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 横浜市プロモーション動画
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Yokohama Rhythm (1min.)
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Yokohama Rhythm (3min.)
この動画は、横浜市政策局国際政策課と、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)が協働で制作しました 。
横浜市市民協働条例大5条に基づく相互評価シート
(PDF形式、247KB)

コンスタンツァ市

人口: 31万人(2009年)
地理: 首都ブカレストの東200km、黒海西岸に位置する港湾都市
気候: 四季を通じて温暖、湿度が低い(気温:-4℃~27℃ 年間総降水量:379mm)
市政: 市長は任期4年で市民の直接選挙により選ばれる。直近の地方選挙は2004年6月に行われ、ラドゥ・ステファン・マザレ氏が市長に就任した。
観光地: トミス遺跡公園、考古学博物館,民俗博物館、ジェノヴァの灯台,モハメド2世モスク、水族館、ママイアリゾート
スポーツ: サッカー、バレーボール、バスケットボール、ボクシング、水泳

歴史

紀元前6世紀 ギリシャ人が入植,トミスと呼ばれる
紀元前1世紀 ローマ帝国が支配
4世紀 コンスタンティヌス帝の名からコンスタンツァ と名づけられる
19世紀 近代化始まる
1857 鉄道が建設され,国内他都市との往来可能に
1892‐1905 コンスタンツァ港開港
1937‐1943 造船所建設
1965 港の面積は200haに達する南コンスタンツァ自由地区都市計画開始

産業・経済

古くから黒海の重要な港として繁栄してきた。人民共和国となって以来,工業都市としても躍進を遂げた。造船,金属加工,石油精製・加工,建設業等が盛んである。

姉妹都市提携の経緯

1977年(昭和52年)3月、在日ルーマニア大使館から横浜市に対し、コンスタンツァ市との姉妹都市提携の提案がありました。当時、日本とルーマニアの貿易量は年々増加し、文化交流、人的交流も始まっていました。そこで、コンスタンツァ市はルーマニアにおいて最大の貿易港を持ち、横浜と同じ港湾都市であるということから、同年10月12日提携に至りました。

これまでの交流

1977年10月 姉妹都市提携、コンスタンツァ市代表団(市長他)来浜
1978年1月 横浜コンスタンツァ友好委員会設立
1978年4月 第1回横浜市民友好代表団派遣
1979年2月 ルーマニア・コンスタンツァ絵画展横浜開催
1983年11月 コンスタンツァとルーマニアを知る集い開催
1984年3月 市立小学校児童、児童画をコンスタンツァ市に寄贈
1987年8月 横浜女子ジュニア体操・新体操チーム派遣
1988年6月 横浜男子サッカーチーム派遣
1989年 横浜博覧会(YES'89)国際交流館にコンスタンツァ市出展
1989年8月 コンスタンツァ市少年サッカーチーム来浜、コンスタンツァ・スペシャルデー(民族舞踊、映画上映会)開催
1992年1月 コンスタンツァ市医療交流団来浜【保健医療交流開始】
1992年2月 横浜国際女子駅伝にルーマニア代表チーム参加、日本映画祭・人形劇のコンスタンツァ開催、ルーマニア映画上映会・料理交流会横浜開催
1992年8月 横浜市保健医療交流団派遣
1992年10月 よこはま子ども国際フェスティバル参加者来浜
1994年10月 横浜市保健医療交流団(指導員チーム)派遣
1996年6月 コンスタンツァ市保健医療交流団来浜
1996年7月 横浜市保健医療交流団派遣
1997年9月 市民ギャラリーコレクション展のコンスタンツァ開催、友好委員会委員長がコンスタンツァ名誉市民章を受章、コンスタンツァ市代表団(市長他)受入、ルーマニア・ウィーク(写真展・パンフルート演奏会)横浜開催
1998年10月 ルーマニア現代美術展開催
1998年12月 市長及び友好委員会委員長がルーマニア功労賞受賞
1999年5月 イオン・イリエスク氏(元大統領)市長表敬
2000年3月 コンスタンツァ市医療交流団受入
2002年3月 コンスタンツァ市医療交流団受入
2005年8月 コンスタンツァ港・横浜港共同セミナー開催
2007年5月 提携30周年記念 市民団コンスタンツァ訪問(日本舞踊公演、演歌コンテスト等)
2008年5月 演歌コンテスト優勝者来日、港南台マロニエ国際交流音楽祭参加
2012年     姉妹都市提携35周年記念事業(駐日ルーマニア大使記念講演、国際フェスタ パネル展示等)
2016年 6月 姉妹都市提携40周年記念プレイベント(ルーマニア伝統菓子作り教室)


姉妹都市等友好委員会のご案内

ルーマニア概要(外務省ホームページ)