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セラチア菌による院内感染、日和見(ひよりみ)感染について

流行は?

 平成14年(2002年)1月、東京都世田谷区のA病院でセラチア菌の感染によると思われる集団死亡(血液中から遺伝子的に一致するセラチア菌が陽性の患者12名の内、6名が死亡。他にも、セラチア菌の感染が疑われる患者12名の内、1名が死亡。)が見られました。東京都内では、平成11年(1999年)7-8月にも、墨田区内のB病院でセラチア菌の感染によると思われる集団死亡(セラチア菌が陽性の発症者10名の内、5名が死亡)が見られました。また、平成12年(2000年)6月には、大阪府内のC病院でセラチア菌の感染によると思われる集団死亡(セラチア菌陽性と判明した患者15名の内、8名が死亡)が見られました。医療機関でこのような院内感染によると思われる集団死亡などがあると、その医療機関の所在地の自治体の衛生部局、保健所、衛生研究所などが調査・指導などにあたることになります。各医療機関で院内感染防止対策を徹底して、セラチア菌などによる院内感染を予防したいものです。

 平成14年(2002年)1月の東京都世田谷区のA病院でのセラチア菌による院内感染事例後、以下のようなセラチアによる院内感染対策における留意事項が、厚生労働省から示されました。
(1) 今回の事例においては、留置針で血管確保を受けていた患者のうち、ヘパリン加生理食塩水(抗凝固剤のヘパリンを加えた生理食塩水)で血管ルートの抗凝固処置(ヘパリンロック)を受けた者での発症が多く、解析疫学の結果、同時期に同病院で使用されたヘパリン加生理食塩水がセラチアに汚染され、血流感染を起こした可能性が示唆された。
(2) ヘパリンロックは、患者の負担を軽減し、持続的な点滴又は時間ごとの薬剤の経静脈的投与を可能にし医療内容を引き上げたが、院内感染対策上その管理には一層の注意が必要である。
(3) 500ml等の大型容器においてヘパリン加生理食塩水を室温での長時間保存することなどは、セラチア等の菌による汚染の機会を増加させる可能性が高いことが実験的にも証明されたことから、厳重な注意が必要である。
(4) これらの重要点を周知徹底するためには、医療従事者への院内感染防止のための教育と研修の強化が重要である。

どんな病気?

 セラチア菌は、自然界の土や水の中、および動物や人の腸の中など、いろいろな場所に存在します。病院内にも存在して、ときとして、院内感染、日和見(ひよりみ)感染を起こすことがあります。主に体力・免疫力の弱まった人たちで、尿路感染症、気道感染症、心内膜炎、骨髄炎、敗血症、傷の感染症、目の感染症、髄膜炎などを起こします。感染はしばしば重症となり、死亡する人もいます。病院内で発病する肺炎の4%程度を占めるともされます。日和見(ひよりみ)感染とは、体力・免疫力に問題のない人では病気を起こすことがほとんどないような微生物が、体力・免疫力の弱まった人に感染して病気を起こすような場合を言います。入院患者には、体力・免疫力の弱まった人が多いので、院内感染では日和見(ひよりみ)感染が多いです。旅人はその日の日和(ひより)を見て晴れなら出発、雨なら今日も宿で雨宿りと決めたりします。日和見(ひよりみ)感染の微生物は、その時の人の体力・免疫力を見て、問題のない人に対しては静かにして、弱まった人に対しては襲いかかっているようにも見えます。

 人が感染する経路としては、セラチア菌が付着したものと粘膜・傷との直接の接触、セラチア菌を含んだ飛沫の吸い込み(患者が咳き込んだ場合や、患者共用の吸入器がセラチア菌で汚染された場合など)、体内に挿入したカテーテル類へのセラチア菌の付着・増殖、体内に入れる輸液などへのセラチア菌の混入・増殖などが考えられます。

 抗生物質による治療が行われますが、多剤耐性菌が存在します。また、初めのうちは有効であった抗生物質が治療途中で耐性が獲得され無効になってしまうこともあるので注意が必要です。

 消毒には、1%の次亜塩素酸ナトリウム(30分以上の接触時間が必要です。)、70%のエタノール、2%のグルタルアルデヒド、ホルムアルデヒド、ヨード剤などが有効です。塩化ベンザルコニウムが効きにくかったり、クロルヘキシジンなどは無効な場合があります。

病原体は?

