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リシン毒素について

流行は?

 リシン(ricin)とは、ヒマ( Ricinus communis )の実から得られる毒素です。ヒマ( Ricinus communis )の実は、世界中のどこでも入手でき、ヒマ( Ricinus communis )の実からのリシン( ricin )の抽出も難しいことではありません。従って、テロリストがリシン( ricin )を生物兵器として生産することは難しいことではないと考えられています。リシンは、液体・結晶・粉末といった種種の形状のものがあります。

 世界中で年間で100万トンのヒマ( Ricinus communis )の実がヒマシ油の生産のために処理されています。この処理で生じるクズの重量で5%がリシン( ricin )です。

 1978年、イギリスのロンドンにおいて、ブルガリアからの亡命者 Georgi Markov の暗殺にリシン毒素が使用されました。Georgi Markov は、バスを待っていて、傘を装った特製の武器によって襲われました。特製の武器によってリシン毒素を含んだ小弾丸が Georgi Markov の体内に打ち込まれたのです。傘の持ち手の部分に引き金があり、先端部から小弾丸が飛び出るようになっていました。暗殺の実行はブルガリア政府の共産党員が行い、武器の技術面には旧ソビエト連邦の関与が考えられました。Georgi Markov は、撃たれて3日目に亡くなりました。死後に解剖が行われ、撃たれた脚から小弾丸が見つかりました。小弾丸の直径は1.7mmと小さく、直径0.4mmの穴が小弾丸にくりぬいてありました。小弾丸の穴の中には毒物がはいっていたものと推測されましたが、解剖時には小弾丸の穴の中は空で、何の毒物が使われたかはわかりませんでした。Georgi Markov の暗殺のニュースを聞いてビックリ仰天した男がフランスのパリに居ました。やはり、ブルガリアからの亡命者であり、ブルガリア政府に反対する放送をしているラジオ・フリー・ヨーロッパで働いている Vladimir Kostov でした。Vladimir Kostov は、2週間前のことを思い出していました。2週間前のこと、パリの地下鉄の駅で Vladimir Kostov は、急に背中に鋭い痛みを感じました。Vladimir Kostov が振り返ると、傘を持った男が走り去るのが見えました。Georgi Markov の暗殺のニュースを聞いて、あわてた Vladimir Kostov は、すぐに外科に駆け込みました。外科医は慎重に調べた結果、Vladimir Kostov の背中の皮下組織の中に、小弾丸を認め摘出に成功しました。撃たれたとき Vladimir Kostov が厚着をしていたため厚い衣服を貫通する間に小弾丸の勢いは弱まり、小弾丸が皮下の浅い層に留まったことも小弾丸の摘出を容易にしたのでした。Vladimir Kostov から摘出された小弾丸の穴はワックスで被われていました。体温でワックスが溶けて穴の中の毒物が出てくる仕組みになっていました。小弾丸の穴の中の毒物は、リシン毒素でした。不良品の小弾丸で、ワックスが溶けなかったため、Vladimir Kostov は、死なずに済んだのです。1970年台から1980年台の初めにかけて、少なくても6件の暗殺について、リシン毒素が同様な使われ方をしました。

 1995年には、アメリカ合衆国のカンサスシティーで、腫瘍学者の Deborah Green が、夫の食事にリシン(ricin )を混入させ、夫を殺害しようとしました。

 1997年には、アメリカ合衆国のウィスコンシンの住民の Thomas Leahy が、リシン( ricin )を生物兵器として使用する目的で保持していたとして逮捕・告発されました。

どんな病気?

 生物兵器として噴霧されたリシン毒素を吸入してから4-8時間後に、発熱・咳・息苦しさ吐き気・関節痛などが急に出現します。吸入してから18-24時間後に気道の壊死及び肺浮腫を起こすことがあります。吸入してから36-72時間後に重症の呼吸困難から低酸素血症となり死亡することがあります。リシン毒素の吸入以外にも、例えば、生物兵器としてのブドウ球菌腸毒素B ( SEB ) や化学兵器としてのホスゲン ( phosgene ) などの吸入が肺浮腫を起こしますが、曝露から肺浮腫の発生までの時間がブドウ球菌腸毒素B( SEB ) では約12時間、ホスゲン ( phosgene ) では約6時間と、リシン毒素よりも短いです。治療としては、人工呼吸器による呼吸の補助や肺浮腫の治療が行われます。

