横浜市中央図書館開館20周年記念事業 津野海太郎氏 講演会
「本のこれから 本とこれから〜出版・本・図書館のゆくえ〜」 後援:和光大学

講演記録


○司会:みなさまこんにちは、本日は横浜市中央図書館20周年記念講演にお越しいただきありがとうございます。まず講演に先立ちまして、横浜市中央図書館長の神谷よりご挨拶を申し上げます。

○神谷館長:みなさんこんにちは、中央図書館長の神谷と申します。「横浜市中央図書館開館20周年記念事業 津野海太郎氏講演会」に、このようにたくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございます。この中央図書館は平成6年2月に開館しました。それまで横浜に図書館がなかったかというと、そうではありません。実はこの場所そのものは横浜市図書館があったところでございまして、そこは「野毛の図書館」とも呼ばれていました。その跡地にこの横浜市中央図書館が建てられてから、20周年ということでございます。
 横浜市の図書館そのものは90年間の歴史を持っています。大正10年に、今のJR関内駅の南口にあります、横浜スタジアムのある横浜公園で閲覧業務が始まったのが、横浜の図書館の始まりでした。ところが開館して2年後に関東大震災が起こりました。横浜の中心市街地は壊滅し、この図書館も建物が焼けてしまいました。その後、横浜市図書館は、仮設閲覧所を2、3か所設けました。現在中央図書館がある場所には、もともと老松小学校がありましたが、この小学校も焼けて移転していき、そこに昭和2年に中央図書館の前身である横浜市図書館が建設され、それ以来、野毛の図書館として、多くの市民に愛され成長してまいりました。野毛の図書館は平成2年に閉鎖され取り壊しとなり、その跡にこの中央図書館ができました。
 この横浜市中央図書館は全国でも有数の規模の図書館として開館しました。それだけでなく、中央図書館の建設に伴って市立図書館がネットワーク化されました。すでにコンピュータは入っていましたが、当時は貸出し記録をテープに残して後から整理する状況でした。今は館内利用者用検索機やインターネット端末をたたけばよいのですが、当時は目録カードをめくる方式のため、その図書館の蔵書しか分かりませんでした。別の図書館の蔵書は、その館に行かなくてなりませんでした。
 中央図書館が開館したことにより、全館で240万冊の本がコンピュータで検索できるようになりました。それだけ多くの本が一括で見られるのは画期的なことでした。開館時の中央図書館の蔵書冊数は52万冊でしたが、今は中央図書館の蔵書冊数は160万冊、市全体では約400万冊の状況です。この20年間で成長してまいりました。
 今日の講師の津野海太郎先生は、晶文社で編集そして経営に携わり、その後、和光大学で教授と図書館長を歴任されました。和光大学からは本講演会の後援も頂戴しております。それでは先生のお話を、最後までお楽しみいただければと思います。

(津野先生ご登壇)

○司会:本日の講師である、津野海太郎先生のご経歴を紹介させていただきます。
早稲田大学文学部卒業後、演劇・出版に携わり、晶文社編集者、取締役、季刊『本とコンピュータ』総合編集長、和光大学教授・図書館長を歴任され、現在は和光大学の名誉教授でいらっしゃいます。
 評論家、文筆家としてもご活躍で、主な著書に新田次郎文学賞受賞の『滑稽な巨人―坪内逍遥の夢』(津野海太郎/著、平凡社2002年刊)、芸術選奨文部科学大臣賞受賞の『ジェローム・ロビンスが死んだ』(津野海太郎/著、平凡社、2008年刊)のほか、『したくないことはしない―植草甚一の青春』(津野海太郎/著、新潮社、2009年刊)、『電子本をバカにするなかれ』(津野海太郎/著、国書刊行会、2010年刊)などがございます。
 昨年11月には、ここにあります『花森安治伝』を新潮社からご出版されました。本書は雑誌「暮らしの手帖」の名物編集長として著名な花森安治さんを題材としたもので、新聞等の書評に多く取り上げられておりましたので、ご記憶のある方、すでにお読みになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
また、2010年10月に放映されたNHK『クローズアップ現代』「“電子書籍”新時代の衝撃」では、電子書籍に関するコメンテーターとして出演されるなど多彩な活躍をされています。
 それでは津野先生、よろしくお願いいたします。

