横浜市トップページ > 健康福祉局 > 横浜市衛生研究所 > 横浜市感染症情報センター > 疾患別情報 > 髄膜炎菌性髄膜炎について
脳や脊髄は、柔らかい神経組織です。外力からこの神経組織を守るため、硬い頭蓋骨や背骨が脳や脊髄の外側を覆っています。しかし、頭蓋骨や背骨が脳や脊髄を直接覆っているわけではありません。脳や脊髄の外側は、髄膜と呼ばれる組織で包まれています。髄膜のさらに外側には、頭蓋骨や背骨等との間に髄液腔と呼ばれる空間があり、髄液腔は髄液という液体で満たされています。通常、髄液は無色透明な液体で、髄液中には細菌やウイルスは存在しません。髄膜で細菌やウイルスなどが増殖して炎症を起こすのが、髄膜炎です。髄膜炎では、髄液中から細菌やウイルスが検出されることがあります。髄膜炎には、ウイルスが増殖するウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)と細菌が増殖する細菌性髄膜炎(化膿性髄膜炎)とがあります。細菌性髄膜炎と比較して、ウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)は比較的軽症で、後遺症もなく回復する場合が多いです。ウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)と比較して、細菌性髄膜炎は比較的重症で、脳にも障害を起こし、聴力の損失や学習の障害を起こすことがあり、致死率も高いです。なお、細菌の一種である結核菌による結核性髄膜炎は細菌性髄膜炎とは別に扱われることが多いです。ウイルス・細菌以外に少ないですが真菌による髄膜炎(真菌性髄膜炎)もあり、免疫不全の人にとって脅威です(Candida albicans によるカンジダ症、Histoplasma capsulatum によるヒストプラズマ症、Cryptococcus neoformans によるクリプトコッカス症、Coccidioides immitis によるコクシジオイデス症など)。また、ウイルス性髄膜炎(無菌性髄膜炎)については、当・横浜市衛生研究所ウェブページ「エンテロウイルスについて」をご参照ください(下線部をクリックして下さい)。
アメリカ合衆国においては、1990年台より前においては、ヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)が細菌性髄膜炎の主要な原因菌でした。ところが、1990年台からヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)のワクチンが普及し、ヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)による細菌性髄膜炎は激減しました。アメリカ合衆国において、乳児へのワクチン接種(1990年にアメリカ合衆国の定期予防接種に導入)により激減したヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)の替わりに細菌性髄膜炎の主要な原因菌となったのが、肺炎球菌と髄膜炎菌でした。1995年のアメリカ合衆国では、細菌性髄膜炎の主要な原因菌としては、髄膜炎菌は肺炎球菌に次いで2位でした。但し、2歳から18歳までのこどもたちでは、1位の原因菌でした。さらに、アメリカ合衆国において、乳児へのワクチン接種(2000年にアメリカ合衆国の定期予防接種に導入)により肺炎球菌による細菌性髄膜炎も減少し、細菌性髄膜炎の主要な原因菌としては、髄膜炎菌は1位の原因菌となりました。細菌性髄膜炎の原因菌としては、他にリステリア( Listeria monocytogenes:LM )やB群レンサ球菌、大腸菌などがあります。
髄膜炎菌による髄膜炎を髄膜炎菌性髄膜炎と言います。髄膜炎菌性髄膜炎は、流行することがありえる細菌性髄膜炎です。髄膜炎菌性髄膜炎の流行が最初に記述されたのは、1805年のスイスのジュネーブにおける流行です。スイスの内科医Gaspard Vieusseaux(1746年ジュネーブで生まれ-1814年10月20日ジュネーブで死亡)は、国の中や国際的に8-15年の周期で流行する流行性髄膜炎として記述しました。なお、Gaspard Vieusseauxは、神経学上の重要な症候群であるWallenberg症候群を1808年に最初に記述したとされ、Wallenberg症候群はVieusseaux-Wallenberg症候群と呼ばれることもあります(Wallenberg症候群についてドイツの医師Adolf Wallenbergによる症状の記述は1895年、解剖所見の記述は1901年のことです)。髄膜炎患者の髄液から病原体の髄膜炎菌がオーストリア人の病理学者・細菌学者のAnton Weichselbaumによって発見されたのは1887年のことです。無症状の保菌状態については、1896年にヨーロッパで初めて記述されました。
日本において、髄膜炎菌性髄膜炎は、感染症法の下では、5類全数把握疾患です。診断した医師は、7日以内に保健所(横浜市では各区の福祉保健センター)に届け出る必要があります。届出基準はこちら(PDF版)です。髄膜炎菌感染症の集団発生を予防するためにも、医師による保健所への髄膜炎菌性髄膜炎患者発生の届け出はできるだけ早くするべきでしょう。近年の日本での届出患者数の推移は、上のグラフのとおりです。また、日本の感染症発生動向調査における髄膜炎菌性髄膜炎患者の年齢階層別発生届出数(2000年-2008年)は、下のグラフのとおりです。近年の日本では、0歳および15-19歳で発生が多いです。なお、髄膜炎菌性髄膜炎( meningococcal meningitis )は、以前は流行性髄膜炎あるいは流行性脳脊髄膜炎( epidemic cerebrospinal meningitis )とも呼ばれ、以前の旧・伝染病予防法の下では、法定伝染病の一つでした。法定伝染病に指定されたのは、大正7(1918)年です。大正7(1918)年以来の日本における流行性髄膜炎の年間患者報告数の統計では、最大値は第2次世界大戦の終戦の昭和20(1945)年で4384人の患者発生でした。この昭和20(1945)年の日本における流行性髄膜炎による患者死亡は1072人でした。英国においても、1912年-2004年において、髄膜炎菌感染症患者の発生報告が一番多かったのは、第2次世界大戦中の時期でした。
