「人面把手」を知るブックリスト

 「人面把手(じんめんとって)」は「顔面把手」ともいいますが、考古学用語で、 『最新日本考古学用語辞典』 (大塚初重/編 戸沢充則/編 柏書房 1996)によれば、「土器の口縁につくりつけられた顔面および頭部を表現した突起。(中略)土器の器面に顔面を表現する顔面付土器とは区別される。」と説明されています。
 横浜市栄区では、昭和40年ごろに公田町で出土した顔型の土器が、人面把手であるといわれてきました。これは定説とはなっていませんが、もう一方の説である土偶説にも触れながら、人面把手についての資料をご紹介します。


※ このリストは、平成27年11月29日に行った歴史講座「縄文時代の謎の「顔」―栄区公田町出土の土製品―」で配布したリストからの抜粋です。

※ 平成28年1月7日現在、横浜市立図書館またはWeb上で閲覧可能な資料です。栄図書館で所蔵していない資料もありますので、詳しくは所蔵状況をご確認ください。
(書名をクリックすると、所蔵状況が確認できます)



もくじ


1 横浜市栄区の郷土資料

『栄の歴史』
栄の歴史編集委員会/編 横浜市栄区役所地域振興課 2013
裏表紙に人面把手の写真が掲載されており、「第一章 考古・古代1縄文遺跡と人々の暮らし」に解説があります。
『桂公田町会誌 郷土の足跡と発展を辿る』
桂公田町会誌編集委員会/編 桂公田町会 2012
グラビアの「公田から大型人面把手が出土」に、正面と背面の人面把手と、出土場所の写真が掲載されています。
『10周年記念誌 2010年』
栄地域史研究会/編 栄地域史研究会 2011
『栄地域史研究会会報』を収録しており、創刊号と2号に人面把手の記事があります。
『栄区郷土史ハンドブック 2008改訂版』
横浜市栄区役所地域振興課 2008
本郷中央地区の絵地図に人面把手出土地の案内があり、解説文には土器の全体像の想像図があります。
『地面の下にはナニかある 栄・戸塚区の遺跡展』
横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター/編 横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター 2008
「私たちの町の遺跡」で公田ジョウロ塚遺跡がとりあげられ、人面把手の解説があります。
『六人衆の道案内』 その三その七その八
六人会 1998〜2000
その三の「古代の栄区」の巻に人面把手についてまとまった記述が、その七の「公田から出た 人面把手は 日本一」に写真と紹介が、その八の「眠りからさめた人面土器」に写真と紹介がそれぞれあります。
『広報よこはま栄区版 平成20年6月号』(横浜市栄区役所広報相談係 2008.6)の「六人衆の道案内 その二 古代の歴史をもとめて公田の台地をゆく」にも、「【一】栄区のアイドル「人面把手」」として写真と紹介があります。この記事は、Web上でも閲覧可能です。
【Web】『広報よこはま 栄区版』
http://www.city.yokohama.lg.jp/sakae/guide/kouho/kuban/
『栄区制10周年記念誌 ふれあいと人の和を育んで』
栄区制10周年記念事業実行委員会/編 栄区制10周年記念事業実行委員会 1997
「わが街じまん4 本郷中央連合町内会自治会地区」に人面把手の紹介があります。

 

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2 神奈川県立歴史博物館の資料

公田町の出土物を所蔵する神奈川県立歴史博物館の刊行物には、専門的な論文が掲載されています。

「神奈川県立歴史博物館所蔵の土偶・人面把手」
千葉毅 『神奈川県立博物館研究報告 人文科学』 38 神奈川県立歴史博物館 2012
公田町の出土物を含む、人面把手と土偶14点を紹介しています。
「横浜市・公田町出土の大型人面把手」
川口徳治朗  『神奈川県立博物館だより』 96  神奈川県立博物館 1987【貸出禁止】
人面把手の形状について詳細に記述していますが、その大きさから、「土偶の断片である可能性を一部に残す」と指摘しています。
【Web】神奈川県立歴史博物館
http://ch.kanagawa-museum.jp/index.html
神奈川県立歴史博物館のサイトの「展示案内」>「総合テーマ展示」>「テーマ1 古代」の中で、「人面把手 横浜市栄区公田町出土」と写真付きで紹介されています。

 

