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泉区散策ガイド 〜和泉川南部から下飯田方面〜

 

魅力発見 泉区散策ガイド(和泉川南部〜下飯田方面)をつくりました。
泉区の史跡、寺院、神社、文化財などを巡りながら、”まちを楽しむ”ウォーキング!
地産の直売所や果樹園に立ち寄れば、”おいしい泉区”も満喫。
「自然の恵み」や「泉区の魅力」を歩いて実感しませんか。

【配布場所】

泉区役所1階
●いずみ区民活動支援センター
●広報相談係

泉区役所3階
●地域振興課区民事業係
 
   

魅力発見 泉区散策ガイド (ウォーキングマップ)

見どころ情報


マップの中にある見どころ(番号)を紹介します。

1  地蔵原の水辺
 「地蔵っ原」の地名の由来は「泉小次郎が戦った場所で、戦死した勇士を弔うために地蔵様が建てられた」といわれ、開発前は新田義貞鎌倉攻めの環状四号線沿いに地蔵様が祀られていました。
 春は桜を見ながらお弁当を食べたり、夏には小さい子供たちが水遊びをしたりと多くの人で賑わっています。
2 長福寺
 臨済宗天王山(てんのうざん)長福寺は、鎌倉円覚寺末で本尊は釈迦牟尼(しゃかむに)仏です。新編相模風土記稿和泉村長福寺項に、開山は圓印大覚禅師法弟とあるので、創建は円覚寺開堂の1282年以降、飯田五郎家重の時代に「頼家一家の鎮魂の寺」として泉親衡ゆかりの地に建立されたものと考えられます。
 隣の須賀神社は泉親衡が京都祇園社の牛頭天王を勧請(かんじょう)したと伝えられています。
3 いずみ中央公園・馬洗いの池


 
昭和61年秋、泉区誕生と同時に開園しました。公園内に「戸塚区史」が「新編相模風土記稿による方三町許の池が、泉小次郎館跡との確証はないが、遺構は戦国期以前の館跡の様相を示す」と解説する中世武家館跡が現存しています。
 「小次郎馬洗いの池」は一年中湧水が枯れたことがなく、昔は池の水を汲み干して雨乞いの願いをかけました。園内には、空充秋(そらみつあき)作の彫刻「門」や「あやめ・であい池」があります。

 

4 和泉川親水広場
 草木(くさき)橋から関島橋の区間に、河川と一体化した広場として整備されています。和泉川を見ながら子どもたちも楽しく遊べる憩いの場所です。
 区の花あやめの群生地でもあり、散策はもちろん、川に親しむ場所としてもおすすめです。昭和63年度には「手作り郷土賞」〔国土交通省〕に選ばれました。
5 四ツ谷の石仏

 

 和泉川に架かる草木(くさき)橋を渡ると田園風景が広がります。弥生後期の草木遺跡です。その先の三叉路に、一群の石仏が並べられています。   
 宝篋(ほうきょう)印塔(いんとう)残欠(不明)、道祖神塔(明治三年・1870)、地蔵庚申塔(寛文10年・1670)、出羽三山供養塔(文化2年・1805)、石祠(不詳)などが見られます

 

6 下和泉鯖神社
 
 和泉川沿いにみられるサバ神社の一社です。祭神は左馬頭源(みなもとの)満仲(みつなか)。慶長年間(1596〜1615)、当地の郷士清水・鈴木両氏が氏神として勧請(かんじょう)したといわれています。
 元禄2年(1689)に氏子の寄進による社殿修復の棟札(むねふだ)が残されています。神社のすぐ下あたりに、かつての清水製糸場があり、この工場で使用していた崩れかかった横井戸や水路が境内から望めます
7 天王森泉公園
 平成9年11月に開園し、天王森泉館を中心に昔ながらの原風景を残した緑豊かな、そしてホタルやワサビを育む豊富な湧き水のある公園です。
 天王森泉館は旧清水製糸場本館です。明治期に建てられた市内に残る唯一の製糸関連の遺構で、和泉・飯田・阿久和地区が一大製糸産業地であったことを偲(しの)ばせます。平成10年1月、横浜市認定歴史的建造物に選ばれました。
8 東泉寺(とうせんじ)
 以前は境川沿いにありましたが、度重なる水害で、天正18年(1590)頃、当地の領主旗本筧為春によって移転されたと伝えられています。曹洞宗で鎌倉龍宝寺の末寺。山号を巨木山と称し、山門前の大イチョウは市の名木古木に指定されています。 
 また、境内の薬師堂には、鎌倉武将・飯田五郎家義の守本尊であったという薬師如来像が祀(まつ)られています。
9 琴平(ことひら)神社
 水難治水の守護神を祀(まつ)った琴平神社は、江戸期には東泉寺が別当(べっとう)を務め、飯田の金比羅(こんぴら)様として親しまれてきました。

明治2(1869)の神仏分離令によって、大物主神(おおものぬしのかみ)と崇徳(すとく)天皇を祭神とする琴平神社として独立しています。境内には天満宮、八坂神社、稲荷社、白山神社などが祀(まつ)られています

10 富士塚公園
  

 富士塚団地内に「富士塚城址」の石碑のある公園があります。この地は、源頼朝の危機を救った飯田五郎家義の館があったところといわれています。造成前には空堀の跡と思われる窪地やそれらしき地名も残っていました。
 また、明治32年(1899)には五輪塔や納骨瓶が出土しました。出土品は東泉寺に安置されています。当地の人々は、飯田氏の墳墓(ふんぼ)であろうと考え、「古賢(こけん)大菩薩(だいぼさつ)」の碑を立て供養しました。
11 美濃口(みのぐち)家長屋門
 

 

 飯田の鎌倉道は「上(西)の道」と呼ばれ、新田・足利ゆかりの地や信濃方面と鎌倉を結ぶ重要な道でした。美濃口家は代々名主や村長を勤め、当家出身の春(しゅん)鴻(こう)は芭蕉門下の俳人で、関係資料は横浜市地域有形文化財〔歴史資料〕になっています。
 また、近くに持田・美濃口両家の氏神と伝えられる日枝神社があります。

 

(一般の家屋のため、門の中の見学はできません。)

 

   
   

※「魅力発見 泉区散策ガイド」

「地図面」…(PDF形式、479KB)

「情報面」…(PDF形式、544KB)



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問合せ先
地域振興課区民事業担当 3階309番
電話:045−800−2392・2395
FAX:045−800−2507


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