 セラチア菌( Serratia marcescens )のセラチア( Serratia )は、イタリア人のSerafino Serrati に由来します。Serafino Serrati は、汽船を中央イタリアのトスカーナ地方のアルノ川で初めて運行するのに貢献しました。アルノ川は、フィレンツェ、ピサ等の都市を流れる川で、フィレンツェでは、ベッキオ橋の下を流れています。このSerafino Serrati の栄誉を称えて、発見者のイタリアのPadua大学の薬学者・細菌学者Bartolomeo Bizioが1823年に命名しました。汽船の動力を開発したSerafino Serrati にBartolomeo Bizioは物理学を教わったことがあって、Serafino Serrati の業績が正当に評価されていないとBartolomeo Bizioは感じていたとの説があります。 marcescens は、ラテン語で「衰える」を意味する marco に由来します。セラチア菌( Serratia marcescens )は、ポウレンタ(polenta)と呼ばれるトウモロコシがゆを血色に変色させる細菌としてBartolomeo Bizioにより認められました。セラチア菌( Serratia marcescens )による鮮やかな血色は、日光の下では失われていく(衰えていく)傾向があり、 marcescens と名づけたようです。
 1819年8月2日、イタリアのPaduaの一農家でポウレンタに赤い斑点が出現しました。そのポウレンタは、すぐに廃棄されましたが、翌日には新しいものにも赤い斑点が出現し始めました。牧師にその場を清めてもらいましたが、赤い斑点の出現は続き、周囲にも広がっていきました。赤い斑点の出現の件が知れ渡るにつれ、関心と議論が高まっていきました。価格高騰を見込んだ穀物市場への投機に対する神罰の予兆と考える者もいました。原因究明のため委員会が組織され、医務官のVincenzo Sette 医師の下、大学教授、警察や衛生行政の役人等が集まりました。Padua大学の薬学者・細菌学者Bartolomeo Bizioも委員でした。Bizioは、微生物によって赤い斑点が生じると考えました。湿度100%で一定気温の下、ポウレンタを置いたところ、8時間以内に赤い斑点が出現し始め、24時間以内に表面が赤色で覆われ、Bizioは、原因となった微生物の培養に成功しました。Bizioは、得られた所見を、1819年8月24日にベニスの"Gazetta Privilegiata di Venezia"誌に報告しています。さらに、研究の詳細をまとめて1823年に出版し、原因となった微生物をSerratia marcescens と命名しました。発見者としてセラチア菌に名が残らなかったBizioですが、Bartolomeo Bizioの栄誉を称えて、2005年に発見された海洋の好冷性の細菌がBizionia と命名されています。なお、原因究明のための委員会のVincenzo Sette 医師は、委員会の研究成果等をまとめ、1824年に報告しています。Sette 医師は、原因となった微生物をZoaglactina imetropha (ギリシア語で「食物の上のどろどろとした生き物」という意味)と命名しました。Bartolomeo Bizioの発表が先行していることもあり、このZoaglactina imetropha という呼称は現在は使用されていません。
 セラチア菌( Serratia marcescens )は、室温で培養すると血のような赤い色素を産生することで知られています。ところが、37度で培養すると大部分の株は、赤い色素を産生しません。また、室温で培養しても赤い色素を産生しないセラチア菌もあります。

 セラチア菌に汚染されたオムツが赤くなることがあり、「赤いオムツ症候群(red diaper syndrome)」と呼ばれることがあります。

 アメリカ合衆国では、以前、セラチア菌は、細菌について学ぶための教材としてよく使われていたことがありました。一つには、人間にとって無害であると思われていたこと。もう一つには、室温でペトリ皿の上で増殖すると目に鮮やかな真っ赤な色となり、その存在を私たちに強烈にアピールするからです。

 どんな教材として使われるかというと、例えば、「手を洗うことの大切さを学ぶ実験」です。手をよく洗った学生が一列に並びます。右端の学生が右手の手のひらにセラチア菌の培養液を塗ります。そして、右端の学生から順番にリレー式に右手で握手していきます。最後に左端の学生の右手の手のひらをこすって室温で細菌培養をすると、真っ赤になってセラチア菌が出現というような実験です。なお、この実験は途中に左手で握手するアマノジャクがいると失敗に終わります。

