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広報よこはま 金沢区版 平成25年7月号

特集


特集・金沢の偉人 再発見 大橋 新太郎 文久3年(1863年)7月29日、
長岡商人・大橋佐平の
長男として誕生。

金沢の発展に大きく寄与した
大橋新太郎は
今月、生誕150周年を
迎えます。


 出版王と呼ばれる「博文館」と「大橋図書館」(現三康図書館)

大橋佐平と新太郎(明治5年)
大橋佐平と新太郎
(明治5年)
 父・大橋佐平が明治20年に出版社「博文館」を創設。
新太郎が発案した雑誌『日本大家論集』が大ヒットします。
その後も『太陽』など多くの雑誌に着手し、出版界に一時代を築きます。

 佐平は図書館の創設に着手しますが、開館を待たずして死去。
新太郎は遺志を引き継ぎ、明治35年に日本初の本格的な私立図書館「大橋図書館」を建設しました。
当時、一般に公開されていた図書館は少なく、大変な盛況ぶりでした。

石川啄木や菊池寛(かん)も大橋図書館を利用し、多くの文学者が育ったよ。

 渋沢栄一に見出されて政界・財界における飛躍

 博文館の経営が軌道にのると、新太郎は出版界から政財界へ活動の幅を広げます。東京瓦斯(ガス)会社で渋沢栄一の信頼を得て取締役となり、そこから日本鋼管や日本郵船、第一生命など、50以上の大企業の経営に参画するようになります。
 また、東京市会議員・衆議院議員・貴族院議員として政治の世界でも活躍しました。


金沢における新太郎の偉業
 金沢を愛し共に歩む

 新太郎は風光明媚な金沢が気に入り、明治38年頃、称名寺東隣、海岸尼寺(かいがんにじ)の跡地に別荘を建てました。
その後隣接地に牡丹園を作り、永島邸※に植えられていた牡丹を移しました。花盛りの頃には庭園が開放され、大勢の客が訪れました。(※永島氏は泥亀新田(現区役所周辺)の開発に尽力。「泥亀」は、江戸時代に開発を始めた永島祐伯(ゆうはく)の雅号。)
 また、新太郎は東京と地域経済を結ぶ活動をしています。
 日本製鋼所が金沢に進出する時、新太郎は金沢の景観保護と、地元の人々を高い賃金で積極的に雇用することを実現しました。

大橋家の牡丹園   大橋家執事と園丁たち
大橋家の牡丹園   大橋家執事と園丁たち
皆が楽しんだ、永島・大橋両家の牡丹園が区の花「牡丹」の由来だよ。    


 金沢文庫再建と永久維持の約束

金沢文庫旧館
金沢文庫旧館
 関東大震災の影響により倒壊した金沢文庫の再建にあたり、昭和3年、神奈川県知事池田宏は、新太郎に5万円(現在の金額で約5億円)の寄付を依頼しました。新太郎は神奈川県が永久に維持・保存することを条件に、快諾しました。建設後も新太郎は金沢文庫をもり立て、寄付を続け、宣伝しました。



 称名寺復興と地域おこし

金沢文庫の観光ポスター
金沢文庫の観光ポスター
 仏教の信仰に厚かった新太郎と須磨子夫人は、関東大震災などで荒廃していた称名寺の本堂や鐘楼(しょうろう)を復興するため、寄進するなど力を尽くしました。

 また、昭和10年、創立者北条実時の660年忌を記念して、境内の金沢山など三山に観世音菩薩を100体配置してお参りコースを作り、金沢山の頂上には八角堂を作りました。
 100体の観音を全て巡拝すると御利益があるとされ、観光地として大変なにぎわいを見せました。




百観音開眼式ポスター   八角堂の落慶式(らっけいしき)
百観音開眼式ポスター   八角堂の落慶式(らっけいしき)


新太郎にまつわる逸話
夫婦そろって、金沢のために…。

須磨子夫人
 須磨子夫人は、激務だった新太郎よりも多くの時間を金沢で過ごしていました。
 関東大震災の際には、被災して亡くなった身寄りのない人々のための供養塔を龍華寺に建立するなど、夫婦そろって金沢のために尽力しました。








与謝野晶子も気に入った風景

横濱貿易新報
 歌人与謝野晶子は、昭和5年9月7日発行『横濱貿易新報』に、「寺を出て左折すると大橋新太郎氏の別荘の前に出る。そこから見渡す海景が美しかった。」と記しています。

(横浜市中央図書館所蔵)




伊藤博文や鏑木清方とは別荘仲間?

