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旋毛虫感染症(トリヒナ症)について

流行は?

 旋毛虫感染症(トリヒナ症)は、全世界で見られ、極寒の北極でも発生していますが、南極での発生は報告されていません。全世界での旋毛虫感染症(トリヒナ症)の発生は年間1万人程度と推計され、致死率は0.2%程度です。また、世界的には、旋毛虫(トリヒナ)で汚染された豚肉が感染源となっていることが多いため、宗教的に豚肉の摂取が禁じられている地域での発生は少ないです。しかし、トルコにおいて、宗教的に豚肉の摂取が禁じられている回教徒で旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生が起こったことがあります。牛のミンチ肉とされたものに不法に豚肉が混じられていて感染源となったと考えられました。

 1981年12月から1982年1月にかけて三重県四日市市のM旅館でツキノワグマの冷凍肉のサシミを食べた413人中172人が、発疹・顔面浮腫・筋肉痛・倦怠感などの症状を示しました。ツキノワグマの冷凍肉から旋毛虫( Trichinella spiralis )が検出され、ツキノワグマの冷凍肉のサシミを食べた人60人で旋毛虫( Trichinella spiralis )に対する抗体が陽性となりました。このツキノワグマは、京都府および兵庫県で捕獲されたもので仕入れ業者は解体後販売時まで−27℃で保存していました。三重県四日市市のM旅館は仕入れ後は−15℃で保存し、サシミで客に提供していました。旋毛虫( Trichinella spiralis )で汚染されていたツキノワグマの冷凍肉を十分加熱することなく食べたことにより客が旋毛虫感染症(トリヒナ症)となった事件でした。この事件での患者に対するアンケート調査では、ツキノワグマの冷凍肉のサシミを食べてから症状出現までの潜伏期間は、最長54日、最短7日、平均24.3日でした(参考文献1)。なお、日本で初めて確認された旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生は、1974年青森県岩崎村で野生のクマの肉をサシミで食べたハンター仲間での集団発生とされています。また、1897年にスウェーデンの北極探検隊の3人組( Salomon August Andree 、 Nils Strindberg 及び Knut Fraenkel) が遭難死したのは、残された日記の記述から、生のクマ肉を食べて旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生が起こったためと考えられています(参考文献3)。

 1985年の8月と10月にフランスで馬肉の摂取による旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生が2回起こっています(参考文献4)。このうち、8月の集団発生の把握のきっかけは、1985年8月12日にパリの南東30マイルに位置する町Melunで数人の旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者が診断されたことでした。さらに、その後間もなくパリの南部の14区でも数人の旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者が診断されました。衛生部局による調査が開始されました。2地区の検査センターや医師たちの協力を得て、旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者の把握がなされました。旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者325人についての調査結果は、以下のようなものでした。症状としては、筋肉痛が306人(94%)、発熱が293人(90%)、顔のむくみが189人(58%)、下痢が169人(52%)、発疹が137人(42%)でした。20%の患者が不全麻痺、眼球運動の機能不全、視野の変化、感覚異常、めまいなどの神経学的な症状を訴えました。85歳の男性と、心臓病歴のある65歳の男性との総計2人が死亡しました。4人の妊婦の患者については、1人が妊娠第6週で流産しました。流産した胎児と胎盤を検査しましたが、旋毛虫の幼虫は見つかりませんでした。残りの3人の妊婦の患者については、いずれも健康な赤ちゃんを出産しました。旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者325人のすべてが馬肉を食べていて99%が生あるいはわずかの加熱のレアの馬肉でした。同じ質問をパリ市の14区の街頭で198人の人にしたところ、同じ時期に馬肉を食べた人は38%と少なかったです。患者の家族の中でも馬肉を食べなかった人は、患者になりませんでした。Melun刑務所でも患者が発生しましたが、馬肉を食べた人に患者が発生し、馬肉を食べない人に患者は発生しませんでした。患者のすべてがパリとMelunの二つの肉屋から7月22日から8月5日の間に馬肉を購入していました。アメリカ合衆国のコネチカットからフランスに輸入された1頭分の馬肉278kgが旋毛虫で汚染されていて、半頭分ずつ、パリとMelunの二つの肉屋で売られたものと考えられました。フランス人は馬肉については、生か軽く加熱したものを好み、ステーキ、スープ、あるいは細かく刻んでタルタルステーキ( steak tartare )で食べたりします。旋毛虫は充分に加熱すれば死滅するのですが、旋毛虫で汚染された馬肉が充分加熱されることなく食べられたことにより、大きな旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生となったものと考えられます。肉食であれば旋毛虫で汚染された動物を食べることにより自身が旋毛虫で汚染される可能性がありますが、本来は草食の馬がなぜ旋毛虫で汚染されたかは、よくわかりません。しかし、エサの中に肉を混入させても馬は食べることがあることが実験では明らかになっています。たとえば、旋毛虫で汚染されたネズミの死骸がエサに混入した場合に、馬が食べて旋毛虫で汚染される可能性はあるかもしれません。
 フランスでは、生の馬肉の摂取による旋毛虫感染症(トリヒナ症)の発生が見られますが、イタリアでも、北イタリアのEmilia Romagna及びLombardy地区と南イタリアのApulia地区に限って見られます。数世紀前に生の馬肉を摂取するフランスの食習慣がこれらの地区に渡ってきて根付いているためです。
 ルーマニアでは、トランシルバニア地区での発生が多いです。この地区では、生肉を食べる食習慣を持つ民族グループが見られます。

