の墳丘墓
                        古墳の出現と近畿政権の形成
                    近畿政権の波及        
                        市域とその周辺の出現期古墳
                        鶴見川流域の出現期古墳
                        観音松古墳と白山古墳
                        新吉田町権田原遺跡の方形周溝墓
                    古墳づくりを支えたムラムラ        
                        五領式期の集落
                        牛久保町C16・17遺跡
                    近畿政権の初期東国支配        
                        近畿政権の伝承と東国古墳の語るもの
                        地方豪族の誕生
                        二重の支配を受ける人々
                二 変質する古墳と地域社会            
                    古墳の新たな展開        
                        首長墓の墳形変化と小規模化
                        古墳の拡散
                    武蔵野国造争いと屯倉の設置―近畿政権の直接的介入        
                        『日本書紀』安閑天皇元年(五三四)の条
                        笠原氏の本拠地
                        献上された屯倉
                        南武蔵の首長墓の衰退と近畿政権の直接的な介入
                    イロリからカマドへ―くらしの変化        
                        竪穴住居の移り変わり
                        カマド出現の意義
                        さまざまな変化
                        手工業生産の発展
                        埴輪の生産
                        鉄器の生産
                        カマドが出現するころのムラ
                三 律令制社会への動き            
                    ムラの拡散と耕地の広がり        
                        遺跡の分布に表れた変化
                        柚ノ木谷周辺の遺跡群
                        谷奥のムラ
                        谷の開発
                    墓制の変化と古墳造営の終わり        
                        横穴式石室の導入
                        横穴墓の出現
                        後期群集墳の造営者
                        前方後円墳と円墓
                        前方後円墳の終焉
            第二節 律令制時代                
                時代区分について            
                本節の時代区分と扱う範囲            
                一 律令制度と東国            
                    律令制度の形成        
                        民衆の成長と支配の変化
                        近畿政権の変質
                        大化の改新
                        大宝律令の制定
                    編成されるムラムラ        
                        大化前代の地方行政機構
                        東国国司の派遣
                        地方行政機構の整備
                        ムラムラの編成
                        戸の編成
                        郷戸と房戸
                    律令制下の港北区域とその周辺        
                        郡と郷
                        白雉を捕えた話
                        武蔵国府と国分寺
                        影向寺
                        群衙
                        駅家
                    火葬の浸透        
                        火葬の採用
                        蔵骨器とその分布
                        蔵骨器の被葬者
                二 防人のムラ・柵戸人のムラ            
                    民衆のさまざまな負担        
                        戸籍
                        租税
                        条里制
                        調と庸
                        労役
                        兵役
                        北辺の守り柵戸と鎮兵
                    直土に藁解き敷きて―竪穴のくらし        
                        竪穴住居の消長西と東
                        律令体制下の竪穴住居址
                        遺跡の分布と立地
                        森戸原遺跡
                        新羽大竹遺跡
                        竪穴住居址郡と戸
                三 律令体制の崩壊            
                    公地公民制の破綻        
                        開墾の奨励とその背景
                        土地私有の公認
                        班田農民の抵抗
                        班田制の崩壊
                        公営田の設置
                    富豪の輩        
                        農民層の分解
                        富豪浪人
                        〔しゅう〕馬の党
                        神隠丸山遺跡の館あと
                    武士団の形成        
                        侵略と防衛
                        馬牧の存在
                        古代の終焉
        第三章 武士団の活躍と信仰                    
            第一節 平安・鎌倉時代                
                一 牧としての開発            
                    馬の飼育地として        
                    御牧としての開発        
                    師岡の熊野社        
                    杉山社        
                    恩田御厨        
                    石川牧と石河氏        
                二 武士団の形成            
                    将門の乱と武士団        
                    平忠常の乱
                    源氏の勢力拡大
                    武蔵の武士団
                    武士の権力拡大
                三 鳥山の開発        
                    源頼朝の挙兵
                    武家政権の成立
                    佐々木氏の活躍
                    港北区と佐々木氏
                    地域の武士たち
                    泰綱の鳥山開発
                    鎌倉道
