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象の鼻地区の歴史
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地区の変遷
地図で見る象の鼻地区の変遷
開港期
↓
文明開化期
↓
港湾整備期
↓
港湾拡大期
↓
震災復興期
↓
戦後期・現在
年代にマウスカーソルを重ねると、各時期の象の鼻地区の地図が見られます▲
役割の変遷
●
開港期~文明開化期
☆2本の突堤
・海に向かって右側が、先端に常夜灯を設置した東波止場(イギリス波止場)、左側が西波止場(税関波止場)で、その基部には運上所(税関の前身)が設立されました。
・沖合いに停泊する本船とこの波止場の間を、艀(はしけ)等を使って人や荷物を運んでいました。
開港当時の東、西波止場
資料提供:Ryu Collection
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●
港湾整備期~拡大期
☆近代横浜港の整備
・イギリス人パーマーの計画により、近代横浜港の築造が進められました。
・象の鼻防波堤の背後に鉄桟橋(現在の大さん橋の原型)が建設され、また、西波止場側には新港ふ頭が築造されました。
・波止場から、桟橋、ふ頭へと港の主役は交代し、象の鼻地区の水域は物揚場、船だまりとしての役割を担いました。
明治43年頃の象の鼻防波堤
資料提供:横浜開港資料館
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●
震災復興期~戦後期・現在に至る
・関東大震災を経て、象の鼻防波堤は旧来の位置を継承しながら、やや直線的な形に復旧され、この地区は物揚場や船だまりとして現在に至っています。
・水域を囲む港の形状は基本的に当初の姿を今に伝えており、貴重な港湾の歴史資産です。
震災復興後の姿を残す
昭和30年頃の象の鼻
資料提供:横浜マリタイムミュージアム
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