昭和44年  新太郎別邸付近の坂より、文庫小学校方面を眺める。海岸尼寺があったことから「お尼寺坂(にじざか)」と呼ばれていました。
昭和44年
新太郎別邸付近の坂より、
文庫小学校方面を眺める。
海岸尼寺があったことから
「お尼寺坂(にじざか)」と
呼ばれていました。
 谷津町に別荘があった日本画家の鏑木清方(かぶらぎきよかた)は、「新太郎から岩佐又兵衛の巻物を見てもらいたいと誘われた。」と回想録に記しています。
 伊藤博文は、新太郎よりも30年以上前に、金沢文庫と称名寺の歴史的価値を見出し、再建に取り組んでいました。新太郎が社長を務めた会社「博文館」からも、金沢での二人のつながりを感じさせます。







新太郎ゆかりの地
新太郎ゆかりの地
新太郎の別荘は 3 一帯、- - - - 付近のうち合計で19万坪の土地を所有

東京ドーム13個分以上の土地!

 新太郎は、金沢で19万坪余(約63万m2)の土地を所有していました。永島氏より買収した泥亀新田は大橋新田とも呼ばれました。

1-金沢山 頂上の八角堂からの眺め   2-称名寺 寄進した観音仏群
頂上の八角堂からの眺め   寄進した観音仏群
3-金沢町第二公園 樹齢約250年のタブノキ   4-龍華寺 供養塔と須磨子夫人の碑
樹齢約250年のタブノキ   供養塔と須磨子夫人の碑

県立金沢文庫で知る!新太郎

区役所×県立金沢文庫特別企画
大橋新太郎誕生150年記念企画展

ほとけのすがた〜金沢文庫コレクション 1 〜<〜8月4日(日)>
ふみのかたち〜金沢文庫コレクション 2 〜<8月8日(木)〜10月6日(日)>

新太郎が金沢文庫や称名寺へ寄贈した資料や遺産とともに、金沢文庫が保管する彫刻や工芸品をコレクション1で、古文書や聖教などの昔の書物や手紙をコレクション2でご紹介します。

個人:20歳以上250円、20歳未満・学生150円、団体(20人以上):20歳以上150円、20歳未満・学生100円

県立金沢文庫



区役所×県立金沢文庫主催
大橋新太郎生誕150年記念講演会

新太郎の親戚にあたる大橋一弘氏(株式会社博文館新社 代表取締役)をお招きし、永井晋氏(県立歴史博物館 専門学芸員)と林琢己金沢区長による座談会で、大橋新太郎の思い出や功績を振り返ります。第2部では、永井晋氏が須磨子夫人について解説します。
第1部 座談会「今こそ求められる人物像・大橋新太郎」
第2部 解説「大橋新太郎を支えた須磨子夫人」
7月28日(日)/13時30分開演/県立金沢文庫/100人抽選/企画展観覧券が必要

▼申込 7月17日(水)(必着)までに、往復はがき(1人1枚)で、「大橋新太郎講座希望」と明記の上、住所・氏名・電話番号を県立金沢文庫へ。



区生涯学習「わ」の会主催
記念講座 大橋新太郎と金沢

酒井宣子さんの講演と県立金沢文庫の展示見学
8月10日(土)/13時30分開演/県立金沢文庫/40人抽選/企画展観覧券が必要
▼申込 7月31日(水)(必着)までに、往復はがきで、住所・氏名・電話番号を明記の上、「”わ”の会8月講座」係(〒236-0005 金沢区並木2-1-8-204今井方)へ


大橋別邸を知る郷土史家 酒井宣子さん
酒井宣子さん
私は、金沢町の大橋別邸の近くに住んでいました。広大で緑豊かな別邸の庭園には、茶室や「残月亭」という数奇屋造りの建物があり、仲居さんや庭師さんなど、地元の人が多数雇用されていました。新太郎さんは、常に和服姿で、茶道や将棋など多くのお客様と楽しまれていました。






区生涯学習“わ”の会の皆さん
区生涯学習“わ”の会の皆さん
“わ”の会発足15周年記念として、新太郎の人物像に迫る講座を県立金沢文庫の協力を得て開催します。
 
県立金沢文庫
開館時間:9時〜16時30分 休館日:毎週月曜日(9月16日・23日は開館)、9月17日・24日
(〒236-0015金沢町142京急線「金沢文庫」駅徒歩12分、 シーサイドライン「海の公園南口」駅徒歩10分)
写真・資料提供協力(敬称略):
小山嘉子、酒井宣子、上林節子、株式会社博文館新社、県立金沢文庫
 
この特集に関する問合せ
区民活動支援担当 TEL : 788-7807 FAX : 788-1937


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