 1997-2001年のアメリカ合衆国での統計によれば、5年間で72人の旋毛虫感染症(トリヒナ症)の患者が発生しています(参考文献8)。原因食品別に見ると、下の表1のとおりです。アメリカ合衆国においては、野生動物ではクマの肉、家畜ではブタの肉を加熱不充分で食べることにより感染することが多いようです。

表1. 原因食品別旋毛虫感染症(トリヒナ症)患者数:(アメリカ合衆国1997-2001年)
原因食品患者数
野生動物の肉 クマの肉 29 40
ピューマの肉 1 1
イノシシの肉 1 1
家畜の肉 販売されているブタ肉 12 17
自家用あるいは農場から直接入手のブタ肉 9 13
不明2028
合計72100

 1997-2001年のアメリカ合衆国での統計によれば、5年間で72人の旋毛虫感染症(トリヒナ症)の患者が発生していますが、このうち、33人が9件の集団発生による患者です。9件の集団発生を原因食品別に見ると、下の表2のとおりです。2000年1月のイリノイ州での2人の集団発生は、海外で感染したもので、ユーゴスラビアで食べた豚肉ソーセージおよびスモークト・ポークが原因食品でした。1997-2001年のアメリカ合衆国の海外での感染例としては、他に、エジプトで豚肉を食べて感染したもの1例、ベトナムで豚肉を食べて感染したもの1例があります。

表2. 原因食品別旋毛虫感染症(トリヒナ症)集団発生:(アメリカ合衆国1997-2001年)
発病年月患者数原因食品備考
1997年12月 モンタナ 5 クマの干し肉  
1998年10-12月 オハイオ 8 クマの焼肉 1998年3月にカナダの北オンタリオで獲物となったクマで、10月13日に当地の教会でのバーベキューで食べられた
1999年3-5月 イリノイ 2 豚肉ソーセージ、豚の干し肉 自家製品
2000年1月 イリノイ 2 豚肉ソーセージ、スモークト・ポーク ユーゴスラビア(海外)で食べたもの
2000年8-9月 アラスカ 4 クマ肉のフライ 2000年8月にアラスカで獲物となったクマで、キャンプ用ストーブで調理された
2001年5月 カリフォルニア 2 自家用あるいは農場から直接入手の豚肉 生で食べられた。
2001年5-6月 カリフォルニア 6 自家用あるいは農場から直接入手の豚肉 生で食べられた
2001年8月 カリフォルニア 2 クマの焼肉 2001年6月にアラスカで獲物となったクマで、バーベキューでメディアム・レアで食べられた
2001年11月 カリフォルニア 2 クマの肉 生で食べられた
 33  