世界においては、2004年におけるヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)・肺炎球菌・髄膜炎菌等による髄膜炎の年間の死亡者数は、34.0万人と推計されています(参考文献16)。これは、肺炎・下気道炎417.7万人、感染性胃腸炎216.3万人、HIV感染症204.0万人、結核146.4万人、マラリア88.9万人、麻疹42.4万人、百日咳25.4万人、破傷風16.3万人、B型肝炎10.5万人、梅毒9.9万人などと並んで多い感染症の死因です。髄膜炎の年間の推定死亡者数34.0万人の内、アフリカの推定死亡者数は15.6万人と全世界の45.9%を占めて多いです。
特に、サハラ以南のアフリカ大陸には、髄膜炎菌性髄膜炎が多く見られる地域が、西はセネガルから東はエチオピアまで、帯(ベルト)状に分布し、髄膜炎ベルト地帯( the meningitis belt of Africa)と呼ばれます。髄膜炎ベルト地帯の国々をアフリカ地図に示すと下のアフリカ地図の通りです。ブルキナファソ、ガーナ、トーゴ、ベニン、ニジェール、ナイジェリア、チャド、カメルーン、中央アフリカ共和国、スーダン、エチオピア、マリ、ギニア、セネガル、ガンビアなどの国々です。この地域には、約3億人の人々が住んでいます。この地域では、毎年、12月から6月までの乾季の間、ホコリっぽい風が吹きます。また、夜の寒さのため上気道炎となるものが多いです。ホコリっぽい風と上気道炎が、咽頭の髄膜炎菌に対する抵抗力を弱め、髄膜炎菌感染症を起こしやすくすると考えられます。また、住居に過密に人が住んでいることや、巡礼や市場での売買のため人の大きな移動が起こることも、髄膜炎菌の感染の機会を増やすと考えられます。この地域では、主に血清群のA群、C群、W135群の髄膜炎菌感染症が流行を見せています。乾季に罹患率は上昇し、雨季が始まると急減します。流行期には、住民の罹患率は、1,000/100,000に近づくことがあります。普段は、小さな子供たちでの発生が多いのですが、流行期には、大きな子供たち、十代、若い大人たちでの発生も多くなります。1996年には、アフリカでは、これまでで最大の髄膜炎菌性髄膜炎の流行が起こり25万人以上の患者が発生し、2万5千人が死亡しています。それ以後2002年までで、アフリカからWHOには、22万3千人の患者発生の報告がありました。ブルキナファソ、チャド、エチオピア、ニジェールからの報告が多いです。2002年には、ブルキナファソ、エチオピア、ニジェールでの流行による報告患者数が、アフリカ大陸全体の報告患者数の約65%を占めています。近年、髄膜炎ベルト地帯は、南方に拡大してきているようにも見えます。2002年には、東アフリカのグレート・レークス(Great Lakes : 東アフリカのビクトリア湖・タンガニーカ湖等)地方の村々や避難民のキャンプで流行が起き、2200人以上の患者が発生し、200人が死亡しました。
2009年の流行シーズンには、髄膜炎菌性髄膜炎について、5352人の死亡例を含む88199人の疑い例がアフリカの14カ国から報告されましたが、これは1996年の流行以来の大きな流行でした。
温帯では、冬と春とに髄膜炎菌性髄膜炎の発生が多いです。欧米では、血清群のB群、C群の髄膜炎菌感染症が主です。1992-1993年には米国とカナダとで、血清群のC群の髄膜炎菌性髄膜炎が地域的に流行を見せています。1995-1997年にはスペインで、血清群のC群の髄膜炎菌性髄膜炎が地域的に流行を見せています。また、1991年から、ニュージーランドで髄膜炎菌の血清群のB群の髄膜炎菌性髄膜炎の発生が増加しました。ニュージーランドでは、2004年から髄膜炎菌の血清群のB群の流行株に対するワクチン(MeNZB)の接種を開始しました。アジアでは、血清群のA群の髄膜炎菌感染症が主です。1994-1995年にはモンゴルで、髄膜炎菌性髄膜炎が流行を見せています。
近年、血清群のW135群の髄膜炎菌感染症が流行を見せることが多くなっています。2000年と2001年とには、サウジアラビアのメッカへの巡礼者数百人が血清群のW135群の髄膜炎菌に感染・発病しました。2002年には、アフリカの髄膜炎ベルト地帯のブルキナファソで13000人が血清群のW135群の髄膜炎菌に感染・発病し1500人が死亡しました。中国においては、2006年より前には髄膜炎菌感染症はA群、B群、C群のいずれかでしたが、2006-2008年には3人のW135群の髄膜炎菌感染症が報告されました(参考文献21)。
1972-2007年のアメリカ合衆国においては、毎年、1000-3000人の髄膜炎菌感染症の患者発生が報告されています(人口10万人あたり0.4-1.3人の患者発生)。2004年のアメリカ合衆国においては、髄膜炎菌感染症で年間、約125人が死亡しています。1998年のアメリカ合衆国において、髄膜炎菌感染症患者の年齢別発生率は、生後12ヶ月未満の乳児で最高です。年齢別発生率は、幼児期には下がりますが、思春期のこどもや若い成人で高くなり、高齢では下がります。
アメリカ合衆国においては、寄宿舎に住む大学新入生は髄膜炎菌感染症になりやすいとされています。1998-1999年のアメリカ合衆国において、18-23歳の年齢での髄膜炎菌感染症の発生は10万人中1.4人で、大学生であるかないかによって差は見られません。ただし、大学新入生は10万人中1.8人、寄宿舎に住む大学新入生は10万人中5.1人と発生率は高くなります。アメリカ合衆国においては、髄膜炎菌ワクチンを受けていない寄宿舎に住む大学新入生は髄膜炎菌ワクチン接種が推奨されています。
2歳を過ぎた髄膜炎患者では、高熱、頭痛、首が硬くなること(項部硬直)が、一般的な症状です。嘔気、嘔吐、傾眠、錯乱や光に対する不快などの症状も見られます。しかし、新生児や小さな乳児では、高熱、頭痛、首が硬くなるといった症状は、見られなかったり、弱かったりします。不活発であったり、刺激に過敏であったり、嘔吐がみられ栄養不良となったりします。なお、髄膜炎が進行すると、年齢に関わらず、痙攣が見られます。細菌性髄膜炎は比較的重症で、脳にも障害を起こし、聴力の損失や学習の障害を起こすことがあり、死に結びつくことも少なくありません。
髄膜炎菌性髄膜炎の潜伏期は2-10日、平均で4日程度です。髄膜炎菌性髄膜炎の患者の致死率は10-15%です。治療がなければ致死率は50%とされます。早期に診断され適切な治療がなされても致死率は5-10%とされています。高齢者の患者の致死率は、より高いです。髄膜炎菌性髄膜炎の病気の進行は速く、発病から24-48時間での死亡が見られます。回復した患者についても、10-20%で、聴力障害、学習障害などの後遺症が見られることがあります。髄膜炎菌性髄膜炎以外の髄膜炎菌感染症として、より頻度は少ないがより激烈な髄膜炎菌性敗血症があります。出血性の発疹と急速な循環器系の虚脱を起こししばしば死に至ります。髄膜炎菌性敗血症の致死率は40%に達することもあります。
