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年貢の道「神奈川道」

第3章 道と川

6.年貢の道「神奈川道(みち)」

神奈川道道標
神奈川道道標

 上飯田町の柳明神社裏の三叉路の角に、神奈川道の道標を兼ねた堅牢地神塔が立っている。皇国地誌に「保土ケ谷往還に属す、当村東北の方瀬谷、和泉両村より通じ斜に経過すること八町十二間にして西の方高座郡上和田へ連なる道敷二間」とある。保土ケ谷往還は、道標に刻まれた神奈川道のことである。

(右面)  文久元年
東 神奈川道
辛酉八月   
(正面) 堅 牢 地 神 塔
(左面) 南 大山道
北 八王子道

 神奈川道は、大和市の上和田から境川の下分橋を渡り、横浜市にはいり、鎌倉上の道と合流して北上し、柳明神社横を通り、道標の所で鎌倉上の道と分かれて、東方へ向かい保育園前を通り、和泉町と宮沢町の境の道を経て二俣川、保土ケ谷へと通じる道である。

 宝永四年(一七〇七)の「上飯田村反別差出帳(飯島家文書)」に「ご年貢の儀、新町川岸(かし)まで四里付きだし、海船に積み、江戸へ相廻す申し候」とあるように、当時上飯田村の年貢は、保土ケ谷の新町の川岸まで陸路を運び、そこから船に乗せて、江戸蔵前まで運んでいたようである。多分、年貢を運んだ道が、この神奈川道であったと考えられる。

 当時、神奈川は宿場として、また湊として地域の文化的経済的中心であったので、周辺より神奈川へ通じる道は多く、すべて神奈川道といった。

 恩田川南岸と北岸の道、稲毛道、芝生(しぼう)よりの八王子道、三ツ境、二俣川を経て神奈川へ通じる相州道などの道も神奈川道といわれたが、上飯田町を通る道も神奈川道の一つであったと思われる。

 

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冊子いずみいまむかしの写真  平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版
  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より



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