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二十三夜塔と「月待」

鎌倉道沿いに開けた上飯田地区

8.二十三夜塔(にじゆうさんやとう)と「月待(つきまち)」

 二十三夜塔
 二十三夜塔

 いちょう小学校隣のスーパーマーケット横に、道祖神塔と並んで泉区唯一の二十三夜塔が立っている。

(右側面) 壬 文久二年
戌 正月吉祥日
(正面)
講中
(正 面) 二十三夜塔 中屋敷
(左側面) 相州鎌倉郡上飯田村 両山野

 中屋敷(中屋敷、上山野、下山野)の二十三夜講の人々が月待の記念か礼拝祈願の対象として建てたものであろう。

 月待の本尊は、十二天の一つである月天子(がってんし)の場合が多く、一般的には月天子の本地仏である勢至(せいし)菩薩を祀る場合が多いが、神道の影響を受けて、二十三夜待の本尊として月読尊(つきよみのみこと)を祀るところもあったようである。

 しかし、十九日、二十一日、二十二日の月待には、如意輪(にょいりん)観音を祀ることが多い。これは女性の信仰といわれている。また、二十六日の夜行う月待には愛染明王(あいぜんみょうおう)の掛軸を掛けて礼拝することも各地で行われている。

 月待の行事は、庚申(こうしん)信仰と並んで、全国的に行われていたようで、月を信仰の対象とする考えと、月の出を待つという二つの面が習合したものではないかといわれている。陰暦の二十三日の夜、講の人々が集まり宿の一室に勢至菩薩の掛軸を掛け、飲食をともにしながら月の出を待ち、月を拝むのが一般的で、月待の記念にあるいは礼拝祈願の対象として供養塔を建てることも広く行われるようになった。

 供養塔には、「二十三夜塔・二十三夜待塔・奉供養二十三夜待・月天子・月光菩薩」と刻んだ文字塔や仏像を刻んだ刻像塔もあるが、泉区周辺では、「二十三夜塔」と刻んだ文字塔だけである。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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