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コレラについて

流行は?

 コレラは、コレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型によって起こされる下痢を主症状とする病気です。コレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型に感染しても、必ずしも生命に関わるような重症となるわけではありません。軽い症状である場合もあれば、全く症状が出ない場合もあります。重症となるのは、感染した人のうち、20人に1人程度とされています。コレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型に汚染された飲食物の飲食により主として感染します。原因となる飲食物としては、生や加熱不十分な海産物、生の野菜や果物、あるいは貯蔵や調理の過程でコレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型に汚染された飲食物などが考えられます。

 全世界において、年間で、140万人から430万人のコレラ患者が発生し、28,000人から142,000人が死亡していると推計されています(参考文献11)。コレラの発生が多い国において、実際に発生している数字と報告されている数字とではかなり大きな差があると考えられています。

 2005年の世界保健機関(WHO)の統計によれば、年間、52ヶ国から131,943人のコレラ患者発生の報告がありました。コレラ患者発生の実数は、この報告数よりずっと多いと考えられています。アフリカ(125,082人 : 全体の94.80%)、アジア(6,824人 : 全体の5.17%)からのコレラ患者発生報告が多いです。アフリカでは、セネガル(31,719人)、ギニアビサウ共和国(25,111人)、コンゴ民主共和国(13,430人)、赤道ギニア共和国(6,391人)、ウガンダ(4,924人)、ナイジェリア(4,477人)、モーリタニア(4,132人)からの報告が多かったです。アジアでは、インド(3,155人)、インドネシア(1,338人)、イラン(1133人)、中国(980人)、フィリビン(139人)からの報告が多かったです。2005年の総計131,943人のコレラ患者の内、2,272人が死亡していて、致死率は1.72%です。

 2006年の世界保健機関(WHO)の統計によれば、年間、52ヶ国から236,896人のコレラ患者発生の報告がありました。2005年に比較すると、79%の増加です。1996-2006年の11年間で見ると、1998年、1999年に次ぐ3番目の発生の多さです。総計236,896人のコレラ患者の内、6311人が死亡していて、致死率は2.66%です。2005年に比較すると、コレラ患者の死亡者は、約3倍に増加し、致死率も上昇しています。アフリカ(234,349人 : 全体の98.92%)、アジア(2,472人 : 全体の1.04%)からのコレラ患者発生報告が多いです。2005年に比較すると、アジアからのコレラ患者発生報告は減少しましたが、アフリカからのコレラ患者発生報告は流行の多発により87%増加し世界全体の99%を占めています。アフリカでは、アンゴラ(67,257人)、エチオピア(54,070人)、スーダン(30,662人)、コンゴ民主共和国(20,642人)、タンザニア(14,297人)からの報告が多かったです。この5か国でアフリカ全体の85.9%を占めます。アジアでは、インド(1,939人)、マレーシア(237人)、中国(161人)、フィリビン(66人)、タイ(35人)からの報告が多かったです。

 2007年の世界保健機関(WHO)の統計によれば、年間、53ヶ国から177,963人のコレラ患者発生の報告がありました。2006年に比較すると25%の減少ですが、コレラ患者発生の報告数が少なかった2002-2005年の年間報告数の平均と比較すると、46%増加しています。総計177,963人のコレラ患者の内、4,031人が死亡していて、致死率は2.27%です。2006年に比較すると、コレラ患者の死亡者は、36%減少し、致死率はやや低下しています。死亡患者の報告のほとんどはアフリカからです。アフリカ(166,583人 : 全体の93.6%)、アジア(11,325人 : 全体の6.4%)からのコレラ患者発生報告が多いです。2007年には、アフリカ東部のアフリカの角と呼ばれる地域、中東、東南アジアのメコン・デルタでコレラの大きな流行がありました。アフリカからのコレラ患者発生報告は29%減少し166,583人となりました。アフリカでは、ソマリア(41,643人)、コンゴ民主共和国(28,269人)、エチオピア(24,121人)、アンゴラ(18,422人)、スーダン(13,731人)からの報告が多かったです。この5か国でアフリカ全体の75.7%を占めます。アジアでは、イラク(4,696人)、インド(2,635人)、ベトナム(1,946人)、タイ(1,428人)からの報告が多かったです。