 セラチア菌は、生物兵器の研究の中で、散布された細菌がどんな範囲に広がるかを調べる屋外実験で使われたことがありました。有害な細菌を屋外で散布しては、被害者が出る恐れがあるため、当時は無害と考えられていたセラチア菌などを使ったわけです。同じく無害と考えられていたBacillus globigii という細菌も使われました。セラチア菌は室温での培養で赤くなることから、他の菌より区別しやすく見つけやすいという理由もありました。Bacillus globigii という細菌は、生物兵器である炭疽菌の親戚みたいな菌なので、Bacillus globigii という細菌を炭疽菌にみたてて、炭疽菌がどんな範囲に広がってどうなるかを調べたいという理由もありました。1951-1952年、アメリカ陸軍は、「海しぶき作戦(Operation Sea-Spray)」と呼ばれる研究を進めました。風船にセラチア菌( Serratia marcescens )、Bacillus globigii という細菌及び蛍光性の粒子をつめ、サンフランシスコ上空で爆発させました。予期されなかったことですが、その爆発の後、サンフランシスコのセラチア菌が散布された地域では肺炎患者と尿路感染症患者の明らかな増加が数年にわたって見られました。セラチア菌が散布されたことと肺炎患者と尿路感染症患者が明らかに増加したこととの間に陸軍は関係を認めませんでしたが、民間には因果関係があると考えた医師もいました。このサンフランシスコのセラチア菌の散布実験について、この実験の結果病気のために家族の一員を失ったとしてアメリカ合衆国政府を相手に法廷に訴え出た家族がありました。法廷は、このサンフランシスコのセラチア菌の散布実験は国防計画の一部であり合衆国政府を相手に訴え出ることはできないとの判断を下しました。なお、後にCDC(米国疾病管理・予防センター)が検査したところでは、散布されたセラチア菌と、肺炎患者・尿路感染症患者のセラチア菌とは、一致しなかったとのことです(参考文献10)。

 この「海しぶき作戦」のてん末以後は、セラチア菌は主に体力・免疫力の弱まった人たちに感染症を起こすことがある細菌と見なされるようになり、セラチア菌を使っての、このような屋外実験は行われなくなりましたし、教材としての使用も減って行きました。

 セラチア菌がある奇跡を起こしたという説があります。1263年、イタリアの Bolsena の聖クリスチーナ教会での聖餐式でのことでした。パンと水が聖餐式で使われます。このパンと水が肉と血に変りました。この奇跡は Bolsena の奇跡と呼ばれ、翌1264年の8月には教皇がこの奇跡を祝して聖体の祭日を設けました。また、イタリア-ルネッサンスの巨匠ラファエロが描いた「 Bolsena の奇跡」が、バチカンにあります。この Bolsena の奇跡について、パンや水が湿っぽい場所で保管されていたためセラチア菌が増殖し、真っ赤に見えたのだという説があるのです。
 このようなパンと水が肉と血に変わるというような奇跡を演出した細菌であることから、セラチア菌には、ラテン語で奇跡・前兆・驚異を意味するprodigiumに由来するBacillus prodigiosus 、Microccocus prodigiosus 、Chromobacterium prodigiosum 等や霊菌という呼称もありました。セラチア菌の産生する赤い色素は、prodigiosinと呼ばれます。prodigiosinの抗癌活性の研究も進められています。
 紀元前にヨーロッパ・アジア・アフリカにまたがる大帝国をつくり上げたアレキサンダー大王の物語も セラチア菌が演出しているようです。紀元前332年、7か月にも及ぶフェニキアの都市Tyre(現在はレバノン第四の都市。地中海沿岸に存在する)の攻防でのことです。アレキサンダー大王が率いるマケドニア軍が、手ごわいTyreを攻めあぐねていたある日のこと、食糧のパンを割ったところ血のようなものがしたたり落ちました。このような血のようなものは敗北の予兆とされていました。「わが軍が敗北するのか?!」・・・マケドニア軍の全将兵が、息を呑みました。このとき、アレキサンダー大王の一番の信頼が置かれている占い師(預言者)Aristanderが言いました。
「吉兆である。血はパンの内部にあり、パンの外側(表面)にはない。この血はTyreの城内の敵軍の敗北、城外のわが軍の勝利を意味する。」
マケドニア軍は、全軍浮き足立ち総退却しかねない勢いだったところを、一転、Aristanderの言葉により戦意がおおいに盛り上がり、難攻不落だったTyreを攻め落とすことができました。もともとTyreは本土と島との二つの部分に分かれていたのですが、このときマケドニア軍は海を埋め立てて本土と島とをつなぎ、今日に至っています。