髄膜炎菌は、人にしか感染しません。人の鼻やのどの粘膜が、髄膜炎菌の定着する場所です。眼の結膜や生殖器の粘膜に定着することもあります。髄膜炎菌が鼻やのどの粘膜に定着している人から他の人への髄膜炎菌の伝達は、鼻やのどの粘膜からの分泌物との直接の接触、あるいは咳をした場所から1メートル以内の距離で呼吸器からの飛沫を吸い込むようなことで起こりえます。具体的には、キスや真近での咳、飲食の器具の共用などで起こりえます。普段、人々の約10%程度が自分の鼻やのどの粘膜に髄膜炎菌を定着させています(多くは、病原性のない、分類不能の髄膜炎菌)。その定着の割合は、髄膜炎菌性髄膜炎の流行時には上昇します。また、髄膜炎菌が鼻やのどの粘膜に定着している率は、年齢によって違います。ノルウェーやイギリスにおける調査では、4歳未満では、3%未満ですが、年齢とともに上昇し、15-24歳で24-37%と最高値となり、その後は減少し、高齢では、10%未満となります。また、髄膜炎菌が鼻やのどの粘膜に定着している率は、貧しい人々で高いです。経済的に豊かな人々に比較して、貧しい人々は、狭い住居の中で、人と人とがより接近して暮らしているためかと思われます。また、髄膜炎菌が定着している率は、いろいろな地域から集まった人たちの間で高いです。たとえば、軍隊の新兵たち、巡礼者、寮(寄宿舎)制学校の学生・生徒たち、あるいは刑務所の囚人たちなどの間で高いです。
なお、日本での健康な人における髄膜炎菌の保菌状況については、欧米に比べ格段に低く、0.4%とする報告があります(参考文献9)。健康な人5886人の口蓋扁桃から髄膜炎菌の分離を試みたところ、25人から25株の髄膜炎菌が分離されました。血清群は、B群9株、Y群4株、群分類不能12株でした。
髄膜炎菌が定着した粘膜において、1%未満の人で髄膜炎菌が粘膜に侵入・突破して血流に入り込みます。このような状態になると、髄膜炎菌は血流に乗って多くの臓器に運ばれ、害をなします。このような状態になった患者の約50%で、髄膜炎菌が髄液腔に入り込み、髄膜炎菌性髄膜炎を引き起こします。
病原性が強い髄膜炎菌の悪性の株については、人から人への伝達がより起こりやすく、数ヶ月から数年にわたって何の病気も起こさずに鼻やのどの粘膜に定着していることもありますが、定着して1週間以内に侵襲性の髄膜炎菌感染症を起こすことが、しばしばあります。定着して1週間経過すると、髄膜炎菌に対する免疫抗体産生の仕組みが働き始める可能性があります。受動的なものも含めた喫煙、ストレスとなるできごと、先行したA型インフルエンザ等のウイルス感染症などは、髄膜炎菌の鼻やのどの粘膜への定着や侵襲性の髄膜炎菌感染症を起こしやすくすると考えられています。禁煙しましょう。ストレスをためないようにしましょう。
髄膜炎菌性髄膜炎や髄膜炎菌性敗血症といった髄膜炎菌感染症は、早急に治療を進めないと死に結びつく可能性もあり、救急医療の対象となります。入院治療が必要ですが、患者の隔離は必要としません。髄膜炎菌に対して有効なペニシリン、アンピシリン、クロラムフェニコール、ceftriaxone等といった抗生物質による治療が行われます。髄膜炎菌性髄膜炎については、腰椎穿刺によって採取した脊髄液の検査が行われます。
髄膜炎菌感染症が、発症・重症化しやすい人たちがいます。アメリカ合衆国においては、(機能的あるいは解剖学的に)脾臓を持っていない人(鎌状赤血球症や脾臓を摘出された人など。)、補体欠乏症(C3、C5-9)の人、免疫が抑制されている人、HIV感染者などについて、ワクチンの接種(予防接種)が勧められます。
髄膜炎感染症患者が発生した家庭において、この患者から感染しての家庭内の患者の発生については、3-4%の家庭において発生しています。発生した場合について、大部分が1人だけの発生です。家庭内の1000人について、2-4人の患者の発生です。この発生率は、一般の人々における発生率の500-800倍の発生率です。なお、英国では、髄膜炎感染症患者に接した医療従事者での髄膜炎感染症患者の発生については、一般の人々における発生率の25倍の発生率とされています。
髄膜炎菌性感染症の病原体は、1887年に発見された髄膜炎菌( Neisseria meningitidis あるいは meningococcus)という細菌です。 病原体名のNeisseria は、1855年生まれのドイツ人医師の A.L.S. Neisser に由来します。meningitidis は、髄膜炎(meningitis)に由来します。髄膜炎菌( Neisseria meningitidis )は、淋菌( Neisseria gonorrhoeae )とともにナイセリア属(genus Neisseria )に属します。髄膜炎菌は人にのみ感染し、人以外の動物には感染しません。
Albert Ludwig Sigesmund Neisser は、ドイツの皮膚科医・細菌学者で、1855年1月22日に生まれ、1916年7月に死亡しています。1879年に24歳で淋菌( Neisseria gonorrhoeae )を発見しました。このため、後に皮膚科学教授になったNeisserは学生たちから淋菌の父とも呼ばれ、淋病はNeisser病(Neisser-infection)とも呼ばれました。また、ハンセン病(Hansen's disease)についてレプラ菌を発見したのは、1873年にノルウェーの医師・細菌学者Gerhard Henrik Armauer Hansen (1841.7.29生まれ-1912.2.12死亡)によってですが、レプラ菌をハンセン病の病原菌として初めて認めたのは1880年にNeisserによってでした。Neisserは、梅毒の研究も行いましたが、梅毒患者からの検体の人への接種の実験を行ったこともあるとされています。1910年、健康な4人の人々に梅毒患者の血清を注射したとしてNeisserは罰金刑を受け、不遇な晩年を送りました。
髄膜炎菌( Neisseria meningitidis )には、12の血清群(A,B,C,X,Y,Z,29E,W-135,H,I,K,L)が知られています。このうち、A群、B群、C群、W135群、Y群、X群が、特に流行を起こす血清群として知られています。また、侵襲性の感染を起こすのは、主に、A群、B群、C群、W135群、Y群、X群です。