 リシン毒素が飲食物に混入されるなどして口から入ったときには激しい胃腸症状を起こし、ショックから死亡することがあります。胃腸管の壊死・出血、肝臓・脾臓・腎臓の壊死を起こすことがあります。

 実験動物で、リシン毒素を静脈注射した場合には、播種性血管内凝固(DIC)、微小循環不全、多発性臓器不全などを起こし死に至ることがあります。実験動物で、リシン毒素を筋肉注射した場合には、注射した部位の筋肉やその所属リンパ節のひどい壊死などを起こし、また胃腸管出血や内臓の障害を起こし死に至ることがあります。先に述べた Georgi Markov の暗殺などの暗殺で使用される場合には、致死量以上のリシン毒素が皮下注射あるいは筋肉注射された状態と考えることができます。Markov 氏の場合、襲撃の15-24時間後に高熱・吐き気・嘔吐が出現しました。襲撃の36時間後に気分が大変悪くなり病院に入院しました。撃たれた腿は直径6cmで炎症を起こしていました。また、撃たれた側のそけい部のリンパ節は腫れて痛がっていました。襲撃からちょうど2日経過した時点で、低血圧と頻脈が見られ、ショック状態になりました。3日目に入ると、無尿となり、血液を吐き始めました。心電図では完全 AV ブロックが見られました。この後すぐに Markov 氏は亡くなりました。Markov 氏の場合、軽い肺浮腫が認められましたが、この肺浮腫は心不全による二次性のものと考えられました。

病原体は?

 リシン毒素は、感染を起こす病原体ではありません。中毒を起こす毒素です。一種のたんぱく質であり、細胞に対して毒性を発揮します。細胞におけるたんぱく質の合成を阻害し、細胞を死に至らしめます。

 古代エジプトの時代から、ヒマ( Ricinus communis )は栽培されてきました。ヒマシ油の潤滑油としての作用と緩下剤としての作用が当時から知られていました。第一次世界大戦と第二次世界大戦では、飛行機で潤滑油として使われました。ところが、1960年代には、飛行機での潤滑油として使用は、ヒマシ油から合成油に変わり、アメリカ合衆国でのヒマシ油の生産は減少しました。しかし、現在でも多くの国でヒマシ油の生産は続いています。日本でも、ひまし油は石鹸や印刷インク・塗料などの原材料として使われているようです。

 1800年代遅くに、Stillmark が、ヒマ( Ricin us communis )の実が含む毒性のあるたんばく質を発見し、ricin と名付けました。

 1890年代には、Paul Ehrlich がリシン( ricin )とabrin( Abr us precatorius の実から得られる毒素)とを使って免疫学の基盤となる研究をしています。これらの植物の少量の種を食べさせることでネズミやウサギに毒素に対する免疫を Paul Ehrlich はつけました。毒素抗原を中和する特殊な血清たんぱく質が誘導されることを Paul Ehrlich は示しました。Paul Ehrlich は、また、妊娠中であれば、母親から赤ん坊へ血液を介して、出産後は母乳を介して、特殊な抗毒素活性が伝達されることを示しました。

 1951年には、リシン( ricin )がガンの成長を阻害することが示されました。リシン( ricin )の抗がん剤としての使用の研究が進められています。

 リシン( ricin )は、化合物Wの暗号で呼ばれ、第一次世界大戦の終わりころから、アメリカ合衆国での武器としての研究が始まりました。研究は英国と共同で進められ、第二次世界大戦中にW爆弾が開発されました。試行はなされたものの、戦闘では使われませんでした。

予防のためには・・・

 ヒト用のワクチン(予防接種)や抗毒素はありません。

 リシン毒素で汚染されたモノは、水と石鹸とでよく洗い流すのが良いです。0.1%の次亜塩素酸ナトリウム溶液でリシン毒素は不活化します。

 リシン毒素は、充分な加熱によって不活化することができます。pH 7.8 では、80度で10分、50度では1時間の加熱で不活化することができます。

参考文献

  1. USAMRIID`s medical management of biological casualties handbook (fourth edition , February 2001) : U.S.Army Medical Research Institute of Infectious Diseases ; Fort Detrick Frederick , Maryland , U.S.A.
  2. Medical aspects of chemical and biological warfare ; Borden Institute, Walter Reed Army Medical Center, Washington, D.C., U.S.A. ; May 1997.

2001年12月10日掲載

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横浜市衛生研究所 感染症・疫学情報課 - 2008年4月1日作成
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