○津野海太郎先生:津野です。今、ご紹介の際には、もしかしたら遠慮されたのかもしれないが、生年をおっしゃいませんでした。ぼくの生まれは昭和13年、1938年です。75歳の、れっきとした後期高齢者です。会場には、私と同じ世代の方もいらっしゃるようですね。このごろ講演をさせていただきますと、固有名詞を忘れたり、話の筋道がよれよれになったりします。そうならないよう、昨日、メモを作っておきました。今日はメモにしたがって、できるだけ安全運転をしますのでよろしくお願いします。
 全部を90分で話すと大変なので、「図書館のこれから」に絞ってお話します。そのあとで時間があれば本と出版のこれからをお話ししたいと思います。図書館のデジタル化が進む一方、人が本を読まなくなった。今私が関心を持っているのは、図書館がタダということです。公園がタダであると同じように、図書館はタダ。ごくごく自然に利用していますが、この原則は永遠不変のものなのか?有料化されるのではないか?ということが、だんだん心配になってきました。図書館のもろもろについて考えていくことが必要かと思います。

図書館の無料原則への興味と有料化への不安

 私は20代前半から60歳を過ぎるまで、編集者として800冊から1,000冊の本を編集してきました。自分でも何冊か本を書きました。作る側の人間は本を商品として作っています。取次会社を経て街の本屋さんで売ってもらい、その利潤で私たち出版関係者はおっつかっつの暮らしを立てている。商品である本が、なぜ図書館ではタダで利用できるのかということです。
 今の著作権法は、著者が亡くなって50年たつと著作権が消滅して複製などが自由にできるようになると定めています。ところが、50年を待たないで、出版の次の日から図書館は利用者に利用させることができます。作る側からみて、それはどうしてなのかな?と疑問がありました。それが嫌だと言うことではなくて、図書館の無料原則という事実そのものが、どういう経過で出来たのか、その根拠への、本を作る側からの関心だったのですけれども。
 私は5年前に70歳を超えて、れっきとした老人になりました。大学を辞めて、図書館を利用する、なかなかのヘビーユーザーです。その中で、ささやかな知的生活を成り立たせている図書館が、有料化されたらどうしようとの危機感が強くなってきました。幸か不幸か、図書館の無料原則に関心があったのであれこれ調べていて、れっきとした老人になると、なおさらそういう不安が強まってきました。
 老人について、色々な定義があると思いますが、私は体験的に言っても、金がないっていうこと、体力がガタガタということ、時間がたくさんあるということ、そういう人間が、世の中で老人と言われるのではないかと思います。お金の話題についてしゃべると、例えば私の場合は、編集者をずっとやってきました。60代初めから9年間、小さな私立大学の教員をして、図書館長もやりました。私立大学の教師の定年は70歳。国公立の定年は60歳から65歳。その点では恵まれているのですが、だんだん収入が減っていって、定年で月々のお金が一気になくなる。自営業や、財産のある方は別ですが、収入の基本が年金となります。大学を辞めて、収入が激減しました。
 ものを書く仕事、それから、ここでこんなことを言ってはいけないのですが、こうやって話す仕事の収入は、ほんとうに微々たるものです(会場笑)。タレント、自由業と言う人もいますが、役者、スポーツマンは年を取るにつれて仕事の口がかからなくなる。みなさんが知っている有名な自由業の人たちも、多かれ少なかれそういう状態になっています。
 金もなくなり、体力はガタ落ち、時間だけはある。人間がそうなると、本好きの人間は、好きな本を自由に読みたいと思います。ところが困ったことに老人は金がない。好きな本を好きなだけ買う訳にはいかない。それまでは私は少ないときで月に5万、多くて10万かそれ以上、本を買っていましたが、これがおよそ10分の1に一気に減りました。そこで、図書館がいちばん重要な場所になって来ざるを得ないわけです。