図1. 全世界におけるコレラ患者年間発生報告数推移(1997-2007年、WHOまとめ)

 2014年の世界保健機関(WHO)の統計によれば、年間、42ヶ国(2013年は47ヶ国)から190,549人(2013年は129,064人)のコレラ患者発生の報告がありました。2013年に比較すると47.6%増加しています。アフガニスタン、コンゴ民主共和国(DRC)、ガーナ、ハイチ、ナイジェリアの5か国で全体の84%を占めます。全体の55%をアフリカ、30%をアジア、15%をイスパニョーラ島(ハイチ・ドミニカ)が占めます。総計190,549人のコレラ患者の内、2,231人(2013年は2,102人)が死亡していて、致死率は1.17%(2013年は1.56%)です。カメルーン、コートジボアール、ギニアビサウ、ケニアのアフリカの四か国で致死率が5%を超えています。致死率が高いのは、医療機関受診が遅かったり、受けることができる医療内容が乏しかったり、重症患者のみコレラ患者として数えていたりすること等によります。死亡患者の報告はアフリカが1882人(84.4%)と多いですが、イスパニョーラ島(ハイチ・ドミニカ)も307人(13.8%)と多いです。
 ハイチの2014年の患者発生は、27753人で、2013年の58809人より減少していますが、コレラの多発が続いています。Artibonite, Centre, Ouest, Nordの4地区で90%を占めます。報告が一番多いのはOuestで36%を占めます。
 100年以上に亘ってコレラの流行が無かったハイチにおいてコレラの流行が始まったのは、2010年10月のことでした。流行は国中に迅速に広がり、流行の最初の数週間におけるコレラ罹患率は1.8%、致死率は2.3%と推定されています。2015年8月15日まででは745,401人の患者発生が報告され、その内、426,856人(57.3%)が入院し、8,965人(致死率1.2%)が死亡しました。流行の最初の三か月におけるコレラ患者週間発生は、16,850人でしたが、2015年には700人未満となりました。130万人を超える国内避難民が発生し水道・下水施設等の破壊をもたらした2010年1月のマグニチュード7.0の大地震(ハイチ地震)の後に流行が発生したこと、流行発生の3週間後にハリケーン・トーマスによる被害があったことなど悪条件が重なったことで、コレラの大流行に至ったと考えられます。政府や国際機関等の対応により、2011年には、83か所を超えるコレラ治療センター(cholera treatment centre: CTC)や253か所のコレラ治療所(cholera treatment unit: CTU)が設置されました。これらの施設の多くは2015年には閉鎖されています。

 コレラの流行地では夏季にコレラ患者発生が多いです。上水道で水の塩素処理が行われている先進国ではコレラ患者発生の報告は少なく、先進国の患者発生報告の大部分は、発展途上国への旅行者、あるいは発展途上国から持ち込まれた飲食物によって感染した者です。わが国でもインドネシア産ロブスター、インド産エビ等からコレラ菌( Vibrio cholera )が検出されたことがあります。平成10年(1998年)の伝染病統計によれば、日本の年間のコレラ患者数は総数61人、そのうち56人が海外で感染した人たちでした。アジアが54人と大部分を占め、タイ15人、インド11人、フィリピン11人、インドネシア9人、中国3人等でした。また、平成元-10年(1989-1998年)の伝染病統計によれば、306人の平成7年(1995年)を除き、日本の年間のコレラ患者数は40-95人の範囲内でした。平成7年(1995年)は、バリ島への観光ツアーの帰国者にコレラ患者が多発した年でした。2005年にも、インドネシアのバリ島より帰国した観光客におけるコレラの集団発生が見られました(参考文献13)。横浜市内のコレラ患者の届け出・通報状況は、平成11(1999)年度が1人、平成12(2000)年度が3人で、いずれも、海外(アジア)で感染した人たちでした。
 日本の感染症発生動向調査によれば、下のグラフに見るように、日本におけるコレラ患者年間発生報告数は近年、減少し、特に最近の2012-2014年は3人、4人、5人と一桁台で少なくなっています。2014年に日本で報告された5人については、いずれも日本国外でコレラに感染しました(参考文献7)。2004年に86人と多いのは、6,7月にフィリピンからの帰国者に多数のコレラ患者が発生したことによります(参考文献19)。

