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三柱神社と集会所

鎌倉道沿いに開けた上飯田地区

15.三柱(みはしら)神社と集会所

 三柱神社
 三柱神社
蚕霊供養塔
 蚕霊供養塔

 県道横浜・伊勢原線(長後街道)の飯田バス停から南に入る小道を進むと、大山道と交差する。交差点の所に最近できた植込みの明るい「上飯田けやき公園」がある。

 ここで大山道を西へ進み、坂を下る手前を左に入ると「南仲通り」と標示された道路にでる。この道沿いの左側に広い境内を持つ神社がある。この地域上飯田南町の鎮守様である三柱神社である。

 社名からもわかるように、菅原道真、大山咋神、豊受気媛神(とようけひめのかみ)の三柱をお祀りしている。

 昔から上飯田下組といわれた上飯田南町の地域には、菅原道真を祀る天神社、大山咋神を祀った日枝社、豊受気媛神を祀った神明社があったが、大正元年(一九一二)十二月、現在の地に社殿を建てて、合祀したのが三柱神社である。

 南町在住の中野清治氏は、天神社について、わが家では代々守護神として菅原道真を祀り、毎月二十五日には灯明をあげてお参りをしていると話していた。

 清治氏の父故中野治作の言い伝えによると、天神社は今から三百年程前から下組(現飯田南町)の人々の信仰を集めていた。明治の頃は、神社の例祭に余興として芝居が行われ、露天商も出て賑わったということであった。芝居が行われない時は、子どもたちにお菓子が振る舞われた。天神社の元の社地は、横浜南農協飯田支所東方五十m先の高台で、今も山桜の木が一本あり、山林として現存している。元の社地の所有者は中野清治氏で、この天神信仰は家庭祭祀として今も生きている。

 また、「天神山」が小字名として現在も使われていることから、伝承等も含めて天神社の由来を物語ってくれる。

 現在、境内には立派な社務所や町内会館が建てられている。神楽殿は、大正の始め頃から地域の公民館的性格を持っており、氏子や近隣の人々からも「集会所」と呼ばれ、今でいう住民自治活動の拠点としての役割を果たしていた。このことは、この地域の指導者的立場にあった人たちが、民主的自治活動に理解と協力を示したことによるものであろう。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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