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3 公田町の出土物を取り上げたその他の資料

公田町の出土物は全国的にも有名で、縄文土器や美術史の書籍で、様々な角度から取り上げられています。

『横浜のあゆみ ヒト・モノ・マチ』
横浜市歴史博物館/編 横浜ユーラシア文化館/編 横浜市三殿台考古館/編 横浜市ふるさと歴史財団 2015
「1 人々が生きた大地―変わる横浜のかたち―」の中に「5 縄文時代の”顔” 人面把手」として図版があり、135pの資料解説では「本来は縄文土器の口縁の一部に貼りつけられた把手になります」と紹介されています。
『にっぽん全国土偶手帖 あなたのおうちのご近所土偶、探して下さい。』
誉田亜紀子/著 武藤康弘/監修 世界文化社 2015
全国各地の特徴的な土偶を50体厳選、公田町の出土物も選定されていますが、「土偶の頭なのか土器の縁に付けられた顔面把手なのかは不明」としています。
『縄文の力 自然との共生を一万年続けた縄文コスモロジーの英知』(別冊太陽 日本のこころ212)
小林達雄/監修 平凡社 2013
口絵の「縄文の形とこころ」で公田町の出土物が掲載されているほか、145pに縄文中期の土器の例として山梨県原町農業高校前遺跡で出土した顔面把手付土器の写真、146pのコラム「顔面把手」に解説と長野県海戸遺跡出土の顔面把手付土器の写真が掲載されています。巻末の博物館案内にも、神奈川県立歴史博物館が顔面把手を所蔵する博物館として掲載されています。
『生の緒(いきのを) 縄文時代の物質・精神文化』
ネリー・ナウマン/著 檜枝陽一郎/訳 言叢社 2005
土偶にみられる両眼から下に走る線が涙を意味しているという学説により、公田町の出土物の図版を「泣き顔」の事例のひとつとして掲載しています。 
『佐原真の仕事 3 美術の考古学』
佐原真/著 金関恕/編 春成秀爾/編 岩波書店 2005
「2 絵画と美術」の「3埴輪の目、仏像の目」において、顔面把手と埴輪の目が対照的であることを指摘しています。図版として公田町の出土物が例示されています。
 この論文は、 『日本の美術』346 (至文堂 1995)に「特別寄稿 埴輪の目、仏像の目」として発表されたもので、同じく公田町の出土物の図版が掲載されています。
「人面・土偶装飾付土器の基礎的研究」
吉本洋子 渡辺誠 『日本考古学』 Vol.1 No.1 日本考古学協会 1994
「人面・土偶装飾付土器の基礎的研究(追補)」」
吉本洋子 渡辺誠 『日本考古学』 Vol.6 No.8 日本考古学協会 1999
「人面・土偶装飾付土器の基礎的研究 (追補2)」
吉本洋子 渡辺誠 『日本考古学』Vol.12 No.19 日本考古学協会 2005
出土物一覧と多数の図版を含み、公田町の出土物の写真も「追補」に収録されています。

※ この雑誌は横浜市立図書館では所蔵していませんが、下記のサイトで論文のPDFが閲覧できます。
【Web】J-STAGE 科学技術情報発信・流通総合システム 「日本考古学」
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/nihonkokogaku1994/-char/ja/
「釈迦堂の土偶と博物館のオープン」
小野正文 『月刊文化財』 303  第一法規出版 1988.12
山梨県の釈迦堂遺跡群の土偶についての報告ですが、大型で中空の形態の土偶があることに触れながら、公田町の出土物に触れており、「土偶の頭部とした方が理解しやすい」という言及があります。
『古代史復元 2 縄文人の生活と文化』
鈴木公雄/編 講談社 1988
縄文人・弥生人の顔つきについて人骨による研究成果が紹介されています。その一方で、顔をどのように土器に表現していたかを、公田町の出土物も例にあげながら、「縄文人と隣人たち」のカラー図版(154p)で解説しています。
『図説検証原像日本 2 大地に根づく日々 生活と習俗』
陳舜臣/〔ほか〕編 旺文社 1988
口絵の「暮らしと装いの原像」で、「消えることのない化粧」と題して、入れ墨の施された出土物が数点掲載されています。そのなかに「縄文人の顔(土器の把手)」として公田町の出土物が掲載されています。
『日本の美術 190 縄文時代2(中期)』
土肥孝/編 至文堂 1982
口絵カラーに相模原市当麻遺跡出土の人面把手、「動物のイメージ」に人面把手の図版三点と解説がありますが、「縄文中期人の顔・土偶」に掲載されている「第80図 入墨のある人面把手」が公田町の出土物です。
『新潮古代美術館 12 日本文化の創世紀』
林屋辰三郎〔等〕/編 新潮社 1981
口絵で公田町の出土物が掲載されており、縄文時代の中期に関東・甲信越地域で特にみられる、人間や動物の顔、蛇などを把手状の装飾とした土器について、「造形感覚の発展と、それを生み出した精神の発達」をみてとれる、と解説されています。
『女性のための古代史』
音田昌子/著 冬樹社 1980
読売新聞の同名の連載に加筆されたもので、3章目の「縄文のクッキー」で、縄文人の食生活を描写する際の材料のひとつとして公田町の出土物が写真とともに取り上げられています。
『神奈川県史 資料編 20 考古資料』
神奈川県県民部県史編集室/編 神奈川県 1979
公田町の出土物等、県内出土の顔面把手を7点収録。
『日本の原始美術 5 土偶』
水野正好/著 講談社 1979
24pからの「死と誕生の呪儀」において、殺害を物語ると考えられる、頭や手足のもぎ取られた土偶とともに、公田町の出土物が掲載されています。
『図説日本文化の歴史 1 先史・原史』
樋口隆康〔ほか〕/編 小学館 1979
「縄文人の顔」と題して、公田町の出土物の正面と横顔の2点の写真が、巻頭カラーの冒頭を飾っています。
『古代史発掘 4 稲作の始まり 弥生時代1』
佐原真/編 金関恕/編 講談社 1975
「総説 米と金属の世紀」で「縄文人の頭蓋骨」と「縄文人の顔」として、公田町の出土物の写真を掲載。

 

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