図2. 日本におけるコレラ患者年間発生報告数推移(2000-2014年、感染症発生動向調査)

 また、日本の感染症発生動向調査によれば、2006-2010年において、無症状病原体保有者を含むコレラ患者の国内感染例は35人(29.7%)、海外感染例は83人(70.3%)でした。海外での推定感染地として多い国は、インド(36人)、フィリピン(22人)、インドネシア(12人)、パキスタン(4人)、タイ(2人)でした(参考文献19)。

 日本においても、コレラ菌による食中毒事件が発生することがあります。2008年8月、仙台市において、フィリピンから持ち込まれた海外産の冷凍生ウニが原因食品と推定されるコレラ菌による食中毒事例が発生しました(参考文献17)。一緒に冷凍生ウニを食べた5人のうち4人が発症しました。患者の便からVibrio cholerae O1(血清型:小川型、生物型:エルトール型)が検出されました。

 発展途上国の大都市のスラムでコレラの常在が見られることがあります。そのようなスラムでは小さなこどもたちでコレラがよく見られます。スラムでの2-4歳においてのコレラの年間罹患率は、モザンビークのBeiraで8.8/1000、インドのKolkata(コルカタ、またはカルカッタ)で6.2/1000、インドネシアの北ジャカルタで1.2/1000でした(参考文献9)。これらのスラムではコレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型によるコレラのみ認められました。

 コレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型が生物兵器としてテロで使われる場合を考えると、テロリストが飲食物をコレラ菌( Vibrio cholera )のO-1型あるいはO-139型で汚染するようなことが心配されます。また、中国の満州に存在した旧日本軍の731部隊では、炭そ(炭疽)ボツリヌス症ブルセラ症、コレラ、赤痢ガス壊疽髄膜炎菌感染症ペストを起こす病原体やフグ毒のテトロドトキシンが研究されていて、コレラ菌も生物兵器としての研究対象の一つでした。

 コレラ患者の便の中に20日間以内はコレラ菌が出てくる可能性があります。このコレラ患者の便が感染源となります。下水や飲用水の適切な処理をする施設が整備されていない地域では、コレラが急速に流行を広げる可能性があります。コレラに感染しても全く症状が出ない場合もありますが、そのような場合でも便中にしばらく10日間以内はコレラ菌が出ていて感染源となる可能性があります。

 コレラ菌の発見より約30年前の1854年、英国のロンドンにおいて、汚染された飲用水とコレラ患者発生との関係を疫学的研究によりJohn Snowが明らかにしています。

 また、コレラ菌( Vibrio cholera )は、塩水が入り込む川の水や沿岸の海水中に生息していることがあります。アメリカ合衆国では、メキシコ湾産の貝を生あるいは加熱不十分で食べてコレラに感染する人もいます。ビブリオ( Vibrio )は、一般に海水や2-3%の食塩水を環境として好みます。

どんな病気?