世界では、地域によって多く見られる血清群に差があります。たとえば、A群については、アフリカの髄膜炎ベルト地帯でよく見られますが、アメリカ合衆国や日本で分離されることは、まれです。A群は、第二次世界大戦以後、北米、日本や欧州から消えていきました。英国では、第一次世界大戦および第二次世界大戦の時期にA群の流行がありました。CDCによれば、アメリカ合衆国において、1996-2001年の髄膜炎菌感染症の髄膜炎菌は、C群が42%、B群が31%、Y群が21%でした。アメリカ合衆国において、Y群は、1988-1991年には2%にすぎなかったのが、増加が見られました。なお、2001年のアメリカ合衆国において、1歳未満の乳児の髄膜炎菌感染症の髄膜炎菌は、B群が65%でした。また、W135群とX群は、2002年以後、アフリカの髄膜炎ベルト地帯でよく見られるようになりました。X群は、ニジェール、ガーナ、ケニヤでの流行が報告されました(参考文献22)。特に2006年1-6月のニジェールでは、髄膜炎菌性髄膜炎の確定例(1139人)の51%を髄膜炎菌のX群が占めました(参考文献23; なお、A群45%、W135群2.1%、Y群0.1%、分類不能1.8%でした)。
日本の髄膜炎菌性髄膜炎の患者においては、B群とY群とが多いです。日本の感染症発生動向調査において1999年4月から2004年12月までに髄膜炎菌性髄膜炎として届け出られた82例について、髄膜炎菌の血清群を調べた研究があります(参考文献19)。血清群の情報を得られたのは42例で、B群22例、Y群15例、A群3例、C群1例、群分類不能1例でした。なお、A群3例の内2例については、患者本人あるいは近親者に中国への渡航歴があり、中国由来のA群の可能性があります。
髄膜炎菌には、内膜と外膜とがあり、両者は細胞壁で仕切られています。外膜はさらにポリサッカライド(多糖体)の莢膜で覆われています。莢膜のポリサッカライドと外膜のたんぱく質とが、主な細胞表面の抗原となります。ポリサッカライドの莢膜を持たず、血清群分類で分類不能とされ、無症状で鼻咽頭部に保持される、多くは非病原性の髄膜炎菌もあります。
髄膜炎菌の取り扱いには注意が必要です。髄膜炎菌の分離に関わる検査従事者での侵襲性の髄膜炎菌感染症による死亡例が少なくとも2人報告されています。アメリカ合衆国においては、日常的に髄膜炎菌の分離に関わる検査従事者に対して、ワクチンの接種(予防接種)が勧められています。
日本で認可されている髄膜炎菌ワクチンはありません。
髄膜炎菌のポリサッカライドワクチンがアメリカ合衆国で初めて認可されたのは1974年のことです。髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価のポリサッカライドワクチン(MPSV4 : Meningococcal Polysaccharide Vaccine)がアメリカ合衆国で認可されたのは1978年のことです。ポリサッカライドワクチンでは、髄膜炎菌の莢膜のポリサッカライドが精製されて用いられています。髄膜炎菌のB群に有効なポリサッカライドワクチンは開発されていません。ポリサッカライドワクチンは、2歳未満では免疫の獲得は乏しいです。5歳未満の乳幼児では1回の接種後3年内に髄膜炎菌のA、C群に対する抗体は減ってきます。乳幼児に比べると成人では抗体の減衰は遅いです。
髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチン(MCV4 : Meningococcal Conjugate Vaccine)がアメリカ合衆国で認可されたのは2005年1月のことです。髄膜炎菌のA、C、Y、W135群の莢膜のポリサッカライドがそれぞれジフテリア-トキソイド-蛋白に結合されて抗原性が強められています。ポリサッカライドワクチンに比べて、獲得される髄膜炎菌に対する抗体も高値で長続きします。肺炎球菌やヘモフィルス-インフルエンザb型菌(Hib)の結合型ワクチンと同様に、無症状で髄膜炎菌を保持している保菌状態も減らすものと期待されています。アメリカ合衆国では、髄膜炎菌ワクチンについて、ポリサッカライドワクチンよりも結合型ワクチンが推奨されます。アメリカ合衆国では、こどもの定期予防接種として、髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチン(MCV4 : Meningococcal Conjugate Vaccine)が推奨されています。11-12歳のときに1回目が、16歳のときに2回目が接種されます(参考文献26、27)。HIV感染者であれば、11-12歳のときの1回目が2か月間隔(8週間以上)での2回接種となり、16歳のときの接種(3回目)も行います。なお、アメリカ合衆国では、2005年の4価の結合型ワクチン(MCV4)導入前には、髄膜炎菌感染症の患者の62%が11歳以上で、その75%はC、Y、W135群でした。
髄膜炎菌のB群の莢膜のポリサッカライドは人において免疫を導きにくく、髄膜炎菌のB群に有効なポリサッカライドワクチンは開発されていません。また、莢膜のポリサッカライドと蛋白質とを結合しても免疫を導きにくく、髄膜炎菌のB群に有効な結合型ワクチンも開発されていません。ただし、髄膜炎菌のB群の特定の株が流行しているような場合には、髄膜炎菌のB群の特定の株の外膜の蛋白質(OMP : outer membrane proteins)を用いたワクチン(OMPワクチン)が後述のようにニュージーランド(MeNZB)などで使用されたりしています。アメリカ合衆国の乳幼児の髄膜炎菌感染症の大部分を起こしている髄膜炎菌のB群については、特定の株に限定されず株が多様であるために、特定の株の外膜の蛋白質を用いたOMPワクチンを使用しても、予防効果は特定の株だけの限定的なものとなり、大きな予防効果は期待できません。なお、髄膜炎菌のB群の莢膜のポリサッカライドが人において免疫を導きにくいのは、B群の莢膜のポリサッカライドが人の中枢神経系のポリサッカライドに抗原的に似ているためだとも考えられています。
髄膜炎菌性髄膜炎の流行地への旅行者は、髄膜炎菌に対する予防接種を受けるべきでしょう。サウジアラビアのメッカへの巡礼者も髄膜炎菌に対する予防接種を受けるべきでしょう。現地で流行している髄膜炎菌の血清群をカバーするような、例えば、髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価のワクチンなどを遅くとも現地到着の10-14日以上前までに受けるべきでしょう。ワクチンは接種後10-14日間は十分な予防効果を期待できません。