予防のためには・・・

 セラチア菌に対するワクチン(予防接種)はありません。各医療機関で院内感染防止対策を徹底して、セラチア菌などによる院内感染を予防したいものです。また、健康に影響を及ぼすことなく腸の中にセラチア菌がいて、便中にセラチア菌が出てくる人もいます。トイレの後は、手をよく洗いましょう。そして、医療機関内では院内感染防止のための決まりや指示を皆で守りましょう。

 ある神経外科の集中治療室で10週間の間に16人の患者がセラチア菌( Serratia marcescens )に感染しました。この集中治療室では1:4に希釈した口腔用の洗浄消毒液"hexetidine"を使って患者の口腔を洗浄していました。この1:4に希釈した洗浄消毒液の瓶からセラチア菌( Serratia marcescens )が検出されました。汚染された場合には1:4に希釈した"hexetidine"洗浄消毒液中でも、セラチア菌( Serratia marcescens )は増殖可能であることが観察されました(参考文献1)。また、ある病院でセラチア菌( Serratia marcescens )による感染の集団発生が、見られました。アルコールを含まない消毒用のクロルヘキシジン溶液が、セラチア菌( Serratia marcescens )によって汚染されていました。アルコールを含まない消毒用のクロルヘキシジン溶液の使用を止めたところ、セラチア菌( Serratia marcescens )による感染の集団発生は、見られなくなりました(参考文献2)。洗浄・消毒液の消毒作用が弱いものであると、洗浄・消毒液が病原体に汚染された場合には、洗浄・消毒自体が院内感染の引き金になりえます。

 病棟で看護者の多人数が使う非医療用の液体石鹸のボトルのセラチア菌( Serratia marcescens )による汚染とセラチア菌( Serratia marcescens )の院内感染の発生との関係を調べた研究があります。セラチア菌( Serratia marcescens )の院内感染の発生が見られた7つの病棟の内では、5つの病棟で液体石鹸のボトルのセラチア菌( Serratia marcescens )による汚染が見られました。他の14の病棟では、液体石鹸のボトルのセラチア菌( Serratia marcescens )による汚染が見られたのは1病棟のみでした。セラチア菌( Serratia marcescens )による汚染がある液体石鹸で洗った後では、手がセラチア菌( Serratia marcescens )で汚染されている確率が高かったです(参考文献3)。医療従事者の手がセラチア菌( Serratia marcescens )を運ぶ可能性があります。医療従事者は、アルコールなどによる手の消毒の重要性を忘れないようにしたいものです。

 ある病院で10ヶ月の間に、14人の心臓外科患者にセラチア菌( Serratia marcescens )による感染が見られました。心電図計のゴム球の付いた6個の端子にセラチア菌( Serratia marcescens )による汚染がありました。端子をこのような再利用するものではなく、使い捨ての端子にかえたところ、セラチア菌( Serratia marcescens )による感染が見られなくなりました(参考文献4)。また、外科の集中治療室でのセラチア菌( Serratia marcescens )による感染の集団発生が、セラチア菌( Serratia marcescens )によって汚染した気管支鏡によった例もあります(参考文献5)。医療器具がセラチア菌( Serratia marcescens )を運ぶ可能性があります。医療器具については、使い捨てを原則に、再利用するものは有効な消毒をしっかりとする必要があります。

 普通、セラチア菌と言うと Serratia marcescens (セラチア・マルセッセンス)と言う細菌のことです。ところが、セラチア菌の仲間は他にもいます。その仲間の一員である Serratia liquefaciens (セラチア・リクファシエンス)も人に病気を起こすことがあります。ある血液透析センターの外来部門で、一ヶ月の間に、10人の Serratia liquefaciens による血液の感染と6人の発熱反応が起こりました。血液中の鉄分の値が低い透析患者に使われることがある注射薬が Serratia liquefaciens  で汚染されたのが原因の一つでした。この注射薬は、一回使用用の瓶詰で防腐剤は入っていません。この血液透析センターでは、一回使用用の瓶を一人の患者に使ったら使い残った薬液を含め瓶ごと廃棄すべきところを捨てずに保管しておいて、使い残りがないように何度も瓶に針をさして、他の患者たちにも使っていました。翌日にも使いました。一度汚染されれば保管時間が長いほど大量に菌は増殖します。セラチア菌の仲間は冷蔵庫の中の温度でも増殖します。一回使用用の瓶を一人の患者に使ったら使い残った薬液を含め瓶ごと廃棄することなどを徹底することなどでこの Serratia liquefaciens による感染は起こらなくなりました(参考文献6)。製薬会社などの注意を守って薬剤は使いましょう。