 コレラは、コレラ菌( Vibrio cholera )によって起こされる下痢の病気です。コレラ菌で汚染された飲食物を飲食することによってヒトは、コレラ菌に感染します。潜伏期間は、2時間から5日です(参考文献11)。コレラ菌は、ヒトの小腸で増殖し、腸毒素(コレラ毒素)を放出します。この腸毒素(エンテロトキシン)が下痢を起こします。コレラで見られる下痢は軽い下痢の場合もあれば、ひどい下痢の場合もあります。ひどい下痢の場合には、多量の水のような下痢となり、一日あたり5-10リットルを超える体内からの水分の流出をきたす場合もあります。のどがかわき、尿量が少なくなり、目が落ちくぼみ、頬がこけ、脚などに痛みを伴う筋肉の痙攣を起こす場合もあります。重症の脱水状態となり、体内を循環する血液の量が減少し、ショック状態となる人もいます。適切な治療を行わなければ、数時間で死亡することもあります。嘔吐もしばしば見られ、脱水を促進します。発熱や腹痛は、少し見られることもあれば、ないこともあります。コレラの流行地でひどい下痢になったら、水分をよく摂りながらすぐに医療機関を受診するのがよいでしょう。コレラの場合には、ロペラミド(loperamide)のような下痢止めは使うべきではありません。コレラは、治療をしなくても3-6日で自然に軽快する場合もありますが、治療をしないと死亡する場合もあるので、コレラが疑わしいときには、すぐに医療機関を受診して治療を受けるべきです。

 多量の便の排出により体内からカリウムが失われ、低カリウム血症となります。ひどい脱水となると、アシドーシスや腎不全が見られることもあります。水のような下痢は、コレラ菌以外のビブリオ、病原性大腸菌、ロタウイルスノロウイルス等のウイルスなどによる感染症、あるいは、ウエルシュ菌Clostridium perfringens )、セレウス菌黄色ブドウ球菌などによる食中毒でも見られることがあります。

 治療としては、水のような下痢によって体内から失われた水分と電解質の補充が主となります。1リットルの水に2.6グラムの塩化ナトリウム、2.9グラムのクエン酸三ナトリウム、1.5グラムの塩化カリウム、13.5グラムのグルコースを溶かした「世界保健機関溶液(WHO solution)」を飲む治療法が行われている国もあります。しかし、嘔吐がひどい場合、一日あたり排便量が7リットルを超える場合、ショックを起こすようなひどい脱水の場合などには、点滴による治療が必要になります。抗生物質による治療は、感染した地域で分離されたコレラ菌の感受性に基づいての早期からの抗生物質使用により、下痢の期間を短縮することで、脱水を軽減します。抗生物質としては、欧米では、テトラサイクリンやドキシサイクリンやノルフロキサシンが用いられることがあります。

 感染症法では、コレラは第3類の感染症とされていて、診断した医師はただちに最寄りの保健所(横浜市では福祉保健センター)に届け出る必要があります。届け出にあたっては、当横浜市衛生研究所ホームページの「感染症情報」の「感染症法に基づく医師からの届出のための基準(コレラ) [pdf:419KB] 」(PDF版)を参考にして下さい。届け出の書式 [pdf:184KB] (PDF版)も掲載しています。コレラの症状が出た患者ばかりでなく、無症状でも便中にコレラ菌が検出された者についても届け出る必要があります。

 コレラ菌( Vibrio cholerae )に感染しても約80%の人で、何の症状も見られません(参考文献11)。しかしながら、感染後1-10日間は便中にコレラ菌は排出され、感染源となる可能性があります。コレラ菌に感染して症状が出現した人において、約80%は中等度から軽度の症状に止まりますが、約20%は水様の下痢のために重度の脱水となり、治療なしでは死に至る場合もあります。

病原体は?

 病原体は、コレラ菌( Vibrio cholerae )です。コレラ菌には206の血清型がありますが、コレラ菌( Vibrio cholerae )の血清型でO-1あるいはO-139がコレラ毒素を産生し、コレラ特有の症状を示します。ただし、血清型でO-1あるいはO-139であっても、コレラ毒素を産生しない菌もあります。そのため、コレラ毒素を産生する菌であることを検査で確認して、コレラの診断を確定することになります。横浜市の場合、コレラ菌の検査は、検体を受けつけた各区の福祉保健センターでは行わず、検体は各区の福祉保健センターから横浜市衛生研究所に搬入されて、横浜市衛生研究所でコレラ菌の検査を行うことになっています。患者がコレラの疑いが強く、検査でコレラの診断を確定するまでにかかる時間だけ公衆衛生的な対応が遅れることでコレラ感染が広がってしまうことが懸念される場合には、コレラの診断を確定する前に疑似コレラとして公衆衛生的な対応を福祉保健センター等が進める場合もあります。患者がコレラの疑いが強い場合には、早急に各区の福祉保健センターまでご連絡・ご相談下さい。

