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中和田村と役場跡

泉区の中心として開発が進む和泉地区

5.中和田村と役場跡

 中和田村役場の落成式
中和田村役場の落成式
中和田老人憩いの家
中和田老人憩いの家

 明治二十二年(一八八九)四月一日、市町村制の施行により、中田村、和泉村、上飯田村、下飯田村の四カ村が合併して、各村の一字を取って中和田村が誕生し、初代村長に清水源右衛門が就任した。

 役場は、明治十七年以来、中田、和泉、上飯田、下飯田の四カ村の連合戸長役場として使用していた長福寺を引き続き仮庁舎とした。

 当時、政府は戸数三百戸から五百戸を合併の基準とし各町村の名称は大字名として残し、合併がスムーズに進められるような政策をとった。

 全国に七万余あった旧町村は、一万五千余の新町村に再編され、旧戸塚区内では、戸塚町、本郷村、川上村、豊田村、中川村、瀬谷村、中和田村、俣野村、長尾村、富士見村の十か町村が誕生した。

 明治三十四年四月十五日に、中和田村大宇和泉三六九六番地(現中和田老人憩いの家)に、役場の庁舎が建設され、長福寺の仮役場から移転した。新庁舎は敷地二百四坪(六百七十余平米)で、木造瓦葺の平屋二十七坪(約八十九平米)の建物で、工費千五十円といわれた。この庁舎は、四十数年使用された。

 村の発展に伴い、昭和十三年二月、同所に二階建ての庁舎が新築された。(前頁写真)この庁舎は一階が執務室で、二階は総座敷の大広間であった。裏手には、重要物品を保管する倉庫も造られた。

 しかし、翌十四年には横浜市に編入され、横浜市戸塚区となり、戸塚町に区役所が置かれた。新装なった村役場も、僅か一年余りで使命を終え、地域の様々な利用に供せられた。

 昭和十四年七月二十八日、中和田連合町内会が結成され、中和田村の十一代目に当たる最後の村長であった美濃口源雄が会長に就任した。中田町二二一戸、和泉町三七〇戸、上飯田町一八七戸、下飯田町六八戸の合計八四六戸で成り立っていた。

 昭和二十二年、戸塚区内八ケ所に区役所の地区事務所が設置されることになり、中和田地区事務所は、二階建ての旧庁舎に設置され、行政事務が執り行われた。

 昭和二十六年頃、地区事務所は、倉庫のみを残して平屋に立て替えられ、中和田出張所と改称された。昭和五十年に、中和田出張所が和泉町四七〇六番地に建設され移転した後、旧建物は中和田センターとして使用され、その後、「中和田老人憩いの家」となって現在に至っている。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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