ポリサッカライドワクチンが開発、使用されるようになってから30年以上たちますが、近年になって血清群のC群に対する単価の結合型ワクチンが開発、使用され、英国で成果を上げました。また、髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチンがアメリカ合衆国の定期予防接種で使用されています。ポリサッカライドワクチンを2歳未満で接種しても髄膜炎菌に対する長期にわたる十分な免疫を生じることができません。ポリサッカライドワクチンの効果が低い2歳未満の乳幼児にも結合型ワクチンは効果が高いです。なお、ポリサッカライドワクチンによる免疫は大きなこどもや大人では3-5年間持続します。ポリサッカライドワクチンは、生後3ヶ月から接種による免疫が期待できますが、生じた免疫効果はすぐに減退し長続きしません。
髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価のポリサッカライドワクチンの英国における接種法は、生後3ヶ月以上2歳未満では3ヶ月間隔での二回接種、2歳以上では一回接種です。その後、髄膜炎菌感染症に感染する危険性が高い限り、五年間の間隔を置いて追加接種(1回)を繰り返していきます。ただし、接種間隔について、5歳未満で前回接種したこどもについては。前回の2-3年後の追加接種(1回)とします。
髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチンのアメリカ合衆国における接種法は、2-55歳で一回接種です。さらに、その後、髄膜炎菌感染症に感染する危険性が高い限り、2-6歳では3年後に追加接種をします。7歳以上では5年後に追加接種をします。髄膜炎菌のA、C、Y、W135群の莢膜のポリサッカライドがそれぞれジフテリア-トキソイド-蛋白に結合されている髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチン(MCV-D: 商品名Menactra)については、生後9か月から23か月までも接種できます。理想的には生後9か月と生後12か月というように、二回接種します。二回接種の間隔は8週間以上です。
髄膜炎菌感染症が、発症・重症化しやすい人たちがいます。アメリカ合衆国においては、(機能的あるいは解剖学的に)脾臓を持っていない人(鎌状赤血球症や脾臓を摘出された人など。)、補体欠乏症(C3、C5-9)の人、免疫が抑制されている人、HIV感染者などについて、ワクチンの接種(予防接種)が勧められます。アメリカ合衆国においては、(機能的あるいは解剖学的に)脾臓を持っていない人(鎌状赤血球症や脾臓を摘出された人など。)や補体欠乏症(C5-9等)の人については、2-55歳であれば、4価の結合型ワクチン(MCV4 : Meningococcal Conjugate Vaccine)を、まず、2か月間隔で2回接種して、その後は5年ごとに追加接種することをACIP(予防接種勧告委員会)が推奨しています。髄膜炎菌のA、C、Y、W135群の莢膜のポリサッカライドがそれぞれジフテリア-トキソイド-蛋白に結合されている髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチン(MCV-D: 商品名Menactra)については、生後9か月から23か月までも接種できます。補体欠乏症(C5-9等)の人について、理想的には生後9か月と生後12か月というように、二回接種します。二回接種の間隔は8週間以上です。
髄膜炎菌感染症の患者が発生すると、患者との濃厚な接触者に対しては、予防接種と抗生物質の予防投薬(化学予防)とが行われることがあります。ワクチンは接種後10-14日間は十分な予防効果を期待できないため、その間に、リファンピシン、ミノサイクリン、スピラマイシン、シプロフロキサシン、ceftriaxone等の抗生物質の使用により発病を予防することがあります。
患者と濃厚に接触していた者に対して、発病予防のためにリファンピシン、シプロフロキサシン、ceftriaxone等の予防投与を実施することがあります(参考文献14)。予防投与の対象として考慮される濃厚接触者は、患者の家族、(患者が保育園児ならば)保育園の職員、および、キス・口から口への人工呼吸・気管内挿管・気管内チューブの管理等で患者の口・のどからの分泌物・飛沫に患者から1メートルの範囲内で直接暴露した人などです。リファンピシンについては、成人は一回に600mgを、月齢1ヶ月以上のこどもは一回に10mg/(体重)kgを、月齢1ヶ月未満の乳児は一回に5mg/(体重)kgを、1日2回2日間投与します。ただし、リファンピシンは実験動物の胎児に先天的形態異常を起こすことから、妊婦には推奨されません。シプロフロキサシンについては、成人は、500mgを1回だけ投与します。ただし、シプロフロキサシンについては、幼若な実験動物で軟骨に有害なことから、妊婦・授乳中の母親・18歳未満のこどもには推奨されません。ceftriaxoneについては、15歳未満のこどもは125mgを、成人は250mgを、1回だけ筋肉注射します。予防投与については、できるだけ早く実施することが望ましいです。接触から14日をすぎてからの予防投与ですとあまり予防効果は期待できません。侵襲性の重症の髄膜炎菌感染症については、髄膜炎菌の新しい株との接触から2週間(14日)以内に発病することが多いとされています。
髄膜炎菌感染症患者との3フィート(約91cm)以内の職業上の接触により、二人の髄膜炎菌感染症が発生した事例を米国カリフォルニア州公衆衛生局が報告しています(参考文献24)。