 平成20年6月9日15時、三重県伊賀市立上野総合市民病院の医師から、三重県伊賀保健所に対して、三重県伊賀保健所管内の医療機関D受診後、4名の患者が発熱、吐き気などの症状を訴え、救急搬送されてきたと通報がありました。その後、上野総合市民病院では、6月2日にも同様の入院患者が2名いること、5月23日にも三重県伊賀市内の岡波総合病院では3名が入院したということが明らかになりました。また、医療機関Dで同一の処方を受けた患者のうち1名が、自宅で死亡していたことが、6月10日に確認されました。
 三重県伊賀保健所等による調査により以下のことが明らかになりました。
(1) 6月9日に医療機関Dで点滴を受けた後で、岡波総合病院に入院した1名、および伊賀市立上野総合市民病院に入院した5名の患者の血液からセラチア・リクファシエンス(Serratia liquefaciens )が、分離されました。
(2) 6月9日に医療機関Dで患者に点滴された生理食塩水100ml容器(52パック)の残液(7パック)からも、セラチア・リクファシエンスが、分離されました。
(3) さらに、医療機関Dの点滴室で使用されていた消毒綿容器(消毒綿を含む)からも、セラチア・リクファシエンスが分離されました。
(4) 分離された患者血液、点滴残液および消毒綿由来のセラチア・リクファシエンスの遺伝子解析(パルスフィールド電気泳動検査)の結果、遺伝子のDNAパターンが一致しました。
(5) 6月10日に医療機関Dで回収したアンプル薬剤(ノイロトロピン及びメチコバール)、および未使用の生理食塩水は7日間の無菌試験で陰性でした。
 上記(1)〜(5)から、今回の6月9日の事案は、医療機関Dで調合された点滴液を原因とするセラチア・リクファシエンスによる院内感染であると特定されました。
 今回の6月9日の事案については、セラチア・リクファシエンスに汚染された消毒綿により点滴容器が汚染され、点滴液調合行為により点滴液の中にセラチア・リクファシエンスが侵入したものと考えられました。点滴室の消毒綿は、カット綿を追加し、消毒液を補充するため、点滴治療時の手指等による汚染、また、長期保存によって消毒効果が弱くなった消毒綿がセラチア・リクファシエンスの増殖を招いたと考えられました。また、点滴液調合後、前診療日(6月7日土曜日)から9日(月曜日)に点滴されるまでの2日間にわたり、高い温度で保管されたことによって、点滴液の中でセラチア・リクファシエンスの増殖が起こり、院内感染事故につながったと考えられました。
 なお、医療機関Dの点滴室で使用していた消毒綿の消毒液「グルコン酸クロルヘキシジン」5%液の使用基準は10-50倍希釈液であるのにもかかわらず、誤って千倍希釈液を使用していたことが明らかになっています。消毒効果は通常より弱く、汚染や長期保存の影響で消毒効果は減弱しやすかったと考えられます。点滴液の調合工程としては、ノイロトロピン及びメチコバール(薬剤)を注射器で吸引し、100ml生理食塩水容器(パック)に注入していました。生理食塩水が10本1箱単位で納入されるので、一度に10本の点滴液を調合していました。薬剤の吸引および注入は、1本の注射器で行っていました。容器(注入面:ゴム)には、薬剤注入および点滴のセット(ルート装着)のために2回針刺しを行っていました。注入の際には、注射針を消毒綿でその都度消毒していました。点滴液の調合・保管については、点滴液は10本単位で調合し、不足してきたら看護師が追加調合していました。診療終了後の使用残は、翌診療日へ持ち越し、捨てることはありませんでした(冷蔵庫に保管せず、机の上で保管していました)。使用残の点滴液の翌診療日への持ち越しは日常的に行われていて、6月9日(月)への持ち越しは、20本以上ありました。
 点滴中の患者を他の医療機関に救急搬送したとの職員からの報告、三重県伊賀市立上野総合市民病院の医師からの助言があったにもかかわらず、医療機関Dの院長は、点滴を受けた患者への安否確認、保健所への連絡、専門家への相談をしませんでした。医療機関Dに対して、
(1) 医療の安全確保のための体制確立、
(2) 院内感染再発防止のための体制整備、
(3) 医療法を遵守し、医療の安全が確保される診療所体制の確立に向けた改善計画の策定、
を三重県伊賀保健所は指導しました。医療機関Dから提出された改善報告書に基づき再発防止の処置がされていることを確認し、平成20年10月22日、四ヶ月以上の医療機関Dに対する診療自粛要請が解除されました(参考文献13)。