 アジアのタイでは27年間で旋毛虫感染症(トリヒナ症)の発生が120件報告されていて、約6700人の患者と97人の死者が発生しています(参考文献9)。

 中国やスロバキアでは、犬の肉が感染源となった旋毛虫感染症(トリヒナ症)の発生があります。

 2008年の5月下旬に台湾の日本料理店でスッポンを生で摂取した2グループで旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生(8人発病)が起こっています(参考文献11,12)。この旋毛虫感染症(トリヒナ症)については、旋毛虫( Trichinella spiralis )の仲間のTrichinella papuae によるものと考えられています。2グループは、5月21日会食の20人の台湾人グループ(5人発病)と5月27日会食の3人の日本人グループ(3人発病)とです。2グループには、日本料理店でスッポンの生の肉・血・肝臓・卵が出されました。この2グループ以外には、この日本料理店がスッポンの生の肉・血・肝臓・卵を客に出したことはないとのことです。患者8人について、潜伏期は、6-15日(中央値8日)で、よく見られた症状としては、筋肉痛が7人(88%)、発熱が7人(88%)、気分不快が5人(63%)、眼瞼の浮腫が3人(38%)でした。スッポンは、養殖されたものでした。病死した豚の肉が餌としてスッポンに与えられていたとのことで、この病死した豚がTrichinella papuae に感染していた可能性があります。
 旋毛虫( Trichinella spiralis )の仲間には、爬虫類に寄生するものもあります。1995年にジンバブエのナイル-クロコダイル( Crocodylus niloticus )というワニの筋肉中で検出された Trichinella zimbabwensis や、2004年にパプアニューギニアの海水ワニで検出されたTrichinella papuae などがあります。Trichinella zimbabwensis が人間へ感染した例は報告されていません。Trichinella papuae については、イノシシを食べた人たちでの旋毛虫感染症(トリヒナ症)の集団発生をタイで起こしたことがあります。

どんな病気?

 旋毛虫の幼虫を含んだ肉を未加熱あるいは加熱不十分で食べることにより、旋毛虫感染症(トリヒナ症)に感染します。旋毛虫の幼虫は、被嚢幼虫という状態でシスト(嚢;コラーゲンのカプセル)にくるまって筋肉内にいます。このような肉を食べると、胃の中で筋肉は消化され、幼虫がシスト(嚢)から出て来て活動を始めます。小腸で、幼虫は粘膜に深く入り込み、30時間以内に成虫となります。オスの成虫はメスとの交尾後、間もなく死にます。メスの成虫は、約4-6週間で約500-1500程度の幼虫を生みますが、出産の完了後、間もなく死にます。生まれた幼虫は、循環器系を通じて全身に散っていきますが、最終的には横紋筋の筋肉細胞に行き着きます。幼虫は、活発に動く筋肉を好みます。例えば、舌・顎・肋間・横隔膜の筋肉、目の運動に関わる筋肉、四肢の筋肉などです。幼虫に寄生された筋肉細胞は、シスト(嚢)にくるまれるようになり、シスト(嚢)の壁はだんだん厚くなり石灰化することもあります。幼虫自身も死んで石灰化することもあります。幼虫に寄生された筋肉細胞は、幼虫に栄養を与えるナース細胞( nurse cells )となります。シスト(嚢)にくるまった被嚢幼虫の寿命はブタでは11年、人では25年に達することもあります。この寿命の間に、宿主が他の動物に食べられるようなことがあると、宿主を食べた動物で被嚢幼虫が感染を起こすことになります。