安否確認を家族に依頼されて、警官4人が36歳男性の家に入ったところ、意識不明の男性がベッド上で仰向けになっているのを発見しました。吐物で気道は塞がりかかっていました。吐物や糞尿で男性の身体や衣服は汚染していました。頭の側にいた一人の警官(警官A)がこの男性の体を横向けにして気道を確保しました。警官Aはすぐにその部屋から出ましたが、再び入室し患者の呼吸などを遠くから見守りました。警官Aは手袋を装着していたもののマスクを装着していませんでした。救急隊が呼ばれ、消防士・救急士と入れ替わりに警官Aは退室しました。消防士が血圧と脈拍数を測定しました。救急士が気管内を吸引しエアウェイを挿入し気道を確保しました。消防士・救急士はN95マスクを装着していました。酸素投与して救急車でB病院に到着したのは、2009年12月3日午後7時のことです。B病院の救急部では、気管内を吸引し、気管内チューブを挿入し気道を確保しました。血液が培養検査のため採取され、抗生物質のceftriaxoneが投与されました。患者は集中治療室(ICU)に移されました。集中治療室(ICU)では、脳脊髄液も採取し、髄膜炎菌感染症・新型インフルエンザ・いろいろな市中肺炎等を疑って検査・治療を進めました。髄膜炎菌感染症と確定したのは12月6日のことでした。B病院の救急部で、患者への気管内押管を手伝い、気管内吸引時にもその場に居合わせたのが医療従事者Cです。医療従事者Cは手袋を装着していたもののマスクをしていませんでした。この事例では、警官Aと医療従事者Cとが髄膜炎菌感染症を発病しました。
警官Aについては、30歳男性で、患者との接触から2日後の12月5日に咽頭痛と吐き気で発病しました。発熱・筋肉痛・嘔吐が見られるようになり、患者との接触から6日後の12月9日にかかりつけ医を受診したところ、受診中に同僚から12月3日に接触した患者が髄膜炎菌感染症であったという情報を得たため、かかりつけ医は髄膜炎菌感染症を疑って即刻の救急センター受診を警官Aに指示しました。警官Aは病院Dに入院し髄膜炎菌感染症の診断・治療を受けました。
医療従事者Cについては、47歳男性で、患者との接触から5日後の12月8日に悪寒・疲労感・脱力感で発病しました。12月3日に接触した患者が髄膜炎菌感染症であったという情報は医療従事者Cには渡っておらず、医療従事者Cは患者との接触から7日後の12月10日に自宅から病院Eに救急車で運ばれることになりました。病院Eで髄膜炎菌感染症と確定したのは12月12日のことでした。
初発患者(36歳男性)・警官A・医療従事者Cの3人から分離された髄膜炎菌については、いずれもC群で、PFGE(pulse-field gel electrophoresis : パルスフィールド電気泳動)法で同一の株と考えられました。初発患者の咳込み・気道吸引などで生じた、髄膜炎菌を含んだ飛沫を警官A・医療従事者が吸い込んで感染したと考えられます。この事例では、初発患者との3フィート(約91cm)以内の職業上の接触があった者の多くが発病を予防するための予防投薬の対象とされましたが、予防投薬を開始した時期は、患者との接触の4日後からの者から、患者との接触の8日後からの者まで、差が見られました。救急隊の救急士は民間会社に属し患者との接触の4日後から予防投薬を開始しました。救急隊の消防士は市に属し患者との接触の5日後あるいは6日後から予防投薬を開始しました。B病院の医療従事者は患者との接触の8日後から予防投薬を開始しました。B病院については同病院の医療従事者Cが入院した翌日から予防投薬を開始したことになります。B病院の医療従事者Cについては患者との接触から5日後に発病しているので、B病院が患者との接触の4日後から予防投薬を開始していれば、医療従事者Cの発病を防げた可能性もあります。発病を予防するための予防投薬については、できるだけ早く開始することが望まれます。
学校における髄膜炎菌感染症の集団発生を米国オクラホマ州保健部が報告しています(参考文献28)。
2010年3月10日(水)、7歳の小学2年生(生徒A)が髄膜炎菌性髄膜炎疑いで入院しているとの報告を米国オクラホマ州保健部が受けました。患者(生徒A)は、3月8日(月)に発病していて、この集団発生の初発患者でした。脳脊髄液の細菌培養検査で、髄膜炎菌性髄膜炎と確定後、患者(生徒A)の接触者調査が行われ、患者家族4人に予防投薬が行われ、濃厚接触者1人にも予防投薬が推奨されました。
2010年3月11日(木)朝、午前6時20分から8時20分までの二時間の間に、3人(生徒B[小学2年生]・生徒C[幼稚園児]・生徒D[小学2年生])の髄膜炎菌感染症疑い患者発生の報告をオクラホマ州保健部が受けました。3人(生徒B・生徒C・生徒D)とも3月10日(水)の発病でしたが、内1人(生徒B)については、患者死亡の報告でした。4人(生徒A・生徒B・生徒C・生徒D)とも、幼稚園・小学校・中学校・高校が一体になった総生徒数約1850人の学校に通学(通園)していました。48時間以内に同じ学校に通う4人の患者が発生したことで、オクラホマ州保健部・ロジャー郡保健部が、学校の特定の学年のこどもたち、および、患者の接触者の短期の予防を行うため、予防投薬をすることとしました。ロジャー郡保健部が学校内に予防投薬のための臨時診療所を開設し、オクラホマ州保健部疫学チームが薬剤を運び込むことで、2010年3月11日(木)正午、予防投薬を開始しました。予防投薬は、まず、小学校低学年以下の443人の生徒と50人の教職員、患者との濃厚接触者を対象としました。こどもに対する予防投薬については、米国小児科学会の指針では、二日間で計4回のリファンピシン内服、あるいは、ceftriaxoneを一回筋肉注射となっています。
2010年3月11日(木)午後4時、患者の生徒Dの死亡の報告、および、新たに、生徒Eと生徒Fとが発熱・発疹で入院し髄膜炎菌感染症の疑いがあるとの報告を、オクラホマ州保健部が受けました。そこで、オクラホマ州保健部は、予防投薬の対象をさらに拡大しました。患者がいる教室に出入りした高学年の生徒や、患者と同じバスに乗っていた生徒など、約400人を追加しました。3月11-12日に二つの予防投薬のための臨時診療所で、計846回の予防投薬が行われました。なお、生徒Eと生徒Fとについては、翌週になって髄膜炎菌感染症でないことが判明しました。
2010年3月12日(金)には、学校のすべての学級を閉鎖し、課外活動も中止として、学校は一日早く春休み[本来は3月13日(土)-21日(日)]に入りました。オクラホマ州保健部は、学校のすべての生徒と教職員に髄膜炎菌ワクチンの予防接種を勧奨しました。3月10日(水)に発病した学校の高校3年生(生徒G)が髄膜炎菌性感染症疑い(suspected case)として報告されました。生徒Gは血液の細菌培養検査により3月15日(月)に髄膜炎菌性感染症と確定しました。3月16日(火)に予防投薬のための臨時診療所を開設し予防投薬を実施しました。この髄膜炎菌感染症の集団発生では、累計1063回の予防投薬が行われました。
