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本興寺と釈迦・日蓮・日什一代記彫刻

鎌倉道沿いに開けた上飯田地区

4.本興寺と釈迦(しゃか)・日蓮(にちれん)・日什(にちじゅう)一代記彫刻

 本興寺・仁王門
 本興寺・仁王門
本堂唐破風下彫刻
 本堂唐破風下彫刻
羽太郷土資料館(現在休館中)
 羽太郷土資料館(現在休館中)

 いちょう小学校前に、日蓮宗別格本山法華山(ほっけざん)本興寺がある。

 万治三年(一六六〇)日経(日蓮宗の僧)の流れをくむ者が法難にあったとき、鎌倉の本興寺もその例にもれず、江戸幕府の弾圧に遇い、日蓮ゆかりの地であった上飯田の地に本興寺を移したといわれている。

 鎌倉市大町の本興寺は日蓮上人が辻説法をした地に、中老僧の天目上人が、延元(えんげん)元年(一三三六)にお堂を建てたのが始まりで、永徳二年(一三八二)に日什上人が鎌倉の本興寺に入り、休息山を法華山と改め、伽藍(がらん)の整備をしたといわれている。

 上飯田の本興寺の現本堂は、文久元年(一八六一)に五十五代住職日感(にっかん)上人の時に、総代の羽太良右衛門をはじめ、世話人たちにより、本堂再建募金を始め、明治四年(一八七一)に、当時の住職日身(にっしん)上人の時、再建された。

 その時の大工は、伊豆国加茂郡松崎村の馬場右京、彫刻は武蔵国伊那五日市の小川長恒であった。

 寺の山門をくぐり、しばらく行くと、天明五年(一七八五)に建てられた、仁王門と仁王像が皆さんを迎えてくれる。本堂の玄関の七福神の彫刻や本堂欄間の釈迦、日蓮、日什の一代記の彫刻は素晴らしい。特に、日蓮の生誕から入滅までの中で、伊豆の配流、文永の法難、龍の口の法難、塚原問答などの場面の彫刻は見る人を圧倒する。

 寺の墓地には、当寺の住職日謙(にっけん)、日応(にちおう)、日時(にちじ)の筆子塚(ふでこづか)(寺子屋の師匠の学恩に報い死後の菩提を弔うために筆子たちが造立したもの)や、南北朝時代の板碑が多くみられる。

 寺の周辺には、郷土の民具を陳列した羽太(はぶと)郷土資料館や飯田北小学校郷土資料室がある。

 また、大和市と横浜市の境の境川にかかる「ふれあい橋」や、寺の下にあるスーパーマーケット横の道祖神、二十三夜塔、中屋敷天満宮、上飯田せせらぎ緑の道などがあり歴史散策コースとして最適な場所で、多くの市民に親しまれている。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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