 コレラ菌( Vibrio cholerae )は酸に弱く、胃で分泌される胃酸はコレラ菌( Vibrio cholerae )に対して殺菌的に働くとされています。そのため、胃を切除している人や胃酸の分泌が少ない(hypochlorhydria: 低酸症)老人等では、コレラの発病や重症化が多いとされています。日本国内においても、胃を切除していて、リウマチ治療のためステロイドを服用していた人でのコレラ患者死亡事例が報告されています(参考文献21)。また、コレラ菌( Vibrio cholerae )は酸に弱いですが、アルカリ性の環境には強いことが知られています。コレラ菌( Vibrio cholerae )は、アルカリ性に傾く小腸で増殖し、まれに胆道系に長期に保菌する人もいるとされています。

 コレラ菌( Vibrio cholerae )の血清型でO-1型のコレラには、生物型で古典型(アジア型)とエルトール型があります。現在では、世界的には、エルトール型の方がよく見られます。古典型(アジア型)コレラ菌は、1883年、コッホによりエジプトで分離されました。エルトール型のコレラ菌は、1905年、エジプトの北東部のエルトール(ElTor)村の検疫所でインドネシア人のメッカへの巡礼者から発見されたものです。しかし、このエルトール型のコレラ菌の病原性は、発見当時気づかれませんでした。このエルトール型のコレラ菌の病原性が気づかれたのは、1937年、インドネシアのセレベスにおいてでした。O-1型のコレラ菌は、さらに、A、B、Cの抗原の有無の組み合わせにより、A・Bを持つ小川型、A・Cを持つ稲葉型、A・B・Cを持つまれな彦島(Hikojima)型があります。現在では、世界的には、小川型がよく見られます。A抗原は、O-1型に共通の抗原であり、このA抗原を指標に、A抗原を持たない、つまりO-1型以外の Vibrio cholerae を非凝集(ナグ:NAG:non-agglutinable)型と言うことがあります。このO-2型、O-3型、O-4型等のナグ-ビブリオの中には、食中毒の原因となる菌も含まれています。なお、コレラ菌( Vibrio cholerae )の血清型でO-139型のものによるコレラは、近年になって1992年にインド・バングラデシュで流行を起こし、以来、インド、バングラデシュ、タイ・ベトナム等の東南アジアで患者の発生を見ています。

 O型の血液型の人は、他の血液型の人に比較して、エルトール型のコレラ菌によって、重症のコレラ(cholera gravis)になりやすいことが知られています。コレラの流行地として知られたガンジスのデルタ地帯の住民は、O型の血液型の人の割合が少ないとされています。

 コレラ菌( Vibrio cholerae )の産生するコレラ毒素(cholera toxin: CT)の分子は、一つのA(: active: 活性)サブユニットと五つのB(: binding: 結合)サブユニットとから構成されます。Bサブユニットは、腸粘膜の上皮細胞のG-M1ガングリオシド受容体と結合します。結合後、AサブユニットからA2部分(A2 component)が分裂しA1部分(A1 component)の細胞内への進入を促進します。A1部分はアデニール-サイクラーゼという酵素の生産を進め、サイクリックAMP(cAMP)の生産を増やします。細胞内のcAMPが増加すると、細胞膜を通しての電解質の輸送が中断され、腸内からの水分吸収が中断され、小腸内への水分分泌が起こります。小腸から大腸へと移る水分量が、大腸での再吸収可能な水分量を上回ると下痢となります。また、コレラ毒素(CT)は、大腸菌の易熱性腸毒素(heat-labile enterotoxin: LT)と大変よく似ていて、コレラ毒素(CT)の検査法で大腸菌易熱性腸毒素(LT)も検知されてしまう可能性もあります。