2010年3月19日(金)には、学校の体育館に髄膜炎菌ワクチン予防接種のための臨時診療所を開設しました。2010年3月22日(月)-26日(金)には、地域の内科診療所でも、髄膜炎菌ワクチン予防接種を受けれるようにしました。計1459回の髄膜炎菌ワクチン予防接種が行われました。内1426回は、髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価の結合型ワクチン(MCV4)でした。55歳を超える年齢の人々33人には、髄膜炎菌のA、C、Y、W135群に対する4価のポリサッカライドワクチン(MPSV4)が接種されました。2010年3月11日(木)-31日(水)には、オクラホマ州保健部が周囲の6郡で髄膜炎菌感染症の積極的サーベランスを実施しましたが、他には関連する髄膜炎菌感染症の発生は認められませんでした。
この髄膜炎菌感染症の集団発生では、通常無菌状態の部位から髄膜炎菌が分離された確定例(confirmed case)が4人(生徒A・生徒C・生徒D・生徒G)、通常無菌状態の部位から髄膜炎菌が分離されなかったもののPCR法により髄膜炎菌のDNA(遺伝子)が検出された高可能性例(probable case)が1人(生徒B)でした。4人(生徒A・生徒C・生徒D・生徒G)から分離された髄膜炎菌については、いずれもC群で、PFGE型も一致しました。2人(生徒B・生徒D)が死亡しました。
確定例と高可能性例をあわせた5人の患者(生徒A・生徒B・生徒C・生徒D・生徒G)は学校の三つの学年に属していました。内、初発患者(生徒A)を含む3人(生徒A・生徒B・生徒D)は小学2年の同じ学級に属していました。患者の内、幼稚園児の生徒Cについては、初発患者(生徒A)の弟と同じ学級に属していました。患者の内、高校3年生の生徒Gについては、初発患者(生徒A)の兄と同じ合唱隊に属して近い位置で歌っていました。5人の患者(生徒A・生徒B・生徒C・生徒D・生徒G)とも、髄膜炎菌ワクチン予防接種を受けたことがありませんでした。
日本においても、髄膜炎菌感染症の集団発生が起きています。
2011(平成23)年5月、宮崎県内の高校普通科1年の高校生が髄膜炎菌感染症で死亡したことが報道されました。死亡した高校生は、野球部員で、高校の野球部41人・柔道部3人が生活する男子寮で生活していました。この男子寮を中心に髄膜炎菌感染症の集団発生が起こりました(参考文献25)。
髄膜炎菌性感染症発症者4人(内、寮生3人)、髄膜炎菌性感染症疑い者1人(内、寮生1人)、髄膜炎菌健康保菌者4人(内、寮生3人)、の集団発生となりました。死亡したのは上記の高校生1人でした。髄膜炎菌性感染症発症者4人の内、寮生以外の1人については、男子寮の厨房の調理担当者でした。髄膜炎菌健康保菌者4人の内、寮生以外の1人については、高校普通科1年の野球部員でした。髄膜炎菌性感染症発症者4人および髄膜炎菌性感染症疑い者1人の発症日は、4月29日、5月10日、5月12日、5月12日、5月17日でした。
一番早い4月29日に発症したのは男子寮の厨房の調理担当者でした。4月30日(土)に救急搬送入院し5月14日(土)に退院しました。発熱・強い頭痛・嘔吐・下肢冷感が見られ、髄膜炎菌性髄膜炎でした。5月6日(金)に髄膜炎菌が検出されましたが、保健所に髄膜炎菌性髄膜炎患者発生の届け出がされたのは、5月18日(水)と遅かったです。感染症法では、菌検査等により髄膜炎菌性髄膜炎患者と診断した場合には、法第12条第1項の規定による届出を7日以内に行わなければならないことになっていますが、髄膜炎菌感染症の集団発生を予防するためにも、医師による保健所への髄膜炎菌性髄膜炎患者発生の届け出はできるだけ早くするべきでしょう。
死亡した高校生については、5月12日(木)に体調不良の訴えあり、5月13日(金)朝に、意識混濁・発熱あり小林市立病院へ搬送、腎機能低下も見られ宮崎市の宮崎県立病院へ緊急転院しましたが5月13日(金)午後6時頃亡くなりました。紫斑・下肢疼痛も見られ、髄膜炎菌性敗血症でした。最初は溶血性連鎖球菌(溶連菌)感染症も疑われましたが、髄膜炎菌感染症と5月16日(月)には保健所へ連絡されました。
患者との濃厚接触者等への予防内服の勧奨が5月16日(月)から開始されました。成人の予防内服としては、シプロフロキサシン500mg1回投与が推奨されました。高校の臨時休校及び男子寮の臨時休寮が5月23日(月)まで行われました。患者とその家族、保菌者とその家族、野球部員、柔道部員、寮生以外の普通科1年生、それ以外の全生徒、教職員、調理師(計454人)を対象として、6月16日(木)まで、健康調査が行われました。また、小林保健所、都城保健所管内の2次・3次医療機関、および重症例の搬送先となり得る県立宮崎病院、宮崎大学医学部附属病院を対象として、6月16日(木)まで、髄膜炎菌感染症の発生についての強化サーベーランス(通常の感染症発生動向調査にはないが強化して発生動向を調査)が行われました。下記のいずれかに該当する場合、検体を保存して管轄保健所に報告するという方法で行われました。
1 細菌性髄膜炎の疑い例:髄液所見で評価
2 血液培養で髄膜炎菌が検出された例
3 感染症が疑われる、原因不明の重症例・死亡例
5月17日の発症者を最後として、新たな患者は発生せず、2011(平成23)年6月16日に終息宣言が出されました。
日本においても、学校生徒の間で、このような髄膜炎菌感染症の集団発生が起きて死亡患者も発生したこともあり、2012(平成24)年3月30日に学校保健安全法施行規則の一部改正があり、2012(平成24)年4月1日から、第二種の学校感染症に髄膜炎菌性髄膜炎が追加されました。第二種の学校感染症とは、放置すれば学校で流行が広がってしまう可能性がある飛沫感染する感染症です。学校において、髄膜炎菌性髄膜炎患者については、病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認められるまで出席停止とします。 詳しくは、当・横浜市衛生研究所ホームページの「学校感染症について」をご覧ください(下線部をクリックしてください)。
髄膜炎菌ワクチンの定期的な予防接種が行われている国があります。サウジアラビアでは、全国民に対して定期的予防接種を行っています。スーダン等では、学校生徒に対して定期的予防接種を行っています。アフリカでは、髄膜炎菌のA、C群に対する2価のポリサッカライドワクチンが広く使われてきましたが、近年W135群の流行が見られることから、W135群も含んだ、A、C、Y、W135群に対する4価のポリサッカライドワクチンやA、C、W135群に対する3価のポリサッカライドワクチンが主に使われることになると思われます。