 人は、小腸に旋毛虫の成虫を持つことで、旋毛虫の最終宿主ともなりますが、筋肉で旋毛虫の被嚢幼虫をもつことで、旋毛虫の中間宿主ともなります。

 旋毛虫感染症(トリヒナ症)は、人獣共通感染症です。旋毛虫の被嚢幼虫で汚染されていることがある動物としては、ブタ、クマ、ネコ、イヌ、キツネ、ウマ、オオカミ、ピューマ、アザラシ、セイウチ、ネズミなどの主に肉食あるいは雑食の哺乳類の動物があげられます。日本ではクマの生肉を食べての感染がよく知られています(参考文献1)。発展途上国などでは、加熱不十分なブタ肉を食べて感染することがあり、ブタを食べることを禁止している宗教的タブーの成立と関係があるのではとの考えもあります。また、1791年12月5日に35歳の若さでウイーンで亡くなった大音楽家モーツァルト( Wolfgang Amadeus Mozart )の死因については諸説がありますが、モーツァルトが加熱不十分のブタ肉料理を食べて旋毛虫感染症(トリヒナ症)となって死亡したとの説もあります。発病の44日前に妻あてにモーツァルトが書いた手紙にブタ肉料理を食べている記述があり、この時に旋毛虫感染症(トリヒナ症)に感染したと考えれば、発熱、発疹、手足の痛みと腫れといった症状の出現や発病の15日後の死が説明できると、アメリカ合衆国シアトルの Jan V. Hirschmann 医師は、しています(参考文献6)。このJan V.Hirschmann のモーツァルト旋毛虫感染症(トリヒナ症)死因説に対しては、フランス・パリの Jean Dupouy-Camet 医師が反論しています(参考文献7)。

 Jean Dupouy-Camet 医師は、フランスで総計で1611人の患者発生となった三つの旋毛虫感染症(トリヒナ症)集団発生と関わった経験があります。旋毛虫感染症(トリヒナ症)の急性期の主要症状は、筋肉痛(82-93%)、発熱(81-90%)、顔や眼瞼の浮腫(58-84%)であり、皮膚の発疹(11-44%)や手足の浮腫(6-8%)は少ないこと。また、5人の死亡例(0.3%)は血栓塞栓症の合併症や脳炎で死亡していて、モーツァルトがそのような状態にあれば鎮魂ミサ曲(レクイエム)を作曲することは不可能ではないかと考えられることなどを Jean Dupouy-Camet 医師は反論の理由としてあげています。この Jean Dupouy-Camet 医師の反論に対し、Jan V. Hirschmann 医師はモーツァルトの全身がむくんでいたとモーツァルトの息子が述べていてモーツァルトの顔がむくんでいた可能性があること、200年以上前の医療水準では現在の医療水準での死亡例ほど重症でなくても死亡していた可能性があり、1860年代には旋毛虫感染症(トリヒナ症)について18-30%の致死率の記述があることなどを理由にさらに反論しています。

 旋毛虫の幼虫を含んだ肉を未加熱あるいは加熱不十分で食べた後、半日から2日で腹部の不快感があることがありますが、軽いことが多いです。その後、食中毒のような吐き気、嘔吐、下痢などの腹部症状がはじまり、1-7日程度続くことがあります。しかし、腹部症状がほとんど見られないこともあります。息苦しさや紅い発疹が出ることもあります。発熱や顔のむくみが見られてきます。感染後1-6週間では全身に幼虫が散らばるようになるので、幼虫が出現した部位で炎症などの症状が出る可能性があります。肺炎、胸膜炎、脳炎、髄膜炎、腎炎、腹膜炎、結膜炎などの炎症を起こし発熱することがあります。心臓の筋肉(心筋)に幼虫が出現し、心筋炎を起こし死に至る場合もあります。目の周り・顔や手足に部分的な腫れが見られることがあります。麻痺・痙攣・幻覚などの神経症状が現れることもあります。感染後10日-6週間では、筋肉にたどり着いた幼虫が筋肉への寄生を始めるため、筋肉痛、筋肉の腫れ、筋力低下などの筋肉症状が出ます。呼吸や飲み込みにも筋肉が関わっていますから、呼吸困難や嚥下困難が出ることもあります。首の筋肉の腫れが目立つこともあります。心臓の筋肉(心筋)の働きが弱くなると、脈拍が弱くなり、血圧が下がります。心不全、呼吸不全、肺炎、腎不全などから死に至ることもあります。旋毛虫の被嚢幼虫をどれぐらい摂取したかによって、重症度は影響を受けると考えられます。少量ならば、無症状のことが多いと考えられます。大量ならば、死に至る可能性があります。死亡は感染後3-6週間に多いです。この時期を過ぎると改善傾向が見られます。軽症から中等度の症状の場合、だいたいの症状は、2、3ヶ月の内に軽快します。疲労感、筋力低下、下痢などは、数ヶ月続くことがあります。