                    鎌倉幕府の滅亡
                    神奈川湊に帆別銭
                    紀行文の古典にみる当区
            第二節 室町・戦国時代            
                一 室町幕府と鎌倉府        
                    武士層の動き
                    鎌倉府
                    上杉禅秀の乱
                    永享の乱
                    結城合戦嘉吉の乱
                二 太田道灌の活躍        
                    古河公方堀越公方
                    太田氏の出自
                    三つ巴の争い
                    国人衆の動き
                    小机城をめぐる攻防
                    道灌暗殺
                    綱島郷の橋供養
                    板碑
                三 後北条氏の支配        
                    北条早雲の台頭
                    権現山の戦い
                    小机城
                    笠原越前守信偽
                    小机城の支城
                    小田原衆所領役帳
                    鶴見川流域の支配体制
                    北条氏支配の動揺
                    臨戦体制
                    後北条氏の滅亡
    第三編 地区のあゆみ                    
        第一章 綱島地区                
            第一節 江戸時代以前の綱島            
                地名の由来        
                縄文海進と南綱島貝塚        
                弥生時代        
                綱島古墳
                東照寺裏横穴墓群
                綱嶋姓の武士
                綱島郷橋供養
                後北条時代
            第二節 江戸時代の鶴見川        
                鶴見川と区域の村々
                高田堰
                吉田堰
                矢上堰
                安永十年の紛争
                文化五年の紛争
                文化六年の紛争
                文化七年に和解
                天明三年の紛争
                死傷者が出た寛政四年
                寛政五年には和解
                嘉永年間の紛争
                鶴見川改修の願い
                享和二年の改修願
                文化元年の改修願
                文政五年の改修願
                天保四年の工事
                鶴見川付替え計画
                あいつぐ紛争
                江戸時代には実現せず
            第三節 助郷村々の負担        
                宿場制度と助郷
                定助郷村大助郷村
                元禄七年の整備
                定助・大助の区別廃止
                助郷村の交代
                水難村の助郷
                綱島村の助郷免除
                天保五年は助郷免除
                弘化五年の駕籠訴
                直轄領と私領
                宿への援助
                掃除役の負担
                橋普請にも人足役
                篠原村道橋修繕に協力要請
                雇い上げ人馬請負
                幕末の助郷
            第四節 江戸時代の綱島        
                綱島十八騎
                南綱島村北綱島村
                検地
                綱嶋橋の補修
                御捉飼場
                野廻り役
                寄場組合の編成
                寄場の移動
                南綱島村の商売
                農間商渡世
                河岸場商人
                南綱島村明細帳
                祭礼相撲
                橋場河岸からの船積み
            第五節 幕末維新期の綱島        
                開港後の御捉飼場
                助郷役の激増
                武州一揆と農兵隊組織
                十代飯田助太夫広配
            第六節 明治時代の綱島        
                大崎道
                鶴見川の川舟
                飯田家の経営
                養蚕
                大綱村部内景況報告
                養蚕から蔬菜へ
                道路と舟路
                芝居興行
            第七節 大正から昭和へ        
                鶴見川の改修
                綱島分譲地
                昭和十年代
                温泉旅館の繁栄
            第八節 古き綱島をたずねて        
                小字と屋号
                古き綱島のおもかげ
                矢上川用水
                来迎寺
                陽林寺と東照寺
                長福寺
                諏訪神社
                板橋供養塔
                矢上堰跡
                石の道標
                久光院
                飯田・池谷家文書
        第二章 日吉地区            
            第一節 日吉の移り変わり        
                閑静なたたずまい
                江戸時代の村勢と世相
                明治から大正へ
                関東大震災
                昭和になって
            第二節 分村合併問題        
                横浜市か川崎市か
                区名誕生のいきさつ
            第三節 日吉と慶應義塾        
                用地の確定
                日吉開校と諭吉生誕百年
                藤原工業大学の誕生
                旧日本海軍施設と米軍接収
                日吉開設五十年
            第四節 東横線開通        
                神奈川線開通
                日吉台分譲と沿線開発
            第五節 町名の由来と年中行事        
                町名の由来
                年中行事
            第六節 日吉の歴史散歩        
                観音松古墳
                保福寺
                矢上堰
                汲取物語
                下田地蔵尊
                駒林神社
                金蔵寺
                大聖院
                地頭屋敷跡
                井上正夫演劇道場
                加藤土師萠
        第三章 大曾根・樽・太尾地区            
            第一節 村のようす        
                村の概観
                生産力が低かった耕地
                各戸の持高
                戸数と人口
                余業
