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郷土の俳人 美濃口春鴻

第4章 文化と産業

1.郷土の俳人 美濃口春鴻(みのぐちしゅんこう)

化粧坂
東泉寺山門の肘木に書かれた春鴻の直筆

 美濃口春鴻は享保十八年(一七三三)に、下飯田村の美濃口源左衛門の子として生まれた。幼時は虎松、のち源吾次(げんごじ)と称した。

 美濃口家は代々名主を勤め、また村制が布かれてからは村長も勤めた家柄であったから、人の出入りも多く、また公私を問わず外出することもたびたびで、世間の文人との交流も多かったのであろう。

 そんな環境の中で育った源吾次は、いつしか俳諧に心を奪われていった。

 俳句は俳諧連歌の第一句、即ち発端(ほったん)の句五、七、五が独立したもので、当時は発句(ほっく)と呼ばれていた。そしてこの作句法や一巻きのまとめ(句会での作品の記録)、礼儀作法等を指導する人を宗匠(そうしょう)といい、資格を取ると夜半亭蕪村、老鼠堂永機、香風軒井蛙などと名乗った。一代限りの庵主もいれば襲名して何代も続く庵もあるが、句に手を染めたからには誰しもこの宗匠になるのが夢であった。

 戸塚の古い俳人としては鶏父(けいふ)(享保十九年、矢沢生まれ)の名があげられるが、ほぼ同年齢の源吾次は身近な鶏父に俳諧の手ほどきを受け、自宅の門前を流れるささ流れ(細流)から春江と名乗ったのであろうか。

 この頃の相模俳壇は大磯の鴫立庵(しぎたつあん)が中心であった。諸国行脚をした平安末期の歌人西行法師の詠んだ

  心なき身にも哀れは知られけり
         鴫立さわの秋の夕暮

の聖地を記念すべく小田原の崇雪(そうせつ)が標石を建てて庵を結んだ。のち西行五百年忌を念じて伊勢の三千風(みちかぜ)が中興したが、俳諧道場としてその名を全国にひびかせたのは、相模在住の弟子一同の要請により、江戸で松露庵を結んでいた白井鳥酔(ちょうすい)が入庵したからだといわれている。鳥酔の師の柳居(りゅうきょ)は、だじゃれや譬喩(ひゆ)の流行を、芭蕉の正風俳句に戻そうと努力した人で、その弟子の鳥酔のもとに、新進気鋭の士が結集するのは極めて当然のことであった。春江は鶏父が庵主の二之日庵連衆(一師系の仲間)の一人として鴫立庵の句莚(くえん)(句会)に加わり、広い世間を見て眼からうろこが落ちる思いであったろう。

美濃口春鴻の墓のイラスト

 鳥酔没後の鴫立庵は、松露庵烏明(うめい)社中の百明(ひゃくめい)か継いたが、鳥酔門の白雄(しらお)が江戸に春秋庵を樹立したことにより相模のおおかたの連中(雑多な師系の仲間)はその傘下に走り、鴫立庵は一時的にさびれた。百明没後は、小田原生まれの柴居(しおり)が継ぎ、春秋庵社中の相模俳壇の中心となった。柴居の没後は、安永三年(一七七四)に春江から「春鴻(しゅんこう)」に改名し、露柱庵の庵号を掲げていた春鴻を後見人として、白雄の晩年の弟子の葛三(かつさん)が継ぎ、その後を春鴻の弟子である雉啄(ちたく)が継いだ。

 春鴻はこのように庵主にはならなかったが、鴫立庵を立派に守り、よき後継者を養成して享和(きょうわ)三年(一八〇三)七十一歳を一期(いちご)としてこの世を去った。

 その遺句は

  長啼や根水もちたる草の虫
  馬つなぐ庇柱やふゆ日かげ
  紅梅や雨ふきかけし上草履

ほか七百句余におよぶ。

 なお白雄門における美濃口春鴻の位置について、白先(はくせん)は「春秋庵の春鴻ははせを(芭蕉)庵の去来也と世にふかくいへる云々」と述べているが、去来といえばかの有名な嵯峨の落柿舎(らくししゃ)の庵主で、蕉門の十哲の一人である。芭蕉も去来の庵に逗留して、有名な嵯峨日記を残した。

  白雄の句の中に、
     焚火してもてなされたる梅雨入かな

というのがあるが、或いは戸塚の句会に招かれた時の作かも知れない。

 美濃口春鴻の墓は下飯田の生家の東方美濃口家一門の墓地にあり、春了院蓮休日泉信士と記されていが、春鴻の夫人の法名が「知足院妙富日□信女」となっている。両名の字句を何度も読み下しているうちに、女流俳人「知足」と春鴻は夫婦であったのかなと思った。

 いま鴫立庵は、逗子在住の草間時彦氏が第二十一世庵主になっている。草間時彦氏は大正九年生まれで、石田波郷、水原秋桜子に師事し、俳人協会の理事長を長い間務めた貴公子である。

 

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    −泉区小史−  より



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