腸管出血性大腸菌感染症診療ガイドライン
一次医療機関における腸管出血性大腸菌感染症発生時の対応
横浜市感染症対策協議会 平成9年7月10日
1.病初期の臨床症状の特徴
消化器症状
- 初発症状:強い腹痛と下痢(頻回の水様下痢)、嘔吐。
- ついで、血便(血液の混入〜鮮血便)。
- 他の消化管感染症に比べ、発熱は明らかでないことが多い。
注ー1:強い腹痛のため虫垂炎、鮮血便のため腸重積、潰瘍性大腸炎などと間違われることがある。
注ー2:強い腹痛や血便を伴わず溶血性尿毒症症候群(以下HUS)を発症する例もあるが、一般に激しい腹痛、著しい血便を呈する患者ほどHUSや脳症を起こしやすい。
一般的症状
- 易疲労感、顔色不良、出血班などはHUSへの移行の予兆として重要。
中枢神経前駆症状
- 頭痛、傾眠傾向、不眠、不隠、多弁、幻覚などをみることがある。
- その後、痙攣、昏迷、昏睡に至る。
注ー1:脳症はHUS発症とほぼ同時期に発症するが、経過は急である。
上記の脳症の前兆は子どもと接している家族の観察が重要である。
注ー2:けいれん出現後、意識障害が持続する例は予後が悪い。
腎症状
注:乏尿は下痢による脱水症か、腎障害かの判断が重要
2.臨床検査
診断のため
細菌培養
- 抗菌薬投与前に、必ず便培養(便または直腸粘膜スワブで擦過)を提出する。
- 便培養提出時、伝票に「腸管出血性大腸菌感染の疑い」と記載する。
HUSへの移行を推定する手段として重要
尿検査
- 大腸炎出現後、頻回に実施する。
- 腎障害の有無、HUSへの進行の有無を知るのに簡単でしかも重要な検査
・HUSに移行すると、テープ法により潜血、尿蛋白、沈渣が陽性になる。
血液検査
- 下痢が持続するとき、血便がみられるときは、血液検査を実施する。
- 血算:白血球増加、血小板減少、貧血がみられる。
・1日で変化することが多い。血小板減少があり、変形赤血球や破砕赤血球が確認できれば、微小血管性溶血性貧血の診断ができる。
- 生化学:LDH高値は、早期に出現しHUSを示唆する所見として有用。
・腎障害の指標として高窒素血症、高クレアチニン血症が重要
3.激しい腹痛、血便などから腸管出血性大腸菌感染を疑った場合の対応
- 便培養のための検体を提出する。
- 大腸菌血清型別でベロ毒素を産生する可能性のある菌については、ベロ毒素の確認を行う。
- 尿検査にて蛋白尿、血尿の有無を確認する。
- 二次、三次病院への緊急紹介の必要性の有無を検討する。
・緊急紹介を行う場合には地域中核病院、大学病院などへ依頼する。
・緊急紹介の必要を認めない場合には、以下の点につき考慮する。
1)抗菌薬の使用は主治医の判断=Q&A参照
2)止痢剤の使用は禁忌
3)整腸剤は使用可能
4)補液については、腎障害の程度を考慮して判断
- 血便を認め、腸管出血性大腸菌感染症を疑った場合、所轄保健所に連絡する。併せて、保健所が行う健康調査や喫食調査(原因食材の採取等)への協力を家族に要請する。
腸管出血性大腸炎菌 O157:H7(以下O157)に関する Q&A
O157を原因とする出血性大腸炎報告が神奈川県をはじめ関東近県で3月中旬より相次いでいる。HUSや脳症を併発した例も現れ、緊急に流行を阻止することが求められている。そこで過去の流行の経験を踏まえ、現時点でのO157感染症についての対応方法をまとめた。
対応の第一のポイントは「早期診断・早期治療」である。また、感染源の究明には「初動調査の早期立ち上げ」が重要である。
- Q:
- 夏ではなく春になぜ出血性大腸炎の患者が発生しているのか?