アフリカの髄膜炎ベルト地帯及び周辺の髄膜炎菌感染症の発生が多い国々、25カ国(ブルキナファソ、ガーナ、トーゴ、ベニン、ニジェール、ナイジェリア、チャド、カメルーン、中央アフリカ共和国、スーダン、エチオピア、マリ、ギニア、セネガル、ガンビア、モーリタニア、ギニアビサオ、シエラレオネ、リベリア、コートジボアール、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ケニヤ、ウガンダ)には、約5億人の人々が住んでいます。25カ国をアフリカ地図に示すと下のアフリカ地図の通りです。アフリカの髄膜炎ベルトでの流行性の髄膜炎を引き起こす髄膜炎菌としては、A群が80-85パーセントを占めて多いです。2009年から2015年にかけて、髄膜炎菌のA群に対する新しい結合型ワクチン("MenAfriVac")を25カ国の1-29歳の人、約2億5千万人に接種する計画が進められています(The Meningitis Vaccine Project [MVP] )。この計画の実施により、2015年までで流行性の髄膜炎による15万人以上の死亡を防ぎ、約35万人のこどもの髄膜炎による後遺症も防ぐと期待されています。髄膜炎菌のA群に対する新しい結合型ワクチン("MenAfriVac")については、2010年末までには入手できるようになり多数の人たちへの接種が開始されると期待されていましたが、2010年12月までではブルキナファソ・マリ・ニジェールで全国的に導入されました。
英国における髄膜炎菌感染症は、もともと、髄膜炎菌のC群とB群とが、多かったです。ところが、1999年11月にC群に対する結合型ワクチン(MenC)が英国の定期予防接種に導入されて、C群の髄膜炎菌感染症は大幅に減りました。C群の髄膜炎菌感染症患者発生数は、1999年に989人、2008年に22人でした。英国における2008年の髄膜炎菌感染症患者発生数は、1194人で、その内、B群が1070人(89.6%)と大部分を占めています(参考文献7)。
英国のこどもの定期予防接種においては、C群の髄膜炎菌に対する結合型ワクチン(MenC)を生後3ヶ月、生後4ヶ月、生後12ヶ月で接種します。C群の髄膜炎菌に対する結合型ワクチン(MenC)の副反応については、注射部位の痛み・腫れ・発赤や軽い発熱が見られることがあります。また、まれに、アナフィラキシー反応が500,000回の接種に一回の頻度で起こることがあります。
英国におけるC群の髄膜炎菌に対する結合型ワクチン(MenC)は、培養したC群の髄膜炎菌から抽出された髄膜炎菌の莢膜のポリサッカライドに蛋白質を結合させたものです。ポリサッカライドに結合する蛋白質としては、破傷風トキソイドあるいはCRM197(ジフテリア毒素の変種で毒性のないもの ; diphtheria Cross-Reactive Material)が使われています。蛋白質が結合されることで、非結合型のポリサッカライドワクチンで免疫効果が低い小さなこどもたちへの免疫効果を高めることができました。
英国において髄膜炎菌ワクチンは、他のワクチンと同日に接種されることがあります。その場合には、一方のワクチンを左腕に接種したら他方のワクチンを右腕に接種するというように、離れた部位に接種します。同じ腕に接種する場合には、2.5cm以上離れた部位に接種します。注射部位についてもワクチン接種の記録に留めます。
ニュージーランドにおいて、髄膜炎菌のB群の流行株による髄膜炎菌感染症の流行が始まったのは、1991年のことです。1990年までは、ニュージーランドにおける髄膜炎菌感染症の患者発生の年間報告数は、60人程度でした。1991年から増加し始め、年々増加し続け、2001年には、650人(10万人あたり17人)のピークに達しました。この流行期において発生した髄膜炎菌感染症の75%は、髄膜炎菌のB群の流行株によるものと考えられました。髄膜炎菌感染症の80%は、20歳未満での発生でした。そこで、ニュージーランドでは、20歳未満の国民に対して、髄膜炎菌の血清群のB群の流行株に対するワクチン(MeNZB)の接種を2004年から開始しました。ワクチン(MeNZB)の予防効果は万全なものではなく、三回の接種を完了した免疫機能に問題がないと思われる人からも髄膜炎菌感染症患者が発生しました(参考文献12)。2004年7月から2006年12月までの間に、三回の接種を完了したものの、三回の接種を完了して28日以上経過してから髄膜炎菌感染症を発病した患者は、34人で、内1人が死亡しました。しかしながら、下のグラフのように、ワクチン(MeNZB)接種開始の2004年以降については、ニュージーランドにおける髄膜炎菌のB群の流行株による患者の年間発生報告数は減少しています(参考文献11)。髄膜炎菌感染症を発病する率は、ワクチン(MeNZB)の接種を受けない人は受けた人の3.7倍と高く、ワクチン(MeNZB)が髄膜炎菌感染症の発病を予防する率としては73%です(参考文献13)。
ニュージーランドでは、髄膜炎菌の血清群のB群の流行株に対するワクチン(MeNZB)の接種を2004年7月から開始しました。生後6ヶ月から19歳までの間に、6週間間隔で3回の接種が推奨されました。2005年からは生後6週から接種できることになり、生後6週、3ヶ月、5ヶ月の3回の接種が標準となりました。20歳以上でも、免疫が抑制されていたり、検査室で髄膜炎菌と接触する可能性のある人にも接種が推奨されました。2005年からは2006年末まで、生後6ヶ月から19歳までの間での接種が可能でした。その後は、5歳未満のこどもについて接種可能と変更されました。生後6ヶ月未満から接種を開始した人については、4回目の接種が2006年1月から推奨されました。3回の接種を完了した年長児と同等レベルまで免疫を高めるためには、年少児では4回目の接種が必要とされたためです。生後10ヶ月に、あるいは3回目の接種の3ヶ月後に、4回目の接種が推奨されました。
なお、ニュージーランドにおける髄膜炎菌のB群の流行株による髄膜炎菌感染症の流行は沈静化したとして、ニュージーランドにおける髄膜炎菌の血清群のB群の流行株に対するワクチン(MeNZB)の定期予防接種は、2008年5月31日までで終了しました。2008年6月1日からは、乳幼児の肺炎球菌感染症の予防のための結合型肺炎球菌ワクチンがニュージーランドにおける定期予防接種に導入されました。現在のニュージーランドのこどもの定期予防接種スケジュール(2008年9月1日から)には、髄膜炎菌ワクチンは含まれていません。
2010年2月17日初掲載
2010年12月16日改訂増補
2011年9月14日増補
2012年2月22日改訂増補
2012年5月1日増補