            第二節 村の政治        
                領主
                領主の変遷
                天領と樽村代官
                相給村落太尾村
                太尾見付
                寺社領と大乗寺の朱印状
                村役人
                樽村の決まり
            第三節 水害と旱魃        
                水旱両難のある村
                鶴見川水除囲堤
                〔掻〕場畑と称する土手
                悪水堀
                悪水吐圦樋
                鶴見川の水利用
                用水路
                溜井
            第四節 村の貢租・夫役        
                天領の租税
                検地と検地帳
                低い石盛
                正租
                皆済目録
                年貢納入の心得
                小物成
                高掛物
                助郷
                往還掃除
                その他の労役
            第五節 鷹狩り        
                野廻り冨川八郎衛門
                捉飼場
                野廻り
                捉飼場農民への禁制と義務
                捉飼と宿
                村の負担
                誓約
            第六節 今昔あれこれ        
                血の池おばヶ坂伝説
                大倉山の梅林
                天然スケート場
                ラジューム鉱泉湧出の地
                菖蒲園
                順宮内親王田植え見学
                大倉精神文化研究所        
            第七節 寺院・神社・講            
                一 寺院        
                    本長寺
                    大乗寺
                    長光寺
                    龍松院
                    歓成院
                二 神社        
                    杉山神社
                    神明社
                    稲荷社
                    八幡神社
                    太尾神社
                    三峰社
                三 講        
                    民間信仰と講
                    稲荷講
                    庚申講
                    念仏講
                    お題目講
                    三峰講
                    地神講
        第四章 篠原・師岡・菊名・大豆戸地区                
            第一節 篠原地区            
                一 江戸時代後期の篠原村        
                    篠原村の位置
                    村名の由来
                    土性
                    字名
                    耕地面積
                    代官と村高
                    交通
                    助郷
                    富士塚
                    鶴見川の氾濫と水争い
                    灌漑
                    災害
                    幕末動乱と村の警護
                二 明治・大正期        
                    篠原村から大綱村へ
                    大綱村大字篠原の位置
                    面積
                    戸口
                    気候
                    地味
                    生業
                    屋号
                    産物
                    村費
                    村の教育
                    横浜鉄道開通
                    大正時代の交通
                    東横線
                三 昭和期        
                    篠原町の発展
                    戦時下の篠原町
                    米軍兵舎と住民
                    米陸軍総合病院
                    住民の返還運動
                    接収解除促進運動
                    米軍岸根キャンプの公害
                    岸根公園の誕生
                    新横浜駅開設
            第二節 師岡町        
                師岡保
                師岡の熊野社
                師岡貝塚
                調査の成果
                今後の課題
                熊野郷土博物館
            第三節 菊名町        
                菊名貝塚
                戦前の調査
                『菊名貝塚の研究』
                県教委の調査
                菊名村の開発
                菊名山蓮勝寺
                長光山妙蓮寺
            第四節 大豆戸町        
                大豆戸村
                江戸時代の大豆戸村
                溜池掛りの水田
                旱損水損の事情
                治水上の対立
                宝暦九年の訴訟
                寛政八年の訴訟
                天保十一年の訴訟
                利水上の対立
                鳥山川の用水
                鶴見川の用水
            第五節 農村から都市へ        
                明治大正の農業事情
                沿線の住宅開発
                元区長の回想
        第五章 城郷地区            
            第一節 地名の由来        
                岸根村
                鳥山村
                小机村
                小名
                城郷村
            第二節 地勢        
                鶴見川と三種の地形
            第三節 土地利用小史        
                谷戸の水田
                沖積低地の水田
                台地上の土地利用
            第四節 農業事情        
                盛んだった茶・桃の栽培
                養蚕と苺
                蔬菜・養鶏養蚕に励む
                畑作中心の兼業農家へ
                農家はどう変わったか
                岸根村(町)の特色
                鳥山村(町)の特色
                水利をめぐる争い
                小机村(町)の特色
                都市化と課題
            第五節 横浜鉄道から横浜線へ        
                鉄道敷設までの経過
                鉄道官設論
                請願却下の連続
                横浜鉄道営業開始