予防のためには・・・

 注射用の不活化ワクチンがありますが、50%でしか予防できないとされ、予防効果も6ヶ月以上は持続しません。短くとも1週間以上間隔を空けて2回注射します。さらに、その後は、6ヶ月毎に注射して行きます。日本国内で製造されていた注射用の不活化ワクチンについては、2009年9月までで製造中止となりました。現在、日本国内で認可・製造されているコレラワクチンはありません。注射用の不活化ワクチンの製造を続けている国も少ないながらありますが、世界保健機関(WHO)では、予防効果が乏しく予防期間も短いことなどから、その使用を推奨していません(参考文献9)。

 現在では、より予防効果のある二種類の経口コレラワクチン(OCV)が開発され、WHOの推奨の下、多数の国で使用されています。まず、不活化したコレラ菌(killed whole-cell Vibrio cholerae O1 : WC)とコレラ毒素の一部分(Bサブユニット)のリコンビナント(purified recombinant B-subunit of cholera toxoid : rBS)から構成される経口用の不活化ワクチン(WC/rBS : 商品名Dukoral)が開発されて世界保健機関(WHO)でも認められスウェーデン、ノルウェイ、ペルー、アルゼンチン、グアテマラ、サルバドール、ホンジュラス、ニカラグア、英国といった実際に認可されている国もあって、注射用の不活化ワクチンよりは予防効果が良いです。1週間間隔での2回投与により85-90%で予防効果が見られ、その予防効果は全年齢層で6ヶ月持続します。バングラデシュでの調査では、小さなこどもでの免疫は、6ヶ月を経過すると急速に低下するのに対して、大きなこどもと大人では2年後に約60%で免疫が保持されました。なお、コレラ毒素のAサブユニットに病原性があると考えられていますが、この経口コレラワクチンには、Aサブユニットは含まれていません。また、易熱性エンテロトキシン(heat-labile enterotoxin)産生毒素原性大腸菌(enterotoxigenic Escherichia coli, ETEC)による下痢症に対してもWC/rBSワクチンは短期間の予防効果があります。コレラの予防効果が85%であるのに対して、67%の予防効果でした。易熱性エンテロトキシンとコレラ毒素とはよく類似しているとされています。
 注射用の不活化ワクチンもこの経口用の不活化ワクチン(Dukoral)も、血清型でO-1のコレラ菌( Vibrio cholerae )に対するものです。残念ながら、血清型でO-1のコレラ菌( Vibrio cholerae )に対する免疫は、血清型でO-139のコレラ菌( Vibrio cholerae )に対しては、免疫として役に立ちません。
 もう一つの経口用の不活化ワクチン(商品名Shanchol)については、血清型でO-1のコレラ菌と血清型でO-139のコレラ菌とに対する2価(bivalent)のワクチン(Killed bivalent [O1 and O139 serogroups] whole-cell vaccine suspension : BivWC)です。Shancholという商品名で2009年にインドで認可されました。高度の製造技術を要するコレラ毒素のBサブユニットのリコンビナント(rBS)は含まれていないため、WC/rBSワクチン(商品名Dukoral)よりもBivWCワクチン(商品名Shanchol)は安価で、接種方法も簡易です。ベトナムでは、Shancholと同様なワクチン(1997年認可のORC-Vax 及び 2009年認可の mORC-Vax)を先行して作っていて、ベトナム国内で使用しています。また、最近では、韓国でもShancholと同様なワクチンであるEuvicholが製造されています。