 セラチア・リクファシエンス(Serratia liquefaciens )については、2001年10月、医療機関において、輸血前に照射赤血球M・A・P「日赤」の色調異常( 黒変)が発見され、血液センターで精査を行った結果、当該血液から検出されたことがあります(当該血液は輸血には使用されませんでした。4〜6℃で保存され、採血後14日でした)。輸血用血液は、生物学的製剤基準による各製剤の貯法に従って、適正に保管しましょう。輸血用血液の使用前には色調等、外観に異常がないかどうかを確認し、異常がみられた場合は使用せずに赤十字血液センターに連絡しましょう。
 セラチア・リクファシエンスは低温でも増殖し、輸血によりエンドトキシン・ショック症状を起こした症例が1992年 7月から1999年1月までに米国疾病管理・予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)へ5例報告されていて、内4例が死亡症例です(なお、1992年までは報告はありませんでした)。4例が赤血球製剤(採血後、平均で28日)、1例が血小板製剤(採血後、4日)でした。これらの症例で使用された赤血球製剤では、暗赤色ないし黒色への変化が認められています。供血者は無症状で、感染源はよくわかりませんでした。
 輸血用血液への細菌混入の防止のために、日本赤十字社では献血受付時の問診内容の充実(発熱・下痢等の確認)、採血時の皮膚消毒薬変更等、種々の対策を実施しています。しかし、完全に細菌を排除することは現状では極めて難しい事実があります。この輸血用血液への細菌混入の原因としては、消毒が困難な皮膚毛嚢を貫いた採血、無症候の菌血症状態にある献血者からの採血等が考えられます。輸血を実施するにあたっては外観検査を行い、色調等の異常の有無を確認しましょう。

参考文献

  1. Bosi C, et al.: Serratia marcescens nosocomical outbreak due to contamination of hexetidine solution. : J Hosp Infect 1996 Jul;33(3):217-24.
  2. Vigeant P, et al. ; An outbreak of Serratia marcescens infections related to contaminated chlorhexidine. ; Infect Control Hosp Epidemiol 1998 Oct ; 19(10); 791-4.
  3. Sartor C, et al. : Nosocomial Serratia marcescens infections associated with extrinsic contamination of a liquid nonmedicated soap. : Infect Control Hosp Epidemiol 2000 Mar ; 21(3): 196-9.
  4. Sokalski SJ, et al. ; An outbreak of Serratia marcescens in 14 adult cardiac surgical patients associated with 12-lead electrocardiogram bulbs. ; Arch Intern Med 1992 Apr ;152(4):841-4.
  5. Vandenbroucke-Grauls CM, et al. ; An outbreak of Serratia marcescens traced to a contaminated bronchoscope. ; J Hosp Infect 1993 Apr ; 23(4):263-70.
  6. Lisa A. Grohskopf , et.al. ; Serratia liquefaciens bloodstream infections from contamination of epoetin alfa at a hemodialysis center. ; N Engl J Med. 2001 May 17 ; 344(20):1491-7. 
  7. 伊賀地域医療事案対策本部特別調査班. ;伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案についての調査報告書. ;平成20年7月4日.
  8. 輸血情報(0203-69);「照射赤血球M・A・P「日赤」からの細菌検出例について」;日本赤十字社 血液事業本部 医薬情報課.
  9. 厚生労働省医薬局安全対策課長;「セラチアによる院内感染防止対策の徹底について」(医薬安発第0719001号).平成14年7月19日.
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  11. Roger D. Reid ; Studies on bacterial pigmentation. 1. Historical considerations. ; Journal of Bacteriology 1936;31:p.205-210.
  12. Paul S. Sehdev and Michael S. Donnenberg ; Answer to arcanum(see page 770) ; Clinical Infectious Diseases 1999;29:p.925.
  13. 西口裕、庄司正、寺井謙二、永田克行、大熊和行 ら;<国内情報>点滴を原因とするセラチア菌院内感染事例;病原微生物検出情報月報;Vol.30 No.2(No.348),国立感染症研究所 2009年2月発行, p.25-26(53-54).

2002年1月30日掲載
2008年9月5日改訂増補
2008年9月30日改訂増補
2009年3月13日増補

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横浜市衛生研究所 感染症・疫学情報課 - 2008年4月1日作成
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