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持田萬治と製糸場

鎌倉道沿いに開けた上飯田地区

6.持田萬治(まんじ)と製糸場

 持田萬治  大和商会の商品
持田萬治  大和商会の商品

 持田萬治は、明治二十七年(一八九四)五月、鎌倉郡中和田村上飯田三七二一番地(泉区上飯田町)に製糸場を設立した。泉区内には、所在が確認されているものだけでも八か所の製糸場があり、横浜市域では、瀬谷区とともに製糸業の盛んな所であった。

 『第二次全国製糸工場調査表(農商務省 明治三十一年調査)』によると、持田萬治製糸場は、工員の数六十四人、一年間の繭(まゆ)の使用量は三百石、年間の生糸の製造高は一六八七斤で、当時この近在では中規模程度の工場であった。

 萬治は、明治二年、鎌倉郡上飯田村三七二三番地に甚蔵の長男として生まれた。萬治が製糸場を設立したのは二十五歳の時であった。しかし、火災で工場が全焼したため経営不振に陥り、明治の末期には製糸場を廃業した。

 その後萬治は、横浜市吉岡町二丁目十一番地に清涼飲料水会社「大和商会」を設立し、サイダーやラムネの製造を始めた。大正四年三月十六日に死去し、中和田村上飯田三七二三番地の墓地に葬られた。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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