 検査所見としては、血液中の好酸球の増加、血清中のCPK( creatinine phosphokinase )の上昇が見られます。CPK は筋肉の酵素の一つですが、筋肉内へ移動する幼虫により筋肉組織の破壊が起こされることにより、血清中へと出てくるものと思われます。

 治療薬として、小腸の旋毛虫に対してthiabendazole、筋肉の旋毛虫に対してmebendazoleが使われることがあります。また、炎症を静めるため、ステロイドが使われることがあります。

病原体は?

 旋毛虫感染症(トリヒナ症)は、旋毛虫( Trichinella spiralis )が病原体です。 旋毛虫( Trichinella spiralis )は、ぎょう虫・回虫などが属する線虫類(線形動物)の仲間です。青白い色をしています。成虫でも、幅60-90ミクロン、長さがオスで1.2-1.6ミリメートル、メスで2.2-4.0ミリメートル、小さな幼虫で幅6ミクロン、長さが0.1ミリメートル程度の大きさであり、寄生虫としては最小クラスの線虫類です。詳しい観察のためには、高倍率の顕微鏡が必要でした。

 1835年2月1日、ロンドンの聖バーソロミュー病院の医学生 James Paget は、解剖室で解剖メスの刃を鈍らせるようなざらざらした砂状横隔膜の所見に興味を持ち、砂状横隔膜の筋肉組織の一部を顕微鏡で調べるために持ち出しました。当時、高倍率の顕微鏡は、最先端のハイテク機器で、イギリスでも数少なく、ロンドンでも大英博物館のような限られた場所にしかありませんでした。当時の大英博物館には、1827年に Brown 運動を発見した植物学者Brown 博士の研究室があり、この Brown 博士の研究室に高倍率の顕微鏡があったのです。医学生 James Paget は、この砂状横隔膜の筋肉組織の一部から顕微鏡下でらせん形の毛のような小さな虫を発見しました。大英博物館の動物学者 Richard Owen も、砂状横隔膜の筋肉組織の一部から顕微鏡下でらせん形の毛のような小さな虫を発見し Trichina spirals と名付けました( Trichはギリシャ語の thrix に由来し、毛を意味します。spiral は、らせん形を意味します。)。なお、Trichina(トリヒナ)という命名については、 Trichina という名前の生物がすでに存在したため、後に Trichinella spiralis と名付けなおされました。文献上は、大急ぎで自分の名前だけで報告論文を書いた大英博物館の動物学者 Richard Owen が、 Trichinella spiralis の発見者となりました。しかし、発見者は James Paget と Richard Owen との二人であったと考えられます。この James Paget は、後に Sir James Paget として、有名な病理学者になりました。