 WC/rBSワクチンに含まれるコレラ毒素のBサブユニットは酸に弱く、そのままワクチン単独では服用後、胃の中で胃酸により破壊されてしまう恐れがあるため、重炭酸pH緩衝液(炭酸水素ナトリウム溶液)とともに服用します。重炭酸pH緩衝液は小袋に入った発泡性顆粒を水に溶いて作ります。ワクチンと顆粒とは、5歳を超えれば150mlの水で溶いて、2-5歳のこどもであれば75mlの水で溶いて服用します。接種前一時間、及び、接種後一時間は飲食を避けます。また、WC/rBSワクチンは摂氏2-8度では3年の保存期間です。摂氏37度では一か月間安定です。

 なお、血清型でO-1のコレラ菌のCVD 103-HgR 株(:稲葉569B株由来。 病原性があるコレラ毒素Aサブユニットを欠失させ、 マーカーとして水銀耐性[Hg-R]遺伝子を導入した。)を使った経口用の弱毒生ワクチンが1990年台にスイス・カナダ・アルゼンチン・オーストラリア・ニュージーランドで認可され、Orochol, Mutacol , Orochol Eといった商品名で実際に使用もされましたが、製造者が2004年に生産を中止したため、入手できなくなっていました。このワクチンはコレラ常在地のインドネシアでの治験では効果が低かったです。
 さて、2004年に製造停止に至ったCVD 103-HgRワクチンですが、2010 年になって、製薬会社PaxVaxが CVD 103-HgRワクチンの製造の権利を得てVaxchoraという商品名で再開発しました。2016年6月10日、米国食品医薬品局(U.S.FDA: Food and Drug Administration)は、Vaxchoraを米国における唯一のコレラワクチンとして認可しました(参考文献20)。
 Vaxchoraは、コレラ常在地への18-64歳の旅行者の、血清型O1型のコレラ菌によるコレラを予防します。一回接種です。再接種によるVaxchoraの予防効果や安全性は確立されていません。コレラ常在地へ向けて出発する10日前までに接種を終えておく必要があります。接種前の60分間と接種後の60分間は飲食を避けます。米国やオーストラリアにおいて18-64歳の人々でのVaxchoraの予防効果を確認していますが、コレラ常在地に居住する人々におけるVaxchoraの予防効果は確立されていません。以前にコレラ菌に曝露したりコレラワクチンを受けたりしてコレラに対して以前から免疫を持っている人々におけるVaxchoraの予防効果は確立されていません。血清型O1以外のO139などのコレラ菌による感染症に対するVaxchoraの予防効果はありません。Vaxchoraの接種後、少なくとも7日間は便中に血清型でO-1のコレラ菌のCVD 103-HgR 株が排出される可能性があります。接種後少なくとも14日間は、トイレの後や食事の調理や準備の前によく手を洗う必要があります。免疫不全者に対するVaxchoraの予防効果や安全性は確立されていません。身近に免疫不全者がいる人に接種する場合には免疫不全者がCVD 103-HgR 株に感染しないように注意が必要です。
 Vaxchoraには、緩衝成分の小袋と有効成分の小袋とがあります。使い捨ての清潔なコップに摂氏5-22度の瓶詰の清潔な水100mlを注ぎます。まず、緩衝成分の小袋の中身をよく溶かしてpH等の緩衝液を作ります。緩衝成分としては、胃酸の中和のための炭酸水素ナトリウムや水中の塩素の中和のためのアスコルビン酸などです。次いでCVD 103-HgR 株が入った有効成分の小袋の中身をコップに入れて溶かします。30秒以上はかき混ぜ、コップの中身を一気に飲み干して、接種の完了です。
 抗生物質の使用は腸内でのCVD 103-HgR 株の増殖を阻害してコレラに対する免疫が獲得できなくなる可能性もあるので、Vaxchoraと抗生物質の同時投与は避けます。また、抗生物質を使用していた場合には、抗生物質の投与終了後、14日以上経過してからVaxchoraを接種します。