読書の楽しみと図書館

 昔の公立図書館、つまり戦後の公共図書館は子どもと女性を大切にしてきました。ところが1990年代終わりくらいから、図書館利用者の間に、年金暮らしの老人が増えてきました。グローバリズムで仕事を追われた中年・壮年も図書館に来るようになりました。アメリカでも、住宅バブルや金融危機で失業者が増えた時に、図書館利用者のうち失業者が一気に増えたということがあります。生活が苦しくなるにつれて、何とか気持ちのいい時間を過ごすために図書館を利用するということが増えました。
 かといって、ここにいる60代、70代の人は分かるでしょうが、これはそれほど悲惨なことではない。若い時のようにお酒も飲まないし、贅沢をしようとも思わないし、派手なことへの欲求がだんだん減ってきます。なので必要とするお金も減ってくる。「人間が年取るというのはこういうことなのだ」と。なんだかんだで処理ができる。
 私くらいの年齢になるともうすぐ死ぬわけですが、死にたいというものではないのですが、若い時のように死が苦しみの源とは思わない。
 実は、80歳を過ぎて活躍している男性作家はまずいません。大江健三郎は私の三つ上。彼はまだ生きています。その上の世代は、丸谷才一、吉行淳之介、三島由紀夫、こうした人はみんな死んでしまいました。それから石原慎太郎がいますね。阿川弘之さんは90歳近くでまだ生きていますが、まったく書いていません。
 女性の作家は、80代90代が元気ですが、男はいません。私くらいの年齢になると「あと5年ぐらいかな、やるだけやってみて後は天に任せる」と腹が据わってくる。自分のなかに岩盤のような重い塊ができてくる、重しが出来てくる。といって、癌ではないですよ(会場笑)。若い人のようにくよくよ悩んで、自分の位置とかを気にしないで、世の中から消えていく自分の存在を楽に受け入れられるようになっていく。これは、若い人にとっては何を言っているか分からない話だと思いますが、勘弁して聞いてください。
 老人になると「ねばならない」といった義務感から、解放されます。「この本は読まなくてはいけない、この本は読むべきだから」から、「好きなものを読む」に移行します。私は今、埼玉県のさいたま市浦和に住んでいるのですが、家の近くに小さい図書館分館がありました。今は統合でなくなりましたが、そこには小さなリサイクル棚があって、自分が要らなくなった本を置いてリサイクルする仕組みができていました。その棚に、時々ビジネス書、ビジネス小説、自己啓発本などが一度に30冊ぐらいドカンとおいてあることがあって、それを見ると、持ち主が会社を退職したなと分かる。現役のときには『部下に信頼される12の方法』とか、そういった本を読まなくてはいけないとの危機感もあったし、現場の人間として楽しくもあった。ところが退職すると、今度はそういう本を見たくなくなって、こうやってリサイクルに出すのだなあと思うわけです。
 私くらいの年代になると、好きな本をゆっくり読むというふうに変わっていきます。そうしますと、子どもの時に読んだ本や、青年時代に読んだ本を読み返すとか、まだ読んでいない本を死ぬ前に読もうという気になります。私の場合は日本の古典などです。ただし、原文では読めません。現代語訳を読んでいます。原文で読もうと思っても、先に進まないのです。
 儒教とか荻生徂徠とかの難しい本は、読み下し本でも億劫になってやめてしまいます。源氏物語もそうでした。それが、現代語訳で見るとすいすい読めて面白い。昔の人は、あれを現代語として読んだのだから自分も現代語で読めばいいかなと。昔のように、現代語の注釈がついているのでなくて、一冊の本が全部現代語訳されているものが増えていますね。岩波現代文庫の『伊勢物語』とか、田辺聖子の『枕草子』など、自分にあった現代語訳を借りてきて、ここのところの原文も読みたいと思ったら、図書館で原文を借りています。
 実は6月までに『読書と日本人』という本を、岩波新書から出す約束なのですが、僕は素人ですから、図書館で日本人の読書に関するものを、歴史をさかのぼって集めなくてはなりません。そこでは原文を、すべて現代語でやろうとしています。それだと漢文調の硬い感じや「やまとことば」のふわーっとしたものが全部抜けてしまう、それはいけないという考え方もあるのですが。西洋文学でも、すべて翻訳で良いと決めてしまったらそれでいいと思います。もうひとつ、面白くなければ途中で読むのをやめてしまえばいい。従来、読み始めた本は最後までという暗黙の義務感がありますが、先が短いのだから気にしないことにしています。昔は数日で読めた本が、いまは体力がないから読むのに時間がかかります。老人になったら、自分勝手にふるまっていい。老人の読書は自由闊達でよいのではないでしょうか。
 私は、読みたい本を思い浮かべたら、すぐに図書館のインターネットのサイトで確かめて、図書館に行って、5冊10冊、何十冊も読んでしまう。読み始めるとある種、お祭りのようなものです。例えば幸田露伴の本の中に参考文献が出てくる。まずそれを読んで、それからさらに幅広く娘の幸田文などの本も読んで。終わってみれば、3か月ぐらいの幸田露伴祭りが続くわけです。そういう時に図書館が必要になってきます。

