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神明神社と小曲寺跡

鎌倉道沿いに開けた上飯田地区

11.神明(しんめい)神社と小曲寺(しょうきょくじ)跡

神明神社

 団地造成前の神明神社周辺
 団地造成前の神明神社周辺

 市営上飯田団地十六棟の前を、上飯田公園から飯田神社方面へ通ずる道がある。

 鎌倉時代に、源頼朝が那須野や浅間山麓へ巻狩りに行く時、また弘安五年(一二八二)九月に日蓮上人が通ったといわれている鎌倉道(上の道)である。この道沿いで団地十六棟西側にある神社が上飯田の神明神社である。この写真のように、上飯田団地ができる前は水田に面した小高い丘陵の上に祀られていた。いつ頃この地に祀られたのかはわからないが、伝承では享保年間(一七一六〜三五)に境川の氾濫が多かったことを憂い、当時の村人たちが社殿を再興して五穀豊穣を祈願したと伝えられている。本殿中宮は総けやきの三殿造りで、天照皇大神(あまてらすすめらがおおかみ)、応神天皇、春日大明神を祀る。

 市営上飯田団地の造成には、神社周辺の丘陵部を切り崩して低地の水田を埋めるという工法がとられた。現在なら鎮守の森を存続させるために社殿を残したまま廻りを削り取るという造成方法も取れたと思うが、昭和三十八年代の社会環境下では無理であった。昭和四十一年三月四日、神明神社はまだ造成工事が行われている最中に、五十mほど西方の新社地に遷座(せんざ)した。

小曲寺跡

 小曲寺跡
 小曲寺跡

 上飯田地域ケアプラザの傍らの墓地に、小さなお堂があり、周りに十数基の立派な石塔が立っている。これは近くに数軒ある旧家、小曲(こまがり)家の墓地であるが、ここにはむかし鶴島山(つるしまさん)小曲寺という小曲家の菩提寺があった。

 いつの時代か定かでないが、寺の本堂が傷んだので、本尊の阿弥陀様を寺の修復ができるまで、名瀬の西蓮寺(さいれんじ)に預けた。ところがある夜阿弥陀様が一族の長の夢枕に立って、「どんな粗末なお堂でもよいから建てて、元の所へ安置してくれ」と嘆願したという。一族の長は早連みんなと相談してお堂を建て、阿弥陀様を西蓮寺からお迎えして供養をしたといわれている。境内には板碑が数基ある。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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