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岡津の三嶋神社

緑園を中心に開発が進む岡津・新橋地区

9.岡津の三嶋神社

三嶋神社
三嶋神社

 県道の瀬谷・柏尾線から岡津小学校へ入る新鷹匠町橋の傍らに、昭和六年十月に建立された「村社三嶋神社」と刻まれた社号標がある。

 阿久和川と子易川を渡り、学校人口の階段前を右折して、小学校を迂回するように造られた道を進むと、三嶋神社の鳥居の前にでる。ここに岡津小学校ができる以前は神社の社号標から神社まで真直ぐの参道があったが、小学校ができたため、校庭の中に参道があるという珍しい神社となった。

 石川金正氏によると、昭和四十八年、小学校の周囲を迂回するように参道が新設されたが、そのとき、校庭を通る参道は由緒のあるものなので、春秋の祭り、その他神社の行事には、従来通り使用させてもらうという覚書を、横浜市と取り交わしたということであった。

 三嶋神社の祭神は大山祇神(おおやまずみのかみ)で、天文五年(一五三六)、現在地(岡津町二三五二番地)に創建されたといわれている。由緒書によると、戦乱の世にこの地に住んでいた開拓者たちが、「天に大日光ありて地力を養い給ふ。大地の慈育なくして、人生にあるべからず。宜しく天神地祇を祀るべし。先ず大山祇神を祀るべし」と一社を建て、それ以来維持管理や四季ごとの祭りを続けてきたといわれている。

 天正十八年(一五九〇)、代官頭彦坂小刑部元正やその後の岡津村の領主は、神社の前にあった岡津館の守護神として、三嶋神社を信仰し、社殿の造営や境内の整備を行ってきたようである。

 新編相模風土記稿に「三嶋社、村の鎖守とす。本地仏薬師を安ず。例祭九月七日、善光寺持」とある。善光寺とあるのは普光寺の誤りかと思われるが、阿久和に「善光寺谷」という小字があることから、或いはむかし善光寺という三嶋神社の別当寺があったのかも知れない。

 神社には、文化四年(一八〇七)の棟札が保存されている。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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