図書館をつなぐ蔵書検索システム

 利用してみて、私たちの近所の公立図書館が、思っていた以上に役に立つことが分かりました。図書館目録がデジタル化されている。私の住んでいる浦和には17館の分館があり、インターネットのOPAC(Online Public Access Catalog)は、誰にでも使える仕組みとなっています。OPACは、2000年代に全国の図書館に完備されました。横浜市立図書館でインターネットでの予約開始は2005年とのことで、先駆的ですね。今は、貸出カウンターに並んでいる人の半分が予約の本を借りているのではないでしょうか。都道府県立図書館も、市区町村図書館も横断検索ができるので、利用できる本が爆発的に増えました。
 私の住んでいるさいたま市には、県立、市立の図書館があります。県立は3館ありますが、3館合わせて150万冊の蔵書は、ほとんどガチガチの専門書です。市立図書館の蔵書は、17館全館で334万点。市立図書館ではよく貸出しされる本は、部数を複数揃えますから、およそ300万点とみることにしましょう。県と市を合わせると450万点がいつでも自由に利用できます。450万点というと、北海道大学、東北大学図書館と同じか、多いくらい。県立のガチガチ専門書から市立のタレント本、エンタメ本まで。調べものが図書館でほとんど済んでしまう。今までにない状態です。
 今の公共図書館がレベルを落とさずにこのまま行ってくれれば、ネットワークの中で好きな本を近くの図書館で借りて返すことができる。そういった図書館がタダで利用できるとなると、本当にありがたいわけです。この図書館が無料であるというシステムが長続きするかどうか、本当に心配になってきます。

