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新橋の五霊社と神明社

緑園を中心に開発が進む岡津・新橋地区

3.新橋の五霊社(ごれいしゃ)と神明社(しんめいしゃ)

新橋の五霊社
新橋の五霊社
新橋の神明社
新橋の神明社

 県道瀬谷・柏尾線を相模鉄道線が高架で横断している高台に、下新橋地域の鎮守さまで日本武尊(やまとたけるのみこと)をお祀りしている五霊社がある。勸請(かんじょう)は永享(えいきょう)三年(一四三一)で、社伝に、「当地の開拓が進んでしばらく経った頃大凶作を迎え、しかも盗賊の害が多発したので村人一同が対策を合議した時に、一老人が『吾人鼓腹(こふく)して楽しみとするも、唯吾力のみにして衣食得べからず。天地神明の加護なくんば之を得ず。足(た)りて驕(おご)れば賊を招くなり。宜(よろ)しく日本武尊を奉祀して報賽祈請(ほうさんきしょう)し、かつ霊威によりて鬼賊を封止すべきなり』と述べたので、一同非を悟り、直ちにお宮を建てた。再び豊作になり、賊害も消滅したという」とある。享和年間(一八〇一〜三)と文久元年(一八六一)に、社殿の改修、改築した折りの棟札が保存されている。

 新橋の神明社は、県道瀬谷・柏尾線の観音寺の前で新神明橋を渡った先の左側奥にある。むかし神明谷戸(しんめいやと)といわれたこの地域の鎮守さまで、祭神は国常立神(くにとこだちのかみ)、天照大神の二柱をお祀りする。嘉元(かげん)年間(一三〇三〜六)の創建で、初めは国常立神一柱をお祀りしていたが、正和年間(一三一二〜一五)に天照大神を合祀した。江戸後期の文政から万延にかけて社殿や境内の整備が行われたとの伝承がある。嘉永六年(一八五四)の本殿建替え時の棟札や、大正三年(一九一四)に屋根を茅葺きから亜鉛鍍(あえんめっき)鉄板に葺替えた時の記録が保存されている。

 むかし祭礼の時には、村の最年長者とこれを補佐する若者五人が川で禊(みそぎ)をして身を清め、社前の大檜(ひのき)を八回廻り、心を静めてから奉仕したという。この大檜の幹は三.二mもあり、昭和四十九年に横浜市の名木古木に指定されている。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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