横浜市トップページ > 健康福祉局 > 横浜市衛生研究所 > 横浜市感染症情報センター > 疾患別情報 > 米国におけるボツリヌス菌による食中毒の事例
ボツリヌス菌によるボツリヌス症について、詳しくは、当・横浜市衛生研究所ホームページの「ボツリヌス症について」をご覧ください(下線部をクリックしてください)。ここでは、米国におけるボツリヌス菌による食中毒の事例をいくつか取り上げます。
1989年2月21日から23日にかけて、米国ニューヨーク州のキングストン市のキングストン市病院にボツリヌス菌による食中毒で三人の患者が相次いで入院しました。第一例目の患者は、45歳の白人男性で、入院の前日から下痢、嘔気、嘔吐が始まり、次いで、モノが二重に見えたり、力が入らなくなったり、不明瞭な発音、息切れが見られるようりなりました。両側のまぶたが下がり、筋力低下のため補助なしには立ち上がれませんでした。他の43歳と42歳の患者は、二人とも同様の症状でしたが、症状の程度は軽かったです。
三人の患者は、病院の集中治療室に入室し、神経症状の進行を防ぐため、ボツリヌス菌毒素A・B・E型に対する3価の抗毒素が注射されました。人工呼吸器による呼吸管理を受けた患者が一人、抗毒素の注射の12日後に血清病を起こした患者が一人いましたが、三人の患者とも最終的には全快し、入院期間8-12日間で退院に至りました。
三人の患者とも発病前の1989年2月19日に、第一例目の45歳の患者の自宅で夕食会をともにしていました。三人の患者は、この夕食の35-40時間後に発病しています。この夕食会に参加して発病しなかった健康な四人と比較すると、三人の患者は、チーズ・ボール、ミート・ボール、パスタ、クラッカー、コーヒー、にんにくパンをよく食べていました。このうち、チーズ・ボール、パスタ、クラッカー、コーヒーについては、食べても発病しなかった健康な人が他にも数人いました。第一例目の45歳の患者がよく食べたのは、にんにくパンで15切れ食べていました。他の43歳と42歳の患者は、2切れずつ食べていました。他に、発病しなかった健康な人一人が1切れ食べていました。
にんにくパンは、市販の刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け、マーガリン、パンを使って第一例目の45歳の患者の自宅で作られました。このうち、市販の「刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け」については、45歳の患者が1988年の夏に贈答品として受け取ったもので、小さい活字で「要冷蔵」の表示がありました。開封後の6ヶ月間は冷蔵していたものの、開封前の約3ヶ月間は室温で保存していました。残っていた「刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け」からは、A型毒素が検出され、A型毒素を産生するボツリヌス菌も分離されました。残っていた「刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け」のpHは、5.7と酸性度も低かったです。室温で保存していた約3ヶ月間にボツリヌス菌が増殖し、A型毒素が産生されたと考えられます。
また、1985年には、カナダのバンクーバーで、患者36人が発生したB型ボツリヌス菌による食中毒が起こっています。この「刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け」を製造したのと同じ製造業者が製造した要冷蔵の「刻みにんにくの大豆油漬け」を室温保存したのが、原因でした。「刻みにんにくの大豆油漬け」での食中毒では、全容の解明が遅れたため、食中毒患者の多くは、当初、重症筋無力症(6人)、精神障害(4人)、脳卒中(3人)などと誤って診断されていました。
さて、この「刻みにんにくのエクストラ・バージン・オリーブ油漬け」による食中毒の発生に際しては、業者による製品の自主的な回収がなされました。ニューヨーク州とニュージャージー州の衛生部は、この製品や類似品によるボツリヌス菌食中毒の可能性について記者発表し、持続的冷蔵の必要性と冷蔵しなかった製品の廃棄について消費者に勧告しました。刻みにんにくの油漬けについて、1985年と同様の食中毒が繰り返すこととなったため、FDA(米国食品医薬品局)とニューヨーク州農商部は、製造会社に、冷蔵だけでボツリヌス菌食中毒を予防するのをやめるように指示しました。米国では、この事件以降、刻みにんにくの油漬けについては、細菌の増殖を抑えるように製造時にリン酸やクエン酸を加えて酸性度を高めたりするなどされています。