図書館の無料原則の背景

 図書館無料というのは、永遠不滅の法則ではない。誰かが作ったものです。図書館は、まず建物を作り、人件費を必要としますし、何より本を買い続けるからタダでは運営できません。お金の出どころは、税金か、利用料を徴収かということになりますが、税金で賄って利用料を取らないのが、図書館無料の原則です。
 1950年の戦後の占領時代に、アメリカの図書館法をかなり引き継いだ日本の図書館法ができました。この図書館法の第17条に対価を求めてはならないという規定があります。これが法的根拠です。これで初めて、日本の公共図書館は無料ということになりました。
 私は戦後教育なので、図書館がタダは、自然のこととして理解しています。なんら疑う余地もない事だと。けれど、ちょっと考えればわかるのは、すべての物やサービスは売ったり買ったりで成り立っているということです。消費社会がとことんまで進んだのがいまの状況で、私たちは本を商品として作っています。本を売り買いすることで、出版社や街の本屋さん、作家の生活が成り立っています。図書館だけが、なぜ非商品化できるのでしょうか?
 1990年代に入って、日本の都道府県など自治体の経営が厳しくなってきました。そこで市立の図書館も一般企業の原理、サービスの仕方を取り入れるべきだと言われるようになってきました。小泉内閣以来と言われますが、予算削減、在庫の廃棄、業務の委託がどんどん進んできました。東京では区立の図書館に、専門の司書資格を持った図書館員がいない状況で、外部委託が進んでいます。多摩地区は図書館運動の源泉のひとつですが、それでも、こうした流れが相当進んでいます。
 書店は、10人職員がいるとすると、そのうち最低5人はアルバイトでないプロがいないと経営が成り立たないと言われています。図書館も同様で、プロが必要です。地域に愛情をもって長い時間仕事をしている司書がいる。いま、「司書資格をもった人が館長になる」という法律の条項が改悪されて、誰でもなれるようになりました。これには、いい面と悪い面がある。図書館の場で努力する人の数が、少なくなっている。図書館経営を企業経営の似姿にしようという傾向が強まってきている。無料原則がぐらぐらになる可能性が出て来ています。
 図書館無料の原則は、不変の真理ではない。これはアングロサクソン圏の原則です。こうやって知識を普及させることが、デモクラシーの基礎だという考え方です。例えばイタリアの図書館の有料無料は、地域の判断に任されています。中国は分からないが、韓国の図書館には有料と無料があります。アメリカでも、1930年代の大不況の時には、どうしようもなくなって有料化された図書館がありました。ですから、無料の原則はある意味では特殊で、私たちが特権的に享受しているものです。
 戦前の日本の図書館は年会費を取ったり、その都度の利用料を取ったりしていて、タダのところもありましたが、完全にタダは少ない。
 上野の子ども図書館は、もと国立国会図書館の前身で、帝国図書館といわれたところでした。そこの入館料は、今の金額にして100円か200円で、切符を買って入ります。カウンターで5冊、書庫から出してもらってリーディングルームで読む。もっと読みたいと思ったら、切符をもう一枚買い求めます。図書館の中の利用のみで、貸出しはしません。樋口一葉や宮沢賢治、宮本百合子、和辻哲郎はそういう形で本を読んでいました。これが、いわゆる上野の図書館です。そこから考えても、戦前の日本の図書館の方に向かって今後、動く可能性も全くないわけではないと思います。
 一方、東京の図書館は、関東大震災前のかなり前から無料で入館でき、貸出しもしていました。夜9時まで開けていました。関東大震災ごろに地方からの人出が一気に増えて、日雇労働者が増大しましたが、その人たちの日記を集めて『日雇労働者の日記』という本を東京市社会局という所が出しています。国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」(※明治以降に刊行された図書・雑誌のうち、インターネットで閲覧可能なデジタル化資料を公開している。http://kindai.ndl.go.jp/)、では、明治・大正・昭和初めぐらいまでの本がかなりデジタル化されてタダで読めます。この本もそこで読めますが、それによると彼らは結構、本を読んでいる。それも図書館で読んでいる。
「晴れ、欠員。今日はそのため上野に行って児童生活博覧会。浅草に行って終日図書館」。「本郷図書館に行って遊びました。」「曇り、本郷区・・図書館へ毎晩行くことを楽しみに」といった内容です。
 当時、東京に大きな図書館は、日比谷、深川などに4館ありました。それ以外に、小学校に間借りした自由図書館、簡易図書館、通俗図書館と言われるものが16館ありました。浅草の図書館もそうしたひとつです。誰でも利用できる状況を作り出すように、心ある図書館人が交渉したということです。無料、貸出し、夜間9時までの原則を作りました。そうでないと、日雇い労働者がそんなに本は読めません。大正時代から、そういう動きが強くありました。そうしたものが、図書館法のおかげで戦後、全国的に一斉に広まったわけです。なので、あれは戦後レジームだ、アメリカの押しつけだと言うことはできません。