                横浜鉄道から横浜線へ
                小机駅周辺の開発
            第六節 小机城と主な寺院        
                小机城址
                笠原家と雲松院
                初代広重と泉谷寺
                村岡家の袋戸絵
                瑞雲山三会寺
        第六章 新羽・新吉田・高田地区            
            第一節 中世から近世へ        
                中世への手がかり
                新羽郷地頭大見肥後
                新羽重蔵坊
                道興准后廻国雑記
                新羽泉蔵坊
                新羽西方寺
                佐藤家先祖中丸兵庫
                北新羽の光明寺
                北新羽の蓮花寺
                新羽善教寺
                専念寺と峯木外記
                小山家系図
                横治監物横地監物
                都筑郡吉田郷
                円応寺の継印
                新吉田の常真寺
                田中家系図
                森家過去帳
                新吉田の宮田家
                宮田家出土の板碑郡
                加藤家の板碑群
                高田興禅寺
                桃井播磨守
                長円寺法然上人座像
                高田塩谷寺
                高田の支配者
                板碑
            第二節 江戸時代        
                検地
                検地はどう行なわれたか
                新羽村の検地
                検地後の増税
                吉田村領主大久保忠位
                新羽村領主若林三由
                村役人
                村の戸数と人口
                家族構成
                人別構成
                持高別構成
                年齢別構成
                農間稼ぎ
                年貢皆済
                新田地区の寺子屋
            第三節 新吉田稲坂谷戸に残る資料から        
                講の維持費
                杉山神社の諸経費
                頼母子講稲荷講
                稲坂谷議決書
                拒ぎ念仏雹祭
            第四節 近代の新田地区        
                行政の変遷
                寒素めん
                製造開始時期
                新田地区の素めん製造
                製造の実際
                水運の利用
                草葺き屋根
                板倉家の醸造業
                天然水
                花卉栽培と手内職
                巡礼
                郵便局開設など
                戦争と新田地区
                戦後のあゆみ
                新田地区の教育
                新羽小学校
                吉田小学校と新田小学校
                高田小学校
                新田中学校
            第五節 鶴見川        
                物資を運ぶ
                水の利用
                桜土手
                水をめぐる争い
                鶴見川の改修工事
            第六節 農民の文化        
                意外に勉強家
                高田学舎の教材
                書画
            第七節 新田地区の人物        
                釈憲善
                猿渡北泉
                興国亮淵
                笈川新兵衛
                藤沢三郎
                平等信之
                坂倉紫峰
                相沢次郎
                大森錦秋
                伊藤履道
                相沢宇平太
                俳句作家
                渡辺芳造
                西山左文
            第八節 方言について        
                郷土の方言
                郷土の方言語彙集
        第七章 中川地区            
            第一節 港北ニュータウンと中川        
                緑を保存して
            第二節 歴史民俗資料の宝庫        
                今に残る古い習俗
            第三節 原始古代遺跡の宝庫        
                開発の歴史を語る遺跡群
            第四節 八王子千人同心と中川        
                八王子千人同心
            第五節 農民の暮らし        
                宗門人別帳
                石盛―反別帳
                年貢―年貢皆済目録
                ムラ人の生活のしくみ
                本家分家やジシンルイ
                多い寺院
                牛久保金入の講
                茅ヶ崎のドンド焼
    第四編 補遺                
        第一章 先史原始時代遺跡踏査の思い出            
            一 港北区内を研究フィールドとして        
                踏査は十九世紀末から
                昭和年代に入って
                編年に即した調査
            二 矢上台上の諸貝塚と魚貝捕獲地        
                貝塚を構成する貝類
                どこで貝を捕採したか
                矢上谷戸貝塚
                下組貝塚
                下田東貝塚
                下田西貝塚
                どこで魚を捕獲したか
                中居根貝塚
            三 昭和十年代の発掘調査        
                下田町東3号貝塚
                下田町西貝塚の発掘
                日吉本町殿袋遺跡
        第二章 杉山神社について            
            杉山神社の分布        
            先人の諸研究        
            鶴見社        
            西八朔社        
            大棚社        
            茅ヶ崎社        
            吉田社        
            町田市三輪社        
            官社成立の理由        
            今後の研究課題        
        第三章 仏教文化            
            第一節 概説        
                神仏習合
                寺院の宗派
                北部は天台宗の寺院が多い
                真言宗の法流
                智山派豊山派
                小机付近の中本寺
                武州【※1】小机住長順
                泉谷寺
                曹洞宗の法系
                鳥山の三会寺
                教育文化に貢献
            第二節 印融法印の活躍とその教団        
                印融の人となり
