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明治時代から戦前までの泉区

第1章 泉区のあゆみ

明治時代から戦前までの泉区

大橋 俊雄 (泉区歴史の会会長・文学博士)

 明治時代に入り、明治五年(一八七二)十月、新橋・横浜間に開通した東海道鉄道(現、JR東海道本線)は、二十年七月には国府津まで伸びて戸塚駅が設けられ、同三十五年五月には現在長後街道と呼ばれている戸塚・長後間の県道開鑿(かいさく)工事が始められた。大正三年(一九一四)に完成したが、戸塚の国道から県道に入るところには矢沢隧道(ずいどう)があった。この隧道は同十二年九月の関東大震災のおり入口が崩れたため、十四年十月に切通しに改修された。不動坂から阿久和に通じる阿久和川に沿った、屈曲の多い当時八王子道(大山道)と呼ばれた県道は直線化をはかり大正十年に着工され、十五年六月に観音寺前まで、昭和六年六月に阿久和まで完成した。道路の完工にともない、長後街道には大正三年、成宮鶴吉が乗合馬車を営業し、同九年五月、鶴屋自動車会社が乗合自動車を運行、昭和三年には中川地域に相沢自動車店がバスを走らせた。相沢自動車店は鶴屋自動車会社に、鶴屋自動車会社は戸塚自動車会社とともに相武自動車会社に合併して相武鶴屋自動車会社となった。

 

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平成8年11月3日発行
 泉区制十周年記念出版

  いずみ いまむかし
    −泉区小史−  より

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