文化資産としての本と図書館の役割〜出版界と図書館との関係〜

 なぜ、図書館は無料なのか。本は、商品であるだけでなく、文化資産でもあります。著者の死後50年経つと商品としての価値がなくなり、文化資産としての価値だけとなります。これをパブリックドメインと呼んだりしています。商品としての本は、書店を通じて一般の読者に届きます。それとは別に、近代図書館では、文化資産としての本と読者をつなぐことを作った。そのことをつまり作家・出版人・編集者も含めて合意したということです。
 出版社は、新しい本を作ると一冊を国立国会図書館に納本する義務があります。国会図書館はその本を半永久的に保存し、だれにでも利用できるような形にしておく責任を持ちます。そういう契約が出来ました。
 20世紀は、大量販売と図書館の充実によって、書物文化の繁栄が実現した世紀です。できるだけ多様な本を、読者にタダで貸すのが公共図書館の原理です。この原則を維持しないと、社会の文化的な質がガタッと落ちる。出版社からすると、市民の文化水準が下がると本が売れなくなる。本の多様性が保証できなくなる。推理小説など、ある程度複雑なことを本を読んで感じ取る力がないと、本が売れなくなる。それを恐れるから、出版社も作家も、本をタダで利用することを認めています。ところが、本の文化資産の面が、現に弱体化しつつある。
 もし図書館が有料になったら、出版業界からは「我々の受ける損害を弁済して」という動きが公然と出てくるでしょう。いま、いろいろな面で図書館無料の原則は揺らぎ始めていると言っていいでしょう。人類の永遠不変の真理だからというわけではないので、状況によってどうなるか分からない、非常に繊細な原則です。このことを図書館も利用者も考えておかないと、ちょっと不安です。
 図書館はもっとビジネス化しろとか、硬い本を捨てて利用の多いやわらかい本をとか、図書館にビジネスが入ってきて、有料化という線が出てくるかもしれない。それについては、相当強く利用者も考えないといけない。ちょっと、その辺の警戒心が足りなくなったかなということで、挙げておきます。
 図書館は「本を保存」ではなく、「本を利用するところ」だというのが1960年代の図書館運動以来今に至る状況です。その頃の日本はまだ貧乏だったからです。それ以前は保存が中心だった。貸出ししない、リーディングルームで読むだけ。図書館は本を1部ずつしか買わなかった。
 1960年代終わりから1970年代の図書館運動は、これからは利用中心に切り替えていこう、と。利用者の要望にしたがって、いくつもの変更がなされました。利用者のリクエストを受入れて選書に反映させる。利用者の多い本は複数冊買っていいという原則が出てくる。これは日本がまだ貧しい時代に出てきた原則です。
 その後1980年代1990年代に消費社会化が進みました。本は図書館に行けばタダで借りられると利用者の気持ちが変化しました。それに対して図書館側はできるだけ多様な本を揃えたいので、ひとつの図書館に同じ本は一冊と決めるなどした。その結果、ベストセラーの予約待ちが数百人、千人を超えることもあるようです。例えば、昨年のベストセラー本の百田尚樹の『海賊とよばれた男』(講談社、2012年刊)は、横浜市では1,600人待ちでした。不公平があるといけないのでさいたま市立でも調べましたが、『海賊とよばれた男』は2,200人待ちでした。
 これで2週間貸出しとなると、予約が1,000人にもなると何年待ちで、それまでに本はボロボロになります。知人で、出版界の翻訳出版の重鎮の人が、あるとき日本のミステリーの水準の高さにびっくりして図書館で読もうと思ったら、新しい本は1,700人待ち。そこで、古い本はというと、手に取りたくないくらいボロボロでした。やむを得ず借りて、カバーをかけて読んでいましたが、その後、文庫版が出るとそれを買うようにしたそうです。
 これでは利用者本位とはいえない。図書館人は決断をして、「早く読みたい人は自分で買ってください」と言うべきです。図書館としては勇気がいることです。また、利用の少ない本の購入が減っています。利用者の多い大衆本、読み捨て本の購入が増えて、この4,5年のうちに、利用の少ないインテリ本の購入がガタッと減っています。
 50年前の図書館人の決断、これはこの時は正しかったが、今はもう裏目に出ています。利用者の欲望・要求に沿って揃えたとしても、1,000人、2,000人待ちでは利用者サービスになってはいません。今はまだ県立、市立図書館があって、県立がガチガチの本。市立が読み捨て本で、やわらかい本から硬い本まで揃えているおかげで、私が求める本がまかなえます。分担して本を収集しているのかと思っていましたが、市立と県立はかならずしも仲が良くない。私が大阪で講演をした後、こういう言い方が適切かどうかはわかりませんが、私をダシにして府立と市立の職員が集まってお酒を飲んだことがありました。つまりそれまでの交流がなかったのです。県立は予算的に高い本でも買えるが、市立はそうなっていないと大阪で聞きました。横浜や埼玉がどうなっているかは知らないのですが、意図的でないとしても、結果的に私の欲しい本が揃えられています。
 ところで、埼玉県立図書館は、芥川賞・直木賞の作品だけはすべて買っています。市立だと1,000人待ちでも県立に行くと5人待ちで借りられます。神奈川にもそういう例があるみたいです。『海賊とよばれた男』が埼玉県立だと30人待ち。これだったら、まだ借り出せる可能性があります。こういう裏ワザがあるということ、今日僕は初めて言ってしまいましたが、言わない方がいいみたいですね。
 こわいのは、県立・市立をひとつの地域でダブらせるのはもったいないという考えがあること。神奈川県の場合は立ち消えになりましたが、自治体行政のなかで図書館の割合は小さいので、理解のない議員がそうしてしまう懸念があります。
 県立はガチガチの硬い本を長期保存。市立は利用の多い本を揃えて、短期で廃棄。こうした二つの系統を分けておいた方がいい。「できるだけ多様な本を、できるだけ多様な読者に、出来るだけ長く」という図書館の原則は、大事にした方がいい。売り買い中心の世界の中に奇跡的にタダが残っているのが、誰でも行ける公園と図書館です。誰もが利用できるゆとりのある社会を作りたいと思ったら、多少の不便さをしのいででも残していかなければならないと思います。
 時間になりましたので私の話は終わります。
(会場より拍手)