1994年4月10日日曜日の早朝、十代の息子と父親が米国テキサス州のエルパソ市の病院に入院しました。二人とも、モノが二重にかすんで見え、力が入らず、息切れを起こしていました。人工呼吸器による呼吸管理が必要でした。二人の家族が同時に同じ神経症状を発症したことから、担当医師は共通の原因による中毒の可能性を考え、ボツリヌス菌食中毒を疑いました。十代の息子と父親が最近一緒に食事したのは、エルパソ市のギリシア料理レストランでの食事だけであることを知ると担当医師はすぐにエルパソ市衛生局に報告しました。エルパソ市衛生局はエルパソ市内の他の6病院とすぐに連絡をとりました。4時間の内に他にもボツリヌス症が疑われる4人の患者が発生していることが明らかになりました。どの患者もそのギリシア料理レストランで食事をしていました。そのギリシア料理レストランの1994年4月10日日曜日の開店をエルパソ市衛生局は止めさせました。また、ボツリヌス症の症状に合致する症状が見られる人は医療機関を受診し市衛生局に連絡するよう記者発表しました。4月11日月曜日には、市内の医療機関にボツリヌス症の集団発生について電話で報告し、ボツリヌス症が疑われる患者が受診していないかを問い合わせました。
ボツリヌス症の患者が1994年4月8日あるいは4月9日にギリシア料理レストランで食事をした人たちから発生していました。12歳から59歳までの30人の患者が発生しました。内、21人が入院し、4人が人工呼吸器による呼吸管理を受けましたが、死亡した人はいませんでした。神経症状の進行を防ぐため、ボツリヌス菌毒素A・B・E型に対する3価の抗毒素が21人に注射されました。抗毒素の注射を受けた者の内、12歳のこどもでは、急性の過敏反応が見られ、また、注射直後に強いかゆみを訴えた者が一人いました。
便からボツリヌス菌が分離された患者がいました。また、血液中からボツリヌス菌のA型毒素が検出された患者がいました。A型ボツリヌス菌による食中毒と考えられました。原因となった食品はイモのアルミホイル包み焼きと考えられました。ボツリヌス菌の芽胞が付着したイモがアルミホイルに包みこまれ焼かれたのですが、熱に強いボツリヌス菌の芽胞が生き残り、室温に放置している間に発芽し毒素を産生したものと考えられました。アルミホイルがイモの水分を保ちます。イモの水分が蒸発しきってイモが焼き焦げ始めるまで、イモの表面の温度は100度を超えないと考えられ、120度より高い温度で20分というボツリヌス菌の芽胞を死滅させる条件には達しません。ウィスコンシン食品調査研究所での実験によれば、アルミホイル包みのイモを190度で60分あるいは218度で55分加熱した直後でアルミホイル包みのイモの中心温度は96-97度でした。競争相手の細菌は加熱により死滅し、アルミホイルがしっかりとイモを包み込んでいることで酸素の供給が絶たれて、室温に放置している間にボツリヌス菌の芽胞が発芽し毒素を産生したものと考えられました。ボツリヌス菌の芽胞の発芽は、10-50度の温度で起こります。イモのアルミホイル包み焼きについては、出来上がってすぐ食べるのでなければ、60度より高いか、5度より低い温度で保存しましょう。また、85度以上で5分間の加熱によりボツリヌス菌の毒素は壊れて不活化されるとされていますが、本事例では食前の再加熱も行われていませんでした。
2011年1月及び4月、米国のCDC(疾病管理・予防センター)は、二つの別々の会社が製造した要冷蔵のイモのスープの摂取による2人のA型毒素のボツリヌス症患者に対して治療のために、抗毒素を供給しました。
一人目としては、2011年1月28日、オハイオ州の29歳の男性が、五日前からのめまい、モノが二重に見えたり、嚥下困難・呼吸困難で入院しました。人工呼吸器による呼吸管理及び抗毒素療法が行われました。 要冷蔵のイモのスープは、2010年12月7日に地元の食料品店で冷蔵品として購入されたものでした。しかし、購入してから摂取するまで42日間冷蔵されていませんでした。2011年1月18日に、ふくらんだプラスチック容器に入ったイモのスープを摂取したところ、まずかったため、残りはすべて廃棄しました。57日間の入院治療後、筋力低下の残存があることからリハビリ施設に入所しました。