- A:
- 病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌を含む)による食中毒事例は,これまで通年の発生が報告されている。特に、腸管出血性大腸菌は少量の菌数でも発症することが知られており、菌が存在すれば食品等の中で増殖する環境(高温多湿)がなくても、患者が発生する要因となっている。
ただ,3月のO157感染症は、茨城県(3/10より),千葉県(3/5より)、埼玉県(3/4より)、神奈川県(3/11より)など関東近県で「同時多発」しており、別に何らかの原因が加わっている可能性も考えられる。
- Q:
- 下痢症の患者を診察した場合、O157の感染か否かを見分ける方法は?
- A:
- O157の感染では、約半数の症例は無症状または軽度の下痢、残りの半数の症例は水様で頻回に下痢(10〜20回/日)、便成分をほとんど含まない鮮血便、激しい腹痛を呈する出血性大腸炎となる。特に小児の場合、O157症例の約10%でHUSまたは脳症を合併し、約1%は致死的となる。 O157感染症の大きな問題はHUSまたは脳炎の合併であるので、出血性大腸炎すなわち「血便」はその指標として重要である。
なお、下痢を呈する消化器疾患は数多くあるが、O157感染症以外に血便をみるものとしては、サルモネラ、カンピロバクター、赤痢菌、エルシニアなどがある。早期診断、救急対応が必要であるとの観点からも、血便を認めたらまずはO157の感染を疑うべきである。なお、感染性腸炎以外では、薬剤性の腸炎でも血便をきたす。
- Q:
- 血便の患者を診察した場合、まずなすべき事はなにか?
- A:
- まず「便培養」を行う。状況によっては、「保健所」へO157感染の疑いとし相談する。なお感染を起こしてから症状をみるまでにすでに最低3〜5日経過しているので、原因と考えられる食品について聞いておくことが望ましい。
- Q:
- HUSとは?
- A:
- 頻回の水様便、激しい腹痛、血便を示す典型的な出血性大腸炎の症例では、その約10%に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症の合併の可能性がある。HUSとは、血栓性微小血管炎の形で乳幼児期に好発する急性腎不全であり、
- 1 破砕赤血球を伴った貧血
2 血小板減少
3 腎機能障害
を三徴とする。 - O157感染は、HUSの重要な原因の一つである。
- HUSの初期に見られる症状、検査所見は下記の通りである。
- 症状 :乏尿、浮腫
検査所見 :
尿検査 尿蛋白、潜血
末梢血検査 白血球数増加、血小板数減少
血液生化学所見 LDH上、血清ビリルビン値上昇
検査所見では、上記に引き続き赤血球減少、ヘモグロビン、ヘマトクッリト低下、破砕状赤血球の出現、血清BUN、クレアチニン、GOT、GPT等の上昇が出現する。
(一次、二次医療機関のためのO-157感染症治療のマニュアル厚生省 平成8年8月2日より)
- Q:
- 下痢の発症から血便まで、血便からHUSまたは脳症発症まではどのくらいの期間があるか?またその一般的な経過は?
- A:
- 激しい下痢から0〜2日間で血便を認めることが多い。早い場合は下痢・血便をみたその日から尿蛋白、尿潜血が陽性になり、2日目頃より血小板数減少、白血球増多を認め、3日目には急激にLDH、ビリルビンの上昇、ヘモグロビンの低下を認める。
血清クレアチニンは2〜3日目より徐々に上昇し始める。
またこのような変化と脳症の発症はほぼ同時に起こる。
- Q:
- 下痢,血便の早期に抗菌薬を使用してよいか?
- A:
- 薬剤の使用は担当医の裁量範囲にある。
堺市などの流行時の経験からみると、早期ならばホスホマイシン、ニューキノロン系(小児についてはノルフロキサシンのみ可)、ミノサイクリン(8歳以下には使用しない)の経口投与を行ってもよい。HUS、脳症が進行している時期には抗菌薬は使用しない。
- Q:
- 何を指標にして患者を二次、三次医療機関へ転送するか?
- A:
- 1 病初期に激しい腹痛、血便を認めた場合。
2 脳症の前兆を認めた場合。
3 血便とともに前述の尿検査、血液検査に異常が出現した場合など、 - HUSや脳症への移行が危惧されたときは、早急に二次、三次医療機関と連絡をとる
- Q:
- 脳症の発症を早期診断できないか?