本の編集について

○司会:津野先生、1時間半のご講演ありがとうございました。文化資産を扱う図書館員として、身の引き締まる思いで聞かせていただきました。
これから質疑応答に入りたいと思います。

○男性:津野先生ありがとうございました。編集者として出版人として40年働かれたとのことで本の編集についてお伺いします。私は晶文社から出た『仕事』(スタッズ・ターケル/著、晶文社、1983年刊)を大好きで読みましたが、あまり売れにくかったのではないかと思っています。どんな方針で編集なさったのかをお聞かせいただきたい。最近、編集の方向が俗っぽい、ロングセラーを狙って面白くないように思うのですが、先生のお考えをお願いします。
○津野先生:私が編集の世界に入ったのは1960年代。その頃の晶文社は翻訳ものが中心でした。戦争と占領期間がありましたので、外国のものが入ってこない。読者は飢えていました。同じ時代を生きてきた外国の人が何を考えてきたか知りたいと思って、翻訳ものを出しました。『ヴァルター・ベンヤミン著作集』(※全15巻。晶文社から1969〜1981年にかけて出版された)、そういうのを出しました。1970年代に入ってから、硬い本とあわせて新しい大衆文化つまりジャズやロックやミステリーものを出し始めました。それまではこうしたジャンルは馬鹿にされていた。インテリが弾き飛ばしていた。そこで、植草甚一であろうと片岡義男であろうと、たくさん原稿を書いて溜まっていたのを本にしました。サブカルチャー、ポップカルチャーものを出したのが1970年代でした。
 『仕事』のターケルは、1980年代。普通の人が生活の場で書いた本を出したいと思うようになり、この本は大工さん、娼婦、自動車運転手、大統領秘書などにインタビューしてまとめたものですね。普通のアメリカ人の仕事、喜びがあり、輝いている。『就職しないで生きるには』(※『就職しないで生きるには 』(レイモンド・マンゴー/著、晶文社、1981年刊)を起点とする1980年代の伝説的な人気シリーズ(晶文社ホームページより)。2013年に続編が出版された。)シリーズも出しました。その段階で方針を決めてやっていく。
 最近の本はつまらないと言われますが、良い本は昔よりもはるかにたくさん出ています。翻訳の量も増えているし、昔なら出せなかった本も出ている。かたや、昔は同じような本を作るのは恥だったが、今は売れたら同系統のものを後追い。若い人はそういうものだと思っています。おかげで、広がりのある豊かな世界が見えにくくなっている。よい本でも3,000部の本は、今だと分からない。見つかりにくくなっていることが問題でしょう。