 19世紀中ごろ、旋毛虫( Trichinella spiralis )の生活史を明らかにしていったのは、ドイツの病理学者 Rudolph Virchow でした。Virchow(ウィルヒョウ)は、白い斑点でいっぱいになった筋肉をもった人の死体とめぐり会いました。白い斑点でいっぱいになった筋肉に顕微鏡で旋毛虫( Trichinella spiralis )の幼虫を多数認めました。この旋毛虫( Trichinella spiralis )の幼虫でいっぱいの筋肉をイヌに与えたところ、イヌは数日で死亡しました。このイヌの解剖の結果、イヌの小腸に、旋毛虫( Trichinella spiralis )の成虫を認め、イヌの死亡の原因を旋毛虫( Trichinella spiralis )だと考えました。また、旋毛虫( Trichinella spiralis )の幼虫を含んだ筋肉を摂氏58.33度以上で10分以上加熱すれば、感染力がなくなることを Virchow は、明らかにしました。Virchow は、旋毛虫( Trichinella spiralis )の生活史についての研究成果を本「トリヒナに関する学説の発表」(”Darstellung der Lehre von Trichinen ”; Verlag von Georg Reimer; Berlin; 1864年)にまとめました。そして、ハムや豚肉製品をよく加熱することの大切さを、国中を熱心に説いて回りました。病理学者 Rudolph Virchow の名声は国中に広がりました。

 こんなエピソードがまことしやかに伝えられています。あるとき、Rudolph Virchow が決闘の申し込みを受けました。決闘の申し込みを受けた Rudolph Virchow が、決闘に使う武器を決めることになりました。Rudolph Virchow が武器として選んだのは、なんとソーセージでした。旋毛虫( Trichinella spiralis )を含んだ未加熱のソーセージと加熱済みの安全なソーセージ。見かけが変わらない、2本のソーセージからいずれかを選び食べるというものでした。加熱済みの安全なソーセージを食べれば問題はないが、旋毛虫( Trichinella spiralis )を含んだ未加熱のソーセージを食べた場合にいかなることになって死に至るかを、Rudolph Virchow が、熱心に決闘相手に説明します。Rudolph Virchow の説明を聞いているうちに気持ちが悪くなった決闘相手は、とうとう決闘の申し込みを撤回し、決闘は行われずに済むことになりました。

 以前は、Trichinella 属には、Trichinella spiralis だけが属しているだけでした。そこで、旋毛虫と言えば、Trichinella spiralis のこと(狭義の「旋毛虫」)でした。ところが、現在では下記の表のように、Trichinella 属には少なくとも8種あり、Trichinella spiralis 以外のTrichinella 属の種でも旋毛虫(広義の「旋毛虫」)と呼ばれることがあります。

表3. Trichinella 属の分類(参考文献13より作成)
地理的分布宿主人間への感染源冷凍による殺虫への抵抗性幼虫
Trichinella spiralis 全世界 家畜・野生哺乳類 家畜・野生の豚・馬 抵抗性あり 被嚢幼虫
Trichinella nativa アメリカ・アジア・ヨーロッパの北極圏・亜北極圏 野生の肉食獣 熊・セイウチ 抵抗性あり 被嚢幼虫
Trichinella britovi アメリカ・アジア・北アフリカ・西アフリカの温帯 野生哺乳類、まれに家畜の豚 猪、家畜の豚、馬、狐、ジャッカル 抵抗性あり 被嚢幼虫
Trichinella murrelli アメリカ合衆国・南カナダ 野生の肉食獣 熊、馬 抵抗性なし 被嚢幼虫
Trichinella nelsoni 東アフリカ(ケニア等)・南アフリカ 野生哺乳類 イボイノシシ、豚 抵抗性なし 被嚢幼虫
Trichinella pseudospiralis 全世界 家畜の豚、野生哺乳類・鳥 家畜の豚、猪 抵抗性なし 非被嚢幼虫
Trichinella papuae パプアニューギニア、タイ 猪、海水ワニ 抵抗性なし 非被嚢幼虫
Trichinella zimbabwensis ジンバブエ、モザンビーク、エチオピア、南アフリカ ナイル-クロコダイル、トカゲ 患者発生の報告なし 抵抗性なし 非被嚢幼虫