                印融の弟子たち
                印融の著書
                印融の法流
                印融の愛読書
                印融の学問
                西方寺の沿革
            第三節 鶴見川の仏たち        
                中世文化の遺産
                西方寺の諸像
                専念寺の仏像
                円応寺の千手観音
                茅ヶ崎の正観音像
                三会寺の弥勒菩薩
                師岡の法華寺
                室町末期の諸像
                戦国期の仏像
                江戸時代の仏像
                仏師について
                地元の仏師現われる
            第四節 石造文化財        
                板碑
                石造塔
                興禅寺の石幢
                御聖躰
                臓骨器
            第五節 民間信仰と巡拝札所        
                巡礼、札所めぐり
                小机三十三ヶ所札所
                寅歳薬師の札所
                酉歳地蔵札所
                横浜七福神講
                武相不動尊二十八札所
                釈迦如来三十二相御詠歌
        第四章 寺子屋から学校へ            
            第一節 寺子屋教育        
                寺子屋の師匠たち
                小泉愼太郎
                飯田慈雲斎
                師岡の鈴木 岸根の市川
                多田大乗
                平塚榮應
                日野教宣
                萩野覺雄 熊澤眞旭
                栗原梁助
                亜厂卯八
                興國證淵と興國亮淵
                吉田の山本、新羽の小池
                大久保環の寺子屋
                就学率
                教育方針
            第二節 学舎から学校へ        
                学舎の誕生
                学制による計画
                学校資本金制度
                大試験
                就学率の男女比
                学校の新築
                尋常小学校から国民学校へ
                新しい村と小学校の誕生
                学校の思い出
                集団疎開受入れ
            第三節 新学制の発足        
                新制中学校の誕生
                小学校ぞくぞく新設
        第五章 民俗            
            第一節 人の一生        
                妊娠
                出産
                見合
                結納
                足入れ
                道具送り
                婚礼
                死去の通知
                野辺送り
                死後の供養
            第二節 年中行事        
                正月の準備
                正月の行事
                春の行事
                夏の行事
                秋の行事
                師走の行事
            第三節 民間信仰        
                稲荷講
                念仏講
                注連縒百万遍念仏
                お題目講
                庚申講
                甲子待
                地蔵講
                地神講
                大山講
                富士講
                三峯講
                下田の回り地蔵
                引用文献
        第六章 古道を歩く            
            はじめに        
            一 神奈川道        
                飯田横町
                神奈川道を歩く
                貴雲寺
                三会寺
                雲松院
                恩田川南岸の道
                恩田川北岸の道
                市ヶ尾への道
            二 稲毛道(綱島街道)        
                稲毛道を歩く
                菊名池
                川崎道
                不動堂
                妙義神社
                師岡熊野神社
                此方村道
                ラヂウム霊泉湧出記念碑
                大綱橋
                来迎寺
                影向寺
                溝口片町へ
            三 川崎道        
                ところどころに石塔が
                小杉路
            四 中原道        
                中原道の原形
                江戸から中原へ
                中原道を歩く
                港北ニュータウンのなかを
                杉山神社と最乗寺
                荏田への道
                早淵川北岸の道
                山田神社へ
                牛久保への道
                山田神社不動堂
                綱島への道
                道中坂鎌田堂
            五 大山道(矢倉沢往還)        
                大山石尊への道
                大山道を歩く
                不動堂
            六 小机観音霊場道        
                小机三十三ヶ所観音霊場
                泉谷寺から松蔭寺へ
                十二番歓成院
                十三番円応寺
                十四番正副寺
                西方寺と専念寺
                十九番寿福寺
            七 あわしま道        
                淡島神社
                あわしま道を歩く
            八 鎌倉道        
                奥大道
                北加瀬から帷子宿へ            
                『廻国雑記』の道            
            付記                
            参考文献                
    年表 鶴見川                        
    あとがき                        
    監修者・執筆者                        
    編集委員                        
    港北区郷土史編さん刊行委員                        
    歴代顧問                        
    資料提供者・協力者                        
    事務局                        
    植生分布・古道図(折込)                        
    題字                         






     【※1】旧字体など文字化けの可能性がある漢字は、常用漢字に変更しております。

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