- A:
- O157感染で注意しなければならない点である。
出血性大腸炎に引き続き一部の症例で、HUSまたは脳症を合併することがある。HUSに伴う急性腎不全は適切な治療により生命予後は比較的良好であるが、脳症を合併した例に予後不良例が多い。
脳症の発症はベロ毒素が直接神経細胞障害を起こすのか、O157の菌体成分であるリポポリサッカライドやベロ毒素による血管内皮細胞の障害に凝固線溶系の異常が加わって起こるのか、確定できていない。
脳症はHUSの発症とほぼ同時期に起こる。
脳症には前兆がみられ、早期診断に有用である。
頭痛、傾眠傾向、不眠、不隠、多弁、幻覚など、その後まもなく痙攣、昏迷、昏睡に陥る。意識状態の微妙な変化は、家族の観察が重要である。
- Q:
- 健康な保菌者への対応はどうすればよいか?
- A:
- 担当医の裁量範囲にあるが、個人衛生が保たれない環境(小児、高齢者、知的障害者など集団、就業、通園などが制限される場合など)では、適切な抗菌薬を用いて二次感染を防止することも一法である。
- Q:
- 腸管出血性大腸菌感染症を疑った患者、家族に対する指導はどうしたらよいか?
- A:
- 1)患者の観察について
- 発症初期には、前進状態、腹痛の程度、下痢の性状や回数、とくに血便の有無、排尿回数など。
- 発症中期には、下痢・血便が軽快してもなお、全身状態、顔色、出血斑、肉眼的血尿、乏尿、意識レベル、けいれんなどに注意。
- 2)患者の家庭内での看護の方法
- 頻回下痢のときには、原則として絶食とし、少量頻回に水分を与える。なお、食事制限は最小限にとどめる方が回復は早い。
- 下痢の状態に改善が認められれば粥食などを与える。
- 下痢出現後、2週間は全身状態に注意する。
- 3)二次感染防止のための注意点
- O157は、経口感染をする菌で空気感染はしない。感染経路は汚染された食物を摂取する場合と、O157に汚染された手指や衣服などを介して感染する二次感染とがある。以下に感染の予防方法を示す。
- 手洗いの徹底、調理の前、食事の前、帰宅後、排便後には石鹸と流水で手を洗い、きれいなタオルで拭く。タオルの交換は頻回に。ペーパータオルの使用もよい
- トイレ
便器、便座、ドアのノブなどを清潔に。トイレ使用後は手洗いを励行。患者さんの便に直接触れないようにする。触れたときには石鹸と流水で手指を爪の隙間まで十分によく洗う。なお便座カバーは使用しない。
- 衣類、タオルなどの洗濯
患者さんの衣類は、その他の洗濯物と分けて洗う。熱いお湯や家庭用の漂 白剤の使用で充分な消毒効果が得られる。その後は乾燥機を使うか、天日で充分乾燥させる。
- お風呂
浴槽のふたにまたがったり、座ったりせずシャワーで洗い流す。もし、湯船に浸かる場合は、臀部をよく洗ってから入る。残り湯は捨て、浴槽を清潔に。患者さんは下痢が消失するまでは乳幼児と一緒に風呂へは入らず、最後に入浴する。
- 食事
O157は75℃、1分の加熱で死滅する。従って、食品の内部まで充分に加熱する為に、75℃、3分間加熱することが大切である。肉類とくにハンバーグなどはよく火をとおすこと。冷蔵庫を過信しない。調理前の手洗い、調理器具の洗いと乾燥を励行。消毒する場合は熱湯を用いたり、食器用の塩素系漂白剤を300〜500倍に薄めて10分以上つける。生野菜を食べるときは流水で充分に水洗いをする。
- プール
少なくとも下痢が消失するまでは水泳は控える。プールは適正に管理され、有効な残留塩素濃度が保たれていれば安全。
*以上の知見は、次の文献を参考にさせて戴きました。
日本臨床:特集・腸管出血性大腸菌感染症,1997;55(3)
公衆衛生:特集・病原性大腸菌O157の脅威,1997;61(2-3)
このページのTOPへ