 WHO(世界保健機関)は、コレラの流行に対して、DukoralとShancholとの二種類の経口コレラワクチン(OCV)を備蓄し使用を推奨しています(参考文献11)。2015年12月にはShancholと同様のワクチンであるEuvicholも追加され、三種類の経口コレラワクチン(OCV)をWHO(世界保健機関)は、推奨しています。アメリカ合衆国で認可されているコレラワクチンは経口用の弱毒生ワクチンのCVD 103-HgRワクチン(商品名Vaxchora)のみですが、米国CDC(疾病管理予防センター)のYellow Book(国際旅行者のためのCDCの勧告をまとめた本。隔年で発行されていますが、最新版を米国CDCのウェブページで見ることもできます: 参考文献10)では、米国以外の多くの国で認可されているワクチンとしてDukoralとShancholとの二種類の経口コレラワクチン(OCV)が今のところ紹介されています。英国では、2004年5月に認可された経口不活化ワクチンのDukoralが唯一の認可されたコレラワクチンです(参考文献8)。

 Dukoralは、2歳未満では使用できません。6歳以上では1-6週間間隔で2回投与、2歳以上6歳未満では1-6週間間隔で3回投与です。免疫は最終投与の一週間後から期待できます。バングラデシュとペルーにおける試験実施においては、安全性とすべての年齢層における4-6か月間に亘る85%の防御が明らかになっています。免疫の継続のためには再接種が必要です。6歳以上では2年以内に再接種(1回接種)します。2歳以上6歳未満では6か月以内に再接種(1回接種)します。期限内に再接種できなかった場合には、6歳以上では最初の1-6週間間隔での2回投与、2歳以上6歳未満では最初の1-6週間間隔での3回投与からやり直しとなります。

 Shancholは、1歳以上で、2週間間隔で2回投与されます。Shancholは、5歳未満でDukoralより長期に亘る免疫を提供し、この年齢層でDukoralでは必要な6か月後のブースター接種を必要としません。血清型でO-1のコレラ菌によるコレラに対して、Shancholは、流行地において接種後少なくとも2年間、67%の防御を提供します。インドのKolkata(コルカタ、またはカルカッタ)での試験実施においては、5年間に亘り65%の防御が認められました。

 実際にコレラにかかっても、不完全な免疫しか獲得できません。しばらくはコレラにかからないかもしれませんが、一生の間に何度もコレラにかかる可能性があります。

 日本では、海外に行ってコレラにかかる場合が多いです。海外に行く場合には、コレラなどの流行地でないか、旅行会社や厚生労働省の検疫所などでよく確認し助言を得ましょう。また、外務省のホームページでは、トップページから「海外渡航・滞在」を選択し、さらに「海外安全対策」を選択することで、「世界の医療事情」を見ることができます。各国の衛生状況やかかりやすい病気、健康上気をつけるべきことなどを在外公館の医務官が解説しています。さて、コレラの流行地に行く場合には、コレラ菌( Vibrio cholerae )に汚染された飲食物を飲食してコレラに感染することが多いわけですから、飲食物の安全には気をつけましょう。例えば、次のようなことなどに気をつけましょう。

1. 加熱できる食物を徹底的に加熱して食べましょう。水や牛乳は、一度沸騰させてから、やけどしないようにさまして飲みましょう。

2. 安全な水から作ったと確認できる氷以外の氷は避けましょう。コレラ菌は、冷凍しても死にません。

3. 外食する際は、徹底的に加熱されたものを食べましょう。食卓にでてきたときまだ熱いものを食べましょう。調理時に加熱されたものでも、室温に長時間放置され、再加熱されることもなく食卓に出てくるものは、コレラ菌で汚染している可能性があります。

4. 海産物などの生の食物は、避けましょう。野菜や果物は、自分で皮をむいたものを食べましょう。

5. 安全が確認できない材料で作られたアイスクリームは、避けましょう。

6. 調理や食事の前、トイレの後などには、よく手を洗いましょう。

参考文献

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2002年1月7日初掲載
2006年8月9日改訂増補
2007年8月21日改訂増補
2008年12月12日改訂増補
2016年7月15日改訂増補
2016年8月1日改訂増補

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横浜市衛生研究所 感染症・疫学情報課 - 2008年4月1日作成
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