予防のためには・・・

1. 肉は、よく加熱して食べましょう。生肉や加熱不十分な肉は、食べるのは止めましょう。

 肉の中心部の温度も1分間以上71度以上に達するようによく加熱することをアメリカ合衆国のCDC(疾病管理予防センター)は勧めています。たとえば、アメリカ合衆国のテネシー州で2003年に発生した旋毛虫感染症(トリヒナ症)の場合、カナダで射殺した黒クマの肉が原因でした。この黒クマの肉を、メディアムレア( medium rare : 半生焼き)で食べた2人が発症し、ウェルダン( well done : よく焼いたもの)で食べた4人は発症しませんでした(参考文献10)。生肉の赤色が中心部も含め肉全体が暗い灰色へと変わることが加熱の一つの目安になります。しかし、クマなどの野生動物の肉などで生肉が黒っぽく色の変化での判断が難しい場合もあります。

2. 摂氏-15度で30日間、摂氏-25度で10日間といった冷凍が、肉の中の被嚢幼虫を殺すのに有効な場合がありますが、寒冷地由来のものや、野生動物のものでは、冷凍に強い被嚢幼虫も見られ、冷凍は完全な予防法ではありません。やはり、肉は、よく加熱して食べましょう。

参考文献

  1. 杉山 明;ツキノワグマ生食によるトリヒナ症の集団発生事例健康危機事例集(詳細版);地方衛生研究所全国協議会。
  2. Owen, R. ; Description of a microscopic entozoon infesting the muscles of a human body. ; Trans. Zool. Soc. Lond. ; 1835. 1. ; p. 315-323.
  3. Swedish Society for Anthropology and Geography. ; Andree's story. ; 1930. The Viking Press, New York.
  4. Horsemeat-Associated Trichinosis--France. ; MMWR ; May 09, 1986/35(18);p.291-2,297-8.
  5. Virginia Capo and Dickson D. Despommier ; Clinical Aspects of Infection with Trichinella spp. ; Clinical Microbiology Reviews, Jan. 1996, Vol.9, No.1, p.47-54.
  6. Jan V. Hirschmann  ; What killed Mozart? ; Arch Inten Med. 2001 Jun 11;161(11):p.1381-9.
  7. Jean Dupouy-Camet ; Trichinellosis is Unlikely to Be Responsible for Mozart's Death ;  Arch Inten Med. 2002 Apr 22;162(8):p.946.; discussion p.946-7.
  8. Sharon L. Roy, Andriana S. Lopez, Peter M. Schantz ; Trichinellosis Surveillance -- United States, 1997-2001. ; MMWR  Surveillance Summaries ; July 25, 2003/Vol.52/No. SS-6;p.1-8.
  9. Yuzo Takahashi, Liu Mingyuan and Jitra Waikagul. ; Epidemiology of trichinellosis in Asia and Pacific Rim. ; Veterinary Parasitology. Volume 93, Issues 3-4, 1 December 2000, p.227-239.
  10. Trichinellosis Associated with Bear Meat -- New York and Tennessee, 2003. ; MMWR ; July 16, 2004/Vol. 53/No. 27;p.606-610.
  11. Yi-Chun Lo, Chien-Ching Hung, Ching-Shih Lai, et al. Human Trichinosis after Consumption of Soft-Shelled Turtles, Taiwan. Emerging infectious diseases, Vol. 15, No. 12, December 2009, p. 2056-2058.
  12. 前田卓哉、藤井毅、岩本愛吉、他;スッポンを感染源とする旋毛虫症例;病原微生物検出情報月報(IASR)、2009年10月号、Vol. 30, No. 10, p. 272-273.
  13. Bruno Gottstein, Edoardo Pozio, and Karsten Noeckler; Epidemiology, Diagnosis, Treatment, and Control of Trichinellosis; CLINICAL MICROBIOLOGY REVIEWS, Vol. 22, No. 1, Jan. 2009, p. 127-145.

2002年10月8日初掲載
2003年8月13日増補
2004年8月4日増補
2010年3月18日増補改訂

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横浜市衛生研究所 感染症・疫学情報課 - 2008年4月1日作成 - 2010年3月18日更新
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