二人目としては、2011年4月8日、ジョージア州の41歳の女性が、四日前からのめまい、嚥下困難・呼吸困難で入院しました。人工呼吸器による呼吸管理及び抗毒素療法が行われました。 要冷蔵のイモのスープは、プラスチック容器入りで、小さな活字で「要冷蔵」の表示がありました。3月16日に購入されたものの、18日間冷蔵されていませんでした。4月3日に摂取したところ、すっぱい味がしたため、残りはすべて廃棄しました。16日間の入院治療後、筋力低下の残存があることからリハビリ施設に入所しました。
ボツリヌス菌の芽胞は土の中でよく見られます。土の中から収穫されるイモにボツリヌス菌の芽胞が付着していたと考えられます。イモのスープをつくる際もイモに付着したボツリヌス菌の芽胞が生き残ったものと考えられます。このイモのスープが、容器に密封されることで酸素の供給が絶たれて、冷蔵でなく室温に放置している間にボツリヌス菌の芽胞が発芽し毒素を産生したものと考えられます。ボツリヌス菌の芽胞の発芽は、10-50度の温度で起こります。イモのスープについては、出来上がってすぐ食べるのでなければ、60度より高いか、5度より低い温度で保存しましょう。また、85度以上で5分間の加熱によりボツリヌス菌の毒素は壊れて不活化されるとされていて、本事例でも食前の適切な再加熱があればボツリヌス菌による食中毒の発生を防げたかもしれません。
「要冷蔵」の表示については、無視されたり、気がつかれなかったりすることもあり、冷蔵しないで食べた場合の危険性を十分に警告していないようです。米国のFDA(食品医薬品局)は、「要冷蔵」の表示について再検討中です。
米国におけるボツリヌス菌による食中毒の事例では、家庭で作られた缶詰に関連したものが多いです。1950-2005年に米国内の地方衛生部局から米国のCDC(疾病管理・予防センター)に報告されたボツリヌス菌による食中毒の事例の内、原因食品が明らかになっている405件(100%)の事例では、371件(92%)が家庭での加工食品、34件(8%)が商売での加工食品(レストランでの料理も含む)でした。販売目的での缶詰の製造過程に欠陥があったものは、ツナ缶、レバー‐ペースト(liver paste)缶、ビシソワーズ(vichyssoise : フランス料理でジャガイモの冷たいポタージュスープ)缶、ビーフシチュー缶の4件でした。件数として少なくても、販売目的の缶詰のボツリヌス菌による食中毒事件では、缶詰の生産量が多く、しかも広域に流通するため、社会的な影響は大きいです。
2007年7月7日、テキサス州衛生局が、兄弟である2人のボツリヌス菌による食中毒疑いの患者発生を、米国のCDC(疾病管理・予防センター)に報告しました。2007年7月11日には、インジアナ州衛生局が、夫婦である2人のボツリヌス菌による食中毒疑いの患者発生を、米国のCDC(疾病管理・予防センター)に報告しました。衛生当局の調査により、この4人が、いずれも、発病より前にX社のホットドッグ-チリソースの缶詰を食べていたことが判明しました。ボツリヌス菌A型毒素が、インジアナ州の一人の患者の血清と、その患者の家に残っていたチリソースの混ざったものとから検出されました。X社のホットドッグ-チリソースを食べてのボツリヌス菌による食中毒が疑われ、CDCはFDA(食品医薬品局)に通報しました。2007年7月18日、FDAは、消費者への注意喚起を行い、X社も同じ生産ラインで作ったチリソース等の缶詰のリコール(商品回収)を開始しました。ジョージア州のX社の缶詰生産工場の調査では、缶詰の製造過程に欠陥が認められ、ボツリヌス菌の芽胞が缶詰内で生き残ったものと考えられました。
環境中にはボツリヌス菌の芽胞が存在しますが、食品中の芽胞が缶詰の製造過程中に適切に高温高圧下に置かれないと、缶詰中で生き残ってしまう可能性があります。酸素がない状況で、酸度が低く(pH>4.6)、低塩・低糖、摂氏3.9度より高い温度で、ボツリヌス菌の芽胞が発芽し、毒素が産生されます。テキサス州とインジアナ州の患者発生に関連して、2007年5月8日製造のX社のホットドッグ-チリソースの缶詰でふくれた缶の17缶を検査しました。17缶中16缶でELISE法でボツリヌス菌A型毒素が検出されました。
2006年12月15日掲載
2007年1月4日増補
2011年7月15日増補
2012年1月5日増補