○男性:英語教育が低年齢化の方向にあります。それから翻訳本で意訳と直訳、もうひとつ、製薬業界の例のコピペ問題。電子データをコピーして編集するとか。私は、このような問題は英語に限ったことだと思います。英語で書かれたものは著作権があるから明るみになる。論文の盗作は、ドイツ語やフランス語でなくて英語の論文です。図書館法がアメリカの法律を基準にしている、アメリカの法律を使うのはお金がかかるのですか?
○津野先生:日本の図書館法は、無料原則が持ち込まれて日本側で作ったので、お金は発生していません。イギリスも戦前から無料原則でした。その中で近代図書館は育ったということです。無料原則はアングロサクソン圏で進んだ。イタリアは各地に分かれていて地域ごとの独立性が強い。それを選んだわけですから、原則を受け入れるかどうかの問題なので、丸ごと写すというのでなく、先ほど述べたように大正時代の初めから無料化の流れがありました。
 英語中心主義はありますよ。東大でもドイツ語講座の柴田翔が学部長だった頃から学生が三人になってしまった。英語といっても今は英語学・英文学ではなくて、英米文化や地域学。ロシア語、中国語は時々で大きくなったりしています。映画も、日本にヨーロッパ映画は入ってこないが、ハリウッド映画だけが入ってきています。ところが、客が入るのは日本の映画。外国のものは見るのもいやという傾向が強いですよ。
 関心がどっかに偏ってしまう。書店員が選ぶ一番売りたい本が話題になると芥川賞・直木賞より売れるが、1位しか売れないので嘆いています。1位の本にだけ大行列ができる。ひとつの方向になだれる傾向が強いから、英・仏・独・スペインなどのものには人気がありません。

電子出版と紙の本の今後について

○男性:簡単な質問ですが、出版文化の動向について、電子書籍と紙の本の今後の見通しについてどのようにお考えでしょうか?
○津野先生:電子書籍については、ぼくも1992年ぐらいからかかわって来ていますが、分かっているのはひとつだけです。平たい表面に墨やインクで書かれたものには4,000年の歴史がありますが、今、電子化によってそれと違う形で、0と1の組み合わせで本が読めるという事です。それがもう引き返せないということまでは分かるが、その先については誰も分かっていないと思います。紙も、手書き、写本、活版・・の平たい紙の上のものは将来も続くだろうし、デジタル信号は本以外にも音楽や映像と組み合わされて豊かになっていくのではないでしょうか。
 書物が出来たのは、日本では紀元5世紀ぐらいから。それを女性が読むようになり、下級貴族が読むようになり、武士が読むようになり、上級農民が読むようになり・・・。紙の本が消えることはちょっと考えられません。電子書籍はまだ技術的に低い段階にあって紙の本ほど多彩に扱うことができない。まず機械が飛躍的に良くならなければならない。さらにまた、読むための本が膨大に揃わなければならない。紙の本はそれこそ億単位であるわけです。埼玉県の公共図書館だって450万冊持っています。
 ところが電子書籍の場合、リーダー(読み取り機)の会社がつぶれたり、身売りしたりしたら、それきり読めなくなってしまいます。電子書籍はデータが会社にあって、「そこにアクセスする権利」を、お金を出して買うわけですから、小さい機械の中に何千冊の本があるわけではない。会社は宣伝して「線を引いたり、メモしたり、コピーしたりできます」というが、それを読み取り機械の外に持ち出すことはできません。何らかの事情でアクセスすることができなくなると、データは全部消えてしまいます。21世紀は自然災害や戦争など、例外的な事態が続くので、アクシデントはおこるでしょう。
 アクセスが保障されなければならないけれど、グローバリズムの時代、またビジネスなので売れなければ電子書籍の状況はガラッと変わってしまいます。今のような状態では、図書館で電子書籍を取扱うことは無理でしょう。電子書籍の場合、まず、無料原則が通用しない。一方で有料化すると、作家から苦情が来る。当分の間、電子書籍にとってのポジティブな流れが生まれるのは無理でしょう。デジタルには予測できないものが生まれる可能性がありますが、紙の本との関係で言えば、まだ本気で考えることができる段階ではないと言えます。

○司会:津野先生ありがとうございました。これで講演を終了いたします。


講演会の様子(写真)

津野海太郎氏 講演会の様子(会場全体) 津野海太郎氏 講演会の様子(講師の津野海太郎氏)
津野海太郎氏 講演会の様子(講師の津野海太郎氏) 津野海太郎氏 講演会の様子(講師の津野海太郎氏)

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